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食卓に届いたバナナ

写真=深澤慎平

バナナが食卓に届くまでに何が……?農薬の空中散布と不平等な契約に苦しむ人々を見過ごせない

  • 食と農

日本でもっとも消費量が多い果物といえば「バナナ」(※1)。好まれる理由には、健康的なイメージや手ごろな価格などが挙げられ、スーパーの売り場では、たくさんのブランドを目にする。日本に輸入されるバナナの8割はフィリピン産だが、どのように作られているのかを知る機会は少ない。私たちの食卓にバナナが届くまでに、何が起きているのか。フィリピン・ミンダナオ島から「生産者の状況について知ってほしい」と来日した二人に話を聞いた。

※1:総務省統計局調べ。

ある日、地域の人たちが助けを求めに来た

――ミンダナオ島は、フィリピンバナナの主要産地だと聞きました。ということは、日本で私たちが食べているバナナの多くもミンダナオ島から来ているのですね。

チンキー・ペリーニョゴリェ(以下、チンキー) はい。ミンダナオ島はフィリピンで2番目に大きい島で、土地の約3分の1が農業に利用されています。フィリピン全体の輸出用作物の30%、バナナやパイナップル、ゴム、カカオなどについては80%以上がミンダナオ島産です。日本の企業をはじめとする多くの多国籍企業が、プランテーションで栽培されたバナナを日本やそのほかの国へ輸出しています。

 地元でもバナナは食べますが、それは形も味もさまざまな在来種のバナナで、日本の皆さんが食べている「キャベンディッシュ」(※2)ではありません。ミンダナオ島の広大なプランテーションで栽培されているキャベンディッシュは輸出用に栽培されているバナナの品種で、私たちが食べることはないんです。

※2:バナナの栽培品種の一つ。世界で生産されるバナナのほぼ半数を占め、日本のスーパーなどで一般に売られている。

テーブルに置かれた2種類のバナナ

一般的な品種のキャベンディッシュ(左)と、フィリピン在来種の一つであるバランゴン(右)(写真=深澤慎平)

――チンキーさんは、ミンダナオ島ダバオ市にある環境NGO「IDIS」(※3)の事務局長を務めていますが、IDISがバナナ生産者とかかわるようになったきっかけは何だったのでしょうか。

チンキー 2005年に、地域の人たちがIDISの事務所に助けを求めてやってきたことが始まりでした。彼らが最も困っていたのは、プランテーションでバナナの病気を防ぐために行う農薬の空中散布です。トラックや人力で農薬を散布するのとは違って、小型飛行機による空中散布は風向きによってプランテーションとは関係のないところにまで農薬を飛散させてしまいます。

チンキー・ペリーニョゴリェさん

IDIS事務局長のチンキー・ペリーニョゴリェさん(写真=深澤慎平)

 私たちはこれを「毒の雨」と呼んでいますが、農薬の被害に苦しむ村人たちの様子を映像に収めて、YouTubeでも公開しています。特に地域の人たちは、子どもが学校に通う時間帯に空中散布をするのを止めてほしいと訴えていました。プランテーションで働く男性だけでなく、近くに住む女性や子どもにも被害が出ていました。空中散布に苦しんでいる村は本当にたくさんあります。

※3:ミンダナオ島ダバオ市の水源保全を守る環境NGO。

『毒の雨』(制作:IDIS、翻訳・字幕:ATJ)

子どもにも降り注ぐ「毒の雨」

――具体的に、どんな被害の訴えがあるのか教えてください。

チンキー こうした村のどこへ行っても、皮膚に疾患がある人たちを見かけることができます(思い出して、思わず鳥肌を立てるチンキーさん)。腎臓を患う人、喘息や咳など呼吸器系の病気をもつ子どもたちがたくさんいます。『毒の雨』の映像には、飼っていた家畜が死んでしまった、干していた洗濯物を着たら眠れないほど皮膚がかゆくなった、という女性の話も出てきます。

