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水をコップに注ぐイメージ画像

写真=編集部

みんなの水が、企業のものになったらどうなる? 「水道民営化」を世界の事例から考える

  • 暮らしと社会

水は「公共財」だろうか、それとも「商品」だろうか――。今日本では、水道法を一部改正して水道事業の官民連携を推進し、民営化を促す動きがある。公共サービスの民営化は日本だけの流れではないが、一方で、一度は民営化した公共サービスの「再公営化」も世界で広がっている。フランス・パリ市などの事例を踏まえながら、世界の公共サービスのあり方を研究調査しているトランスナショナル研究所の岸本聡子さんに、水道民営化について考えるためのヒントを伺った。

「民営化で効率がよくなる」は本当か?

――昨年、大阪市議会で提出された水道局の民営化議案が話題になりました。これは結局廃案になりましたが、国会でも水道法の一部改正をして官民連携を進めようという動きが起きています。具体的には「コンセッション」という方式が挙げられていますが、これはどのようなものでしょうか?

岸本 「民営化」といってもいろいろな方法があるのですが、今政府が推進しようとしている「コンセッション」というのは、施設の所有権を自治体に残したまま、民間事業者に運営権を包括的に委託するやり方です。所有権を残すことで公的な関与を残すことができるので「民営化とは違う」という意見もありますが、私はそうは思いません。ポイントは、決定権をどこが持つかだと思うのです。

 例えば、検針や浄水場管理などサービスの一部を民間事業者に外注することはすでに日本でも行われていますよね。でも、その場合も運営の決定権は、地方自治体や公共事業体などの「公」にあります。しかし、コンセッションの場合は、民間事業者が水質検査から水道料金の徴収までを担い、民間事業者に基本的な経営決定権が移ります。それはもう「民営化」と呼んでいいと思います。

 「水道事業を民営化する」と言うと不安や抵抗を感じる人が多いので、「コンセッションは民営化とは違う」として議論を進めようとしているようにも感じます。一般の人に聞き慣れない言葉ではなく、料金や技術、投資、経営決定権などの重要な事項の決定権はどこにあるのかという議論をするべきですね。

コンセッションのイメージ

コンセッションのイメージ

コンセッションは、公共施設の所有権を公共主体が有したまま、料金徴収を含む運営権を民間事業者に設定する

――水道民営化の背景には、高度経済成長期に整備された水道施設の老朽化が進んで、維持管理が必要になる一方で、人口や水の利用量の減少で収入が見込めず、自治体の財政が厳しくなっていることがあります。民営化することで、水道事業の効率化が進み、コストが削減されるという意見もありますが……。

岸本 民間企業に委託すれば効率化が進むというイメージは強いと思います。でも、それは本当でしょうか? きちんと検証されたものではありません。逆に、民営でも公営でもパフォーマンスには差がないという研究はたくさんあるんですよ。

 水道事業の民営化は効率性と安い水道料金をもたらすと海外でもいわれてきました。しかし、実際には、多国籍企業が参入した結果、水道料金は値上がり、人件費削減によってサービスが劣化する事例が世界各地で見られています。

 例えば、アメリカのアトランタでは民間企業と水道事業のコンセッション契約をしましたが、20年の契約終了を待たずに、たったの4年で契約解消しています。その間に企業は人員を半分にまで削減し、そのうえ毎年料金を値上げしました。一時期は、蛇口から濁った水が出て沸騰させなければ飲めないほど水質が悪化したのです。

 先日、日本で開催されたシンポジウム(※1)でも、フランス・パリ市元副市長のアン・ル・ストラさんが話していましたが、パリ市でも1985年に民間企業2社に配水から給水までの事業を委託してからは毎年水道料金が上がり、2008年には174%増になりました。パリ市の監督が及ばず、経営は不透明なものだったといいます。それが、2010年にパリ市が設立した公共事業体「オー・ド・パリ(Eau de Paris=パリの水)」によって再公営化されると、効率化とコスト削減を行って、水道料金の8%もの値下げを実現したのです。

