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基地に揺れる辺野古、ジュゴンが暮らす海からのメッセージ。映画『ZAN』が描く

  • 環境と平和

米軍の新基地建設の計画が着々と進められている、沖縄県名護市辺野古。そこには、沖縄でも屈指の自然豊かな海が広がっている。辺野古・大浦湾の海と、そこをすみかとする絶滅危惧種のジュゴンに焦点を当てた映画『ZAN~ジュゴンが姿を見せるとき~』が公開された。基地建設によって私たちは何を失おうとしているのか、守るべきものは何なのか。監督のリック・グレハンさんと、企画・制作に協力した日本自然保護協会の志村智子さんに聞いた。

ジュゴンを探す旅から見えてきたもの

――今回の作品は、基地という政治的なテーマを含みながらも、美しい海の映像と幻想的な音楽が印象的です。リックさんは、なぜこのような表現にこだわったのですか?

リック 辺野古に関する映画には、基地建設に対する抗議活動を描いたものもありますが、私は、辺野古が位置する大浦湾の圧倒的な自然に焦点を当てることで、新基地建設が何を意味するのかをとらえてみたいと思いました。

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 どんな問題にも言えることですが、物事にはいろいろな側面があります。特にこの新基地建設は、日本とアメリカとの関係、安全保障の考え方、沖縄県の立場、基地に隣接する地元住民の葛藤など、たくさんの要素が絡み合っていて非常に複雑です。主流のメディアも大枠の説明はしても、掘り下げて詳細まで報道しているとは言えない。一部の人を除いて、一般の人にはなかなか理解しにくい問題だと思うのです。

 ただ、自然とつながることの大切さなら、反対、賛成の立場を越えて、きっと誰にとっても共感しやすいのではないか。私はそう考えました。

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――なぜ、辺野古をテーマに映画を製作しようと思ったのですか?

リック 4年前に、エシカルな企業ブランディングをサポートする広告制作会社、イメージミル株式会社を立ち上げ、アウトドア用品会社・パタゴニアの自然環境保護活動を支援するプロジェクト「1%フォー・ザ・プラネット」に参加したことがきっかけです。そこで日本自然保護協会(NACS-J)が辺野古で15年間にわたって取り組んできたジュゴンの保護活動を知り、ぜひバックアップしたいと考えました。

 辺野古の新基地建設についても、一般的な関心はありました。私の出身地である北アイルランドも、イギリスとの間に長い間紛争の歴史があります。日本政府の思惑によって翻弄されてきた沖縄と、イギリスに支配されていた北アイルランドとの間には類似性を感じていました。市民運動や平和運動に積極的に関わってきた家族のもとで育ったことも、この映画への思いを後押ししたと思います。

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――ジュゴンのおかれている状況については、詳しく知っていたのですか?

リック 正直に言って、ジュゴンについてはほとんど知りませんでした。でも、知れば知るほど引かれていったのです。

 最初に興味をもったのは、ジュゴンが“平和活動のシンボル”と呼ばれているためでした。当初は、新基地建設に反対するためのツールとして使われているのかとも思っていました。ところが、取材を進めていくうちに、ジュゴンには津波から人々を救ったという言い伝えが残っていたり、人魚伝説があったりと、沖縄では昔から、神の遣い手、自然の声を届けるメッセンジャー的な特別な存在だったことが分かってきたのです。

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 映画の中で紹介役を務める木佐美有さん(本作プロデューサー。現在イメージミルに所属)も、私と同じようにジュゴンについてほとんど知識がなかったのですが、海の中に入ったりさまざまな人を訪ねていくうちに、理解を深めていきました。映画を観る人にも、ジュゴンを探す旅のプロセスを共有しながら、この問題を読みほどいていってほしいですね。

監督のリック・グレハンさん(右)と、プロデューサーの木佐美有さん(左)(写真=柳井隆宏)

ジュゴンは海の豊かさを示すバロメーター

――本作の企画に協力した日本自然保護協会は、辺野古での調査活動も続けていますね。生物学的には、ジュゴンはどういう生き物なのですか?

志村 日本の海にすむ哺乳類の中で、唯一の草食性動物です。「ZAN(ザン)」というのは、ジュゴンの沖縄での呼び名です。ルーツはゾウに近いといわれているんですよ。

 ジュゴンのえさは、海草(うみくさ)だけ。海草は、わかめや昆布といった海藻とも違って、海底に根を張り、花も実も付ける“植物”です。しかも、サンゴ礁のある海の浅瀬にしか生えないんです。

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 沖縄で、白波が沖の方に立つのを見たことがありますか? あれがサンゴ礁の縁です。そこから岸までは、深くてもせいぜい3~4メートル、浅い所は背が立つくらいの海が広がっている。地元の人にとっては陸の延長です。浅くて光が届く透明度の高い海があるから海草が育つ。つまり、ジュゴンがいるということは、サンゴ礁のきれいな海が残っているということを示しています。

 ジュゴンは、かつて琉球の時代から神事の供え物や、不老不死の薬として献上されていたのですが、戦後の食糧難の時代に食用として乱獲され、そのときに数が激減したといわれています。だから、人間に対してもとても警戒心が強く、基本的に昼間は見ることができません。遠くの海上で休んで、夜になるとえさを食べに浅瀬にやってくるようです。