「洗濯物にも農薬がかかっている。皮膚がかゆく、夜、眠れない」と訴える女性

『毒の雨』より

 もちろんプランテーションで働く人にも影響があります。飛行機に空中散布の場所を示すために旗を持って畑に立つ仕事をしていたある男性は、失明してしまいました。しかしバナナ企業は彼から仕事を奪っただけで何の補償もしていません。「そうした病気は農薬のせいではない」と言うのです。

 健康被害を受けた人たちは、公営のヘルスセンターに頼るしかありません。そこでは検査を受けることもできず、市販の薬をもらうだけです。十分な医療を受けるお金がないので、結局何の治療もできないままです。

多くの子どもたちが皮膚病に苦しんでいる

『毒の雨』より

――どうして企業はそうした人たちの声に耳を傾けないのでしょうか……。農薬の空中散布が環境に及ぼす影響も心配です。

チンキー 私たちは、散布方法にかかわらず、農薬自体が環境破壊を引き起こすものだと考えています。農薬は排水路から流れて川を汚染し、海や水産資源まで汚染します。

 その中でも空中散布は環境への影響が甚大なので、すぐにでも止めてほしいのです。企業は「小型飛行機にGPSをつけているから問題ない」と言いますが、風向きまではコントロールできません。関係のないところにまで農薬が飛散して、人間の健康を損ね、生物多様性をも壊してしまいます。

農薬を空中散布する飛行機

『毒の雨』より

バナナ業界団体が妨害した「空中散布禁止条例」

――フィリピンバナナは日本では身近な果物ですが、現地の状況はほとんど知ることがありません。チンキーさんたちの活動によって、一度はダバオ市で空中散布禁止条例が作られたそうですね。

チンキー そうなんです。2006年に空中散布に反対する市民グループができ、IDIS以外にもさまざまな団体や個人が参加して、空中散布禁止のための運動が広がっていきました。私たちも協力して被害調査や政策提言、デモなどを行った結果、2007年にダバオ市で農薬の空中散布を禁止する条例ができたのです。

 しかし、条例制定から数か月後、バナナ業界団体が「この条約は違憲である」として裁判を起こしました。そして2016年に、最高裁は違憲判決を下して条例を無効にしたのです。いくつかの違憲理由のなかには、使用する農薬の成分や濃度を明確に規定せずに空中散布を禁止することが憲法上の「平等の保護」に反すること、また、農薬や化学物質の使用については農薬肥料庁の管轄であり、ダバオ市には禁止する権限がないことなどが挙げられていました。

 この判決は、同じように農薬の空中散布禁止条例を作ろうとしていたダバオ市以外の地域にも大きな影響を及ぼし、どの議会も条例案を引っ込めてしまいました。

チンキー・ペリーニョゴリェさん

写真=深澤慎平

――大変残念な結果です。判決を知った生産者さんたちの反応はどうでしたか。

チンキー この判決に多くの人が憤り、そして失望していました。本当に残念です……。しかし、成果もあります。空中散布禁止の条例ができると決まった時点で、行政の意向に従ってダバオ市では多くのバナナ企業がすぐに空中散布をやめたのです。

 実は、違憲理由のひとつに、空中散布をやめるのに3か月という移行期間では短すぎるというものもあったのですが、企業は空中散布をやめようと思えばすぐにでもできることが、これで証明されています。

 ダバオ市に限っていえば、条例が違憲となった今も、多くの企業は空中散布を再開していません。反対運動が再燃するリスクを恐れているからです。つまり、企業は空中散布をやめようと思えばできるということです。ただ、残念なことに、ある企業だけはやめようとしませんでしたが……。

午前10時といえば、子どもたちは家の外にいる時間だ

『毒の雨』より

「高地栽培」のエリアでは、より被害が深刻

――ダバオ市以外の地域ではどんな状況なのでしょうか。

チンキー 今私たちが主に活動しているのは、ダバオ市ではなくミンダナオ島の中央部や南部です。特に標高700~800m以上の高地でバナナ栽培をしている地域では、空中散布の被害が深刻です。ダバオ市のような低地平野と異なり、高地には小さな農園が分散しているので、空中散布を続けるほうが企業にとっては「効率的」なのでしょう。

