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写真=坂本博和(写真工房坂本)

写真=坂本博和(写真工房坂本)

魚をさばくなんてムリ? それなら“いわしの手開き”にトライ! [今日からできる台所術-1]

  • 食と農

「今夜のごはん、何にしよう。できあいの惣菜か、冷凍おかずか。料理するならレシピはネットで……」。慌ただしい日々の食卓、こんな状況も多いのではないだろうか。もっと料理力をアップさせたい。食材を使いこなす技を身につけたいというのは、誰しも思うところ。でも、どこから始めれば? そんな思いで編集部の若手二人が向かったのは、食文化史研究家の魚柄仁之助さん宅。そこで待っていたものとは?

包丁いらずの“手開き”は1分で完成

 「はい、じゃあまずは、コレを開くことから始めましょ!」。そう言って魚柄さんが取り出したのは、クーラーボックスに入ったピチピチのいわし。近所の魚屋さんから届いたばかりだ。

 「魚! さばいたことないです……」とは、日ごろ「魚料理は切り身を焼くだけ」という編集部の高橋拓海(20代)。同じく小林祐子(30代)も、「一度だけ、アジのたたきなら作ったことがあるんですけど……」と、魚柄さんの提案に動揺を隠せない。

 しかし、「大丈夫! 包丁もまな板も使わない、“手開き”だから」と、魚柄さんは涼しい顔。「ほら、ボーッと見てないで、実践あるのみですゾ」

 そう言うと、クーラーボックスから1匹をつかみ、ステンレスのバットに乗せた。水とふきんを用意して、早速「いわしの手開き」の実演だ。

 魚へんに弱と書くいわし(鰯)は、文字通り傷みやすい魚、と魚柄さん。「人肌でもどんどん鮮度が落ちていくから、手ではなく指先で持ち、手早く開いて長時間いじらない。これが大原則!」

 そう言うが早いか、頭をちぎり、腹を割り、あっという間に内臓を取り除いて水洗いしていく。「ここから先は、もう水で洗えないから丁寧に。水けが残ると傷みやすくなるから、きっちりふき取って」(魚柄さん)

 そして魚の上下を返すと、両手の親指を腹に突っ込んで左右に滑らせ、「はいっ、開くよっ!」。

 最後に中骨を取り除き、完成。説明をしながらでも、1分とかからない素早さで、手開きができ上がった。

 「す、すごい、早い!」と驚く二人に、「指で身を触ってごらんなっさい」と魚柄さん。

 「あ、冷たい!」

 「でしょう。キミたちがこれくらい早くできたら、刺身でいわし、食べられるかもしれないネ(ニヤリ)」。そしてすかさず「さっ、出番ですゾ!」と、机の前に促した。

あくまで冷静に、あくまで潔く

 魚柄さんのあまりの手際のよさに、緊張が高まる高橋と小林。それでも「やればできるようになるの。やらなきゃいつまでもできるようにならない。それだけっ!」との言葉に、意を決したようだ。

 さて、いわしの手開きの工程は、おおよそ以下の通り。

1)胸ヒレの下をつかみ、のど元をつまんでちぎる。

2)ちぎったところから頭を反り返らせて折り、身と頭を分ける。

3)腹部に指を入れ、腹を割き、内臓を取って腹の中を洗う。ふきんで水をふき取る。

4)腹の中央、中骨の上と身の間に親指を入れ、左右に動かし、中骨をなぞるようにして身を開く。

5)尾の近くの中骨を折り、身が中骨につかないようにはがしていく。

 これをいかに素早く、ためらいなくできるかが、鮮度を保ち美しく仕上げるためのカギだ。

 ところが最初に挑戦した小林、「あれっ、どこをつかむんだろう?」と、手間取ってなかなか先へ進めない。もたもたする小林に、すかさず「触りすぎない、手早く!」と魚柄さんから檄が飛ぶ。

 「腹の皮は、人差し指でそっと割くように開いて」

 「身を開くとき、真ん中からグッと指を入れて、指の腹に骨を感じながら端までスススーっと」

 「骨を引っ張って取ろうとしない。もう片方の指で、骨の周りの身を押さえて、骨のほうを浮かせるの」

 そんな魚柄さんからの声に導かれ、なんとか最後まで手順を追うことができたが、すぐに鋭い指摘が。「これ、中骨の上じゃなく、下に指を入れたなあ!」。仕上がりを見てみると、明らかな身の崩れが目立つ。

 「ど、どうでしょう?」(小林)

 「これじゃ、刺身はムリだな」(魚柄さん)

