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梅の香りをかぐ長田佳子さんと冷やし梅

紀州で出合ったオーガニックの梅。「冷やし梅」で楽しむ、大人のひととき[菓子研究家・長田佳子さんと産地をめぐる-3]

  • 食と農

「foodremedies(フードレメディ)」の屋号で、人を癒すお菓子作りを探求する菓子研究家・長田佳子さんと、生協パルシステムの産地をめぐるシリーズ。 今回は和歌山県田辺市へ、オーガニック(有機栽培)の梅を育てる農家を訪ねました。ふくよかに実る梅の香りにインスピレーションを感じながら長田さんが考案したのは、初夏にぴったりな、アレンジも楽しいスイーツレシピ。長田さんも感激したという、自然と調和する里山の営みとは、何だったのでしょうか。

里山を丸ごと包むような、梅の香りいっぱいの畑へ

 初夏の日ざしもまぶしい6月。和歌山へと向かう飛行機が紀伊半島上空に差しかかると、眼下には急峻な山々がどこまでも続いていました。

紀伊半島上空から眺める山並み

 「あっ、あれが梅畑?」。空港に近づくにつれ、梅と思われる木々が斜面のあちこちに。今回訪ねる和歌山県田辺市は、江戸時代以来400年以上続く梅の名産地です。

 中でも、目的地であるJA紀南の「田辺印の会」は、梅では難しいとされる有機栽培に取り組んできたことで知られる、こだわりの生産者グループ。実はお隣・三重県出身の長田さんですが、「まだ、梅が実るところを見たことがないんです」と、山道を走る車の中でも待ち遠しそうに周囲を見回します。

 市街地から車で15分ほど走り、到着した梅畑。そこにはぷっくりと実った南高梅がたわわに! 完熟し、落下した実も余さず収穫するための青色のネットが辺りに敷き詰められ、収穫は最盛期を迎えていました。

畑に足を踏み入れる長田さん
赤く色づいた梅が実る樹

 「わあ、美しい……」。黄色と赤に色づいた大粒の南高梅を見つめる長田さん。「こんなにふくよかで、赤みがさしているなんて」と、手を伸ばします。

 梅に見とれる長田さんのようすに、「同じ南高梅でも、これだけ赤くなるのは、ほかではなかなか見ませんな」と、うれしそうに話すのは、田辺印の会副会長の田中稔さん。

赤く色づいた梅の実
梅の実を摘む長田さん

 「やっぱり、紀州で生まれた南高梅は、紀州で育つのがいちばん! しかも、ここは日当たりもよく、海風が通る、梅にとっては絶好の土地です。農薬に頼らない梅作りをかなえてくれているのは、まずこの環境のよさなんです」

田中さん夫妻

田辺印の会・副会長の田中稔さんと尚子さん

 緩やかな傾斜が続く畑を歩きながら、次に長田さんが目を留めたのは、梅の木の見事な枝ぶり。「どの木もまるで、枝が両手を広げて幹を包み込んでいるみたい」。ちょっと失礼して、枝の下に潜り込んでみます。

梅の樹の下に座る長田さん

 するとそこには、ほどよく木漏れ日が差し込み、風がそよぐ何とも心地よい空間が。「ずっとここにいたい!」と笑う長田さんに、田辺印の会・会長の前田謙さんはこう話します。

 「気持ちいいでしょう? このゆったりした枝ぶりにも、ちゃんと意味があるんです。有機栽培で健やかに梅を育てるには、実だけではなく、この場所全体の健康を守ってやることが大事。葉っぱはもちろん、地面にまでほどよく日が当たって、風が抜けるように枝を剪定(せんてい)しておけば、多少の病気は大丈夫。自分の力で元気に育つ木になるんですよ」

田辺印の会・会長の前田謙さんと

 豊かに実る梅の恵みは木の健康、土の健康から。そんな田中さんの言葉に、長田さんは感心しきり。「この、畑全体から感じる居心地のよさこそ、有機栽培をかなえるいちばんの秘訣だったんですね」(長田さん)

