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©2016「いただきます」製作委員会

[子どもたちの食(5)]食べたものが、わたしになる。毎月100kgのみそを仕込む園児たち

  • 食と農

「100回かんで、いただきます!」。園児たちの元気な声が響いたと思ったら、黙々とごはんに集中。全国から視察の絶えない、福岡市の高取保育園での光景だ。玄米・みそ汁の給食をはじめ、ひと昔前にタイムスリップしたような古きよき日本の子育て。なんと、毎月100kgのみそを園児が仕込むという。その様子をドキュメンタリー映画『いただきます』におさめた映画監督VIN OOTA(オオタ・ヴィン)さんに、本作に込めた想いを聞いた。

「高取保育園のありのままの姿を子育てのヒントにしてほしい」

――はだしで園庭を駆けまわる子どもたちのいきいきとした表情や給食をもくもくと食べる無心の姿、それを見守る園長先生をはじめとする保育士さんたちの温かいまなざしには、心を打たれました。なぜこの映画を撮ろうと思ったのですか。

VIN 僕は、2016年1月に公開された『はなちゃんのみそ汁 』を映画化するときに、メーキングフィルムの制作を担当していました。じつは、そのフィルム制作のために原著を読んだときから、はなちゃんが通っていた高取保育園が実践している食養生が気になっていたのです。「食養生」とは、日本人が何を食するのが健康維持のためによいのかという、多くの先人たちから踏襲されてきた叡智、“医食同源”のことです。

安武信吾・千恵・はな 著『はなちゃんのみそ汁』(文春文庫)は、乳がんを患った千恵さんの闘病と、娘のはなちゃん、夫の信吾さんの生活を綴ったブログが元となり書籍化。映画やテレビドラマにもなり、反響を集めた

 というのも、もう25年以上前ですが、僕自身、病気を患ったことがあったからです。それまではほとんど食に関心がなく、あらゆるものを疑問なく食べていたのですが、そのとき食生活を見直し、玄米と野菜中心に変えた。そうしたら、西洋医学では治療方法がないと診断されたのが、いつの間にか体質改善し、健康を取り戻すことができました。食を意識するようになって、すごく体が変わったという自分の実感から、高取保育園にもとても興味が湧いたんです。

 はなちゃんのお父さんの信吾さん(『いただきます』プロデューサー)にお願いして高取保育園に連れて行ってもらったのですが、実際は、僕が想像していたよりも何倍もすばらしいところでした。「子どもたちの魂が育っていく一番大事な時期を預かっている」という確固たる信念の下、まさに“保育道”と呼ぶにふさわしい実践が行われていたのです。

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 たとえば、先生が「教室に戻りましょう」と言うだけで、みんな、すっと戻ってそれぞれに正座する。子どもたちがいつも穏やかで落ち着いていて、食事にも先生のお話にも集中できる。園全体の醸し出す雰囲気が昔の寺子屋みたいで、子どもの表情やたたずまいが凛としているのです。福岡という都市の真ん中にこんな場所があることに驚くとともに、この高取保育園のありのままの姿を映像にすることが、子育て中の親御さんのヒントになればと思ったのです。

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いっぱい運動しているから、もう、みんなおなかペコペコ

――映画でも描かれていますが、高取保育園で実践されている“食養生”について紹介してください。

VIN 「昭和30年代の食に戻す」を目標とする高取保育園の給食は、近隣の農家が育てた無農薬野菜やお米を使った手作りの玄米和食です。たんぱく質は主に豆や小魚からとっています。毎日出てくるのが納豆。しらすや海苔、白ごまやその日によって季節の野菜やきのこ、海草を刻んで入れたりします。おやつも、甘いお菓子などなく、おにぎり、漬け物、炒り玄米、昆布などと徹底しています。

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 僕も取材中に同じ食事をいただいたんですが、給食担当者の数も他の保育園より少し多くて、手間をかけてていねいに作っているから、何でもすごくおいしいんです。玄米というと、ふつうはぼそぼそして食べにくいというイメ―ジがありますよね。それが、ここの玄米はもちもちして香ばしい。納豆ひとつにしても毎日合わせるものを変えているし、調味料も添加物のない昔ながらの製法のものを吟味して使っています。

