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写真:アフロ

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あなたの街にもいる、原発事故の避難者。「孤立」を防ぐために地域でできること

  • 暮らしと社会

福島第一原発事故から6年近く経つなか、今も福島県内外で約8万4千人が避難生活を送っているという(※1)。私たちの身近な地域にも、困難を抱えた避難者が暮らしているかもしれないのだ。2016年7月、こうした避難者が地域で孤立することを防ぐため、支援者と避難者によって「避難の協同センター」が設立された。首都圏を中心に交流会を開きながら、無料で生活相談を受け、必要な支援へとつなぐ活動を行っている。

※1:2016年11月福島県調べ。

住まいを失ってしまう前に。孤立を防ぐ相談窓口を設置

 2016年7月、原発事故被害による避難者からの相談を無料で受ける「避難の協同センター」(以下、センター)が、避難者と支援者の協力により設立された。

 「首都圏でも、母子で避難した人たちが孤立しているという話は聞いていました。さらに2017年3月には、自主避難者への住宅無償提供の打ち切りも迫っています。国が定めた『避難指示区域』外からの自主避難者にとっては、この住宅無償提供がほぼ唯一の公的支援。住まいを失って追い詰められる前に、住宅や就労などの相談窓口が必要だと感じて設立したのです」とセンター事務局長の瀬戸大作さんは話す。

2016年7月12日に開催された設立集会。記者会見には取材陣も多く集まった

 これまで全国にいる原発事故避難者には、災害救助法によって避難先で公営住宅や民間賃貸住宅などが無償提供されてきた。しかし福島県は、今年3月で自主避難者への無償提供を打ち切ると発表している。

 こうした状況を受けて、センターでは相談ダイヤルを設置するほか、都内各地で定期的に相談・交流会「よらんしょサロン」を開きながら、不安を抱える避難者の話を聞いてきた。

 「住宅の相談がやはり多いのですが、『もうすぐ食糧が尽きる』という相談もあれば、避難の疲れで心身の調子を崩して、緊急に医療が必要な状態だという人もいる。避難先で仕事を見つけていても、福島にある家の住宅ローンを払っているとか、夫を残しての二重生活という人もいて、特に自主避難者には経済状況が厳しい人も多い」

 センターでは、こうした避難者の不安や相談に寄り添い、必要があれば、母子支援や生活困窮者支援を行う団体、弁護士や医療機関などの支援先へとつないでいる。

センターが主催する避難者相談・交流会「よらんしょサロン」はこれまで都内で6回開催

地域での中傷やいじめも……。自主避難者たちとの出会い

 この取材の最中にも、瀬戸さんの携帯には避難者から相談のメールが届いていた。緊急の事態もあるため、夜中でも携帯電話は手放せないと言う。「なぜそこまで?」と尋ねると、こう話してくれた。

 「この活動を始めたとき、ある自主避難者のお母さんに出会ったことが大きい。その人は公営住宅に避難しているのですが、ネックレスをするだけで、周りから『それは賠償金で買ったのか』と言われ、この5年間ずっと地域から理解されずに孤立してきたと泣いていました。避難者というだけで、子どもがいじめに遇った人もいます。自分はずっと脱原発の運動をしていたのに、身近な地域で原発事故被害者が孤立して暮らしていることに気づかなかった。それが本当にショックでした」

 住宅無償提供が打ち切られるのは、首都圏だけでも2千世帯以上といわれる。しかし、どこに避難者がいるのかは、個人情報の壁があるため正確には知ることができない。センターでは、相談・交流会の参加者の「口コミ」によって、避難者とのつながりを少しずつ広げてきたのだ。

「よらんしょサロン」で配布したリーフレットや資料。こうした情報提供もセンターの大事な役割だ

5年半かけて築いた生活を、「再び失う」という不安

 福島県が2016年6月に発表した調査結果によれば、住宅無償提供打ち切り後の4月以降、住宅のめどが立っていないと回答した県外避難者は7割以上(下図)にのぼる。

住宅支援打ち切り(17年4月)以降の「住宅が未定」と回答した避難者

2016年6月20日発表。福島県による「住まいに関する意向調査」結果による(回答、7,067世帯)

 東京都では、新たな支援策として都営住宅への入居の避難者優先枠300戸を設けているが、数が足りないうえに、条件が厳しく優先枠に入れない人も多い。また、こうした支援策は各自治体の裁量に任されているため、避難した先によってバラつきも生まれている。

 センターでは、今後、住まいを失うことで、深刻な困窮状態に陥る世帯が出てくることを心配している。

 「たとえ優先枠で公営住宅に入れても、敷金や家賃が発生するため、払い続ける余裕がないという人もいます。それに、今の地域から離れた公営住宅に移ることになれば、避難先でやっと築いた生活やつながりを失い、また一からやり直さなくてはならない。新しい学校になじんできた子どもを再び転校させることにも、お母さんたちは不安を感じています」

「戻りたいけど、戻れない」。帰還へのさまざまなハードル

 センターの活動をするなかで見えてきたのは、多くの避難者が「ふるさとが大好きで、本当は戻りたい」と考えていることだと瀬戸さんは言う。

 「しかし、福島県の県民健康調査によって、これまで184人もの子どもが甲状腺がん、もしくは甲状腺がんの疑い、と診断されました(※2)。除染が完了したとされる地域でも、放射線量の基準は事故前の20倍に引き上げられたまま。土壌汚染も心配です。こうした状況に、『まだ戻れない』と感じている人が多いのです」

他団体と協力し、2016年10月に参議院会館講堂で「原発被害者の救済を求める全国運動請願署名提出集会」を開催。180名が参加した

 働き盛りの人にとっては戻っても仕事がないという問題があり、高齢者にとっては被災後の地元での医療機関不足も深刻な問題だ。

 「避難指示が一部解除された南相馬市からの避難者とも会いましたが、高齢者が多く、もう故郷には戻れないと話していました。5年半も経ち、生活を再建する気力を失っている状態でした」

※2:福島県「県民健康調査」検討委員会発表(2016年9月末現在)。

「避難する権利」を認めて、地域でつながり合う仕組みを

 一方で、国は放射線量の多い「帰還困難区域」以外の避難区域の解除を、今後さらに進めていく方針としている。

 「原発事故の『被害者』なのに、その不安や実態を無視して、国や県が一方的に時期を決めて帰還を強制するような政策はおかしい。みんなが避難すべきだと言っているのではありません。留まるのか、避難するのか、戻るのか、それを判断するのは本人だということ。チェルノブイリのときのように、避難の権利も認めて補償するべきです」

2016年10月に国会に提出した「原発被害者の救済を求める全国運動請願署名」は193,197筆に達した

 センターでは、避難者からの相談を受けるだけでなく、相談事例を基に、国への提言や行政との交渉も行っている。同時に、その先のステップとして、仕事づくりやシェアハウスの運営など、地域に住む人と避難者が支え合う「協同」の仕組みをつくれないかと検討しているそうだ。

 避難者との交流会は、今後も都内で続けていくほか、戻ることを選択した人たちともつながり続けられるよう、福島県でも開催していきたいと考えている。

 「避難者が抱える問題には、地域での“つながりの貧困”もある。だから、みなさんにも、まずは身近に避難者がいることを知ってほしい。そして、つながっていってほしい。避難者の問題は、私たちの地域の問題でもあるのです」

※本記事は、パルシステム連合会発行の月刊誌『のんびる』2017年1月号より再構成しました。『のんびる』のバックナンバーはこちら

取材・文/中村未絵 構成/編集部