オーガニックの梅栽培は、「面白くやろう」の合言葉から

 一回りしたところで、生産者の皆さんと木陰に集って試食タイム。長田さんが東京から持参した「冷やし梅」を頂きます。

冷やし梅に蜜をかける様子

 たっぷりと蜜のかかった梅は、試作用に田辺印の会から事前に送っていただいたもの。甘酸っぱいデザートになり、生産者の元へ戻ってきました。

生産者の皆さんと試食タイム

 「うん、甘味と酸味のバランスがいいね」(前田さん)

 「さっぱりしておいしい。私も作ってみたいわ」(森悦子さん)

 そんな生産者さんの声に、長田さんもほっと笑顔を見せます。

 「送っていただいた梅も本当に素晴らしくて驚きましたが、先ほどかいだ完熟梅の香りが忘れられません。この香りを生かせるよう、さらにレシピを磨き上げたいです」(長田さん)

かごに詰まれた梅

 そして、生産者の皆さんに長田さんから質問が。「なぜ、有機栽培を始めようと思ったのですか?」

 「きっかけは、『有機の梅が欲しい』という声を頂いたことでした。しかも、『やってみよか』と言ったのは、さほど梅のことを知らない、兼業の農家ばかりだったんですよ」と前田さんは話します。

たわわに実った青梅

 田辺印の会の結成は、今から11年前のこと。梅作りに400年以上の歴史を持つ地域でも、オーガニックの梅作りは、まだまだ始まったばかりの取り組みなのです。

 当初、100軒以上の農家に参加を呼びかけるも、多くの農家からは無謀だと断られ、ときに笑われたという有機栽培への転換。しかし、初代会長である溝口博一さんをはじめとする12名のメンバーは、一からこの取り組みに挑戦する道を選びました。

作業場で袋詰めする様子

作業場で袋詰めする皆さん

 「最初は無理だと思ったけど、前会長に『梅の歴史は400年、でも農薬の歴史はたかだか50~60年じゃないか』、って言われて、ハッとしてね」と、前田さん。田中さんも、「僕はもともと、農薬が身体に合わなくて、一般的な栽培がしんどかったんです。会の合言葉は『面白くやろう』。そうやな、失敗しても構わんから楽しんでやってみよう、って、僕も参加を決めました」と、振り返ります。

収穫された山盛りの梅

有機栽培の梅は、皮に黒い斑点ができやすい

 現在、メンバーは14名に。1ヘクタールから始まったオーガニックの梅畑は、何と約16ヘクタールにまで広がりましたが、「面白くやろう」の合言葉は当初のまま。土に与える有機質の肥料作りや、地元・熊野古道の清掃など、ことあるごとに全員が顔を合わせ、語り合うチームワークのよさも健在です。

畑に佇む生産者の皆さん

左から森悦子さん、前田謙さん、田中稔さん

 皆さんの話に静かに聞き入っていた長田さんからは、こんな言葉が。

 「やればできる、という強い思いが人を健康にして、技術はゆっくりと確実に高まり、自然環境もよくなっていく──。皆さんのように、最初の一歩を踏み出せば、私たちの暮らしも変わっていく、ということかもしれませんね」

甘酸っぱい「大人の甘味」。アレンジも楽しめるレシピ2品

 旅から戻って数日後。東京にある長田さんのアトリエを訪れると、辺りにはすでに甘くやわらかな梅の香りが漂っていました。まるで、あの日の梅畑の光景がよみがえるよう。

 「ちょうどいい具合に焼けました」

 長田さんがオーブンを開けると、ぷっくりと膨らんだ梅が並んでいます。

焼いてぷっくり膨らんだ黄梅

 「『田辺印の会』の畑で出合った完熟梅の芳醇な香りを、そのままデザートに生かしたかったので、今回は長時間漬け込むのではなく焼き絡めて食べられる『冷やし梅』のレシピを考案しました」(長田さん)

