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毎日10万食をふるまうインドの黄金寺院に学ぶ「分かち合い」―映画『聖者たちの食卓』

  • 食と農

人種も、国籍も、宗教も、職業も関係なく、お金を持っていなくても、そこに行けば、いつでも温かな食事が供され、空腹が満たされる――。500年以上にわたり、毎日、10万人分もの食事を無料で提供し続けてきた場所がインドにあることをご存知ですか? ドキュメンタリー映画『聖者たちの食卓』は、インド北西部にあるシク教の総本山「黄金寺院」で開かれている"共同食堂"「ランガル」の日常を描いた作品です。食の本質とは何か? 生きるとは? 音楽も解説もなく淡々と描かれる光景のなかに、その答えが見つかるかもしれません。

10万人分の食事を、無料で毎日提供する「ランガル」

 映画の冒頭でまず圧倒されるのは、一定の方向に向かって歩みを進める途方もない数の人々。彼らがめざすのは、黄金寺院のなかで営まれている共同食堂「ランガル」。温かな豆カレーや焼きたてのチャパティ、新鮮な野菜料理など、そこでふるまわれる食事を求めて、老人から小さな子どもまで、金色に輝く寺院のなかに人波が絶えることなく吸い込まれていきます。

 まるでお祭りか何かの特別な日のように見えますが、これは日常の光景。黄金寺院では、毎日、10万人分の食事が300人のサバダール(ボランティア)の手によって用意され、巡礼者や旅行者をはじめ、人種も宗教も関係なく、訪れた人すべてに無料で提供されているのです。1回に5,000人を収容する食堂は入れ替え制。食事が済んだらすぐに片付け、次の食事が用意されます。

 「シク教には、宗教、カースト、信条、年齢、性別、社会的地位に関係なく、すべての人々は平等であるという教えがあります。その教えを守るために考案され、続けられてきた習わしがランガルなのです」と解説するのは、映画の監督のひとり、フィリップ・ウィチュスさんです。

 自身、ベルギーで移動式キッチンを営むフィリップさんは、10年前に初めて黄金寺院を訪問。何の差別も偏見もなくすべての人々に「同じ鍋のごはん」が提供されていることに感銘を受け、この「聖なるキッチン」の存在を世界に発信したいと映画制作を決意しました。

「聖なるキッチン」を支える、ボランティア300人の「協働」

 言葉による解説も音楽もないスクリーンのなかで、粛々と進められていく食事の支度。目を見張るのは、素材の下ごしらえから調理、配膳、後片付けに至るまでが完璧に分業化されていることです。

 「10万食もの食事づくりを支えているのは、プロの料理人や最新の調理器具ではありません。それぞれの持ち場におけるボランティアスタッフの手仕事とその見事な連携によってランガルは営まれているのです」とフィリップさん。

 チャパティの生地を練る、焼く、にんにくの皮をむく、玉ねぎを刻む、カレーの大鍋をかき混ぜる、汚れた食器を洗って拭く、水を運ぶ、来訪者の靴を磨く、床を清掃する......割り当てられた作業を黙々とこなす人々の瞳には静かな自信が満ち溢れ、キッチン全体がいきいきとしたエネルギーで包まれているよう。

 「ここでは、『ともに生き、尊敬し合う』『お互いに与え合う』という根本原理が貫かれています。それが、『食べる』ということの原点だと私は思うのです」とフィリップさんは言います。

「食べる」に必要なのは、鍋と火と水と食材だけ

 小麦粉2,300kg、ダール(豆)830kg、米644kg、牛乳322kg......。毎日このキッチンで調理される膨大な量の食材は、基本的にすべて生のまま、未加工の状態で、ほとんどが地元の生産者から包装もされずに運ばれてきます。

 野菜は畑で収穫したまま、穀物も籾殻がついたまま、1日5,000kg消費する薪も束ねられてはいません。小麦を臼で挽いて粉にしたり、スパイスを挽いたり...素材から調理するところまですべてが、このキッチンで行われます。

 一見、非効率のようですが、「自分たちでやるからおかしなものが混ざることもないし、鮮度のいい状態で加工するから冷蔵庫も必要ない。パッケージがないから、料理が終わった後にもほとんどごみが出ない。じつに無駄がない。合理的なんです」(フィリップさん)

映画『聖者たちの食卓』監督のフィリップ・ウィチュスさん(写真=編集部)

 「科学や技術がこれだけ高度の発達した時代においても、『食べる』ために本当に必要なものはごくシンプルということです。大きな鍋とかまど、あとは新鮮な水と食材があればいい。ランガルの食のシステムは、そういう意味で"理想形"であり、かつ、将来のあるべき姿だと思いますね」

「料理する人、働く人がいて、食べる人がいる。食の本質はシンプル」

 「今の私たちの食は、グローバリゼーションという名の下、効率だけが重視され、本当に大事なことが失われつつあるように感じる」とフィリップさん。

 エネルギーを使って遠くから運ばれてくる食材、過剰な包装や大量の廃棄が当たり前になってしまっている私たちの食。経済優先で複雑になりすぎた食のしくみや、人と人との交流など"非効率なもの"を切り捨ててきた社会のあり方が、食が本来もつ豊かさや温もりを奪っているといっても過言ではありません。

 「便利なもの、おいしいものはあふれているけれど、どこか満ち足りないと感じている人も多いのではないでしょうか」とフィリップさんは問いかけます。

 一方で、一人ひとりが少しずつ自分のできること(労働)を提供し合い、その成果である食事を、差別も偏見もなしに分かち合う「ランガル」。みんなで作り、みんなで食べる。そうした場の存在が私たちにどれほど安心感を与えてくれるかを、この映画は改めて思い起こさせます。

 「基本的にお金を介在させなくても、料理する人がいて、食べる人がいて、働く人がいて...とごくシンプルなしくみで食が成り立っている。それこそが本来の人間らしい営みであると思います。この映画を見た一人ひとりが『食べる』ことの本質を自らに問い直すきっかけになればうれしいですね」

取材協力/有限会社アップリンク 取材・文/高山ゆみこ 構成/編集部