※1:2018年2月18日に東京・永田町でシンポジウム「みらいの水と公共サービス」が開催された(主催:全水道会館 水情報センター)

フランス・パリ市における水価格の変化

フランス・パリ市における水価格の変化

資料:1980年を100とする。オー・ド・パリ「BAISSE DU PRIX DE L’EAU POTABLE A PARIS(2011年3月)」より編集部作成

水は誰もが生きていくのに必要な公共財

――アン・ル・ストラさんは、公共サービスに関する技術や人材、情報が、行政から失われて民間企業に移ってしまうことの問題も指摘していました。民間企業が撤退した場合や、再公営化したいとなった際には、こうした流失は大きな問題となりそうですね。

岸本 本当にその通りです。すでに世界的な水企業が施設の上下水道の維持管理などで日本にも入ってきていますが、包括的に運営権を委託するとなるとその影響は大きいです。

 そもそも民間企業というのは利益を出さないといけない性質のもの。株主にも配当金を支払わなくてはいけません。これらを利用者からの料金で賄おうとすれば逆にコストがかかります。一方、公的事業体であれば、水道事業からの利益はすべて設備への再投資や料金の値下げなど水道事業の改善に還元することができます。

 パリ市だけが特別な事例なのではありません。カザフスタンのアルトマイ、スペインのアレニス・デ・ムントなど多くの都市が、再公営化によって水道事業の効率を維持したまま、または向上させながら、料金の引き下げを実現しています。

岸本聡子さん

世界の水問題に精通するトランスナショナル研究所の岸本聡子さん(写真=柳井隆宏)

――インドネシアのジャカルタでは、コンセッション契約によって水道料金が10倍にまで引き上げられたと聞きます。水道民営化といえば、ボリビアのコチャバンバという街で2000年頃に起きた「水戦争」が思い浮かびます。民営化による料金値上げによって水へのアクセスを失った市民による抗議デモで、死傷者も出ました。

岸本 これまで鉄道事業や郵政事業なども民営化されてきましたが、水がほかのものと大きく違うのは、生きていくのに不可欠なものだということです。公共財としての側面が非常に強い。それに、私たちには選択肢はありません。蛇口からどの事業者の水を出すのか選べないのです。もし料金が数パーセントでも上がれば低所得者へのインパクトはとても大きくなります。

世界で広がる「再公営化」の動き

――トランスナショナル研究所によれば、2000~2017年の17年間に、世界中で少なくとも水道事業を含む835件の公共サービスの「(再)公営化」が実施されているという調査結果が出ています。

岸本 規制緩和を進め、あらゆるものを市場化していく新自由主義的な考え方のなかで、水道、電気、福祉など、さまざまな公共サービスの市場開放が行われてきました。今もその勢いは世界中で強いものです。とくに発展途上国では、国際金融機関が融資の条件として民営化を強引に推進してきました。

 しかし、何十年と民営化を経験してきた結果の失敗が積み重なって、ドイツ、フランス、イギリス、スペインなどの各地で再公営化の動きが広がりつつあります。実際、世界にはたくさんの民営化による失敗例があるのです。日本がそこから学ばずに同じ失敗を繰り返すとしたら、あまりに残念です。

水道および下水道事業を再公営化した自治体の数

水道および下水道事業を再公営化した自治体の数

資料:トランスナショナル研究所「公共サービスを取り戻す:民営化に自治体、市民がいかに立ち向かったか(2017年6月)」より編集部作成

――公的事業体のほうが利益を事業に還元できるのは分かるのですが、水の利用量の減少など日本と同じ課題を抱える同じパリ市で、どうして水道料金の値下げを実現することができたのでしょうか?

