はじめよう、これからの暮らしと社会 KOKOCARA

食と暮らし、持続可能な社会を考える、
生協パルシステムの情報メディア

写真=疋田千里

写真=疋田千里

「味覚の発達は12歳がピーク」 “世界のミクニ”に聞く、子どもの五感を開く味覚の育み方

  • 食と農

フレンチの巨匠として国内外にその名を知られる“世界のミクニ”こと、三國清三さん。20歳で駐スイス日本大使館の料理長に抜擢され、30歳で東京・四ツ谷に「オテル・ドゥ・ミクニ」をオープン。東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会の顧問を務めるなど多忙を極める三國さんが、一方で力を入れているのが、子どもの味覚教育だ。食育という概念が日本に浸透する前から「味覚の授業」を続けてきた理由や、子どもの成長と味覚との関わりを聞いた。

子どもの味覚を守るために始まったスローフード運動

――世界的に見て、食育が生まれた背景を教えてください。

三國 もともと食育とか味覚教育は、イタリアとフランスで1980年代半ばに始まったものです。イタリアでは、急速に台頭してきたファストフードに象徴されるような効率を求める食に対抗して、スローフード運動が起こりました。地域に根づく食文化や伝統的な食材、それを支える人たちを守ることと並んで、この運動が大事にしてきたのは、これからの食を担う子どもたちの味覚を守るということなんです。

 また同じ時期に、フランスでも、一流のシェフが講師となり、子どもたちに味覚を教える授業が始まりました。フランスでも、ファストフードやレトルト食品の普及などで家庭料理がおざなりになり、子どもたちの食の乱れが深刻になっていたことがその背景にあります。

 マンマ(お母さん)の味や家族で囲む食卓を何より大切にしてきたイタリアと、「食べるために生きる」といわれるほど食にこだわりの強いフランス。2つの食の先進国が、子どもの味覚を、ひいては自分たちの国の食文化を守るために立ち上がった。それが食育の始まりです。

写真=疋田千里

プロのシェフがボランティアで支える“味覚の授業”

――日本で「食育基本法」ができたのは2005年ですが、それに先んじて、三國さんご自身が、味覚の授業に関わるようになったきっかけは?

三國 フランスで味覚の授業をボランティアで支えているのは、プロのシェフたちで組織された「フランス高級料理組合」です。僕は99年に、外国人として初めてその会員になり、高級レストランのシェフたちが互いに協力しながら、子どもたちへの味覚教育に取り組んでいることを知りました。そして、日本でも同じ活動ができないかと考えたのです。

 当時、朝食を取らずに登校する子や、一人きりで食事を取っている子、ファストフードやジャンクフードでおなかを満たす子など、僕自身、日本の子どもたちの食を巡る環境については気になることが多かったからです。

 その少し前に、NHKの『課外授業ようこそ先輩』という番組で、北海道・増毛町にある母校で小学5、6年生にフランス料理を教えた経験が背中を押してくれました。その時に、子どもたちと一緒に地元の農家や漁場に行ったのですが、「増毛でアワビがとれるの?」「トマトってこんなにおいしいんだ」と、自分の住んでいる地域の食材に初めて触れたという子が多かった。また、「朝食を食べてきた人?」と聞いてみると、手を挙げない子も何人かいたんです。

 故郷の田舎町でも子どもたちを取り巻く食の状況が大きく変わってきていることを痛感し、このままでは日本の子どもたちの味覚がおかしくなってしまう、何とかしなければ、と思いました。フランスのシェフたちの食育活動を知ったのは、ちょうどそんな危機感を募らせていた頃だったのです。

 早速、日本の中で志を同じくするシェフたち6名とともに、「日本フランス料理技術組合」を発足させ、2000年から、全国の小学校を訪問して味覚の授業を始めました。活動に関わってくれるシェフも、今は60名ぐらいに増えているんですよ。

写真=疋田千里

“味覚の授業”で5つの味を体験する

――味覚の授業ではどういうことをするのですか?

三國 小学校3、4年生を対象にした、甘味、塩味、酸味、苦味、うま味の5つの基本の味を教える授業と、小学校5、6年生を対象にした、地元の食材を使ったメニューを自分たちで考えさせ、それを実際につくってみる「KIDSシェフ」という授業があります。

 どちらの授業でも、まずは子どもたちに、5つの基本の味を体験してもらいます。例えば、甘味は砂糖、塩味は海の塩、苦味がビターチョコレート、酸味は米酢、うま味にはみそ汁を使います。塩を振らないポテトフライと塩を振ったポテトフライを食べ比べてみて、塩味のおいしさに気づかせたり、チョコレートも苦味が入ることでよりおいしくなることなどを体験させるんです。

 世界の三大珍味のフォラグラ、キャビア、トリュフの味見もさせますよ。「このトリュフは1kg10万円もするんだよ」と言うと、子どもたちは『えー!』とびっくりします。こうやって子どもたちに味覚へのインパクトを与えることも、食への興味を持たせるために大切だと思ってやっています。

舌でキャッチした味が脳を刺激し、感性を磨く

――食育の中でも、特に“味覚の授業”を大切にしているのはなぜですか?

