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映画「たねと私の旅」のシーン

© Peas in a Pod Films

料理は、たねから始まる――。母のスープが教えてくれた「食べ物の背景」を追いかけて

  • 食と農

たんぽぽの綿毛が舞うように、共感の輪が広がっているドキュメンタリー映画がある。今春、日本での自主上映が始まった『たねと私の旅』だ。カメラは、ごく当たり前の“食と暮らし”を守るため、遺伝子組換え問題と長年向き合うカナダ人母娘の姿を追う。遺伝子組換え問題に造詣が深い藤本エリさんは、本作の主人公(娘)であるオーブ・ジルー監督にラブコール。日本語字幕、配給も自ら手掛け、日本での公開を実現させた。この作品が、私たちに問いかけるものは何か、藤本さんに聞いた。

日本の人たちへ、自分の手で届けたかった

――この作品の監督であり、主人公でもあるオーブ・ジルーさんは、農家、政治家、市民活動家、科学者など、遺伝子組換え反対派と賛成派、両方の人たちを取材しながら、遺伝子組換えの何が問題なのかを明らかにしていきます。

藤本 遺伝子組換えの問題に、真正面から向き合った作品だといえます。さまざまな立場の人たちが、遺伝子組換えの是非について本音で語っているので、映像記録としても貴重ではないでしょうか。

 でも、それだけではありません。のどかな畑の風景、温かな食卓、手作りの料理のほかに、遺伝子組換えの問題を分かりやすく伝えるアニメーションも入っています。重い題材を扱ってはいますが、重すぎず、軽すぎず、とてもバランスの取れた作品になっているんです。

藤本エリさんの写真

藤本エリさん(写真=山本尚明)

――「遺伝子組換えの映画だ」と身構えて見始めたのですが、冒頭からとても優しい印象を受けました。おいしそうな料理もたくさん出てきて、見入ってしまいます。特に、オーブ・ジルー監督の母親が作る「黄色い豆のスープ」が印象的でした。

藤本 彼女(オーブ・ジルー監督)の母親は、この映画のもう一人の主人公です。芝生だった庭を全部畑にして、野菜を育てて、収穫して、料理をして、そのすべてを娘に伝えました。

オーブ・ジルー監督と彼女の母親が映っているシーン

オーブ・ジルー監督と彼女の母親 © Peas in a Pod Films

 受け継いだものの中に“黄色い豆”と、その豆を使ったスープがあります。彼女の家庭に代々受け継がれてきたレシピです。それを次の世代に残したい。その願いが脅かされている状況、つまり、遺伝子組換えが知らず知らずのうちに広がっている現実を伝えるため、彼女はこの作品を撮ったのだと思います。

収穫した黄色い豆を調理するシーン

特によくできた豆は、次の年にまくために食べずに保管する。そうして受け継がれた黄色い豆 © Peas in a Pod Films

 彼女が発しているメッセージは、「土や自然、私たちの食卓や暮らしが脅かされている」という、すごく強いものです。

 だからといって彼女は、その思いを前面に押し出して、危機感をあおることはしません。おいしそうな料理や美しい映像で包み込みながら伝えているから、映画全体が優しさや、やわらかさに満ちている。ユーモラスで、クスッと笑わせる場面もあります。彼女の表現力が光っていますよね。

黄色い豆のスープのシーン

映画に登場する黄色い豆のスープ。スタイリングも凝っていておいしそう © Peas in a Pod Films

――藤本さんはこれまでも遺伝子組換え問題の映画の字幕制作活動をしてきました。本作との出会いや最初に受けた印象について伺えますか。

藤本 2011年から国際有機農業映画祭(※1)の運営委員として、毎年上映作品を探していました。そんなとき、この映画に出会ったんです。先ほど「とても優しい印象を受けた」とおっしゃいましたが、私も最初に見て、同じことを感じました。「優しくて、温かい余韻のある作品だな」と。

 国際有機農業映画祭で見てきた遺伝子組換えのドキュメンタリーは、どれも見ごたえのある作品で、私にとって大きな学びでした。でも、中には「遺伝子組換え反対!」の余韻が強く残ってしまうものもありました。今回の作品ほど、優しさや温かな余韻は感じませんでしたし、反対の先にあるものが私には見えづらかったんです。

