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写真=疋田千里

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「沖縄の未来を考える責任は、私たちにあります」―映画監督ジャン・ユンカーマンさん

  • 環境と平和

第二次世界大戦中、地上戦で4人に1人の住民が犠牲となり、今も日本の米軍基地の74%が集中する沖縄。戦後70年間、差別と抑圧の中にあり続けてきた沖縄の現実を、さまざまな体験者の証言によって浮き彫りにしたのが映画『沖縄 うりずんの雨』だ。沖縄戦が最終的に終結した9月7日(※)を前に、本作に込めたメッセージを、ジャン・ユンカーマン監督に聞く。

※沖縄戦については、日本軍司令部が自決し、組織的戦闘が終結した6月23日が「慰霊の日」と定められている一方、それ以降も散発的な戦闘は続き、正式な降伏文書の調印は9月7日に行われた。

平和を切望する沖縄に、米軍が存在し続ける矛盾

――まず、「沖縄」をテーマに映画を撮ろうと思われた理由を教えてください。

ユンカーマン 大学を卒業したばかりの1975年に沖縄を訪ね、本島中部のコザ(現沖縄市)に6カ月間滞在したのです。ちょうどベトナム戦争が終わった直後で、米軍の中で反戦の意思を持って抵抗していた兵士たちを支援するグループの沖縄事務所のスタッフとしてでした。コザは、沖縄の土地よりも米軍基地のほうがはるかに広く、街に出てもアメリカにいるのと変わらない雰囲気でした。戦争直後ならまだしも、戦後30年たち、3年前には日本復帰を果たしているのに、まさに「米軍基地のなかに沖縄がある」。とても違和感を覚えました。

日本にある米軍基地の74%が沖縄に集中している(C)2015 SIGLO

 沖縄に滞在中、いろいろな人から話を聞いて感銘を受けたのは、悲惨な戦争を体験した沖縄の人々の平和を求める不屈の精神や反戦の思いの強さでした。ところが一方で、沖縄にいる米軍は、戦後も基地を次々に建設し、そこを拠点に世界で戦争を続けている。平和を切望する沖縄の文化と、戦争を選ぶアメリカの文化――まったく対照的なものを同時に抱えている沖縄の矛盾を世界中の人々に知らせたい。それが自分の人生の仕事の一つだと考えたのです。

「次々にお友だちが亡くなって、“次は自分の番だ”って」――17歳だった当時の恐怖を語る元梯梧学徒隊の稲福マサさん(C)2015 SIGLO

日本兵も米兵も、戦争のトラウマに苦しみ続けている

――映画のなかでは、何人ものアメリカ側の元兵士にも取材をされていますね。

ユンカーマン 沖縄戦と戦後に起こったことを本当に理解するためには、多面的な視点が必要です。沖縄戦では膨大な数の沖縄の人たちが犠牲になりましたが、同じように日本兵も米兵も厳しい闘いを強いられたのです。

 摩文仁(まぶに)にある平和の礎(いしじ)には、沖縄戦で犠牲になった24万人の名前が刻まれていますが、そこには、15万人の沖縄の人々のほかに、日本兵7万7000人、米兵1万4000人も追悼されていて、皆が沖縄戦の被害者だったということを示しています。

すべての犠牲者の名前が刻まれている「平和の礎」は1994年に建立された(C)2015 SIGLO

 そもそも、人間とは、相手を傷つけたり殺したりすることを望まないものだと思うのです。敵対関係であるから殺し合うことになるけれど、どんな人間でも本来は、そういうことは望まない。だから、過酷な戦場を経験した兵士たちは、日本兵も米兵も、皆大変なトラウマをずっと引きづって、今も苦しんでいる。そのことを伝えたかったのです。

「沖縄は戦利品」という占領意識

――95年の少女暴行事件の加害者である元海兵隊員にも取材されています。現在に至るまで沖縄では米兵による暴力事件が頻発していますが、その背景にあるものは何でしょう。

