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「私たちを、忘れないで」オリーブに希望をのせて―混迷のパレスチナ情勢

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日本人の食卓にもすっかりおなじみになったオリーブオイル。よく見かけるのはスペインやイタリアなどのヨーロッパ産ですが、中東でも古くからオリーブオイルが生産されていることをご存知でしょうか。中東といえば、テロや戦争といったイメージが先行しがちですが、地中海東岸に位置するパレスチナでは、イスラエルによる占領下にありながらも、先祖から受け継がれてきたオリーブ畑を守り、自由と自治を取り戻そうと奮闘する人々がいます。

受け継いだオリーブの樹に刻まれた家族の歴史

 紀元前1,000年にはすでに搾油場があり、オリーブオイルを生産していた記録が残されているというパレスチナ。なかには樹齢2,000年とも3,000年ともいわれる大木もあり、パレスチナの人々の間でオリーブオイルは、食用だけでなく、灯油や塗り薬、化粧品など、日々の暮らしになくてはならないものとして受け継がれてきました。

 「収穫期は10~11月。収穫作業はお祝いというかお祭りのように盛り上がります。家族総出で日の出から日没まで、みんなでわいわいと収穫に汗を流すんです」と説明するのは、パレスチナ農業復興委員会(PARC)でフェアトレード部門を担当するシャディ・マフムードさん。昨年11月に来日したシャディさんは、パルシステムの学習会で、パレスチナの人々のおかれた現実と、オリーブオイルのフェアトレードに寄せる思いを語りました。

 大人の背丈よりもずっと高いオリーブの樹にはしごをかけ、黒く熟した実を一つひとつ手摘みしている人々の笑顔。畑に敷いたシートの上に幼い子を座らせ、その横で山のように積まれた実を選別している女性の姿。シャディさんが持参した映像からも、オリーブ栽培がいかにくらしに深く根づいているかがうかがえます。

 「オリーブの樹は1,000年経っても実をつけると言われるほど生命力が強い。1本1本に家族の歴史が刻まれているのです」

樹を奪うことは、土地とアイデンティティーを奪うこと

 パレスチナの農地の約半分を占めるオリーブは、人々にとって貴重な収入源であると同時にアイデンティティー(人の個性やよりどころ)ともいえる存在ですが、その生産現場、とりわけ入植地に近い畑は常に危険にさらされています。というのも、現在、パレスチナの国(自治区)は、地中海に面したガザ地区とヨルダンに接するヨルダン川西岸地区の2つの地域に分断。イスラエルによる軍事占領下にあり、日常的にイスラエルによる激しい妨害活動が行われているからです。

 ヨルダン川西岸地区では、イスラエルが「テロリストから安全を守る」という名目で、国境線に高い分断壁を設置。場所によってはその壁がパレスチナ自治区側の畑に食い込んでいるケースもあります。また、多くの水源地や天然資源採掘地は没収され、イスラエルの入植地に。軍や入植者により、オリーブの樹が切り倒されたり畑に放火されたりといった暴挙も頻発しています。

 「過去10年間で、10万本以上の樹が被害にあいました」とシャディさん。「イスラエルの目的は、農民を土地から離れざるを得ない状況に追い込み、土地を奪うこと。私たちが伝統的に営んできたくらしの基盤を根底から覆そうとしているのです」と憤ります。

「国際法違反」と指摘されても、占領を続けるイスラエル

 自治権が認められているにもかかわらず、占領による抑圧が続くパレスチナ。この理不尽な状況は、もともとパレスチナ人が住んでいた土地をパレスチナ(アラブ国家)とイスラエル(ユダヤ国家)との2つに分ける「パレスチナ分割案」が、1947年に国連で採択されたことに端を発します。

 「当時はまだイスラエルという国家もなく、しかも、そこに住む90%はパレスチナ人でした。当然、パレスチナは提案を拒否しましたが、48年にはイスラエルが建国され、75万人ものパレスチナ人が故郷を追われたのです」(シャディさん)

