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憲法ってなぜあるの?たかね先生とママたちの勉強会

  • 環境と平和

7月10日に迫った参議院選挙。その結果によっては、「憲法改正」が現実化する可能性があるといわれています。ところで、私たち自身が、そもそも憲法とはどういうものなのか把握しているでしょうか。「よくわからないけれど、今の動きはなんとなく不安」。そう感じていた26歳のママたちが、政治や憲法をともに学ぼうと勉強会(※)を開きました。講師は、元社会科教師の西牧たかねさん。ママたちの中学時代の恩師です。

※2016年2月に調布市(東京)で開かれた勉強会「今、共に学ぼう!子どもたちの未来のために」より。

税がとられっぱなしだった専制政治の時代

西牧 みんな自分がどのぐらい税金払っているか知ってる?

Y だいたいは...。

M 知らないな。

西牧 政治ってすごく難しいけど、一番簡単に言うと税金を何に使うかを誰がどう決めることなのかと考えるとすごくわかりやすいの。

 教科書の絵をコピーしてきました。みんなが修学旅行で行った奈良の大仏の建立風景です。ここに描かれているような労働は、人々への税でした。当時は、お米や布を税として納めるのと同じように、こうやって働かされることも税のひとつだったの。この頃は、税はとられるだけのもので、払った人たちに戻ってこなかった。今は、何かの形――たとえば、小学校を建てるとか義務教育の費用といった形で戻ってくる。みんなもそれが普通だと思っていたでしょ。

「これは奈良の大仏が入っている建物。塔をつくっているところをちょっと見て。こういう労働も税だった」

 一部の人が勝手に政治をするのを専制政治と言います。誰がこの専制政治をチェンジさせて、今のような仕組みをつくったのかと思うと不思議じゃない?

 じゃあ、ベルサイユ宮殿って何だったか知ってる? 王様の別荘よ。たった一組の家族のものだった。マリー・アントワネットは、ここに農家風の家や納屋を建て、鶏を飼って、わざとみすぼらしい格好をして農民ごっこをしていたの。今から約300年前のことです。奈良時代からは1000年たっているけど、このときも税金を払っている人は払っているだけ。普通の人が子どもに充分な食事もさせられなくてつらい思いをしているのに、税を受け取っている側の人はこんなところに住んで贅沢な暮らしをしていた。今だったらあなたたちはベルサイユ宮殿を見たら、「ずるい」と言うでしょ。でも昔はそれをずるいと思わないようになっていた。「うらやましい」はあるけれど、王は王だからそういうものだと。

 でも、「それは間違っている、王様も私たちも同じ人間で、本当は平等だ」と言う人が出てきた。むずかしい言葉だけど「啓蒙思想」と言います。それを言った人、すごいと思うんだよね。フランス革命に立ちあがって、新しい国をつくった人たちが最初に言ったのはそういうことなの。

いい王様の独裁制か、愚かな民の民主制か

西牧 私がよく授業で出す問いなんだけれど、次の2つからどちらがいいか選んでね。

1.王様がすごくいい人で、その人が治めていれば、うまくいく独裁制。その王様は、自分の食べものはがまんして、みんなに回すような人。しかも、ほかの国が攻めてこないように考えるし、学校や病院も開いてくれる。みんなから集めたお金も公平に分けてくれる。ただし、すべては彼がひとりで決める。

2.みんなに選挙権があるけれど、みんなちょっと愚かで、いい人を選べない民主制。たとえば元人気歌手だった人を、「あの人かっこいい」とか言って選んでみたら、ひどいことをする人だったとか。

元社会科教師の西牧たかねさん。かつての教え子たちとの勉強会に「いっしょに学ぼう」と快く応じました

A どっちもどっち。

西牧 どっちが暮らしやすくなりそう?

A 暮らしてみなきゃわからないからね。

西牧 Yさんはどう?

Y 今の質問に限定なら、独裁のほうがいいな。

西牧 でもそれって落とし穴がありそうでしょ?

Y 王様が代わったりしたら?

西牧 そう。某国もそうだけど、息子に継がせたりするでしょ。いい王様の息子がお父さんと同じようにいい王様になるとはかぎらない。

 だからルールを文章にしておくの。つまり、王様も人間だから口先でいいことを言っていても、あとで変わるかもしれない。あるいはみんながリーダーを選ぶとき、愚かに間違っちゃうかもしれない。だから、これからはずれなければ世の中がうまくいくという大原則を文章にしておけばいいわけ。それが憲法!

 実際「1」の独裁政治はとても危ない。たまたま奇跡のようにいい王様がいるだけで、ほかの人たちは意見が言えない。次の王様がひどい独裁者だったらアウトでしょ。税金を絞りとられて、自分たちは生きるか死ぬかのぎりぎりの状態に追いやられてしまう可能性がある。

 フランス革命で球戯場にたてこもった人たちが掲げたのは「憲法をつくれ」ということでした。それをまず王様に要求しました。ものごとの決め方を民主的にして税金の使い方もみんなで決めようというふうに。でも、結局王様側の裏切りなどがあって、民衆の怒りはどんどんエスカレートしていき、王様は処刑されてしまうのだけれど。

ベルサイユ宮殿を探索中。「これ、王様の別荘よ。民衆は暮らしが苦しいのに税金を払っていたの」

 みんなにすっごく知っておいてほしいのは、そうやって生まれてきたものが憲法だということ。身分が上で自分のほうが得している人が、自分からすすんで富を分けてはくれない。そういう人たちにみんなが要求をつきつけて、取り戻さないと。