岸本 いくつかの理由がありますが、再公営化にあたって市民参加型の民主的なプロセスを取り入れたことは大きいと思います。

 2010年にパリ市が公共事業体「オー・ド・パリ」をつくって再公営化したときに、「パリ水道オブザーバー」という、水道事業に関する議論と情報公開の場が設けられたのです。ここには「オー・ド・パリ」の幹部と水道を利用する人たち――研究者、借家住人、住居管理者、労働組合、環境団体――など誰もが参加できて、財政を含めた情報はオープンにされています。

 もっとも重要なのは、この代表者が、「オー・ド・パリ」の理事会にも席を持ち、政策関与できること。ここでの議論が、きちんと経営に反映される仕組みがあるのです。こうした民主的プロセスを取り入れたことで、経営の健全化につながっていったのです。

シンポジウム「みらいの水と公共サービス」

東京・永田町で開催されたシンポジウム「みらいの水と公共サービス」(2018年2月18日/写真=柳井隆宏)

新しく多様な形の「公的所有」を考える

――再公営化にあたって、市民が水道事業に直接かかわることのできる仕組みを取り入れたのですね。

岸本 そこが大事なのです。現在の公営のやり方に問題があって、民営化しようという話がでてくるわけですから、ただ公営化すればいいということではありません。

 今世界で起きている「再公営化」は、かつての中央集権的なものに戻ろうという動きとはまったく違います。市民の基本的なニーズを満たしながら、社会的・環境的に課題に対処するような、新しく多様な形の「公的所有」を構築しようとする動きです。

 水の場合は事業者が一つに絞られるので難しいですが、例えばエネルギーなどの分野では、日本でも地方自治体と協同組合やNPOなどの市民電力が協力するような動きが広がっていますよね。こうした地域の人たちが地方自治体と一緒に主体的に参画するような非営利での公共サービスの運営も、広い意味での「公」として考えてもいいのではないかと思います。

水の携帯ボトル

「身近なところから水への意識を見直すことが大切」と話す岸本さん。いつも持ち歩いている水の携帯ボトルは、スイス・ジュネーブ市の公営水道社が提供しているもの(写真=編集部)

――公営だからといって安心、安全ということでもない。私たち市民が主体的に、今の水道事業が抱える問題の解決法を考えていく必要がありますね。

岸本 地域が抱える課題はそれぞれですから、どう解決していくのかは、地域の人たちで話し合って決めることがいちばんいいのだと思います。例えば限界集落の水道設備をどこまで維持していくのか。郵便でも同じような問題があります。でも、こうしたことは利益や効率だけで決められるものではありません。

 民間企業には市民参加を受け入れたり、情報をオープンにする義務はありませんが、公的事業体には説明責任があるし、透明性が求められます。それが実際に出来ているかどうかは別として、納税者として、市民にはそれを求める権利がある。そこが「民営」と「公営」の大きな違いです。参加型のガバナンスや経営は、公的事業体だからこそ可能なのです。

 日本は水道普及率が100%に近くて、しかも蛇口をひねれば飲める水が出てきますよね。でも、これって世界では当たり前のことではありません。こうしたインフラを当然と思わず、人口が減少しているなかで、設備の縮小も含めた水道施設の維持や運営管理についての議論を市民が主体的に行っていくべきです。そのときに大事なのは、そうした話し合いの内容が、きちんと政策に反映される仕組みがあることです。

岸本聡子さん

写真=柳井隆宏

水は、私たちにとって「最後の砦」

――日本は、今民営化の議論の最中です。世界の事例から学びながら、私たち一人一人がどういう仕組みが必要なのかを考えるチャンスでもあります。

岸本 その通りです。「市場がすべて」という考えのもとに、いろいろなものがこれまでにも商品化されてきました。その中でも水は最後の砦だと思っています。もし、政府が水道事業の民営化を推進させると決めれば、地方自治体にも強いプレッシャーがかかり、やらざるを得ない状況になると思います。これは地方自治の問題でもあるのです。

 生きるために誰もが必要とする水を、どのように管理していくのがいいのか。この議論は、電気などほかの公共財にも共通すること。水道民営化についての議論が、民主的で新しい「公的所有」のあり方を考えるきっかけになってほしいと思います。

取材協力/全水道会館 水情報センター、トランスナショナル研究所 取材・文/中村未絵 写真/柳井隆宏 構成/編集部