梅を砂糖で煮絡める様子

 作り方は、オーブンやトースターで焼いた梅を、溶かした砂糖に絡め合わせる、というシンプルなもの。グリルすることで梅の味わいがぎゅっと凝縮されます。冷蔵室で1日冷やせば味がなじみ、アイスのトッピングやジュースにも応用できる「大人の甘味」のでき上がりです。

アイスにトッピングした冷やし梅

 そしてもう一品は、冷やし梅のアレンジで作る「ヨーグルトレアチーズケーキ」。生クリームの代わりにヨーグルトを用いることで、程良い甘酸っぱさで後味すっきり。お好みでディルを添えると、さらに味わいに広がりが生まれる、まさに初夏にぴったりのケーキです。

冷やし梅を使ったレアチーズケーキ

 さらにこちら、隠し味に使われているのが、はちみつ。長田さんは、「冷やし梅とチーズの味をなじませる、仲立ちのような存在になってくれました」と話します。この味には、長田さんの旅の記憶が込められていました。

ミツバチは、農業遺産の鍵? 旅の記憶を隠し味に

 それは、梅畑で出合った、ミツバチの思い出から。

 「梅畑は、耳を澄ますとハチの羽音にあふれていて。そんなところからも、命を守り、育む有機栽培の素晴らしさを感じていました。しかも近くには、ニホンミツバチの巣箱があったんです。聞けば、『田辺印の会』の梅の受粉には、ミツバチの存在が欠かせないとか。思いがけない出合いがうれしくて、レシピにも思い出を忍ばせてみました」

樹の下に置かれたミツバチの巣箱

 実は、ニホンミツバチと共生する梅の栽培を中心に、里山に自生する常緑樹・ウバメガシを使った炭焼きなど、農の営みがつながり、支え合う地域の暮らしは、「みなべ・田辺の梅システム」と呼ばれ、国連食糧農業機関(FAO)の世界農業遺産に認定されています。

 紀州で生まれた高級炭「備長炭」は、梅と両輪をなすもう一つの大きな特産品。その材料となるウバメガシの木々を程良く伐採し、良質な炭として活用することで、梅畑も含む山々を土砂崩れなどから守る役割を果たしているのです。

積まれたウバメガシの枝

炭用にカットされたウバメガシ

炭焼き釜と職人

備長炭の炭焼き釜

 「今でこそ農業遺産と評価いただいていますが、始まりは何も大げさなものじゃなく、もとは、やせ山だったこの地で生きるために工夫が必要だった、というだけのこと。でも、こうした土地だからこそ、有機の梅作りを未来につないでいく意味は大きいですよね」。前田さんの、そんな言葉が思い出されます。

海の向こうに見える田辺市と紀伊半島の山々

田辺市と紀伊半島の山々

 「一人で大きなことはできなくても、個々のよいと思える選択が結びついていけば、こんなに美しい未来が開ける。そのことを、和歌山の梅畑に教えていただいた気持ちです。しかも、あの見事な梅の実に触れたとき、『そうか、梅も“フルーツ”なんだ』と、とても身近な存在になりました」と話す長田さん。

 これまでは梅干しや、極端に甘く加工された飴やグミなど駄菓子的なイメージが強く、少し遠い存在だったと言いますが、今回の旅はそんな長田さんの“梅感”を大きく変える経験となったようです。

 「いわゆる保存食作りにハードルを感じ、梅を手に取ることのなかった方にもお勧めしたいレシピになりました。『冷やし梅』とアレンジを、柔軟に楽しんでいただけたらうれしいです」(長田さん)

取材協力=紀南農業協同組合、田辺印の会 レシピ監修=長田佳子 写真=森本菜穂子 取材・文=玉木美企子 構成=編集部