はじめよう、これからの暮らしと社会 KOKOCARA

食と暮らし、持続可能な社会を考える、
生協パルシステムの情報メディア

やまもとりえ,子育て,子ども

写真=深澤慎平

『本当の頑張らない育児』著者のやまもとりえさんに聞く「イライラを楽しさに変えるヒント」

  • 暮らしと社会

「言わなくてもこれくらい分かってよ!」「嫁の気持ちが全く分からん……」子育てをきっかけに夫婦の気持ちがすれ違い、つのるイライラ。そんなリアルを自身のブログで描き、大きな反響を呼んだイラストレーター・やまもとりえさん。現在4歳と1歳の男の子を育てながら、連載や単行本の制作に大忙しの日々を送っている彼女に、子育てのイライラを楽しさに変えるヒントを聞いた。

「変わらなきゃいけないのは私だけなの?」

――『本当の頑張らない育児』の冒頭では、出産直後の苦しさがとても端的に表現されていますね。

やまもと 出産後は、大海原にたった1人、ぽちゃんと落とされたような気持ちでしたね。不安だし眠れないし、1分でいいから熟睡したい! という極限状態。そんな中、夫はメール1本で飲みに行ったり、遊びに行ったりできることに対し、正直羨ましい思いもありました。

産前産後のギャップにがく然とする、「本当の頑張らない育児」の見開き

『本当の頑張らない育児』(2018年、ホーム社)より(写真=深澤慎平)

――出産と育児によって劇的に変化する女性に対して、男性は変わるきっかけがつかめない。お互いの意識や関係性に多くの食い違いが生まれてしまうわけですね。

やまもと そうですね。そこで、女性の気持ちだけではなくて、男性側の視点を表現できないかなと思い、夫(父親)の心の中も描きました。

父親の気持ちを描いた、「本当の頑張らない育児」の見開き

『本当の頑張らない育児』(2018年、ホーム社)より(写真=深澤慎平)

 それには理由があって、周りを見ていると、私たちの親世代とは違って、最近は育児に積極的な男性が増えているように思ったんです。でも同時に、パートナーである妻(母親)の急激な変化や強いいらだちの理由、本音が分からなくて苦しんでいる男性が多いようにも感じています。

 きっと妻から「これとこれをお願い」と具体的に言えば、拒否する夫は少ないと思うのですが、妻側からすると「言わなくても分かってよ!」とか「のん気でいいよね」なんて言いたくなってしまう。お互いの言い分が平行線で、伝わりにくくて、埋めにくい溝ができてしまうのかもしれないですね。

母親のいらだちを描いた、「本当の頑張らない育児」の見開き

『本当の頑張らない育児』(2018年、ホーム社)より(写真=深澤慎平)

やまもと家を襲った「生協事件」

――やまもと夫妻は、例えばどんなすれ違いがありましたか?

やまもと 次男が生まれたとき、長男の手を引いて、生まれたての次男を抱いて買い物に行くのがすごく大変でした。そこで、夫に「生協の宅配をとりたい」と相談したんです。そうしたら夫が「どんだけめんどくさがりやねん」って……。「一生忘れないその言葉!」って思いましたね。

 でも言われた瞬間は、すぐに言い返せなかったんです。「あれ? 私がおかしいのかな?」とか、「めんどくさがり」って言われたショックとか、いろいろな感情で混乱してしまって。結局理解してもらえないんだって、心を閉ざしていたのかもしれません。

やまもとりえさんの写真

写真=深澤慎平

――事件はその後、どうなりましたか?

やまもと その後分かったことなのですが、「どんだけめんどくさがりやねん」と言った後に、私の顔が凍りついたのを見て、夫はずっと気にしていたようなんです。すぐに自分で長男の手を引いて、次男を抱っこして買い物に行っていました。

 帰ってきて私に「これは……無理やな」と。持てる量が限られる上に、子どもの安全にも配慮しなくちゃいけない。かさばる物は買えなくて、買い物の意味がないって。自分でしっかりと研究してきたみたいです。今では「生協、どんどん利用しよう!」と、夫から言うようになりました。

やまもとりえさんの写真

写真=深澤慎平

子育てをチームで考えよう。チームで解決しよう

――パートナーとの信頼関係を通して、やまもとさんも人の力を借りるコツをつかんでいったのでしょうか?

やまもと そうですね。特に次男が生まれた後は、育児の大変さが倍になりました。長男は赤ちゃん返りをするし、家事も仕事もあって、とても1人では限界でした。プライドとかこだわりとか、本当に言っていられない状態になって、必要に駆られて周りの人の力を借りるようになっていたのも、このときです。

 この本の主人公はお料理が得意ですが、私は実は苦手(笑)。でも片付けや洗濯は好きなので、週末は夫に料理をお任せして、その分「きれいにする活動」を頑張っています。

 はじめは「頼る=甘えだ!」なんて思っていましたが、それはただ自分が作っていた思い込みでした。自分が頼る時、「長い目で見てね~、いつかお返しするからね~」という気持ちを持っていれば十分ということも自然に学びました。

やまもとさんのお気に入りのマグカップに入れられたコーヒーの写真

「今はお気に入りのマグカップで、コーヒーを飲む余裕もできました」とやまもとさん(写真提供=やまもとりえ)

――本書でも「家族はチーム」という言葉が何度も出てきます。

やまもと 子どもに個性があり、親に個性があり、頑張りたいところも、幸せのかたちも人によって違いますよね。その家族にあったやり方を考えたり探したりしながら、補い合ってみんながもっと自由に生きればいいと、心から思います。家庭によってルールが違って当たり前。正解なんてどこにもないと思います。

「子育てはもっと自由でいい」と主人公が語る、「本当の頑張らない育児」の見開き

『本当の頑張らない育児』(2018年、ホーム社)より(写真=深澤慎平)

――そう考えると、困ったことを家族だけで解決しなければ、なんていうルールもありません。「チーム」はどんな人とも結成可能ですね!

