はじめよう、これからの暮らしと社会 KOKOCARA

食と暮らし、持続可能な社会を考える、
生協パルシステムの情報メディア

写真=深澤慎平

「手前みそのうた」動画が11万回再生! 発酵兄妹に聞く、みそ屋が手作りみそをすすめる理由

  • 食と農

「みそ みそみそ てまえみそ……♪」思わず口ずさみたくなる歌詞とメロディに、楽しいダンスをつけた「手前みそのうた」。YouTubeの再生数は11万回を超え、じわじわと人気が広がり続けている。この歌をデザイナーとともにプロデュースしたのは、山梨県の老舗みそ屋「五味醤油」の6代目社長・五味仁さんだ。妹の洋子さんとともに、「発酵兄妹」として年間100回以上の手作りみそワークショップを開催している。みそ屋でありながら、なぜ手作りみそを広める活動をしているのか、二人に話を伺った。

一人歩きを始めた「手前みそのうた」

――2011年11月に公開された「手前みその歌」ですが、その後、絵本にもなり、テレビやラジオ、雑誌でも取り上げられるなど、今も人気は続いています。このような広がりになると予想していましたか?

五味仁(以下、仁) 「予想してました」って言えたらかっこいいんですけど、全然そんなことはないですね。歌を作ったのも、勢いみたいなもので。当時は僕が、東京から山梨に帰ってきたばかりだったので、結構ヒマだったんです(笑)。

 でも、みそ作り教室は、参加してくれたみなさんの反応や「教えてください!」と声がかかる数から、「これから広がるかもしれない」という手ごたえを感じていたので、どうせやるなら楽しく分かりやすく伝えられたら……と。発酵デザイナーの小倉ヒラクさんと盛り上がって、数か月で歌とダンスが完成しました。

五味仁さん(写真=深澤慎平)

五味洋子(以下、洋子) それが今では、山梨県の北杜市と甲州市の食育の教材としてこの歌を取り入れていただいたり、イベントに遊びに来たお客さんに「うちの子が歌っていた『みそみそ』の歌って、五味醤油さんが作ったんですか!」なんて言われたりと、すっかり一人歩きしてくれていますね。

五味洋子さん(写真=深澤慎平)

――この歌は、「みそと発酵醸造文化、および郷土料理の素晴らしさを伝える目的であれば誰でも使えるという、ライセンスフリーのような扱いにされているのも画期的ですね(※)。

 発酵文化って、そもそもそういう自由なものじゃないかと思うんです。例えばみその発酵に欠かせない麹菌も、だれかが特許を持っていたらこんなに広がらないし。

 みんなで手作りみそを楽しもう、というのがこの歌の趣旨なので、五味醤油の名前はどこにも入れていません。うちは「甲州みそ」というみそを作っていますが、それもあえて出しませんでした。「うちのみそは 甲州みそ!」なんて歌詞だったら、とたんに他の地域では歌ってもらえませんから。自分たちで決めたことですが、これは今でもよかったな、と思っています。

※ただし、特定企業・団体の営利目的の利用については権利者と要相談。詳しくはこちら

「手前みそのうた」のプロデュースを手がけた発酵デザイナーの小倉ヒラクさんと(写真=深澤慎平)

みその売り上げと、材料の売り上げが半々

――生協パルシステムでも、かねてより「手作りみそのある暮らし」をおすすめしてきました。2012年からは「みそフェス」というウェブ参加型の取り組みを進めています。

 僕たち、パルシステムさんの「みそフェス」、ずっとチェックしていたんですよ。

洋子 そうなんです! まさに私たちがやりたいことと同じなので、いつか一緒に、何かできたらいいね、って話していたんです。

――それはうれしいです! それにしてもなぜ、お二人はこれほどまでに「手前みそ」のワークショップに注力するようになったのでしょうか?

