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年末年始のごちそう疲れに!「すりおろし」で、おなかも冷蔵庫もスッキリ[今日からできる台所術-5]

  • 食と農

楽しい正月気分もそろそろ終わり。通常モードの日々が始まるが、師走からのごちそう続きでおなかはもう少し休ませたい……という人も多いのではないだろうか。これまで数々の「台所術」を身につけてきた編集者・高橋と小林も同じ。「食べ疲れを癒したい!」と、食文化史研究家・魚柄仁之助さんを訪ねた。泣きつく二人に、魚柄さんが差し出したものとは?

おなかあったか、あと味サラリ。大根おろしが決め手の「みぞれ粥」

 「年末年始、ついごちそうを食べ過ぎました……」「なんだか食欲が湧かなくて」。魚柄邸を訪れるや、早速弱音をこぼす二人。すると魚柄さん、

 「食べ過ぎて食欲がなくなった? まったく君たちは。そんなときはこれでも食べて、一息つきなっさい!」

と、台所からふんわり湯気の立つお碗を持ってきた。

みぞれがゆ

 「おかゆ、ですか?」

 「お米と、あとこの白いものはなんだろう?」

 まず小林が、スプーンですくって口へ。すぐに「おいしい!」の声が上がった。

 「これ、大根おろしですね? 普通の白がゆよりさっぱりしているから、どんどん食べちゃいます!」

白かゆを食べる小林

 続いて食べ始めた高橋も、

 「本当だ。おろした大根の甘みがあって、ほんのり辛みも利いてる。さっぱりしているのに、後を引きますね」と、手が止まらない。

 魚柄さん、その様子に大きくうなずきつつ、種明かし。

 「これぞごちそう疲れの胃袋の味方、『みぞれ粥』ですぞ。昆布とかつおだしの白がゆに、大根おろしをさらりと加えるだけで、こんなにも食が進むさっぱり味に変化するんですなぁ」

 そして、机の上になにやら並べ始めた。

いろいろなおろしがね

 大きさも、素材も多様なおろしがねの数々だ。

 「こうして見ると、いろんな種類があるんですね」と、二人も興味深げに手に取る。

 「さよう。おろしがねもいろいろなら、おろしてできる料理もいろいろ。食べることに疲れたら、食べなければいい! と言いたいところだが、せっかくだから今回は、この『すりおろし』の術を、実践してみましょ!」

大根だけじゃない! おなじみの野菜、なんでもおろし料理に

 続いて魚柄さんが持ってきたのは、じゃがいも、かぼちゃ、れんこん、トマト、りんごに、にんにく……。どれもおなじみの食材たち。

じゃがいも、にんじん、トマトなどの野菜

 「これ、全部すりおろすんですか?」

 「一体、何を作るんでしょう?」

 高橋と小林の問いに、魚柄さんはニヤリ、笑顔で「まあ、とにかく実践あるのみ!」と、おろしがねを手渡した。

 「どれからでもいいから、すりおろしてみなっさい」

 そう魚柄さんに促され、高橋がまず手にしたのは、じゃがいも。日々の食卓でおなじみの野菜だが、すりおろすのは初めて、と高橋は話す。

 「意外と……硬いです」

 ぎこちない高橋の所作に、「このくらいの硬さのものは、手とおろしがねの両方を動かすのも一つの方法ですぞ」と、魚柄さんがお手本を披露してくれた。

おろし方をレクチャーする魚柄さん

 「あっ、確かに早い!」

 アドバイスのおかげで、高橋のすりおろし速度がアップしたが、しばらくすると再び手が止まった。

 「あの……おろしてていつも悩むんですが、この、すりおろしの最後に小さくなったカケラ、どうしたらいいんでしょう?」

 「そのままポイっと混ぜて、問題なしでしょう!」 

小さくなったじゃがいものかけら

 その後も、交代しながられんこん、かぼちゃ、玉ねぎと次々にすりおろしていく二人。

 「かぼちゃって、こんなに硬いんですね」

かぼちゃをすりおろす高橋

かぼちゃなどの硬い野菜は、鍋のふちで固定できる溝のついたおろしがねを使うと安定する

 「れんこんはスイスイいける!」

 「れんこんがラクなのは、水分と繊維質がたっぷり含まれているから。たまねぎは、根元を切り落とさずに残しておくと、バラバラにならずにいけるんです」と、魚柄さんからも声がかかる。

すりおろしながら説明を聞く高橋

「すりおろし」は、野菜の個性に出合うきっかけに

 二人から歓声が上がったのは、小林が挑戦したトマト。すぐに崩れてしまうかと思いきや、薄皮のおかげで思いのほかおろしやすい。

トマトをおろす小林

 「すごい、あっという間にできて、皮だけちゃんと残る!」(小林)

 「しかも、トマトの果汁も余すことなし。これなら、湯むきいらずでトマトソースも簡単ですぞ」(魚柄さん)

すりおろした後のトマトの皮をもつ小林

 こうして、10種類の野菜と果物のすりおろしが完了。鍋の中はすでに野菜スープのような状態だ。

鍋のなかにはすりおろした野菜

 鍋をのぞき込みながら、高橋からはこんな感想が。

 「ちょっと疲れたけど、野菜それぞれに『おろし心地』が違うのが発見でした。魚を手開きしたときみたいに、素材の“個性”を知ることができた気がします」。

 「さよう。硬ければ安定感のあるものを、小さければ小さいものを。“個性”を知れば、おろしがねの使い分けもできますな」(魚柄さん)