やまもと もちろん! 誰だってチームになれますよね。この本の中でも主人公は裁縫が得意な妹に、子どもの入園グッズを作ってもらうお返しに、夕飯のおかずを作ってあげています。

 ここでは妹でしたが、チームのメンバーは近所の人やママ友や、その人が作りやすいチームを組んで補い合うのもまた楽しそう。私の母も、私が小さいときには近所の人に私を預けて買い物に行っていました。小さな助け合いは当たり前。その延長で、みんなが自分の得意分野を生かしてもっと気軽に「頑張りシェアリング」ができたらな、と思うんです。

――家族の他にも「チーム」と感じる場所はありますか?

やまもと 家族以外の大切な居場所といえば、それはSNSです! なんて言ってしまうとすごく現代っ子っぽいですかね(笑)。

 長くSNSで育児日記を発表していると、「こんなふうに思ってしまうのは自分だけだろうか」と不安になりながらアップした記事に対して、想像をしていなかった共感や反響をいただくことがあります。不安なことに「そうだよね~」とか「うちも!」とか言い合える人がたくさんいることで、どれだけ日々の気持ちが軽くなることか。

インスタグラムを見るやまもとさん

やまもとさんのInstagram(インスタグラム)には、15万人以上のフォロワーがいる(写真=深澤慎平)

 私はそれを「日記セラピー」と呼んでいるのですが(笑)。どんなに幸せそうに見える人でも、それを維持するためにはたくさんの努力や苦労がある。楽をしている人なんていない! SNSは、ありのままの子育ての悩みや楽しさを共感しあえる場所なんです。いわば「井戸端会議SNS版」ですね。井戸端会議は、今も昔も無くてはならないものなのかもしれません。

 私が育児日記を発表し続ける原動力も、悩んでいる方に少しでも「分け合おう」という提案ができれば、と思っているからなんです。「なんで私ばっかり……」という気持ちが積み重なってしまっているときに、少しでもその人の視野が広がるきっかけになれたらいいなと。

iPadでイラストを描くやまもとさん

「ipadはイラストを描く時の必需品です」と話すやまもとさん(写真=深澤慎平)

そしてチームは強くなった。日々、強くなっていく

――無我夢中の時期を経て、子育てが楽しい、と思えたきっかけはどんなことでしたか?

やまもと 最初のきっかけは、母の言葉でした。「子育ては大変だけど、その3倍、笑うことが増えるよ」って。その言葉で肩の力が抜けたのをよく覚えています。漫画を描いているせいもありますが、子どもを観察したり、気持ちを想像したりするのは本当に楽しいです。

 質問に対して予想外の答えが返ってきて、そこに夫が独特のツッコミを入れるとさらに楽しい。夫とは話し合いながら協力できることが増えてきて、長男がだんだん戦力になってきて、次男はどっしり構えていて……。おっ、なかなかいいチームになってきたなと。支えたり支えられたりしながら毎日の暮らしを維持していけることは大きな喜びです。

リビングでくつろぐ、やまもとりえさんの子どもたちの写真

やまもとりえさんの1歳と4歳の子どもたち(写真提供=やまもとりえ)

私たち世代の、新しい幸せがきっとあるはず

――やまもとさんの母親世代の子育てと、今の子育てでは事情が様変わりしていますよね。それなのに、昔ながらの「いいお母さん像」という漠然とした幻想は変わらないまま、今を生きる母親たちのプレッシャーになっている気がします。

やまもと そうそう! 私もまさに、格闘中です。今日はこの取材のために大阪から上京してきました。そこで義母に保育園の送迎をお願いしてきたのですが、どこかに「申し訳ない」という気持ちが根強くあります。子どもを誰かに預けると、いつも心の中はザワザワしてしまって。

 勝手に作りあげた「いいお母さん」の幻想と、働いている自分のギャップとの折り合いがつけられなくなる時がよくあります。「いいお母さん」が称えられている風潮を見ると、ちょっと否定的な目で見ているくせに、実は自分がそこを超えられていないジレンマはありますね。

――そう考えるとこれからの家族のあり方も母親像も、私たちがアップデートしてしまえばいいのかもしれませんね。

やまもと 私の親世代は、夫や子どもに尽くす母親が多かったかもしれません。でも私たちの世代は、夫婦で協力する子育てが当たり前のようになってきています。それなら私たちは、そういう夫婦の、そういう母親の幸せな顔を子どもたちに見せるっていうのはどうでしょう。

 2人で仕事して、毎日ワイワイ夫婦で話して、たくさんの人を巻き込みながら助け合って、これってすごくいいよ、楽しいよって。その姿を見て、子どもたちが家族を作るときの新しいモデルになれば最高ですね。

やまもとりえさんの写真

写真=深澤慎平

取材協力=株式会社ホーム社 写真=深澤慎平 取材・文・構成=編集部