 もちろん、単に玄米和食の給食を提供しているだけではありません。園児たちは食欲旺盛でものすごい量を完食するのですが、それはなぜかというと、登園後にまずからだをいっぱい使って運動するからなんです。保育園の近くのがけを登ったり、激しいリズム体操をしたり。雨の日も屋内で走り回っています。だから食事の時間が近づくと、もう、みんなおなかペコペコなんですよ。「食べ残さないできれいに食べなさい」なんて先生が言う必要がないのです。

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「みそを作った」という記憶は、一生の財産に

――保育園で使うみそは、みんな5歳児クラスの子どもたちが作っているのですよね。食養生のなかでも、みそは特別な食材として扱われているように感じました。

VIN 熱加工していない酵母が生きたみそは、腸内環境を整えてくれます。映画の中で発酵学の権威である小泉武夫さん(東京農業大学名誉教授)も解説していますが、最近ではみそがからだにとってよい影響を与えることが科学的にも解明されてきています。みそが持っている潜在的な力は、まだまだたくさんありそうです。お医者さんに簡単に行けないし薬も買えないような時代に、誰にでも作ることができて毎日食べれば薬の代わりにもなるみそは、調味料というよりもはや“養生食”だったのです。

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 高取保育園でも、みそは食養生の要です。園では1カ月あたり100kgのみそを使うのですが、そのすべてを5歳児クラスの子どもたちが毎月仕込んでいます。イベントではなく、責任を自覚しながら自分たちの“仕事”としてみそ作りをする。ちゃんと作らなければみんなが食べるみそがなくなっちゃいますから、子どもたちは真剣です。真剣ですが、とても楽しそうなんです。

 4、5歳で、自分たちでみそを作って食べたという記憶は素晴らしい財産になるでしょうね。たとえば、大人になって一時的に食生活が乱れても、からだの深いところにみそのよさが刻まれているから、何かきっかけがあればすぐに戻れるのではないでしょうか。映画を観た方も、いつもは買ってくるけれど、みそって本当は自分たちで作れるものなんだって気づいていただけたらうれしいですね。

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1日1杯のみそ汁でいい。そこから何かが変わるはず

――食を中心に、子どもの自主性を引き出しながら大人がていねいに関わっていく高取保育園の子育てには見習いたい点がたくさんあります。家庭で取り入れるのにはどうしたらいいのでしょう。

VIN 高取保育園でやっていることの表面に出ているところだけを見たら、とてもハードルが高いと思われるかもしれません。小さなお子さんを育てている時って、ただでさえヘトヘトですから、その疲れ切ったところに、ここまでこだわれと言われたらストレスになってしまいますよね。

 高取保育園の通りにする必要はまったくないんです。ただ、1日1杯のみそ汁を飲む、1日1回納豆を食べるということなら始めやすいのでは? 映画の中にも出てきますが、みそ汁も、まずだしをとって野菜を刻んで……というのが大変なら、お椀のなかに味噌とかつお節とわかめを入れてお湯をそそぐだけでいいんです。インスタント食品みたいなものですが、どうせインスタントならこっちのほうが健康的で気持ちいいでしょ。そんな提案なんです。

VIN OOTAさん(写真=疋田千里)

 食育って決まりがあるわけじゃありません。家庭ごとにできる範囲のことを少しずつ始めていけばいい。とにかく気を楽にしていただきたくて、この映画を作ったんです。音楽と映像だけで高取保育園に流れるハートウォームな時間を詩のように表現したのも、ご覧になったみなさんの癒しになればと思ったからです。実際、「子どもたちが一生懸命食べる姿に、心がぽかぽかして元気が出ました」とか「和食の大切さ、しみじみと感じました」といった感想(映画ホームページに掲載)をいただいているんですよ。

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 みそづくりをしたりみそ汁を飲んだり、映画を観た後に、何か「おいしい」「楽しい」食体験ができればいいですね。おおぜいの子どもたちにも見てもらいたいから、学校での上映会にも力を入れていきたいと思っています。

撮影協力/Alaska zwei 撮影/疋田千里 取材・文/高山ゆみこ 構成/編集部