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写真=疋田千里

嫁舅コンビの料理研究家・小林まさみ&まさるさんに学ぶ、シニアと子ども世代の付き合い方

  • 食と農

料理研究家の小林まさみさん・まさるさんは、嫁と舅という関係でありながら、それぞれがお互いの調理アシスタントという、ちょっと変わった間柄の二人だ。テレビや雑誌の仕事で多忙なまさみさんを応援しようと手伝い始めたまさるさんは、今や84歳で料理本の出版やテレビ出演までこなす。一体なぜ、二人は一緒に料理の仕事をするようになったのか。どうやって良好な関係を保っているのか。そこには、シニアと子ども世代がうまく付き合っていくヒントがありそうだ。

見るに見かねて「俺、手伝おうか?」と

――まさるさんは70歳でまさみさんのアシスタントになったそうですね。まさみさんがお願いされたんですか?

小林まさみ(以下、まさみ) そもそもの始まりは、私自身が料理愛好家の平野レミさんのアシスタントをしていたときのことです。テレビの仕事の裏方で、餃子100個分の仕込みとかを家でやらなくちゃいけなくて、定年で家にいたお義父さんに大量の野菜のみじん切りなんかを手伝ってもらったことはあったんです。

 アシスタントとして本格的にお願いしたのは、私が独立して初めて本を出すことになったとき。100品ものレシピ提案とその試作に追われててんてこ舞いしていたら、お義父さんが、「洗い物でも手伝おうか」と声をかけてくれて……。

写真=疋田千里

小林まさる(以下、まさる) 見るに見かねてね。朝の5時前から夜中まで、一人で一所懸命やっているんだもの。それを見ていたから、俺も家で遊んでいるんだし、体も丈夫なんだし、ひとつ手伝ってやっかなって思ったのさ。

――お舅さんにお願いするということで、まさみさんに戸惑いはありませんでしたか?

まさみ 確かに、最初は少し恥ずかしかったですよ。アシスタントっていうと、自分より若い女性であることがほとんどですから。身内で、しかもお舅さんって……。少し迷ったのですが、背に腹は代えられず「今回だけ」と。

 でも、やってみたら、「使える!」と(笑)。初日の撮影が夜中までかかったので、さすがにヘトヘトだろうなと思ったら、翌日は初日よりも動きがいいんです。道具の位置とか覚えていて手際がいいこと。スタジオの包丁を研いだり鍋を磨くなんてことまでしちゃって。それから専属でお願いすることにしました。

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――まさるさんの仕事ぶりがまさみさんの心をつかんだのですね。

まさみ 調味料を用意したり道具を洗ったりと、いろいろと先を読んでやってくれるんです。先を読むって、アシスタントとして一番大事なことだけど、なかなかちゃんとできる人っていない。時々、先を読みすぎて、次に使おうと思って出しているボウルをしまっちゃうなんてこともあるんですけどね(笑)。

 あとはムードメーカーですね。撮影に来たスタッフが、私よりもお義父さんに「久しぶりー」って挨拶するんですよ。仕事の現場なんだけど、ピリピリした感じにならないのはありがたいです。

写真=疋田千里

「おふくろが魚さばくのを見ているのが、好きだった」

――手伝うといっても、調理の技術がないと難しいと思うのですが、まさるさんは料理をどうやって覚えたのですか?