ユンカーマン 僕は、米軍がどういう意識で沖縄にいるのかを探ろうと、元兵士へのインタビューを繰り返しました。なかでも95年に起きた12歳の少女に対する暴行事件が社会に与えた衝撃は大きく、これを発端として、沖縄では米軍基地と日本政府に対する抗議運動が激しくなりました。

映画は、米軍による特権的な占領意識と、日本政府による差別意識の両面から、 沖縄戦と米軍基地の実態を明らかにしていく(C)2015 SIGLO

 ただ僕は、この事件も、何か一つの記号のように扱われている気がしてならなかったのです。性暴力事件というと、頻度とか事件の回数とか数字で語られがちで、実際には、その事件がどういうものであったのかは僕たちの記憶から消えてしまっているんじゃないか。実際に何が起こったのかをもう一度具体的にとらえ直す必要があるんじゃないかと思いました。

 元兵士たちへの取材から見えてきたのは、米軍が一貫して、「血を流して勝ち取った戦利品」として沖縄を扱ってきたという事実です。占領者としての特権的な意識を持ち続けている。キャンプ・ハンセン、キャンプ・シュワブなど沖縄の海兵隊基地に、沖縄戦で戦死し勲章を与えられた“ヒーロー”の名前がつけられ、いまだにそのままであることもそれを象徴しています。その特権意識が一番深刻な形で表面化するのが性暴力なのです。

 もちろん加害者がやったことは許せないことですが、兵士個人がモンスターとか暴力的だということではなくて、構造的に、占領者としての特権意識がベースにある。沖縄に対して、とくに沖縄の女性に対して、自分たちの好きにしていいんだと誤解している兵士が多くいるのです。

もし、沖縄ではなく、他の県に74%の基地が集中していたら?

――この映画では、日本本土からの沖縄に対する差別意識という問題も見えてきますね。

ユンカーマン そうです。僕が映画で描きたかったのは、まさにそこです。歴史的に見ても、沖縄戦は、いわば“捨て石”作戦でした。沖縄の人を犠牲にして、本土への上陸を遅らせようと考えたこと自体、沖縄の人たちの命を粗末に考えていることのあらわれです。

50mもの火を放つ火炎放射器に焼かれ、丸裸にされていった土地(C)1945, 2015 The Heirs of W. Eugene Smith

 今、沖縄の置かれている状況についても、米軍による占領意識だけでなく、本土による差別意識の下にあるものだと僕は思っています。でなければ、すでに74%の米軍が集中しているのに、さらに新しい基地を作るなんていう発想にはならないはず。たとえば他の県に基地が74%も集中したら、その県だけじゃなくて日本全体から抗議の声が出てくるでしょう。それが沖縄だから許されてしまっている。これはどう見ても差別だと思うのです。

 そもそも、1952年には沖縄の基地は日本全体の25%でした。1972年の沖縄返還のときが50%。それが今74%ということは、もともとは本土にあった基地が住民の反対で閉鎖され、沖縄がその受け皿にされたということなのです。最初から沖縄に集中していたわけじゃない。沖縄の問題は複雑だとか、ずっと基地があるのだから仕方がないという言い方もされがちですが、“仕方がない”んじゃなくて、“仕方があった”わけです。これは、明らかにアメリカと本土の人たちの責任なんです。

「目的を達成するためには沖縄を捨て石にしてもかまわないという発想が、残念ながら日本政府にはあるように思います」と語る、元沖縄県知事・大田昌秀さん(C)2015 SIGLO

 今年4月に起きたうるま市の20歳の女性に対する強姦殺人及び遺体遺棄事件も、本土の人たちにとってはすでに過去の出来事になっているかもしれませんね。でも、沖縄の人たち、とくに女性にとっては決して忘れられない、過去にはならない、まさに“今”のことなんです。買い物に出かけるときも散歩に行くときも、いつ襲われるかもしれないという恐怖から逃げることができないのですから。