パレスチナの地政学的変遷
出典:Weblog de ilustração de Luis Silvaより作成

 イスラエル建国に反発する周辺のアラブ諸国が侵攻し第一次中東戦争が勃発しましたが、イギリスの援護を受けたイスラエルが勝利し、全土の約77%を支配。パレスチナの人々は、ガザ地区とヨルダン川西岸地区のみに追いやられ、さらに多くの難民が生まれました。

 また67年の第3次中東戦争でも勝利を収めたイスラエルは、ガザ地区とヨルダン川西岸地区までも軍事占拠。この占領は国際法違反であると国連も認め、2つの地区からのイスラエル軍の撤退を求めましたが、イスラエルは"占領"ではなく"管理"であると主張し、いまだに実質的な占拠が続いています。

 周辺から完全に隔絶されたガザでは、住民による激しい抵抗運動が広がり、イスラエル軍の空爆や攻撃によって子どもを含む大勢のパレスチナ人が犠牲に。また、最近では、ヨルダン川西岸地区で起きた入植者による暴力事件からイスラエルとパレスチナの衝突事件が多発し、一層緊張が高まっています。

土地を守るため、「1本抜かれたら10本植える」

 パレスチナの人々が積極的に取り組んでいるのがオリーブの植樹。自治区においても、3年間使用していないと見なされた土地はイスラエルに合法的に接収されてしまうため、土地を空けないようにしているのです。

 「私たちにとって植樹は、『あきらめない』という私たちの意思を示す活動。オリーブを育てオリーブオイルを生産することは、平和を願い自治を取り戻す行為にほかなりません。焼かれても破壊されても、同じ場所に、1本抜かれたら10本植えるという運動を進めています」とシャディさんの言葉に力がこもります。

 シャディさんの所属するPARCは、生産者の自立を支援し、農業の復興や農地の持続的な開発を目的とするNGOで、個人では販路開拓のむずかしい小規模な生産者を各地域で組織化し、搾油法や品質管理などを指導。オリーブオイルを直接買い取り、確実な収入源とすべく活動しています。

 「多くの国の人々からたくさんの支援をいただきましたが、いつまでも善意だけに頼っているわけにはいかない。輸出にたえるクオリティ、パッケージデザイン、認証取得など、マーケットでも競合に勝てる商品づくりを指導しています」

「私たちがここで生きていることを伝えたい」

 日本の消費者とのフェアトレードが始まったのは2004年。PARCが生産するオリーブオイルをオルター・トレード・ジャパン(ATJ)が輸入し、パルシステムなどで販売しています。「このオリーブオイルは単なる商品ではありません。占領下において身動きもままならず、閉鎖状態にあるパレスチナの生産者たちが自らの存在を世界に向けて発信していくための、平和への願いを込めたメッセージなのです」とシャディさん。

 日本におけるパレスチナからの物品輸入総額は年間1億円にも満たないほどの規模ですが、通関統計によれば、このオリーブオイルが総額の7割ほど(2009~2015年、平均値)を担っているのだとか。シャディさんは、「生産者にとって経済的な支援になることはもちろん、占領に対する抵抗運動への応援にもなっている」と語ります。

 「日本からはとても遠いので、パレスチナで起こっていることは想像しにくいかもしれませんね。だからこそ私たちは、オリーブオイルを通して日本のみなさんとつながることで、『私たちはここで生きているんだ』と伝えたい。そして、日本のみなさんに、私たちの現実を知ってほしい。現実を知った人たちから何かが変わっていくことを期待しています」

 日本ではほとんど報道されず、ともすれば"危険な地域"という先入観だけでとらえられがちなパレスチナですが、そこには、困難と向き合いながらも、家族みんなでオリーブの樹を育て、オリーブオイルの生産にいそしむくらしがあります。先祖からの土地で大事に紡がれてきた家族の歴史を次につなげようと必死で生きている人々がいます。

 フルーティで少しスパイシーなオリーブオイルを食卓で味わうとき、そんなパレスチナの土地と人々に思いを馳せてみてはいかがでしょうか。

取材協力/株式会社オルター・トレード・ジャパン 取材・文/高山ゆみこ 構成/編集部