報告会で発表するチンキーさん

2018年7月29日に来日し、現地の状況を報告したチンキーさん(写真=編集部)

――最近、日本のスーパーでも「高地栽培」のバナナを見かけますが、その高地で空中散布が問題になっているとは思いませんでした。

チンキー もともとバナナのプランテーションは低地平野が中心だったのですが、だんだんと高地にバナナ栽培が広がっていきました。それによって空中散布はより深刻な問題になっています。高地では民家とプランテーションの間が近く、人々がより農薬の被害にさらされやすいからです。

 家だけでなく学校もプランテーションに囲まれたような場所にあります。通学する子どもたちの上を、空中散布の飛行機が飛んでいきます。しかし、地域にはほかに仕事がなく、家族や親せきがバナナ企業から仕事を得ている人たちが多いので、なかなか表立って声を上げることができません。企業からの報復が怖いのです。

チンキー・ペリーニョゴリェさん

写真=深澤慎平

 さらに、これまで生産者は裏庭で自給用作物を育ててきましたが、空中散布で大量の農薬が降るので、心配で食べられないといいます。川から得ていた飲み水も汚染されていて、野菜も水もお金を出して買わなくてはいけなくなりました。広大な輸出用プランテーションの隣で、自分たちの食べるものがないという問題が起きています。

ラカグ、ロオッブ、トリル村の住民は川の水を飲み水としている

『毒の雨』より

多国籍企業と生産者の「不平等」な契約

――今回、一緒に来日した弁護士のアーヴィンさんにも伺いたいのですが、これだけ多くのバナナがミンダナオ島で生産され、輸出されているにもかかわらず、なぜバナナ生産者は貧困状態にあるのでしょうか。

アーヴィン・サガリノ(以下、アーヴィン) 多国籍企業と生産者の契約が「不平等」であることが問題です。私はNGO「IDEALS」(※3)のメンバーとして、こうした不平等な契約内容を改善するために生産者への法的支援をしています。

アーヴィン・サガリノさん

IDEALSのアーヴィン・サガリノさん(写真=深澤慎平)

 フィリピンでは、この30年の間に農地改革政策によってバナナプランテーションで働いてきた労働者が自分で土地を所有できるようになりました。広大なプランテーションは、小さな土地を所有する生産者たちと多国籍企業との契約で成り立っています。しかし、土地を所有できるようになっても、生産者の生活は改善されていません。それは企業との契約に大きな問題があるからです。

広大なバナナプランテーション

『Destiny of Debt:債務の運命ーフィリピン・バナナ農家の苦難』より

――どのような点が問題なのですか。

アーヴィン 例えば、バナナの買取価格は企業が一方的に決め、生産者には交渉する余地がありません。契約期間も15~30年と非常に長期にわたります。企業側には契約を自動的に更新する権利があり、15年契約が自動更新されれば30年間も同じ契約に縛られます。その間ずっと買取価格は変わらないのです。

 一日中働いても、生産者が手にできるのは地域の最低賃金以下。ただでさえ低い買取価格から、病気や害虫の対策費、加工費、資材費なども差し引かれます。もし輸出途中でバナナに傷がつき、日本の港などから返品されることがあれば、そのコストも生産者の負担です。どうしてバナナを納品した後のコストまで生産者が負わなくてはいけないのでしょうか。

※3:社会から取り残され、為すすべなく弱い立場に置かれた人々の法的・技術的ニーズに対応することを目的に結成された司法による権利擁護団体。

『Destiny of Debt:債務の運命ーフィリピン・バナナ農家の苦難』(制作:IDEALS、翻訳・字幕:PARC)

企業が利益を得ても、生産者は貧しいまま

――45年もの間、バナナプランテーションで働いてきた男性が「人生すべてを費やしても貧困から抜け出せなかった。子どもに教育を受けさせられなかった」と話していたそうですね。

