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写真=坂本博和(写真工房坂本)

豚汁も煮物も、放っておくだけで完成!? タオルでできる“保温調理” [今日からできる台所術-2]

  • 食と農

食文化史研究家・魚柄仁之助さんの手ほどきにより、前回「いわしの手開き」を身につけた編集部の若手、高橋と小林の二人。「さらなる料理のスキルと知恵を身に付けたい!」と、再び魚柄さんのもとを訪れた。肌寒い秋の風が吹き始めたこの日、魚柄さんが二人に差し出したものとは……?

具だくさんの豚汁が、5分の加熱で完成

 「まあ、まずはこの一杯で温まって。話はそれから、それから」。食文化史研究家・魚柄仁之助さんが差し出したのは、豚肉、根菜、豆など具材たっぷりの一杯の豚汁。

写真=坂本博和(写真工房坂本)

 「わ、味がしみていておいしい!」(高橋)

 「具だくさんで、栄養満点ですね。寒くなるとこういう料理を食べたいんだけど、忙しくてつい遠ざかってしまって……」(小林)

 おいしい料理は、とかく手間と時間がかかるもの。温かな煮込み料理が食べたいけれど、忙しい日々に追われて「じっくり・コトコト」なんてできない――。高橋や小林のように考える方は多いだろう。

 しかし、魚柄さんからは意外な言葉が。

 「なに、煮込むのに時間がかかるって? これ、沸騰させてから5分煮ただけ!」

写真=坂本博和(写真工房坂本)

 「えっ、5分?!」「こんなに具がいろいろ入っているのに、5分で煮えるんですか?」と、にわかには信じられない二人。

 すると魚柄さん、台所の奥からなにやら白い物体を運んできた。よく見るとそれは、バスタオルにくるまれた鍋だった。

写真=坂本博和(写真工房坂本)

 「沸騰したらグツグツ煮込まずに、火から下ろしてこうしておけば、しっかり火が通り、肉も野菜もアクが出ない。失敗知らずの煮込み料理が勝手にできるんでっす!

 ちまたでも話題の『保温調理』って、じつは特別な道具はいらないんですの。豚汁なら、ちょいと厚手のふた付き鍋に、だしも具も調味料もぜーんぶ入れたら数分間沸騰させて、タオルでくるむだけ。20分もすれば、誰でも、、、味しみしみ~の具だくさん豚汁ができちゃいます。

 火から下ろして保温している間に、ほかの料理だって並行してできるし、焦げ付く心配もなし。朝、出かける前に仕込んで、夕方まで放っておけば、帰るころには絶品の煮込み料理がいっちょあがり! ね、『忙しい』あなたたちにぴったりでしょう?」(魚柄さん)

具だくさん豚汁の作り方

肉も野菜も調味料もまとめて入れてOK。だしをじっくりとりたいときは、前の晩に鍋に水を張って、だし素材だけを放り込んでおく(イラスト=武藤良子)

特別な道具はいらない! タオル1枚でくるめばOK

 「えっ、タオルで包むだけ……!?」

 ポカンとする二人を前に、「ただ理屈を話してもピンとこないでしょうから、実験をしてみましょ」と、魚柄さん。根菜類を厚さ1~2cmに切って、水の入った鍋に入れて火にかけた(厚さ1~2cmであれば、長めのスティック状に切ってもOK)。

 ほどなく鍋の水は沸騰。ここで沸騰が続く程度に火力を下げ、5分ほど置いたら 「はい、火にかけるのはこれで終わり」。ガスレンジから鍋を下ろすと、広げた厚手のバスタオルに包んでいく。

 「取っ手もすき間なく包みやすいように、片手鍋より両手鍋でね!」。鍋ぶたは穴がないものを選び、密封状態が続くようにするのもポイントだと魚柄さんは補足する。

タオル保温調理のポイント

鍋敷きの上にのせることで、より熱を逃しにくくなる(イラスト=武藤良子)

 ぴしっとバスタオルに巻かれた鍋。「小籠包みたいで、なんだか愛着が湧きますね」と笑顔の小林。

 「さ、このまま20分待つ間に、この調理法の由来、来し方を話しましょうか」と、魚柄さんもちゃぶ台の前に腰を下ろす。

「ゆでる」の適温は、100℃にあらず!?

