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写真=坂本博和(写真工房坂本)

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塩と冷蔵庫でできちゃう“熟成”。「チキン棒」を作ってみた! [今日からできる台所術-3]

  • 食と農

「忙しくて料理ができない」「どうやって料理の基礎を学んだらいいのか分からない……」。そんな悩みを抱えながらも、食文化史研究家・魚柄仁之助さんの指南のもと、いわしの手開き保温調理と、食材の持ち味を引き出すスキルを身につけてきた、編集部の若手・高橋と小林。三度目となる来訪を果たした二人を待ち構えていた今回の課題は“熟成”だった。

おうちでできるしっとり鶏ハム、名づけて「チキン棒」!

 「行楽シーズンですなあ。お花見弁当に、こんな一品はいかが?」。魚柄さんが差し出したのは、魚肉ソーセージを思わせる、何やら棒状のもの。手際よく包丁で切って「さあどうぞ」。

写真=坂本博和

 「いただきます! ん、おいしいっ! ハム、ですか?」(小林)。小林はそう言いながら、さらにもう一切れパクリ。

 「正解。手ごろな鶏ムネ肉で作った細巻きの鶏ハム、名付けて『チキン棒』! もちろん、わが家の自家製ですぞ」。小林の食べっぷりに、早くも魚柄さんの“ニヤリ”が飛び出した。

写真=坂本博和

 高橋も、「手作りハム、聞いたことはあるけど、作ったことないです……」と言いつつ、箸を伸ばす手が止まらない。

 あっという間にひと皿を平らげると、「どうやって作るんですか!?」「味付けには、何を使っているんですか」。すぐさま質問タイムが始まった。

“塩漬け”は、最も手軽で身近な熟成法

 にじり寄る二人の前に、魚柄さんが差し出したのは、小さな壺。「味付け? そんなの、これだけよ」。ふたを開けると真っ白で、サラサラの……塩だ。

 「えっ、塩だけ?!」

 「そう。塩とは、単に塩味をつけるだけの調味料じゃありまっせん! 最も身近で手軽な食材の熟成法。それが、“塩漬け”なんです」

 そう言うと魚柄さん、バットにのせた鶏肉を運んできた。「それじゃ、今日も実践あるのみ。やってみましょ!」

 鶏ムネ肉の皮を取り除き、厚さを半分にそぎ切りしたら……塩をパラリ。全体に軽くすり込むと、「はいっ、これで塩漬けは終わり」。

ある程度の日数保存したいなら、100gの肉に10gの塩が目安(写真=坂本博和)

 「これで完成、ですか?」(高橋)

 「いやいや、これはあくまで『塩漬け』の工程。しっかり保存するためには、あと一押し」。魚柄さんは鶏肉を網の上に乗せる。

写真=坂本博和

 「保存したいっていうことは、腐敗させたくないわけですな。じゃあ、腐敗の原因はなんだと思う?」

 「うーん……雑菌、でしょうか」

 「じゃあ、その雑菌はどこにいるか。菌の温床は、水分なんです。塩漬けは、雑菌を塩で繁殖しづらくするのに加えて、この水分を食材から追い出す工程でもある。今回はさらに念入りに、干して乾燥させることで、水分を飛ばしてみましょ」

 鶏肉が乗った網をバットにのせ、魚柄さんが向かったのはなんと、冷蔵庫。棚にバットを置くと、扉をパタンと閉じた。

 「あれっ、干すのでは……?」

 再び驚きの声を上げることとなった二人に、魚柄さんはまた「ニヤリ」。

 「冷蔵庫っていう名前にとらわれてちゃあ、いけません。冷蔵庫とは、一定の低温が保たれ、ゆっくりと風が回っている箱なんです。これ、『干す』のにぴったりの環境ですぞ。ちゃんと冷蔵庫を清潔にして、整理していれば、ね」

魚柄さんは気候に合わせて干し網で天日干しにすることもあるという。冷蔵庫乾燥なら72時間、天日干しなら24時間が目安だ(写真=坂本博和)

ラップ巻きで、きっちり抜気。仕上げは蒸して、うまみ逃さず

 「はい、こちらが塩して、三日三晩冷蔵庫で干した熟成鶏肉です」。冷蔵庫から戻った魚柄さんの手には1枚のバット。すでに塩漬け・乾燥を終えた鶏肉が数枚並んでいる。

 「これをラップで巻いて、チキン棒にしていきまっしょう。ポイントは、肉を巻きやすいように端をカットして長方形に整えておくこと、そして巻きながらきっちり抜気すること! ただし、力みすぎるとラップが破けちゃうから、巻きずしを巻くイメージでね。ラップを『すしのり』だと思うといいですゾ」(魚柄さん)

肉の両端をラップの上からつまみ、手前から巻いていく。ラップの両端は最後に折ってまとめて、一本に(写真=坂本博和)

 魚柄さんの指南を受けながら、二人のラップ巻きがスタートした。

「押さえつけすぎて、ラップがやぶれたー!」(小林)(写真=坂本博和)

端肉を合わせて巻いたチキン棒や、巻かずに包んだだけの肉もある(写真=坂本博和)