 もともとは、母が地域の小学校の総合学習や保育園、幼稚園の子どもたちに出張でみそ作りを教えに行っていたんです。それを僕が任されるようになって、何回かしたときに保育園のママさんグループから「私たちにも教えてもらえませんか」と言われて。そこから、徐々に声をかけられることが増えていきました。

 その後、歌ができたことでさらに依頼が増えて、僕だけでは出張も行ききれなくなってきたので妹を東京から呼び戻し(笑)。自分たちのところで小さなワークショップも行えるようにと、自社の敷地内に手前みそ加工スペース「KANENTE(カネンテ)」を作りました。

 だから、最初から「これでいくぞ!」と仕掛けたというより、みなさんが「いいね」と言ってくれたことを伸ばしていった、という感覚です。

2016年2月にオープンした、手前みそ加工スペース「KANENTE」の前で(写真=深澤慎平)

――みそ屋さんなのに、そんなに気前よくみその作り方を教えていいの? なんて思ってしまいますが。

 実は五味醤油では以前から、手作りみその材料を販売して道具をお貸しするという、家庭でのみそ作りを支援するサービスを行っていたんです。結果、親父の代のときからすでに、みその売り上げと、みその材料の売り上げが半々という、全国的に見たらちょっと変わったみそ屋で。

昔ながらの、手作りみそ道具の貸し出し風景(写真提供=五味醤油株式会社)

 昭和の初めに調査をした人によると、山梨は他県より3割くらい手作りみそをする人の割合が多い。それを支えていたのが、どうやら「材料をみそ屋や麹屋で買い、道具を借りて自分たちで仕込む」というスタイルだったみたいなんです。昔から、「手前みそ」という言葉とともに「買いみそは恥」という言葉もあるくらい、みそは自分のところで作るものだったんですよね。

 うちのような小さなみそ屋にとっては、これはありがたい習慣でした。みそそのものの生産を増やそうと思ったら、桶を増やしたり蔵を広げたり、かなり大規模な投資をしなければならないけれど、材料だけなら麹をがんばって作ればいいくらいで、規模拡大に苦労しなくてすみますから。うちにとってみそ作りを教えることは、長年続いてきたビジネスの延長線上なんです。

五味醤油では米と麦、2種類の麹を自社で起こしている(写真=深澤慎平)

子どものみそ作りをきっかけに、食卓が変わる

――現在は、主に洋子さんがワークショップを担当されているということですが、どんな方が参加されていますか?

洋子 本当に幅広いですね。最年長は94歳のおばあちゃん、最年少は0歳児! 小さなお子さんにも、お母さんに背負われながらみそを触ってもらっています。参加者同士はこの場所で初めて会うということも多いのに、みなさん不思議と話が弾んで、険悪なムードになったことは一度もないんです。みんなすっごいいい人だよね。

「KANENTE」での手前みそ作りワークショップのようす(写真提供=五味醤油株式会社)

 “みそを作る人に悪い人はいない”説、あるかもね。悪い人が参加するようになったら、かなりみそ作りが広まった証拠になるかもしれない(笑)。

洋子 いや、逆にみそを作っていい人になるかもしれないよ(笑)。

 昔とは家族形態も食生活も違うので、みその消費量も変わってきているとは思います。それでも、食に関心があって、少量を年に1回か2回作ってみたいという意識で、ワークショップに来てくれているのかなと。

――時代とともに、みそ作りのスタイルも変わってきていると。

洋子 そうですね。KANENTEでのみそ作り教室も、最初はここで体験して、次からはそれぞれのおうちで作ってもらえたら……という構想だったんです。でも、ふたを開けてみると「毎年ここで作りたい!」というリピーターさんが多くて。予想外でしたね。

家庭用の手ごろなみそ作りキットも開発した。約4kgのみそができる(写真提供=五味醤油株式会社)

――みそ作り、みんなでやると楽しいですもんね。

 しかも手前みそがおいしいから、リピーターさんは必ずといっていいほど友達を連れてきてくれる。作る量も倍、倍……って増えていくんだよね。

洋子 そうそう、あとは一度作り始めると「そういえば醤油ってどうやって作るんですか?」とか、食材全体に興味が沸いたり、手作り欲がムクムク沸いてきたり。どんどん参加するみなさんの食が変わっていくのを感じます。だから、みそ以外のシーズンには梅干しや、甘酒作りのワークショップも開催しているんです。

みそ団子を丸める子どもたち(写真=編集部)

――保育園などでの子どもたちの反応はいかがですか?