 「じつは、野菜や肉・魚をゆでる・煮るのに100℃を保ち続ける必要はナシ。70~98℃の間で一定の時間温度を保つことができれば、おいしい煮込み料理ができる。これ、世界各地で何度も注目されてきたことなんです」

 魚柄さんによると、この「保温調理」を実践し始めたのは、100年以上前のドイツの人々だという。日本には大正時代にもたらされ、その後1980年代にも、応用物理学者・小林寛氏により「はかせ鍋」という名の保温調理鍋が開発されている。

 「小林博士は、理系らしい緻密な実験でいろんな食材をおいしく加熱するための適温と時間を割り出したんですなあ。それによると、根菜類で85℃以上、肉類は75℃以上で15~20分おけば充分加熱が可能と分かります。さらに! この環境なら肉のタンパク質や野菜の組織を壊さずおいしく調理でき、なおかつ雑菌も死滅することを、小林博士は実証しているんです」

 「ピピピッ」。ここで20分経過を知らせるタイマーの音が。

 「さっ、測ってごらんなっさい」

 魚柄さんから温度計を受け取り、ふいに鍋に触れた高橋から「わっ、熱い!」と、まず驚きの声が上がる。

写真=坂本博和(写真工房坂本)

 「目盛り、どんどん上がります……。お湯は84℃くらいですね」(高橋)

 「お湯が80℃以上あれば、中心部はだいたい70℃にはなっているはず。火から下ろしても、タオルでくるめばこの温度が保てるんです。では、次にこの人参を食べてみて」(魚柄さん)

 「ん! ちゃんと中まで火が通ってますね。それに、甘くておいしい!」(小林)

写真=坂本博和(写真工房坂本)

 「バスタオルでも『保温調理』ができるなんて……」「普通の鍋で煮込むなら、やっぱり沸騰させてグツグツがいいって、ずっと思い込んでいました」

 口々に話す小林と高橋に、「それが謎なんです!」と、魚柄さん。「な・ぜ・か、これまでも、保温調理するための道具にばかり注目が集まって、『どうすれば』の理屈のほうは忘れ去られてしまうんですなあ。基本さえ覚えておけば、特別な道具なんてなくても、このバスタオルだけで同じ効果が得られるのに!」

水温の変化(タオル保温調理あり/なし)

同じ鍋で湯を沸かし、タオルでくるんだ場合と、タオルなしで放置した場合とを比較(実験:編集部)

 「煮物って、温度が下がっていくときのほうが味がしみるといわれるでしょう。バスタオル保温なら程よ~く温度が下がってくれるのがまた、よいんですな。これも『ソレー効果』と呼ばれ、実証されている料理の科学なんですぞ」(魚柄さん)

「知恵」とはアレンジができてこそ

 この保温調理、たんぱく質を壊さない加熱のためアクが出ず「肉の臭みを出さない」という利点もあるのだとか。「だからこんな食材も、家でおいしく料理できちゃいます」と、魚柄さんが続いて運んできたのは鶏レバーだ。

 「レバー、下処理からして難しそうで、買ったこともないです……」そう言う小林に、魚柄さんはニヤリ。

 「難しい? 保温調理なら、これも切って軽く火にかけるだけ。やれ牛乳に漬けたり水に漬けたり、小難しいことはいりまっせん。火が通りやすいように薄く削ぎ切りする、それだけがポイントね」

写真=坂本博和(写真工房坂本)

 その後、保温調理でゆで上がったレバーを包丁の腹で手際よく潰し、あっという間にレバーペーストが完成(よりなめらかに仕上げたいときは、裏ごしをします)。魚柄さんお手製のバジルペーストなどを添えて、「いただきます!」。

写真=坂本博和(写真工房坂本)

 「ほんとだ! 臭みがなくて、おいしい!」(小林)

 「市販のものは味が濃すぎることが多いけど、これならレバーのおいしさが引き立ちますね」(高橋)

 時間がないから煮込み料理は教わっても実践できないかも……と思っていた二人にとって、今回はまたも意外な展開となったようだ。

 「保温調理って、こんなに簡単でいいのか、というのが、正直な感想です」(高橋)

 「お肉のアクは、ゆで過ぎによって出ていたなんて。いかに自分が、『なんとなく』で料理をしていたか、思い知りました」(小林)

 と、“ゆでる”“煮る”の奥深さを改めて実感することとなった。

 「これを覚えれば、カレーやシチューはもちろん、茶碗蒸しや温泉卵もカンペキですぞ!」(魚柄さん)

 「全部、試してみたいです!」(二人)

写真=坂本博和(写真工房坂本)

 そして今回のバスタオル保温には、「道具に頼らず身近なものを生かす」という、魚柄さんの思いもまた、込められていた。

 「便利になることはいいけれど、道具がなくちゃできない、ではもったいないでしょう? 『どうして?』が分かっていれば、いかようにもアレンジできる。さすれば、ちょっとモノが足りなくたって、慌てることなんてありまっせん!

 もちろん、包むものもバスタオルである『必要』はナシ。タオルケットだって、どてらだっていい。思いつくままに発想する、料理の『自由』をもっと、楽しみましょ!」

監修=魚柄仁之助 取材・文=玉木美企子 撮影=坂本博和(写真工房坂本) イラスト=武藤良子 構成=編集部 参考文献/小林寛(1988)『お鍋にスカートはかせておいしさ大発見―料理の常識が引っくり返る本』 光文社.