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©2017 Power-I, Inc.

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殺すべきか、生かし続けるべきか? 映画 『被ばく牛と生きる』が問う、声なき命の尊厳

  • 暮らしと社会

2011年4月、国は東京電力福島第一原子力発電所の事故を受け、同原発の半径20km圏内を警戒区域(※1)に指定。多くの動物が置き去りにされ、命を失った。国は畜産農家に対し、すべての家畜の殺処分を求めたが、中には国の方針に納得できずに、牛を生かし続ける牛飼いたちもいる。原発事故が風化しようとしている中、映画『被ばく牛と生きる』が私たちに問いかけるものは何か。監督の松原保さんに聞いた。

※1:2012年4月以降、段階的に避難指示解除準備区域、居住制限区域、帰還困難区域に再編された。

「社会を敵に回してでも……」映画化に踏み切る

――長年映像の世界に携わってこられた松原さんにとって、初めての長編監督作品となります。制作のきっかけをまずお聞かせください。

松原 30年前、私がまだ駆け出しのころ、プロモーション映像の仕事で相馬野馬追(そうまのまおい ※2)を撮影したことがあるんです。相馬地方は、福島第一原発の20km圏内にあります。原発事故により、途絶えることなく続いてきた勇壮な相馬野馬追がどうなるのか、心を痛めていました。

 2011年の相馬野馬追の開催が危ぶまれると聞いて、6月に福島へ30年ぶりに出かけました。そこで出会ったのが、浪江町の畜産農家である吉沢正巳さんと山本幸男さんです。二人とも、被ばくした牛を殺処分させるという国の方針に反対し、牛を飼い続けていました。

※2:福島県相馬市など、旧相馬氏の領地にあたる地域で毎年7月に開催される祭礼。2011年度は開催が危ぶまれたが、規模を縮小して行われた。国の重要無形民俗文化財指定。

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――それを撮ろうと決意されたわけですね。

松原 実は、最初は映画にするつもりはなかったんです。2015年に「ヒューマンドキュメンタリー映画祭《阿倍野》」に20分の短縮版として応募したところ、最優秀賞を頂きました。高い評価を頂き、25年ぶりに再会した映画祭のディレクターを務めていた榛葉健監督(現プロデューサー)との縁があり、無償で協力しようとの申し出も頂いたことで、このテーマで長編に挑もうと。

 正直な気持ちとしては、感情的には吉沢さんや山本さんの行動に理解はできましたが、事故が起きなければ生活のために食肉となる運命の牛を「なぜ、そこまでして牛を生かし続けるのだろう」という疑問のほうが大きかったかもしれません。

――クラウドファンディング(※3)で資金を募られたそうですね。

松原 取材はほぼ終わっていたのですが、完成させるめどがたたず、悩んだ末、クラウドファンディングに頼りました。1回目は制作資金を、2回目は上映費に関する資金を募り、合わせて400万円近い額を頂きました。作り手としての大きな励みになったのはもちろん、金銭的にもとても助かりました。

 原発事故後の福島を題材にしたドキュメンタリーは、上映という形で世に出すことがとても難しいんです。大手企業から寄付を募ることは、まずできません。ゼネコン、電気メーカー、あらゆる産業が原発と絡んでいますから、社会全体を敵に回してしまうようなものなんです。それでも匿名で協力をして下さる企業もあり、とてもありがたかったです。

※3:ある目的のために、インターネットを通じて不特定多数の人から広く資金を集める方法。

写真=柳井隆宏

常に“生と死”に向き合う牛飼いたちの誇り

――映画では、さまざまな人間模様が描かれています。取材を通してどんなことを感じられましたか?

松原 ドキュメンタリーを制作するためには、作り手の熱い思いともに、それ以上の冷めた目、俯瞰のまなざしが必要だと考えています。そのまなざしの中で感じたのは、なぜここまでして牛を生かすのか、という私自身の問いでした。

 国からの補償は受けられず、出荷することもできず、身銭を切って牛のえさを買い、生かしていく。それを5年、6年と続けているわけです。普通の人はそこまでできませんし、同じことをやれば、必ずどこかで破綻すると思うんです。

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――その問いに答えは出ましたか?

松原 感じたことは、二つあります。一つは、常に現場で“生と死”に向き合っている牛飼いの誇りです。だからこそ、牛が売り物にならないからという理由から、牛を殺処分することはできないのです。たとえ国の方針で、注射器一本で安楽死させることができたとしても、納得のいかない理由で殺すことはできません。

 もう一つは、ずっと変わらずに抱くふるさとへの愛です。牛や牧場、自宅だけではありません。土地、気候、自然、土、畑、生き物、そのすべてに愛着を持っているんです。

 相馬中村藩は鎌倉時代から江戸時代の終わりまで、藩替え(国替え)を免れてきた数少ない国の一つだと聞いています。同じ土地で代々暮らしてきた、歴史的な背景もあると思います。その愛してやまないふるさと、牛飼いの誇りを、原発事故が奪ってしまった。被ばく牛を殺して、新しい土地と新しい牛でやり直すみたいに、簡単には決断ができないんです。

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「よく残してくれた」という農家の声

――監督ご自身がこだわった場面はありますか?

