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[TPPで迫る食の危機(1)]得をするのは誰?脅かされる「食の安全」―鈴木宣弘さん

  • 食と農

年内の妥結に向けて交渉が行われているTPP(環太平洋経済連携協定)。具体的な中身がなかなか見えてこないのがもどかしいが、TPPがめざす貿易自由化や規制緩和の先に予測されるのは、一部の人々に富が集中するグローバル経済の拡大。そしてその影響は、すでに私たちの食卓にも影を落とし始めています。 いのちと食を守るため、私たちはいま何を知り、どう行動すればよいのでしょう。

牛肉の輸入制限緩和はTPPへの「入場料」

 このところ、安価なアメリカ産牛肉が市場に多く出回っていることにお気づきですか?牛丼チェーンが相次いで値下げを実施しているのもその影響。これは、BSEの発生から約10年間続いてきた輸入制限が、今年に入り緩和されたことによるものです。

牛丼は安くなったが、「価格優先」の背景まで私たちは考えるだろうか

 2003年12月より全面的に禁止されていたアメリカ産牛肉の輸入が再開されたのは2005年。それでも「20カ月齢以下」(※)の制限があったため、輸入量はピーク時の3分の1程度でした。

 ところが、昨年になり基準が緩和される動きが。パルシステムでは、政府が募集したパブリックコメントに意見を提出し、BSEリスクの正確で充分な再評価と現行の対策の維持を求めましたが、政府は食品安全委員会の承認を経て、今年2月に「30カ月齢以下」へと基準を変更。以降、大量のアメリカ産牛肉が日本に入り込んできたのです。

 この時期の緩和には、TPPに日本が参加するための布石であるという見方も。東京大学教授・鈴木宣弘さんは、「日本での市場拡大を狙っているアメリカは、その妨げとなる基準や規制の撤廃や緩和を強く求めています。そこに、日本が『入場料を払いますからTPPへの参加をよろしく』とメッセージを送ったも同然なのです」と分析します。

※BSEの原因となる異常プリオンの蓄積が少ないとされる。

TPPを貫く「今だけ、金だけ、自分だけ」の論理

 輸入牛肉の規制緩和について、日本政府は「科学的根拠に基づく手続き」と説明していますが、「国民の命を優先的に考えた措置とは到底思えない」と鈴木さん。というのも、アメリカのBSE検査率はわずか1%程度にすぎないうえに、30カ月齢以下の牛にもBSEの発症例が確認されているからです。さらに、特定危険部位である頭部や脊髄の除去の義務化も廃止。こうした不安要素の多い状況に、鈴木さんは、「食品安全委員会による承認は、結論ありきの茶番」と憤ります。

 BSEの規制緩和に留まらず、今後、アメリカとの協議では、遺伝子組換え表示や食品添加物基準なども俎上(そじょう)に載せられる模様......。

 「二国間の並行協議が問題。多国間では決めきれずTPP全体の条文には出てこないかもしれないが、アメリカは二国間協議で日本市場の開放を求め、安全や安心を支えてきた制度やルールの変更を迫ってくる可能性が充分にある。目先の自分の利益のためなら、人の命も健康もくらしも将来もどうでもいい。TPPを貫くのは、一部の大企業の『今だけ、金だけ、自分だけ』の論理です」

「アメリカは二国間の協議で食品の規制緩和を迫ってくるだろう」(鈴木さん)

安さを求めすぎると、手痛いしっぺ返しが......

 "関税が撤廃されて輸入品が安くなる"と、TPPを「くらしの救世主」のように報道するむきもありますが、本当にそうでしょうか? たしかに、家計を預かる身にとって、毎日の出費をいかに抑えるかは大事な課題ですが...。

 「食品に安さを求めすぎることは、命を削ることと等しい、と肝に銘ずるべきです」と鈴木さんは警告します。「輸入食品のなかには、日本では食品添加物として扱われるポストハーベスト(収穫後散布)農薬や、日本では認可されていない牛成長ホルモン(BST)が使われているケースもある。こうした状況も見過ごせません」

 これらすべてが「危険」とも言い切れませんが、どのように生産されているのかが把握しにくいだけに、私たち消費者にとって不安はぬぐいきれません。

 また輸入食品との熾烈(しれつ)な価格競争は国内の食の生産現場を直撃。日本の自給力はますます弱まり、私たちの食の選択肢はどんどん狭まってしまうことが懸念されます。

「顔が見える関係」から、新しい食生産の流れを

 「一部の企業の利益追求を優先しようとするグルーバル経済に対抗し、安心して口にできる食品をこの先も手に入れるためには、私たち自身が生産現場の実態を知り、安全や環境に配慮して生産された食品をきちんと評価して、それに見合う対価を支払うという意識をもつことが大事です」と鈴木さん。

 最近、ヨーロッパを中心に、行きすぎたグローバル化への反動から、生産者との「顔が見える関係」が見直され、日本の産直運動をモデルとする消費者と生産者とのつながりを大事にする動きが注目されているのだとか。たとえばスイスでは、「ミグロ」という生協が生産者と連携して、安全性や環境、生物多様性や動物愛護などに配慮して生産された農産物の普及を実現し、それが公的な基準に採用されている、という例もあるそうです。

 「1%の人々の目先の利益のために、99%の人々の命や健康、くらしが脅かされることなどあってはならない。99%のほうが圧倒的なのですから、力を結集し、流れを変えていきましょう。"teikei"(提携)は日本のお家芸なんですから」

取材・文/高山ゆみこ 構成/編集部