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辺野古の海は、ジュゴンの命を支える最後のとりで

――沖縄の周辺はサンゴ礁がたくさんあるのだから、辺野古に新しく基地ができても、他のえさ場を使えばいいのではないかという声もあるようですが。

志村 ところが、そうではないんです。昔は、ジュゴンも奄美から沖縄島、八重山諸島一帯に生息していましたが、今は、辺野古を含む、沖縄島北部の数か所のみ。確認されているのはたったの3頭です。というのも、埋め立てによって海草の藻場になるような浅瀬が極端に少なくなってしまったからです。また、ゴルフ場や農地の開発による赤土の流入で、日光が遮られて海草が育たなくなった場所もあります。

 ジュゴンのえさ場となるような浅い海というのは、人間にとっても使いやすくて都合がいいんですね。沖縄島では、前回の東京オリンピックの際に聖火を運ぶための舗装道路を海岸線に通したのをきっかけに、1960年代から道路周りの海が次々に埋め立てられ、住宅地などにされたそうです。埋め立て地の向こうはすぐに深い海で岩礁になっていたりするので、ジュゴンのえさ場にはなり得ません。

 そうしたなか、辺野古の海草藻場は沖縄島最大規模で、ジュゴンの命を支える最後のとりでなのです。それなのに、その限られたえさ場を、今また新基地建設で埋め立てようとしている。何とか阻止したいというのが私たちの思いです。

日本自然保護協会自然保護部部長の志村智子さん(写真=柳井隆宏)

「基地建設」ありきの環境アセスメントの問題

――新基地建設で、ジュゴンにはどういう影響があると考えられますか?

志村 最終的に東京ドーム17個分もの土砂を使って浅瀬を埋め立てる計画なので、影響は計り知れません。すでに調査のための工事に伴う騒音が、音に敏感なジュゴンに負荷を与えている可能性も指摘されていますし、汚濁防止用の網を固定するために投入されたコンクリートブロックがサンゴ礁を傷つけたり、海を劣化させることも危ぶまれています。

 皮肉なことに、絶滅していたと思われていたジュゴンが生息していると分かったのは、普天間基地移転に伴う環境への影響を事前に調査する、防衛省の「環境アセスメント」の結果なのです。​辺野古周辺だけでなく​、沖縄島全体での生息状況がずいぶん分かりました。けれど、ジュゴンが見つかったからといって計画を見直すということにはならない。絶滅危惧種なのに、です。政府からは、ジュゴンを見つけたら船を減速させるとか、海草の藻場を他に作るとか、あくまでも「基地建設」を前提としたうえでの“配慮”しか示されていません。海外の専門家も、「こんなアセスメントはあり得ない」と指摘します。

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――日本の海からジュゴンがいなくなるというのは、どれぐらい深刻なことですか?

志村 「ジュゴンがいなくなって何が困るの?」と思う人もいるかもしれませんね。でも、一つの種が絶滅することの影響は、ただその種がいなくなるというだけではとどまらないのです。ドミノ倒しのようにほかにも波及していきます。ジュゴンがいなくなるということは、ジュゴンがすめる海がなくなるということ。つまり、海が与えてくれていた恩恵、ひいては、私たちの将来、子どもたちの未来の可能性が大きく損なわれることにつながるのです。

 辺野古・大浦湾は、マングローブがあり、干潟があり、サンゴ礁があり、深い海がありと、陸から海までがひとつながりで残されている本当に貴重な場所です。ジュゴン以外にも絶滅危惧種やここにしかいない種がたくさんすむ生き物の宝庫でもある。ここは壊すのではなく、海洋保護区として次世代に渡していくべき場所だと思います。

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自然と調和して生きるジュゴンの生き方を見習いたい

――最後に、『ZAN』を通して訴えたいメッセージをお聞かせください。

リック 映画の中に、「ジュゴンのように、どんなことがあっても、平和に、自然と調和して生きる勇気を持とう」というある人物の言葉が出てきます。彼は「無防備」と表現していましたね。草を食べて、誰とも争わず、無防備に海をのんびり泳いで暮している。そんなジュゴンの生き方を見習おうと。それは、現代の私たちにとっても、生きるための大切なメッセージではないかと思います。

写真=柳井隆宏

志村  海にはいろいろな生き物がすんでいますが、私たちは、ほんの一部しか見ていません。普通はなかなか見ることができない海中の光景を目の当たりにすることで、基地建設が進むことで失われてしまうものが何であるかを実感し、それは何かと引き換えにしてもいいようなものなのかを考えたいですね。

リック 名護市での上映会で、「辺野古の海の中はこんなきれいなんですね。地元のことなのに知らなかった。ありがとう」と言われたことがとても印象に残っています。

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 辺野古の新基地建設については、ともすれば賛成、反対の2項対立に見えがちですが、厳密にいえば、地元の人も賛成ではなく、“条件つき容認”という仕方のない選択をしている背景がある。賛成と反対の間にもいろいろな感情があるということに、私たちは気づくべきだと思います。

 一人では社会を変えられないとあきらめている人がいるかもしれませんが、私がいろいろな地域で平和活動に携わってきて感じるのは、個人こそが力を持っているということです。個々の力が、対話や会話を通じて一つに合わさった時に、世界はよりよい場所になっていく。私自身、『ZAN』の撮影を通して、それは決して夢ではないと確信しました。

取材協力/イメージミル株式会社、公益財団法人日本自然保護協会、株式会社ユナイテッド・ピープル 取材・文/高山ゆみこ 撮影/柳井隆宏 構成/編集部