松原 牧場で山本さんが、子牛をあやすシーンがありました。すごく好きなところでしたが、編集段階で難産のシーンに差し替えたんです。

 この映画は、死が大きなテーマになっています。でも、生まれてくる命を映像で伝えることで、希望も描きたかったんです。現実とはいえ、牛が死んでいくだけの作品にするのは忍びなくて……。

 子牛をひもで縛り、無理やり出産させる場面を、残酷に感じる方もいると思います。たまたま逆子(さかご)だったため、あのような非常手段をとらざるを得なかったんです。

写真=柳井隆宏

――牛舎で餓死した牛の屍(しかばね)など、ショッキングな映像もあります。

松原 「見るのがつらい」と思われる方もいるはずです。でも、現実に起こったことを伝えて、そのうえで考えてもらわないと、こうして映画にした意味はないと考えています。

 ただ、あのシーンを当事者である畜産農家の方が見て、どう思うのか。そこは悩みましたね。津波や福島第一原発が爆発する映像は、トラウマとして思い出す方もいるので、一切入れませんでした。

――出演された方々からの、映画の感想をお聞かせください。

松原 今年の5月に行った南相馬の上映会で、山本さんから言われた、「よくぞ何年間も、私たちのことを撮ってくださった」という感謝に近い言葉を頂きました。

 同じ牛飼い同士であっても、お互いがどんなことを考えているのか、実はあまり知らないそうです。今回の映画を通して、初めてどんな風に考えて牛を生かし続けてきたのかを知った方もいるでしょうし、互いに理解し合えるきっかけになったかもしれません。

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被ばく牛の殺処分は、原発事故の証拠隠滅

――取材(2011~15年)から数年経ちますが、出演された方々は、どうされていますか?

松原 住む場所が変わった方はいますが、吉沢さん、山本さん、池田光秀さん(大熊町・畜産農家)は変わらず、牛を飼われています。

 池田さんは取材当時、50~60頭の牛を飼っていました。ところが最近、10数頭を安楽死させたそうです。それだけたくさんの頭数を飼える余裕がないんです。ほかの牛を生かすため、間引かざるを得ません。

――映画では、牛の低線量被ばくの影響を調査する岡田啓司教授(岩手大学農学部 共同獣医学科)の活動にも、カメラを向けていらっしゃいます。

松原 牛の低線量被ばくのことは、今回の映画でもっと突っ込むつもりでした。被ばくの影響かどうか分かりませんが、被ばく牛に白い斑点が出ている現象も起きています。ただ、研究データがまだ少なく、中途半端に映画では描けませんでした。岡田教授の調査は現在も続けられており、近いうちに、何らかの形で調査結果を公表されると聞いています。

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 岡田教授の研究は、人間にとっても有意義なもののはずです。ところが国は、一切援助しないばかりか、国独自で研究しようともしません。「牛の最初の被ばく量が分からないから、途中経過をデータ化しても意味がない」みたいに言うわけです。

 私はここに“国の闇”を感じています。国が被ばく牛の存在を消そうとしている。つまり証拠隠滅です。被ばく牛を殺処分するという方針自体、国による原発事故の証拠隠滅ではないでしょうか。岡田教授の取り組みは、これからも取材を続けていくつもりです。

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ありふれた牛飼いのつぶやきを感じてほしい

――この映画を、どういった目で見てもらいたいですか?

松原 私は初めから「反原発」ありきで、この映画を制作したわけではありません。牛の命と土地を奪われた人の悔しさを、まず考えてもらいたいですね。突き詰めた先に、原発がどういう存在なのか、どういう問題を抱えているのかが見えてくると思います。

 今回の取材で一度だけ、飛行機で大阪から福島へ行ったんです。機内から眺めた眼下の光景が忘れられません。何もない山に電線が張りめぐらせられ、それがすべて関東へと続いているんです。1本や2本ではなく、何本もです。

 「ああ、これが現実なんだ」そう自覚しました。安全な所に住み、恩恵を受けているんだと。

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――畜産農家の柴開一さん(浪江町)が最後につぶやいた「原発さえなければ……」の言葉が、重くのしかかってきました。

松原 柴さんは、映画の取材がかなり進んでいたときに、出会った方でした。静かな魅力というか、純粋というか、この思いに私自身が応えるべきだと思い、取材させていただくことになりました。

 あの言葉は、カメラを向けたとき、ボソっとつぶやかれた言葉なんです。柴さんの悔しさ、悲しみが、自分のごとく考えられる、重い一言でした。見ていただいた方には、共感してもらえると思います。あのつぶやきは、原発事故の一つの真実なんですよね。

――渋谷の交差点で原発への怒りを叫んだり、被ばく牛をトラックにのせて霞が関の真ん中におろそうとする吉沢さんとは、対照的でした。

松原 怒りを隠さず、巨大な権力に立ち向かう吉沢さんの姿が、私たちに問いかけるものはいろいろとあるはずです。孤高の人で、人を引きつけるカリスマ的なところもあります。

 でも、真実は吉沢さんだけではないんです。柴さんのように、誰にも語らず、マスコミにも語らず、淡々と自分の牛を生かし続けている人もいる。むしろ、そういう人のほうが多いと思うんです。

 ごくありふれた牛飼い農家が、どんな思いを抱き、どんな言葉を発したのか。そこにどんな悲惨な現実が隠されているのか。映画を通して、みなさんに感じていただきたいです。

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――来年3月で震災から7年を迎えます。この作品を今、世に問うことの意味を最後にお聞かせください。

松原 お金だけで動く世の中、お金だけに動かされている社会、原発はその際たるものだと思います。人が幸せになるための“手段”であるべきお金が、それを得ることだけの“目的”になっている。

 お金だけを目的にしていいのかどうか。その考え方、生き方を問い直す時期に来ていると私は考えています。この映画が、経済成長が第一という幻想から、一人一人を引き離すきっかけになればうれしいです。

取材協力/太秦株式会社 取材・文/濱田研吾 撮影/柳井隆弘 構成/編集部