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写真=疋田千里

写真=疋田千里

世界は“ローカル”の時代へ。私たちの「しあわせ」にとって大切なこと 辻信一さん

  • 暮らしと社会

今、グローバル経済による環境破壊や格差、貧困などの危機が深まる一方で、食やエネルギー、暮らしをローカルな方向に戻そうという動きが世界中で活発化している。11月に東京で開催される「しあわせの経済 世界フォーラム 2017」では、地域や自然との関わり、人と人とのつながりを大切にした、新たなパラダイムの潮流を知ることができる。ローカリゼーションを核にした「しあわせの経済」とは何なのか、主催者の一人で環境=文化活動家の辻信一さんに聞いた。

「グローバル経済は、もう“終わり”に来ている」

――これまで世界の主流だった「グローバル経済」を、辻さんは今、どうとらえていますか?

 これまでのグローバル経済とは、ひと言でいうと、個人の幸せではなく、大企業を利することを目的とする経済システムでした。経済成長を何より優先し、僕らは、互いに競争するように仕向けられてきた。誤解を恐れずに言えば、「グローバル経済のせいで、人間は不幸せになっている」とさえ言い切れるのではないでしょうか。

 もし誰かが、「うまくいかない」とか「幸せでない」と感じるとき、その理由は一見、経済とは関係ないように見えるかもしれません。けれど、その不幸せな状況が、間接的にしろ、今の経済の仕組みに起因する可能性は大いにあると、僕は考えています。

――「経済成長こそ幸せの証」のように思われてきたのが、なぜそんなことになったのでしょうか?

 もともと、経済というのはとてもローカルなものでした。世界中のあらゆる地域で、人々はコミュニティのメンバーと協働し、自然環境と調和する持続的な方法で食べ物や着るもの、住まいを得て生きてきた。そういう営み全体を、僕らは“文化”と呼んできました。つまり、その頃の経済というのは、さまざまな要素から成る文化の中に“埋め込まれて”いた、文化を構成する要素のひとつにすぎなかったのです。

 ローカルな経済は、気候とか地形とか、土壌とか動物の分布とか、ありとあらゆるものによって条件づけられていました。消費できる資源は有限ですから、欲張って自分の取り分を増やそうとすれば、他のメンバーの取り分を減らしたり、自然のバランスを壊すことになりかねない。だから、昔からどのコミュニティでも、「足るを知る」という教えが大事に守られてきたのです。

 ところが、近代になると、だんだん経済は独自の道を歩み始めます。近代経済の歴史とは、地域固有のものであった経済が、文化や共同体、自然環境といった制約から自由になり、巨大化していくプロセスです。

――「経済が自由になる」とはどういうことでしょうか?

 つまり、抑制を失うということです。工業化やテクノロジーの発達によって、人々に自然さえもコントロールできるとの思い込みが生まれ、欲望のタガがはずれた。安い労働力を貧しい地域に求めたり、自然資源を持続不可能なやり方で浪費したりしながら、ひたすら生産と消費を増大させたのです。

 本来、文化やコミュニティ、助け合いの精神、自然との関わりというのは、人が生きていく上でなくてはならない基盤です。ところが、近代の経済は、それらをないがしろにし、激しい競争を人々の間に生み出した。俯瞰して全体を見れば、自然環境を破壊したり、戦争を起こしたり、格差や貧困を生み出してきたものは、すべて今の経済システムだと僕は思っています。

映画『幸せの経済学』より ©ISEC

今こそ、マインドセットを切り替えたい

――環境や貧困の問題が深刻化しても、なかなか「経済の仕組みを変えよう」という議論にはなりませんね。

 問題はそこなんです。これまで、「経済のため」と言われると、誰も何も言えなくなってしまっていた。「経済を成長させる」ことで、すべての問題が解決できるような迷信に取りつかれていたからです。

 けれど、もはや地球温暖化ひとつとっても、人類の存続が危ういほどのレベルまで深刻になっていることは科学的にも明らかです。これまで世界を支配してきた経済システムが、すでに限界を迎えているのは間違いありません。今、僕らは、本当に大きな転換期に立っているのです。

 僕はよく、「ある問題を引き起こしたのと同じマインドセット(考え方の癖)のままでは、その問題を解決することはできない」というアインシュタインの言葉を引用するのですが、経済成長を何より優先するようなマインドセットを、僕らは今こそ手離すべきだと思いますね。

写真=疋田千里

世界中で、広がり、つながるローカル化のうねり

――グローバル経済に代わる新しいマインドセットとして、辻さんが提唱されている「ローカル化」とは、どういう考え方なのですか?

 巨大化してしまった経済に、もう一度、あるべき場所に戻ってもらおうよということです。問題を引き起こしている原因が大企業に依存する中央集権型の経済システムなのであれば、それと真逆な方向――分散して、それぞれの地域で自立できるようなシステムに変えていけばいい。

 もちろん、昔にそのまま戻ることはできないけれど、できるだけ経済の規模を小さくする。衣食住、エネルギーなど生きていくのに必要なものは地球の裏側から持ってきたりしないで、自分たちで作ったり交換し合ったりする。ローカル化への方向転換によって、頼ったり頼られたりの相互依存の関係や、自然によって生かされているといったスピリチュアリティ(精神性)も取り戻していけるんじゃないでしょうか。

 すでに世界中の多くの地域で、若い世代を中心に、ローカル化のうねりは勢いを増しています。そして、そういう人たちが国際的にもつながり始めている。「僕らは地球の市民なんだ」という共通の価値観で、ローカルとローカルとがつながっていく。これこそが真のグローバリゼーションであり、平和というのも、この先にあるのだと思います。