 実際のところ、指の体温だけでも傷んでいくので、刺身にするなら相当手際よくできないと、おすすめはしないと魚柄さんは言う。

 ところが、「悔しい……!」と、続けて2匹目に挑んだ小林の手つきは、すでに随分ためらいがなくなり、仕上がりもぐんと美しくなってきた。続く高橋も、1匹ごとにめきめきと上達。5匹を開き終わるころには、不安げだった表情もやわらぎ、楽しむ余裕すら出てきた。

触れて知れば、もう怖くない

 「最初はどこに骨があるか、内臓があるかわからなかったけれど、5匹開いていくうちに『これだ!』とわかる瞬間がありました!」(小林)

 「そう、だんだん魚の身の『構造』が分かってきたら、開くスピードが上がったのを感じました。もう少し、練習したいです」(高橋)

 ひと仕事を終え、感想を興奮ぎみに話す二人に、魚柄さんがタネ明かしの一言。

 「ね、今まで魚のことなんにも知らないで食べていたでしょう。でも、触ることで、ここ(指先)で魚を理解できる。これが、手開きのいいところなんです」

覚えたての手開きのコツをメモする二人

 そう、手開きは食材と向き合うきっかけに過ぎないのだ。

 「この手開きが上達すれば、1匹のいわしが刺身にだってタタキにだってなる。切り身や干物の状態で買っていたのではできないような、いろんな料理へと、気分次第で展開できるんです。

 そうそう、大正4年の料理本には梅煮からバター焼きから『ぬた』に至るまで、13種ものいわし料理が載っていましたよ。冷蔵庫もない時代、みんなおいしくいわしを食べるために、これでもかと知恵を絞ったんですなあ~」

積み重ねてこそ拓けてくる、料理の楽しさ

 また、幼少期に見た忘れられないいわしの光景がある、と魚柄さん。「私が暮らしていた北九州の港で、おばちゃんたちがものすごいスピードでいわし、手開きしてたんです。バケツかなんかに腰掛けて、わき目もふらずに開いてはポーン、また開いてはポーン、て、投げるようにしてね」

 群れで大量に取れるいわしを、無駄にせず最後の1匹まで商品へと加工させる生活の知恵、暮らしの営みを目の当たりにして育ってきた魚柄さん。しかし、冷蔵庫の誕生以降、人々の食材への関わりが変わってきたのでは、と魚柄さんはみている。

 「食材は本来、ひと手間で腐敗を熟成に転じることすらできるのに、その知恵と技術を持つ人が減っているんです。魚だけでなく、野菜も肉も冷蔵庫に買ったまま入れて腐らせてしまう人、たっくさんいますよね」

 「時間がない」「忙しい」を理由に、食材を無駄にしてしまう。それは、食材と向き合う機会も失ってしまっているということなのかもしれない。

 「魚をさばいて料理するなんてムリ!って思ってました」と言う高橋に、魚柄さんはこう続ける。

 「思い出してみてもちょうだいよ、1匹の魚を開く時間はせいぜい、1分程度だったでしょう? ふだん魚を触らない人でも、真剣にやれば、1日で何とかかんとか開けるようにはなるんでっす。だって、今日の手開き、なかなか楽しかったでしょう?」

 「もちろん、『食材を扱うスキル』を身につけるのは、一朝一夕ではいきまっせん。いわしの手開きなら、今日のようにまず最初に5匹で感じをつかむ。で、ここからが大切。5日たったらまた5匹と、練習を5回繰り返すんです。日常に入り込むくらい続けることで初めて、調理方法も含めて身につくってもんです」

「開き直り」の蒲焼きでおいしくいただきましょ

 「さ、たくさん練習したんだから、しっかりおいしくいただきましょ!」。ふいに真剣な表情から一転、再びニヤリ。魚柄さんはさっと立ち上がり、台所に向かう。

 「最初は上手に開けなくたって、『開き直り』でいいんです。今日は蒲焼きで、『手開きの開き直り』。多少の身の崩れも、これならバレない、バレない!」

 そう言うと、小麦粉を付けて焼いたいわしを、しょうゆ、みりんで煮詰めて蒲焼きに。香り高い実山椒を挽いた「いわしの蒲焼き丼」を口に運ぶと、ふわっとやわらかい身に甘めのタレがよくからみ、『おいしい~』の声がこぼれる。

 「しかもこのいわし、近所の魚屋で20匹1800円! これが食べられりゃもう、いうことないでしょう! じゃ、次回会うときはもう一回テストだから、覚悟しといてくださいネ」

 「が、頑張りますっ!」

 食材と出会う二人の挑戦は、まだまだ続く。

取材・文/玉木美企子 撮影/坂本博和(写真工房坂本) 構成/編集部