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写真=疋田千里

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いまここから始める、多様で豊かな「ローカル社会」 ヘレナさんの「幸せの経済学」

  • 暮らしと社会

イギリスのEU離脱、米大統領選でのトランプ氏勝利、そしてTPPの漂流。そこに共通視されているのが、「グローバリゼーション」への“疲弊”だ。そんななかで、もうひとつの価値観「ローカリゼーション」を提唱し続けてきたのが、世界的なオピニオンリーダーで、ドキュメンタリー映画『幸せの経済学』監督のヘレナ・ノーバーグ=ホッジさんだ。持続可能な社会に向けて、私たちはどう踏み出すべきなのか、うかがった。

画一的な価値観を刷り込まれ、自尊心を失う子どもたち

――地場野菜よりも安価で販売される輸入野菜。どこに行っても目に飛び込んでくる画一的な商品の広告。仕事のあてもなく路上に寝そべる青年……。映画『幸せの経済学』で描かれているのは、グローバル化が進んだ現代の社会だ。それは、まさしく私たちの身近で起きていることでもある。

ヘレナ グローバリゼーションは、物質的な豊かさや西洋的価値観を「理想」と掲げ、「経済成長こそが幸せ」という幻想を人々に刷り込んできました。その罪は、それぞれの地域社会が培ってきた人々の営みや固有の言語、文化、自然とのつながりを破壊してきたことです。消費者は、化石燃料を駆使して大量生産された画一的で安価な商品を求めるように誘導され、自前で成り立ってきた地域経済に不必要な競争が持ち込まれました。

映画『幸せの経済学』より ©ISEC

 私がいまもっとも気になることのひとつは、子どもたちへの影響です。アメリカの子どもは、1日に3,000の広告を目にするといわれています。大量の広告は購買欲を刺激するだけでなく、子どもたちから自分に対する自信を奪っています。

 映画『幸せの経済学』に登場するインド北部の地方、ラダックの子どもたちも同様です。私が初めて訪れた40年前、自然と密接に関わりながら伝統的な暮らしを営むラダックの人々は本当に心穏やかで幸せであるように見えました。

映画『幸せの経済学』より ©ISEC

 ところが、グローバル企業が入り込んで商業的な広告に象徴されるようなものの見方、あり方が持ち込まれ、誰もが「自分には価値がないのだ」と自尊心を失ってしまったのです。幼い子どもまでもが、「自分の黒い髪が嫌だ」とか、「背がもっと高くなりたい」とか言い始めました。

 かつて、生身の、身近な大人たちがロールモデルだった頃、大人もいろいろで、面白い人もいれば頭のいい人、カッコいい人もいるけれど、完璧な人はいないということを子どもたちは自然に学んでいました。

 それが、広告や消費文化にさらされて、現実とはかい離した完璧さを求められているように感じてしまっているのです。グローバリゼーションというシステムの下で、世界中の人たちが不安に駆りたてられています。

映画『幸せの経済学』より ©ISEC

推進派もわかっていない、グローバル化の真の影響

――多様性を否定し均質化を求めるグローバリゼーションの弊害はこれまでも指摘されてきた。にもかかわらず、なぜここまで拡大してしまったのだろうか。

ヘレナ それは、グローバリゼーションの影響がきちんと検証されていないからだと思います。実際には、多くの物事は、経験に基づかない推測で動いています。大企業の中にいてグローバリゼーションを進める立場にある人も、どれほどの力がどれほどの規模で動いているのか、真の影響をきちんとわかっていません。決して悪意があるわけではないのですが、認識不足のまま、グローバリゼーションの拡大に加担してしまっている人が多いのではないでしょうか。

映画『幸せの経済学』より ©ISEC

 また、多くのメディアが、グローバリゼーションのシステムの中で、巨大企業の支配下にあり、正しい情報を伝えることができなくなっていることも理由のひとつです。いまは、マスコミといわれるような大手メディアでなく、独立系のインターネットメディアや雑誌などに、自分から探偵のように探しに行かなければ、真実は手に入りにくい状況なのです。

 押さえておきたいのは、現在のシステムも、本当は人間が好んで作り出したものではないということです。ふつうは誰だって、子どもたちを膨大な広告にさらしたり、プラスチックで過剰に包装した食べ物を世界の向こう側から運んでくるなんてことは望まないはず。つまり、いまのグローバリゼーションは、私たちの意思で作り上げたシステムではなく、過度に分業化、専門化され全体が見えにくくなっている社会のなかで、世界人口の1%にも満たないごく一部の権力者たちが盲目的に作り上げたものなのです。

映画『幸せの経済学』より ©ISEC

グローバル企業の“自由”を増長させるISDS条項

――ヘレナさんは、グローバル企業にとてつもない大きな力を与え、グローバリゼーションを加速させてきたのは、投資や貿易に関する協定だと言う。なかでも、問題視しているのが、TPP(環太平洋パートナーシップ)協定などにも含まれる、企業と国家間の紛争解決のための「ISDS(投資家国家紛争解決)条項」だ。

ヘレナ グローバル企業は、いかに効率的に世界中を移動して、いかに安い労働や資源を集めるかの競争をしています。彼らが動き回る自由こそが、まさに自由貿易でいう「自由」。そのために彼らは、「自由貿易」という名の下で規制緩和を要求しているのです。