『いよいよローカルの時代~ヘレナさんの「幸せの経済学」』(2009年、大月書店)(写真=疋田千里)

自然農を核とするタイ・カレン族の「レイジーマン・ファーム」

――「しあわせの経済 世界フォーラム 2017」にはローカルな活動のリーダーたちも登壇するようですね。辻さんが特に注目しているゲストをご紹介ください。

 世界各地の素晴らしい仲間の中から、タイ北部、ノンタオ村のカレン族のコミュニティの話をしましょう。

 カレン族は、昔から森と一体化した暮らしを営み、木をとても大切にしてきた人々です。ところが、70年代から80年代にかけて、農業の近代化の波が押し寄せ、人々は政府の指導のもと、借金をして森を切り拓き、農薬や化学肥料を大量に使ってお金になる作物だけを作るようになりました。

 そうした農業のあり方に異を唱えたのが、ジョニさんです。近代農業で何度も表彰されたような人物なのですが、すべてがお金に換算されるような農業に嫌気が差し、ぱっとやめてしまった。ところが、周囲の農場で土地がやせて作物が取れなくなり、仲間たちが借金漬けでどんどん倒産してしまう中、何もしない、つまり「レイジーマン(怠け者)」のジョニさんの畑は自然がよみがえり、作物がとてもよく育つようになったそうです。

 タイでも政府や大企業による開発や工業化が進んでいますが、自然農の「レイジーマン・ファーム」を中心にしたコミュニティは、そうした流れに抵抗し、伝統から学び直したいという人たちの精神的な支柱にもなっているようです。

コーヒーの木の脇に立つジョニさん(写真提供=辻信一)

移住者で活気づく人口270人の村・石徹白

――日本には、どんな動きがありますか?

 今回、紹介したいのは、岐阜県郡上市にある石徹白(いとしろ)です。270人ほどの村ですが、近年移住者が増えていて、いつ訪ねてもにぎやかで活気があります。

 パイオニアともいえるのが、岐阜市出身の平野彰秀さん・馨生里(かおり)さん夫婦。彰秀さんは、地元の人と協働で中山間地の地域づくり活動や小水力発電や木質バイオマスの導入に携わり、馨生里さんのほうは、地元に伝わる染色の技術を生かして、地域の女性たちとおしゃれな野良着を作っています。自宅を改装した洋品店は、遠方から買い物客が来るくらい人気なんですよ。

 石徹白のローカル化がうまくいくならば、きっと他のところでもうまくいくんじゃないかな。石徹白だけが条件的に突出しているわけでは決してない。日本にはまだまだローカル経済を豊かに作っていく土壌が、そこかしこに眠っているんだと、僕は思います。

石徹白で小水力発電を導入した平野彰秀さん(写真提供=辻信一)

月を見る、花を見る、家族と語らい、自分自身を見つめ直す

――日本でも地方を中心にローカルへの動きは現実のものになってきているのですね。都市に暮らす私たちにもできることはありますか?

 もちろん、誰もが地方に移住できるわけではないし、そもそもみんなが都会から離れればいいというものでもありません。大事なのは、それぞれの生きている場所で、できることからローカル化をはかっていくことだと思います。

 繰り返しになりますが、自分が生きていくのに必要なものは、自分が住んでいる地域の中で賄っていく。最初は3割でも4割でもいいですよ。残りはできるだけ国産にして、外国の物は減らす。本来は、政治がそういう仕組みを率先して作るべきですが、待っているわけにもいかない。僕たちは僕たちのネットワーク、例えばパルシステムのような生協などを利用するのも一つです。そうやって、少しずつローカルな暮らしにシフトしていきましょう。

 子どもや家族、仲間と過ごす時間をできるだけ増やすことも大切です。食卓を囲んで会話をする。いっしょに散歩をする。そういう時間こそが人生を豊かにしてくれるんです。

石徹白の平野さん家族(写真提供=辻信一)

 自然に触れることも大事にしたいですね。庭の花を愛でるのもいい、月を見るもいい。どんな都会だって、いくらでも自然とつながるチャンスはあります。

 自分自身のローカル化も忘れてはいけません。自分の体と心を、深く見つめ直す。僕は瞑想やヨガを日常に取り入れていますが、おすすめですよ。僕らはともすると、自分が呼吸をしていることすら忘れてしまっているけれど、ときには自分を生かしてくれている呼吸に意識をとめてみる。そのことで、自身の体や食べ物にももっと自覚的になれるはずです。

スローとは“つながり”を取り戻していくこと

――最後に、読者に向けて、メッセージをお願いします。

 僕は以前、『スロー・イズ・ビューティフル』(2001年、平凡社)という本を書きましたが、その頃から、スローというのは“つながり”だと言ってきました。

 グローバル経済に支配されてきた僕らは、競争を勝ち抜くために加速し続けてきた。加速の足かせになる文化やコミュニティ、自然、そして自分自身と向き合うことも断ち切ってきたのです。だから、今度は、そうしたつながりを一つずつ取り戻していくのです。

 友人で、ローカリゼーション運動の第一人者であるヘレナ・ノーバーグ=ホッジさんは、「伝統社会のように、1人の赤ちゃんが生まれてくるときに、少なくとも10人が赤ちゃんの顔をのぞき込み、みんながウエルカムと微笑んでいる。それが私の幸せのイメージよ」と言っていました。

 つながりを取り戻していくための一人一人の行動は、世の中を変えていくことに重なっている。今、僕らの幸せにとって本当に大切なことは何か。もう一度、問い直してみませんか?

取材協力/ナマケモノ倶楽部 撮影協力/善了寺 取材・文/高山ゆみこ 撮影/疋田千里 構成/編集部