アーヴィン 先ほど申し上げたような内容に加えて、農薬や化学肥料なども、企業が指定した業者から指定した金額で買うことなども契約で決められています。市場価格と違っていても選ぶことはできません。こうして生産者には借金が積み重なっていきます。契約内容を見ると企業の利益になる条項ばかりなので、生産者が貧困に陥るのは明らかです。

「人生のすべてをここに費やしても、暮らしは豊かになりませんでした」と話す生産者

『Destiny of Debt:債務の運命ーフィリピン・バナナ農家の苦難』より

 子どもたちも家族のために働かざるを得ないし、教育の機会やほかの仕事に就く機会も少ない。結局、子どもたちも、多くが同じようにバナナ生産者になるしかありません。多国籍企業がアグリビジネスによって巨額の利益を得る一方で、生産者は貧困から抜け出せないのです。

「借金がたくさんあります。お金を借りないとお腹を満たせません」と話す生産者

『Destiny of Debt:債務の運命ーフィリピン・バナナ農家の苦難』より

――どうしてそのような不平等な契約に生産者は署名してしまうのですか。

アーヴィン 例えば契約書は英語で書かれていますが、多くの生産者は初等教育しか受けていないために、契約内容を十分理解することができません。企業は内容を丁寧に説明することもなく、署名すれば先に数年分の契約金を前払いするとして契約を促します。

 私たちは、生産者が働いた分の公正な分配を得られるように企業に求めています。交渉の席につくようにと促してきました。また、生産者に法律知識を伝える学習の機会も作っています。自分たちにどういう権利があって、契約書にはどんな条項があって、どうしたら自分たちの利益を守れるのかを伝える活動も行っています。

「公正な契約を」と訴えるIDEALS

『Destiny of Debt:債務の運命ーフィリピン・バナナ農家の苦難』より

消費者の声が、生産者の暮らしを変える

――こうした契約はさすがに違法ではないのでしょうか。

アーヴィン 私たちは法的に無効だと考えていますし、実際に司法に訴えている生産者もいます。しかし、フィリピンでは法的手続きに非常に長い時間がかかるのです。この契約が無効だという判決が出るまでは、生産者は署名した契約に縛られ続けます。もし契約を守らなければペナルティが課せられる可能性があるからです。

 生産者は「もうバナナを栽培したくない」と言っているわけではありません。ただ、きちんと生活ができるような契約を結んでほしいと願っているだけです。しかし、企業側の関心は低く、なかなか交渉の席につこうとしません。

 もし日本の消費者がこうした企業に「バナナ生産者と公正な契約を結んでほしい」と求めてくれたら、状況を変える力になりますし、大きな意味があると思います。

アーヴィン・サガリノさん

写真=深澤慎平

――消費者の声は、企業にとっていちばん強い影響力があるはずですね。日本ではたくさんのフィリピン産バナナが売られていますが、何も知らずに食べている私たちにも責任があるのではないかと感じます。

チンキー 私たちが求めているのは、バナナ企業をミンダナオ島から追い出したり、生産者に仕事を辞めさせたりすることではありません。こうしたバナナを買っている日本の消費者を責める気持ちもまったくありません。どのバナナが人権や環境に配慮した「エシカル」なバナナなのかを消費者が知ることは、正直言ってとても難しいことだと思います。

 だからこそ、今回私たちは、皆さんが食べているバナナがどこから来ていて、その地域の人々がどんな状況にあるのかを共有したいと思って日本に来ました。バナナを食べるとき、作っている生産者のことを思い出してほしいのです。

 生産者の人たちが安心して家族と暮らし、働くことができるように、どうか一緒に企業に改善を求めてください。そして、より安全で環境にも配慮したバナナを作ることを実現していきたいと思っています。

チンキー・ペリーニョゴリェさん

写真=深澤慎平

取材協力=株式会社オルター・トレード・ジャパン(ATJ)、特定非営利活動法人アジア太平洋資料センター(PARC) 取材・文=中村未絵 写真=深澤慎平 構成=編集部