洋子 目を輝かせて、楽しんでやってくれています。年長さんが保育園全体の給食のみそを作るというところでは、「これまで先輩たちが作ってくれたんだから、私たちも頑張るぞ!」って。まだまだそういう園は少ないので、もっと広がるお手伝いができたらいいなって思っています。

 作ったみそを持ち帰る幼稚園などの場合は、親御さんが絶対、丁寧におみそ汁を作るようになるんですよ。「子どもがせっかく頑張ってきたから」って。忙しいと、みそ汁にまで気を配る余裕もなかなかないと思うんですけど、子どものみそ作りをきっかけに、食卓が変わることがある。みそって単体で食べないので、「どうやって食べよう?」「何と合わせよう?」って自分の食卓に興味が沸くきっかけになるんですよね。そういう話を聞くと、本当にうれしいです。

保育園でのみそ作り教室のようす(写真=編集部)

毎日のみそ汁の味と、香りの記憶

――お二人は、みそは小さいときからお好きだったんですか?

 好きでしたね。母がずっと「学校遅れてもいいからみそ汁飲んで行きなさい」っていう方針で、朝は毎日みそ汁、なんならパンにもみそ汁で。

写真=深澤慎平

――パンにもみそ汁! それは、徹底していますね。

洋子 それでも不思議と、みそにだけは反抗心を持たなかったね。

 それはありがたかったし、今僕もちゃんとやろうと思っていて。だって、毎日飲んでも飽きない汁物ってみそ汁くらいですよね。毎日コーンスープとかだとちょっと……。

洋子 確かに。季節ごとに野菜が変わって、具にも変化があるし。うちでは風邪を引いた人には、これでもかっていうくらいネギたっぷりのみそ汁が出るんだよね。

 最近は、あれもあるよね。生姜入れたみそ汁。

洋子 あったまるねえ。

 あと、みそ汁と同じくらい記憶に残っているのは、麹のにおい。

 冬の仕込みのシーズンのとき、夜親父が寝室に来て自分の隣のふとんに入ると、甘いような不思議なにおいがするんです。後になって、それが麹のにおいだって分かった。そのにおいが今、5歳の子の父親になった自分のにおいになっています。こういう香りの記憶の積み重ねも、今につながっているんじゃないかって思います。

ほんのり甘い香りが漂う米麹(写真=深澤慎平)

うちの数だけみその味がある

――ラジオへの出演など、ますます活動の幅を広げられていますが、発酵兄妹としてこれからどんなことに取り組んでいきたいですか?

 ずっとやるって言ってできていないんですけど、「田んぼの歌」を作りたいんですよね。

洋子 原点回帰。

 この地域は、田んぼで米を育てたあと、裏作で麦を育てていて、その米と麦でみその麹も作っているし、あとは少しの畑があれば生きていけるよね、と。みそとか、発酵のことをからめながらできたらいいなって。

――やはり「伝える」が発酵兄妹のミッションなんですね。

 そうですね、たとえば真正面から「TPP反対!」と言っても、聞いてくれる人が少ないなら、田んぼってどれだけすごいんだって歌を作ったほうがいい。伝えたいことはたくさんあるんですけど、あんまりそれが表面に出るとだめだから、分かりやすく、楽しく伝えたいです。

写真=深澤慎平

――最後に、これからみそ作りを始める人に、応援のメッセージをお願いします。

洋子 まさに「うちの数だけみその味」なので、みそに正解はないって思っています。作ったことすら忘れちゃって、3年たってフタを開けたら真っ黒だった! なんてことがあっても笑い話になるし、若いみそと混ぜたらおいしく食べられるんですよ。

 2つだけ、みなさんにポイントとして伝えているのは、豆がちゃんと煮えていることと、分量が間違っていないこと。それだけできていれば、大体大丈夫です!

 「おいしいみそが成功」と考えると、好みもあるので失敗もいろいろあるかもしれないけれど、とりあえずみそになっていればいいっていうラフな気持ちでいけば、どんなみそもアリだと思います。たまに、自信満々で「これが、手前みそです」って結構古いのを出してくる人がいて、「あんまりうまくない……」って思うのもあるんですよ(笑)。

洋子 なんかその人の家の蔵のにおいがする……みたいな(笑)。

 でも、自分が自信を持てればそれでよくて。あんまりため込まずに、フレッシュなうちに毎日使って毎年作るのがいいですね。ぜひ、楽しみながら挑戦してみてください!

取材協力/五味醤油株式会社 取材・文/玉木美企子 撮影/深澤慎平 構成/編集部