まさる やり方とか特別に教わったってことはないけど、いつの間にか、ある程度はできるようになっていたんだよね。俺は15歳まで樺太にいたんだけど、その頃、おふくろが、漁師のメシ炊きの仕事をしていたの。タラでもサケでも、おふくろが上手にさばくのを黙って見ているのが好きでね。そういうので、自然に覚えたのかな。

 それに、うちはおかあちゃん(妻)がさ、体が弱くて、入退院を繰り返していたんだよね。家でも伏せていることが多かったから、俺がメシ作ってたの。仕事から帰ってきてから食事の支度なんて大変だったんだけど、子どもも小さかったし、俺がやるしかなかったからね。

まさみ お義父さんは、冷蔵庫に入っている材料を組み合わせて作るのが得意なんですよ。余りもの料理って、本を見て作るより大変だと思いますが、いろいろ工夫して考えるからすごいと思う。

まさる いつも冷蔵庫のどこに何が入っているか覚えているから、あそこには豆腐があるな、あそこには春雨があるな、じゃ、これとこれを組み合わせればいいな、とかね。料理は手も頭も使うから、ボケ防止にはもってこいだよ。

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「掃除でも洗濯でも、家のことは俺に任せろ」

――まさみさんは、いったん普通の会社に就職し、結婚してから、料理研究家をめざしたそうですね。

まさみ はい。何かを作ったりするのはもともと好きだったのですが、学生時代は料理よりも縫い物のほうで。OLの時もお弁当は自分で作っていましたが、台所の手伝いはあまりしていませんでした。

 それが、結婚が決まって母に料理を習い始めて、急に料理の楽しさに目覚めたんです。頑張って用意した食事を家族が「おいしいね」と喜んで食べてくれるのがこんなにうれしいものかと。それで、結婚してしばらくしてから、「この楽しいことを仕事にできたらいいな」と、調理師学校に通うことを決めたんです。

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まさる まあ、北海道弁でいったら、「どってんこいた(びっくり)」だったよ(笑)。だって、そのころは料理なんて俺のほうができるくらいだったのに、まさみちゃん、料理の先生になりたいなんて言い出すんだから。

――でも、結果的にはまさみさんの強力なサポーターになっている。一方で、女の人は家の中のことをやっていればいい、という考え方の人もまだいるようですが……。

まさる 俺はもう、そういうのは全然ない。男は厨房に立つなとか流しに立つなとか、侍の時代に男の都合で言ったことでさ、そんなのはもうとっくに終わっているんだよ。

 男であろうが女であろうが、時間があるほうが厨房に立てばいい。男だからできないんじゃなく、覚えれって。そうすればお互いに助け合えて家庭もうまくいく。俺は、若いころからそういう考えだね。

 まさみちゃんが本を出すってときも、家のことは、掃除でも洗濯でも何でも俺がするから、まさみちゃんは料理に全部ぶっこめって気持ちだった。

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「年のせいにしてあきらめるのは一番嫌い。この年だから、やるんだよ」

――まさみさんをサポートするためにアシスタントになったまさるさんですが、ご自分が料理研究家としてデビューすることになるとは考えていましたか?

まさる まさかね、思ってもみなかったよ(笑)。76歳くらいの時に、ある出版社の人が声をかけてくれて、雑誌で、季節に合わせた料理の連載を担当したの。それが2年くらい続いて、「レシピもたまったから、本を出してみないか」って言われたんだよね。これは一生に一度のチャンスだと思って、いいね、やるやるって、即答。その本が出たのが、78歳のときかな。

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――本を出すのは大きな決断だったと思うのですが、ためらいはなかったですか?

まさる なかったね。こんなチャンスなんて二度とこない、よし、やろうと。よく、年だからもういいとか、年だからあきらめるとかいうけどさ、俺はそういうのが一番嫌い。この年だからやるんだよ。若いときはね、たまには後ろを振り返って、これでいいのかな、失敗したらどうするのかな、なんて迷うこともあったけど、年だからもう後ろは向かない。後にあるのは、ガンバコ(棺桶)だけなんだから、「前へ、前へ」だよ(笑)。もう出たとこ勝負。失敗したらやめて、すぐ別のことをやればいいんだから。俺はそう思っているよ。