 一方小林も、

 「どんな野菜もすりおろして入れればいいから冷蔵庫の整理にも役立ちそうですね!」と、早くも家での実践を考えている様子だ。

 一仕事を終えた達成感に浸る二人だが……「ほらほら、すりおろして満足しない!」と魚柄さん、ガスコンロに鍋を乗せてニヤリ。

 「今日の2品目はみんな大好き、あのメニューでっす。さ、パパッと仕上げましょ!」

仕上げは簡単! 野菜のうまみ&スパイスの香りで、本格「すりおろしカレー」

 ガスコンロに鍋をかけた魚柄さんが、次に取り出したのはスパイスと白い物体。

 「少々の脂分とスパイスを加えたらこれ、あっという間にカレーになるんです」

 「この白い物体は、ラードだったんですね」(高橋)

 「入れる野菜の種類によって水分含量が異なるので、焦げつきやすい場合もありますぞ。水分が少ないと思ったら、だしやスープストックを足して調整を」(魚柄さん)

 二人が話しているうちに、たちまち食欲をそそる香りがあたりに。すりおろしならではの、火の通りの早さを実感する。

 「ではお次に、スパイスをプラスしましょ。今回は、すりおろした野菜と果物のみの、肉なしカレー。それでもちゃーんと満足感を出すために、香りのマジックを使いまっす」

 クローブ、ナツメグなどの肉によく使われるスパイスを使うのがコツ。ガラムマサラと、生協パルシステムのフレークタイプのルー『使えるカレー』も最後にプラス。

フレークタイプのルー『使えるカレー』を入れる魚柄さん

 「うわぁ、あっという間にでき上がりましたね」

 「めちゃくちゃおいしそう……」

 二人も思わず前のめりになる、「すりおろしカレー」の完成だ。

 「ほらほら、眺めていないで。冷めないうちに食べてみなっさい!」

カレー完成

すりおろせば味もおなかにも優しい料理に

 でき上がったカレーは、目を丸くするほど本格派の味わい。

 「いろんな野菜のうまみとスパイスの香りで、お肉が入らなくても満足感があります」

 「短時間で作ったとは思えないコクがすごいです」

 そう言いながらペロリと一皿を平らげ、小林が一言。

 「こんなに食べたのに、もたれる感じがしないのは、すりおろしカレーならではですね」

試食する高橋と小林

食欲そそる味わいに、2人は早速「おかわり!」

 確かに、市販のカレールーにはスパイスを固めつつコクを加えるための油脂と小麦粉などのでんぷん質が多用されていることが多い。しかし、たっぷりの野菜とスパイスで作るこのカレーなら、使う油脂はずっと少なくて済む。

 「すりおろした野菜のとろみがあるから、油脂はうまみを加える最低限でいい。おなかにも負担が少ないカレーになる、というわけです」(魚柄さん)

 そして最後に、「デザートもありますぞ~」と、魚柄さん。並んだのはすりおろしたかぼちゃや山芋、じゃがいもなどで作ったパンケーキ風の焼き物の数々だ。すりおろし野菜と、ほんの少しのホットケーキミックスを合わせて焼いただけのシンプルなもの。けれど、野菜それぞれの風味が生きて、味わいも食感も多様だ。

すりおろし野菜で作ったパンケーキ風の焼き物

お好みでメープルシロップやはちみつで甘さを足しても

すりおろしの一手間から見えるもの

 すっかり、おろし料理のフルコースを堪能した二人。お茶をいただきながらふと、小林から告白が。

 「じつは……おろしがねって、家にはあるけれど、ほとんど使っていませんでした。鬼おろしも友人からもらったのだけど、使う機会がないままで」

 それを聞いた高橋も、

 「僕もです。近ごろは大根おろしすら、面倒でやらないことも多くて」と話す。

おろしがねを使う機会がなかったと話す二人

 うつむき加減の二人にくるりと背を向け、魚柄さんは部屋の奥から一冊の本を取り出してきた。その名も『つれづれ日本食物史 第3巻』。

 「庶民もみそ汁を味わえるようになった江戸時代、流行したみそ汁の具を知っているかな? 実は、おろし大根なんです」

 調味料というよりはおかずとして食べられていたみそを湯で溶いて、すりおろした大根を流し込んだみそ汁。これこそ、当時のご隠居たちの間では粋な一品として愛されていたのだと、魚柄さんは話す。

江戸時代にできた『料理物語』(1643年)は料理の材料を列記した後、生垂れ、垂れ味噌、煮貫と味噌汁の基本を説き、早速各種の味噌汁を記述している。(中略)江戸時代はこのように「汁」を重視する時代であった。だから「擦し大根」も汁の実として歓迎されたのであった。(『つれづれ日本食物史 第3巻』〈川上行蔵〉より)

 「でもね、アタクシは要するにこれ、介護食だったんじゃないかと踏んでいるんです。当時の環境では、60代にもなれば歯が揃っている人の方が少ないですから。粋と称して身体をいたわる。そんな心遣いがこの、おろしみそ汁に込められていたんじゃないか、ってネ」

ふたりに話す魚柄さん

 そして二人に向き直り、

 「ほら、君たちだってさっきの食欲不振はどこへやら、こうしてペロリと平らげているじゃあないですか」

 「確かに!」。顔を見合わせる二人の前に置かれた皿には、もはやひとかけらの料理もない。

 「ミキサーもスムージーもない時代から、長く親しまれてきた優しさの一手間こそ、おろし料理の心、だったんですね」(小林)

 「今日も本当に、ごちそうさまでした!」

 すっかり満腹になり、いそいそと片付けを始めようとする二人。すると背後から、にゅっとおろしがねと大根が……!

 「じゃ、今日食べた分の働きとして、大根一本、おろして帰ってネ。すりおろしは愛情、料理は根性!」

 「ひええー、が、頑張ります!!」

にやりと笑う魚柄さん

監修=魚柄仁之助 取材・文=玉木美企子 撮影=坂本博和(写真工房坂本) 構成=編集部