 あなたたちが中学生のときに「なんでスカートは長くなくちゃいけないんですか?」と言っていたのは、本当は正しい。自分たちはこう思うという願いは、言っていいの。そういうことをきちんと言うあなたたちの強さを私は大事だと思っています。「髪の毛が黄色でも勉強できるでしょ」というのはその通りだからね。

 それでも、「校則で髪の色を決めることは必要だ」と思う先生は、その理由を説明すべきだし、その話し合いの中で、校則がかわった例もあります。あなたたちが3年生の時に、白だけしか認められていなかった靴下が、紺もよくなったでしょ。

明治初期にも民主的憲法案があった

 日本の憲法も政府に「つくれ」と言った人たちがいたの。明治維新は1868年ですが、幕府が倒れてみたら、こんどは維新の中心人物たちが専制政治をやっているということになって、みんなの不満が高まった。徴兵制が始まったのもこの頃(1873年)だった。農民にしてみれば今までは戦争で闘うのは武士だけだったけれど、俺たちも危ないじゃないかと。

 それで憲法を「つくれ」と要求するだけではなくて、どんな憲法がいいかと日本国中で考えました。草案を持ち寄ろうといって呼びかけたら、94(※)も集まったんだよ。それが1880年代。そのうちのひとつが「五日市憲法」。五日市町(現あきるの市)の深沢家の土蔵から1968年に発見されたの。「日本国民は各自自由権利をもっている。法律はこれを保護しなければならない。日本国民は法律上平等である権利をもつ」と、基本的人権や平等がうたってあった。五日市の普通の人たちが、「勉強しよう、考えよう」と言って、今日のわたしたちみたいに小さな人数で集まって、頭をつき合わせてつくった憲法草案なの。

 で、日本で最初の憲法(大日本帝国憲法)が施行されたのは明治23年(1890年)。政府から「つくる」と言われてみんな安心してしまって、チェックが甘かった。提案した通りの内容になっていなかったけれど、この時には団結して、その内容を変更させることはもうできなかった。

 もちろん最初の憲法にも「権利」という言葉はあるのだけれど、その言葉通り本当に私たちが自由で平等でいられるまっとうな憲法ができたのは、第二次世界大戦に負けてからだね。

『あたらしい憲法のはなし 他二篇』(英文対訳日本国憲法付)高見勝利編 岩波現代文庫(インターネットの電子図書館「青空文庫」でも公開されています)

 戦後すぐにつくられた社会科の教科書に載っていた「あたらしい憲法のはなし」の抜粋をもってきました。「六 戦争放棄」。この書き出しが切ない。読んでみましょう。「みなさんの中には、こんどの戦争に、おとうさんやにいさんを送りだされた人も多いでしょう。ごぶじにおかえりになったでしょうか」。戦後間もなくだということが、すごく表われているでしょう。

「......これを戦力の放棄といいます。「放棄」とは「すててしまう」ということです。しかしみなさんは、けっして心ぼそく思うことはありません。日本は正しいことを、ほかの国よりさきに行ったのです。世の中に、正しいことぐらい強いものはありません」。というふうに子どもたちにまず教えたのよ。

※衆議院憲法調査会事務局「明治憲法と日本国憲法に関する基礎的資料」より。

「憲法って変えられるの?」

 去年日本で問題になったのは、憲法の原則とはちがう法律ができたということなの。政治家も間違える人がいる。その人をとどめるのが憲法なのに、政府が憲法を無視したり、自分たちにとって都合のいいように解釈を変えたら、とんでもないことになっちゃう。憲法に基づいて政治をすることを立憲主義と言います。たとえば、私とYさんは政治のやり方について違う意見があるかもしれない。でも、憲法を無視するやり方はだめだということをみんなの共通認識にしていかないとね。
もし変えるならきちんとした手続きでやらないと。

K 憲法って変えられるの? 知らなかった。

西牧 国会のなかで3分の2以上の議員が賛成したら国民投票ができる。国民投票で、投票総数の過半数が賛成だったら憲法は変えられることになっています。

 今年7月の参議院選挙で自分たちが3分の2以上の議席を取ったら、憲法を変えたいと言っている人たちがいます。どんな憲法にするか、もう原案もつくっています。その中身をみんなでよく見る必要がある。どこを変えようとしているのか。私たちがやるべきことは、その人たちをよく見て、自分の意見といっしょかどうか見抜かないと。私があの人に入れなさいとかこの人に入れなさいとかは言うつもりはありません。自分の願いを実現してくれる人をしっかり選んでほしい。まちがっても、自分が望まないような政治をする人を選んでほしくない。あとで、「こんなはずではなかった」と後悔することがないように。それが、子どもたちへの責任を果たすことだと思います。

「私たちが同じ過ちをくりかえすことがないように、みんなといっしょに勉強したい」と語る西牧さん

 このことは、ちょっと気になるでしょ。今日は時間がないけれど、また少しずつ勉強を続けていけたらと思っています。さっき話した、五日市憲法をつくった普通の人たちのようにね。あなたたちに中学校で教えきれなかったことを、今いっしょに勉強できてうれしいです。思い残していたことがあったので。

 あ、飲み会もまたやろうね(笑)!


※本記事は、パルシステム連合会発行の月刊誌『のんびる』2016年5月号より再構成いたしました。

構成/編集部 撮影/持城 壮(写真工房坂本)