「沖縄が好きだから」というシンプルな気持ちが大事

――この先、沖縄の基地問題はどうなっていくのでしょうか。

ユンカーマン 沖縄では、県知事選でも参院選でも、民意が米軍基地に「NO」を突きつけました。ところが、ここまで民意がはっきり示されたのにも関わらず、政府はそれを無視するかのように、今度は、生態系豊かなやんばるの森がある東村(ひがしそん)の高江(たかえ)で、米軍ヘリパッドの工事を強行しようとしています。

 一方、辺野古では、美しいサンゴの海を160haも埋め立てて、1.8kmの滑走路を2本も建設することが計画されています。こんな大規模の基地を新しく作るということは、これからもずっと永遠に米軍の基地を沖縄に置くということを意味するのです。

 そもそも僕は、日本に米軍基地を置く必要があるのかどうかを根本的に問い直すべきだと思います。これまでもずっと置かれていたからこれからも必要だと言う人もいますが、米軍がどのような役割を果たしているのか、明確に説明はされていません。何より、沖縄の人たちの暮らしと安全、島の豊かな自然環境を犠牲にしているのですから、米軍が必要かどうかを真剣に検討するべきです。

普天間基地のフェンスを飾ることで反基地の意思を示し続ける人々(C)2015 SIGLO

 沖縄の問題は本土ではあまり報道されないので、何が起こっているかを意識するのはむずかしいかもしれません。ただ僕は、以前に比べて、沖縄に対する関心は確実に高まっているように感じています。本土でも、沖縄の文化、沖縄の音楽、沖縄の食べものを大好きな人がいっぱいいますよね。沖縄が好きだからこの理不尽な状況をなんとかしたい、そんなシンプルな気持ちがとても大切。去年から辺野古基地建設の反対デモが国会前でも続いていて、参加者が増えていることにも希望をもっています。

 アメリカでも、ニューヨークタイムスやワシントンポストといった良心的なメディアが沖縄の問題を取り上げ始め、辺野古基地建設への反対声明を出している団体もあります。辺野古の反対運動が長引けば、これからも報道は増えてくるでしょう。座り込みしている年配の女性を機動隊が力づくで排除しようとしている写真を見れば、アメリカの人たちもこれは何だということになるはずです。

世代を、地域を越えてつなぎたい「命(ぬち)どぅ宝」の思い

――あきらめてはいけない、希望を捨ててはいけないということですね。

ユンカーマン そうです。読谷村生まれの僧侶、知花昌一さんが、映画の最後にこう語っています。「今日、明日で勝利するということではなく、“反戦・反基地”の思いがぶれない限り、基地をなくすチャンスはずっと続く。少しずつ“これはおかしい”“なくそう”と思う人が増えれば、いずれは必ず改善できる」 そう希望を語る知花さんを見て、なんて強いんだろうと思いました。

「沖縄の置かれている状況を理解する人が少しずつ増えていけば、必ず事態は好転する。そこに希望があります」(写真=疋田千里)

 沖縄の人たちはずっと弱者の立場でしたが、それでも不屈の精神で、反戦・反基地の運動を闘ってきました。いまの辺野古の反対運動も、昨日今日に始まったのではなく、50年代から続く運動の延長線上にある。平和への祈りが世代をつないで脈々と引き継がれているのです。辺野古の座り込みはたしかに対立の現場なんだけど、とても明るいんですよ。踊ったり歌ったりしながら、身をもって「命(ぬち)どぅ宝」、何よりも命が大事というメッセージを発信し続けている。本当にすごいことだと思います。

 沖縄の人たちは、決してあきらめないで、今後も闘いを続けるでしょう。ただ、沖縄を「戦利品」としての運命から解放する責任を負っているのは、沖縄の人たちではありません。アメリカの市民であり、日本の市民です。沖縄の基地をどうするべきか、問われているのは私たちなのです。

取材協力/株式会社シグロ 取材・文/高山ゆみこ 撮影/疋田千里 構成/編集部