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心の中に土足で入らない。一線をわきまえる

――ところで、仕事でも家でもずっと一緒で、しかも嫁舅という、普通ならちょっと難しい間柄ではないかと思うのですが……。

まさみ よく聞かれるんですが、うまくやっていこうとはあんまり思っていないんです。しょっちゅうけんかもしますよ。だけど、けんかをしても、必ずその日のうちに解決する。次の日も一緒に仕事するから、引きずっていられないじゃないですか。謝るところはもちろん謝るし、謝ってほしいところも言うし、あとを残さないのが、コツっていえばコツかな。

 私は解決するまで話し合いたいタイプなんですが、お義父さんは、自分の部屋にぷいって閉じこもっちゃうタイプだったんですよ。だから、最初のうちは、部屋のドアをどんどんたたいて、「ちょっと話し合いましょうよ」とかやっていました。だんだんそういうのがなくなって、今は話し合って、時間とともに解決しています。

まさる 俺は、ここまでは踏み込む、これ以上は踏み込まない、これは言うけれどこれは言っちゃだめだっていう一線を自分の判断で引くようにしている。それがいいのかな。

写真=疋田千里

――何でも言いすぎないほうがいいということですか?

まさる 誰にだって、踏み込んじゃいけない領域というものがあると思うんだ。何でもしゃべっていい、何やってもいいっていったら、絶対けんかになるよ。親兄弟でも、人の心の中に土足でずかずかと入っていくのは、うまくいかない。まさみちゃんが相手だと、つい甘えちゃって、言ってはいけないことを言ってしまう可能性が高くなるから、意識して気をつけているね。

まさみ 私も、実家の両親になら、「分かっているよ、うるさいなぁ」とか口に出ちゃうんですが、お義父さんにはやっぱり言いませんね。

 あと、小さなことでも、気づいたらすぐに「ありがとう」って言うようにしています。例えば、ごみを捨ててくれたとか、雨の日に洗濯物を取りこんでくれたとか。相手が言う前にお礼を言う。うちでは、夫も含めて3人で、「ありがとう」って言い合っていますね(笑)。

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自分で料理することは、自分の足で立つこと

――お二人の著書には、初心者や男性、シニア向けのものも多くあります。料理を通してどんな提案をしていきたいですか?

まさみ 私は、男女や年齢を問わず、料理にあまり関心がなかったり苦手意識を持っている人が、私のレシピをきっかけに、料理を始める気持ちになってくれたらうれしいですね。そのために、手に入りやすい食材を使ったり、作りやすくなるためのちょっとしたコツを取り入れたりするように心がけています。

 とくにシニア世代にとって大切なのは、楽しく食べるということ。どうしても食が細くなりがちだから、ときには外食をしたり、親しい人たちと大勢で食卓を囲んで、気分を盛り上げる工夫も必要ですね。食べることへの楽しみや興味が沸いてくるように、ちょっと目先の変わった調味料や素材も提案していきたいですね。

写真=疋田千里

――まさるさんは、料理初心者やシニアに何かアドバイスはありますか?

まさる とにかく、自分で作るってことが大事。作っていれば、だんだん上手になっていくからね。

 「これまで何もしてこなかったけど、いっちょ作ってみようか」と思うなら、まず冷蔵庫を開けて、そこにある食材にちょこっと手を加えるってところから始めたらいいと思うよ。例えば納豆があったら、ただしょうゆで食べるんじゃなくて、ねぎを刻んで入れるとか、たらこを入れてみるとか。

 男の料理っていうと、最初から特別な材料を買ってきたり道具をそろえたり、本とにらめっこして大層なものに挑戦しようとするけど、失敗したときにショックが大きくて、「やーめた」ってなりがち。小さいものからやっていくと、だんだんできるようになって料理も面白くなるよ。

 俺は、自分で料理をするってことは、自分の足で立つってことだと思うんだ。誰だって、いずれは自分一人になるかもしれない。だから「心の準備をしておけ」、そのために「料理できるようになっておけ」って言いたい。人間、生きていくためには食べないといけないんだからさ。

取材・文/高山ゆみこ 撮影/疋田千里 構成/編集部