 ISDS条項はその象徴とも呼ぶべき存在です。これは、ある国に進出しようとする企業が、その障壁となるような規制や法律に対し、その国を相手取って訴訟する権利を認めものですが、国の独立性を脅かし、民主主義に反すると世界各国で批判を浴びています。

 最近の例でいうと、スウェーデンの原子力発電の企業が、福島の原発事故以降、ドイツが原発を廃絶していく方向に政策転換をしたことが企業にとって不利であるという理由で、ドイツを相手取って訴訟を起こしています。その損害賠償請求額は、なんと37億ユーロにのぼるといわれます。

映画『幸せの経済学』より ©ISEC

 また、巨大なたばこ企業が、ウルグアイなど途上国を相手取って、たばこのパッケージに健康被害に関する情報の記載を義務付けた法律について訴訟を起こしているという例もあります。

環境破壊も貧富の拡大も、「ローカリゼーション」に解決の糸口が

――気候変動、雇用の問題、社会不安、若者の自殺、貧富の拡大、民主主義の喪失――。世界が抱えるこうした問題も、元を辿ればすべてグローバリゼーションにつながる、とヘレナさん。グローバリゼーションに代わる考え方として、ヘレナさんが提唱するのが「ローカリゼーション」だ。

ヘレナ グローバリゼーションの流れを変えることを諦めかけている人もいるかもしれませんが、実際には、みなさんが思うほど、シフトはむずかしくありません。というのも、私たちが対峙しなければならないターゲットが、グローバリゼーションそのものであることは明確だからです。

 グローバリゼーションを進めていくなかで、それぞれのプロセスごとに生じてきた矛盾やゆがみ、それが、私たちがいま直面しているさまざまな問題です。私たちはこれまで、それぞれの問題を個別のものとして捉え、個別に対処しようとしてきましたが、大事なのは、これらに共通している根っこであるグローバリゼーションに向かって「NO!」を突き付けていくことです。そうすれば、ポジティブな変化を引き起こすことができます。

映画『幸せの経済学』より ©ISEC

 グローバリゼーションに対抗する価値観が「ローカリゼーション」です。できる限り地産地消を進め、遠くなってしまった生産から消費までの距離を短くしていくことと、グローバル企業や銀行の力を削ぎ、地域、国家の自立を促していくこと。それによって、不必要な輸送が削減され、環境への負荷は減り、文化の多様性も守られます。民主主義も強化され、社会が自らの未来について、また、自分たちが大切にする価値観について声を上げることができるようになります。

 すでに世界中で、市民の手によるローカリゼーションのムーブメントがたくさん起き、勢いを増しているんですよ。

 例えばイタリアでは、反物質主義・非競争社会の形成などを掲げて結党された「ファイブスタームーブメント(五つ星運動)党」が、わずか6年の間に、議会での議席数をゼロから30%まで伸ばしました。

 「ビア・カンペシーナ」という国際的な小農民運動もあります。73カ国164の組織によって構成されており、延べ2億人もの農家が参加し、貿易条約に反対すると同時に、持続可能な農業や地産地消を推進しています。

映画『幸せの経済学』より ©ISEC

 金融の面から、地域の企業や活動を支援しようという動きも始まっています。市民が集まってお金を出し合い、低金利で、例えばコミュニティハウスの購入やオーガニックファームのための支援、森林購入などに融資しようという試みもそのひとつです。

 こうしたローカリゼーションの動きは世界中で大きくなっていて、グローバリゼーションに対抗する新たな選択肢として期待されています。

主語を、「私」から「私たち」へ

――グローバリゼーションに「NO!」を突き付け、ローカリゼーションにシフトしていくために、私たち一人ひとりはどのように行動していけばいいのだろうか。

ヘレナ すべての行動の中心は、「つながる」ことです。これまで私たちは、個人の生活を重視するように刷り込まれてきました。けれどこれからは、つながることを大事にし、主語を「私」から「私たち」へと進化させましょう。といっても、おおげさに考えないでください。あなたの隣にいる人とつながることから始めてみましょう。誰かと行動をともにすることで得られる「私たち」、「We」を体感してほしいのです。

写真=疋田千里

 これまで自分一人でも何か意味のある消費をと孤立していた人も、周りとつながり、いっしょに行動を起こしていきましょう。それによって、一人ひとりの影響力はもっと大きくなっていきます。

 身の回りの自然や人とつながる。そのなかに私たちは喜びを見出し、豊かさを思い出すことができます。人間というのはこうして進化してきたものなのです。

 最後に伝えたいのは、「感謝する」ということです。大変なことはいろいろあるけれど、自分の周りにはまだ美しい世界があるということに感謝しましょう。そして、生きるスピードをちょっとゆるやかにしてみれば、穏やかな気持ち、平和な気持ちを取り戻すことができるのではないでしょうか。それを私は「幸せの経済学」と呼んでいます。

※本記事は、2016年10月24日にパルシステムで行われた「ほんものの「豊かさ」を考える~ヘレナ・ノーバーグ=ホッジ監督トークショー」を元に構成しました。

取材協力/ナマケモノ倶楽部 通訳/小野倫子 撮影/疋田千里 取材・文/高山ゆみこ 構成/編集部