三國 味覚を育むことは、子どもたちの脳の発達や感性を磨くことにつながるからです。味覚の大切さを理解するために、まず味を感じるしくみから説明しますね。

 鍵になるのは、舌の表面にある「味蕾(みらい)」という器官です。食べ物に含まれる味は、まず味蕾でキャッチされ、神経細胞を通して脳に伝えられ、「甘い」とか「酸っぱい」とかを知覚します。

 味蕾は8歳から急速に増え、12歳をピークにまた減ってしまいます。ピーク時では約1万2000個あるのが、大人になると半減してしまう。それに、味蕾はあっても鍛えないとさびついて、使い物にならなくなってしまうのです。だから味蕾がどんどん増える小学生のうちに、しっかり使って鍛えなければなりません。

写真=疋田千里

――味蕾と脳の発達はどういう関係が?

三國 小脳は8歳ごろで、大脳は12歳ごろで完成するといわれていて、人は8歳ごろから急激に、物事への気づきが始まります。そのころまでにどのくらいたくさんの刺激を与えたかが、脳の発達にとってとても重要なのですが、味蕾が味をキャッチするたびに送られる信号も、脳の刺激となるのです。

 いろいろな味を感じることで脳が刺激されると、僕らに本来備わっているはずの、「見る」「聞く」「嗅ぐ」「触る」「味わう」といった五感が開花します。そして開かれた五感を駆使して、周囲や相手をよく観察できるようになるのです。友達を見て、悲しそうだったらなんで悲しいのだろう、うれしそうだったら何でうれしいのだろうと、自然に想像力が働くようになる。ここでも気づく力が育まれるのです。

――舌で味わうことが、子どもの成長に直結しているんですね。

三國 そうですね。逆の例ですが、「フランス味覚研究所」所長で、1974年に味覚の授業を最初に考案したジャック・ピュイゼさんは、「12歳までに基本の味をきちんと体験していない子どもは、成長してから問題行動を起こしやすい」という研究結果を発表しています。イタリアやフランスの味覚教育も、このジャックさんの問題提起が一つの契機になって始まったのです。

 間違いなく、舌で味わう体験は子どもの感性を育むうえで重要な要素の一つでしょう。いろいろな味を体験することで、子どもたちに、人を思いやったり、感謝したり、物事を深く考えたりする力が身についていくのだと思います。僕自身、「舌で感性を鍛えて、シェフになったんだよ」と、いつも子どもたちには言っているんですよ。

写真=疋田千里

味覚を鍛えるのは、自然の味だけ

――味覚の視点で子どもたちの食を選ぶ際に、何に気をつければいいのでしょう?

三國 できるだけ自然の素材を生かした食べ物を選ぶことが大事です。味蕾がキャッチできるのは、自然の味だけといわれていますから。自然界のものはすべからく薄味ですよね。その繊細な淡い味のなかから基本の5味を見分けていくことができるように、味蕾の数が増えていくわけです。神様はそういう風に僕らの舌を作っているんですよ。

 僕自身、半農半漁の家で育ったので、貧しかったけれど、自然の味には恵まれていました。中でもしょっちゅう食べていたのが、なぎのときに海辺に打ち上げられたホヤ。今思えばホヤは、甘味、酸味、塩味、苦味、うま味の5つの味をすべて備えている。これで僕の味覚は鍛えられたんだと思っています。

 逆に、自然でない食べ物は、おなかは満たしますが味覚を鍛えてはくれません。化学的に作られたものが入ってくると、味蕾は本能的にぱっと閉じてしまうそうです。僕らの体は自然界のものですから、身を守るためにそのようにDNAに組み込まれているのかもしれませんね。特に小さな子どもには何を食べるかの選択権がありませんから、親がきちんとした知識をもって選んで与えることが必要です。

三國さんがオーナーシェフを務める東京・四ツ谷の「オテル・ドゥ・ミクニ」/写真=疋田千里

家族で囲む食卓でたくさんの味体験を

――味覚を育むために家庭でできることはありますか?

三國 とにかくいろいろな自然の味を体験させてあげてください。子どもは黙っていても甘いものは食べますが、酸っぱいもの、苦いものは食べたがらない。それはもともと「苦いものは毒」「酸っぱいものは腐敗」と、本能的に避けるように刷り込まれているからです。だからそういう味は、大人が工夫を凝らして食べさせてあげないと。

 昔は、ご飯どきにお父さんが、「今日のみそ汁、味がいいね」とか「そろそろサバか」とか言うのを、子どもたちは「うるせえなぁ」とか思いながらも聞いていて、「そういうものか」と自然に記憶に刻んでいた。苦味も、サンマのはらわたをうまく隠して食べさせて覚えさせたりしたんです。そのように食卓で親から子へ伝えていくことが大切ですね。

 ファストフードに愛情がないってことではないけれど、やはり親が子に作るものは、自ずとバランスが考えられている。野菜をたくさん食べなさいとか、日本人ならご飯とみそ汁を食べなさいとか、子どもの健康や成長への願いが詰まっているんですよね。年をとって何か壁にぶち当たった時なんかも、おふくろの味とか田舎の味を口にすれば、癒されるじゃないですか。そういう味の記憶が、僕らの心や生活を豊かにしてくれるんです。

 家族で同じものを食べて同じ時間を共有する。味覚を育むうえで何より必要なのは、このことでしょうかね。

取材・文/高山ゆみこ 撮影/疋田千里 構成/編集部