 2人がなんとかチキン棒を巻き終えると、魚柄さんは「ゆでてもいいけれど、うまみを逃しにくいのはやはり『蒸す』! ラップで包んだだけの肉も蒸しまっしょう。これはこれで、割きやすい『サラダチキン』になりますから」と、すぐさまアツアツの蒸し器へ。しっかりと湯気が立った状態で、15分程度じっくり加熱して完成だ。

「蒸した後十分に冷ませばラップがぴっちりと鶏肉に張りつき、密閉に近い状態が保てますぞ」(魚柄さん)(写真=坂本博和)

「熟成」とは、保存性とおいしさを高めるスキル

 ここで本日2度目のお楽しみ、試食タイムの始まりとなった。

 「『塩漬け』『乾燥』でおいしくなるのは、なにも肉だけじゃありませんぞ!」

 できたてのチキン棒とともに、魚柄さんが披露してくれたのは、さつまいもに人参、しその実、そしてイワシ。すベて塩を使って、冷蔵庫で熟成保存されていたものだ。右手前は鹿ジャーキー。さらに、数回の燻製も行っている。

写真=坂本博和

 「冷蔵庫がなかった時代も、人はこうして塩や乾燥などを駆使して、何とか食材を腐らせずに食べきろうとしてきたんですなあ」(魚柄さん)

 「しかも、チキン棒もこのさつまいもも、うまみや甘みが増して、おいしいですよね」(小林)

 「そう。おいしくなるのです。これは、うまみ成分が増えるからなんですが……ワタシはね、これひょっとしたら、人類の脳の進化によるものかも? なんて、思っているわけです」

熟成をおいしいと感じることこそ、「人類の知恵」?

 「なぜ、うまみ成分をヒトは『うまい』と感じるのか? それは塩漬け食材や、保存食を好んで食べるようになるために、人間の味覚のほうが進化してきたんじゃないか、ってワタシ、思うんです」

 意外なところから始まった、魚柄さんの「食文化史的進化論」。

 「食糧生産や調達が不安定で、食材を保存して食べることが欠かせなかった長い歴史のなかで、保存した食材の味をうまい! と楽しめるよう、味覚を進化させてきた人類──。そう考えてみると何ともいじらしい、生き残りのための努力じゃありまっせんか。それなのに、冷蔵庫に依存して食材をそのまま放ったらかし、腐らせてしまっていたら、せっかくの人間の進化が台無しっていうもんでしょう?」

 そして魚柄さん、ペンを取り出すと、紙にこんな図を書き記す。

塩をふって保存するか、そのまま保存するかでつく「差」のイメージ

 「ある日、生鮮食材を買った、届いた。これ、そのまま冷蔵庫に入れたら水分たっぷり、塩分もなくて、腐敗の方向に進むしかないわけです。しかし! 買ったらすぐに、塩。このひと手間さえしておけば、同じ時間の経過のなかで、食材は熟成に進んでくれる。同じ冷蔵庫に入れていたって、3日たてばこんなにも差が開いていくんです」

熟成の塩、味付けの塩。食べ方に合わせて「いい塩梅」に

 「冷蔵庫でモノを腐らせる、なんて残念なことは、塩のひと手間さえあれば、忙しくたって防ぐことができる。しかもうまい! とあれば、これ、やらない手はないですよなあ。

 ここで気をつけなければいけないのは、熟成のための塩と、味付けのための塩はちょっと意味が違うということ。すぐに食べるなら塩は『調味料』として使い、そのまま食べてもおいしい塩加減にする。しっかり保存を効かせるなら今回のようにちゃーんと塩を効かせ、『保存料』になってもらいましょ。

 沖縄のスーチカーなる伝統料理は、覆うほどの塩で豚肉を漬けることで、何と肉を常温保存してたんです。素焼きの壺に入れてね。亜熱帯気候の土地で、冷蔵庫のない時代であっても、そこまで塩を効かせて水分を抜いておけば大丈夫、っていうこと。でもまっ、私たちは冷蔵庫と上手に付き合って、もう少し塩を加減することもできるわけです。使い方に合わせて、『いい塩梅』にね」

 「なるほど……。用途や目的によって、塩の量や使い方を変えるということですね」(高橋)

 「その通り。しかも、最近はこのチキン棒の“類似品”が、スーパーやコンビニでも売られているようじゃあないですか(笑)。家で作れば添加物は一切ナシ。粉チーズを入れたり、ハーブと巻いたり、アレンジも自在。そのままかじってもよし、割いてサラダに加えてもよし! ただし、ラップをはがすと外気に触れ、雑菌も当然付着します。残さず一度に食べきるようにいたしませう。

 さ、あとはそれぞれ、自分なりに挑戦してみなっさい。二人からのレポート、楽しみにしていますぞ」

写真=坂本博和

 こうして、食材保存の原点である“塩漬け熟成”を身につけた二人。しかしまだまだ、人類が積み上げてきた食の知恵は奥深い。二人の挑戦は、さらに続く……。

監修=魚柄仁之助 取材・文=玉木美企子 写真=坂本博和(写真工房坂本) 構成=編集部