 私は料理をするのも、食べるのも大好きです。食を通して、すごく元気になる気がします。でも、食べるものが自分や家族、ほかのだれかを病気にさせるかもしれない。遺伝子組換え作物の生産者の人たちが健康被害を訴えたり、経済的にも苦しめられている事実もあります。ごくありふれた私たちの食生活が、そんな危機にさらされていることがよく分かる作品でした。ですから、この作品を日本の人たちに届けたい、と。

藤本エリさんの写真

写真=山本尚明

――日本国内での独占配給権を得るため、監督に対して、熱心に売り込みをされたそうですね。

藤本 一人でも多くの人に見てもらいたい作品ですし、妥協したくなかった。人任せにしたくないと思ったんです。字幕をつけるだけではなく、配給から宣伝まで、自分でやろうと考え、「たんぽぽフィルムズ」を立ち上げました。

 彼女には、遺伝子組換えの表示義務のこと、種子法廃止などの法律のことなど、今の日本の遺伝子組換えをめぐる現状を伝えました。たねを残すことがなぜ大事なのか、みんなで考えることの大切さや、個人で配給することの意義、草の根の自主上映で広げたいことも伝えました。「あなたのその気持ちがうれしい」と彼女は言ってくれました。

※1:有機農業や自然環境などに関心のある個人が有志で集まり、運営委員会を結成。2007年に第1回映画祭を開催したのを皮切りに、毎年1回開催されている。

“たねと私”をめぐる旅を感じてほしい

――「組換え」を意味する原題『MODIFIED』ではなく、なぜ『たねと私の旅』というタイトルにされたのですか。

藤本 カナダやアメリカでは遺伝子組換えが以前よりも話題になることが多くなったので、『MODIFIED』だけで、食に関心が高い人たちにはどういう作品か伝わるんです。日本で『組換え』だと、分かりづらいですし、「遺伝子組換え反対の映画か」と見なくなる人がいるかもしれません。

 邦題のことは、彼女に相談しました。「どういうキーワードを大事にして撮ったの?」と訊ねたら、「たねと旅。この映画で私は旅をしている」と。ヨーロッパへ行ったり、物理的な旅もしていますが、むしろ自分の思いだったり、過去をめぐる旅、成長の旅でもあったんです。

 でも「たねをめぐる旅」だと少し分かりづらい。パンフレットの編集にかかわった仲間に相談して、二人で悩みました。そしてある日、彼女が「たねと私の旅だね」と。「それだ!」とピンときました。“たねと旅”に“私”が入ることで、距離感が近くなる感じがしませんか?

日本版パンフレットの写真

パンフレットには、オリジナル版では使用されなかったビジュアルが採用された。タイトルともピッタリはまるデザイン(写真=山本尚明)

――他人事ではなく、自分事としての響きがありますね。ポスターやパンフレットに使われたメインビジュアルも、予告編の映像や音楽も、やわらかい印象を受けます。

藤本 「こんなに丁寧に、そしてすてきに作ってくれて、うれしい。あなたにお願いして本当によかった」と彼女もすごく喜んでくれました。彼女とはメールのやり取りだけで、一度も会ってないんです。

 でも、すごく信頼してくれました。彼女とは年も近くて、遺伝子組換えを最初に耳にしたのも、同じ学生のころなんです。お互い同じ時期に、カナダのトロントにいたことがあり、好きな映画館が同じだったり、「どこかで擦れ違っているかも」と盛り上がりました。共鳴し合うというか、面白い縁だな、と。

 映画にこんなシーンがあります。食べ物の映画を作るつもりが、だんだん政治の話題が中心になってきて、彼女が疲れてしまう。その姿に、私はすごく共感しました。それは一般の消費者、例えば市民活動や生協運動に携わる人たちが、政治に絶望するのと似ていると思います。

 政治に対して、反対の声を上げるのは精神的にも肉体的にも疲れる。だからといって避けて通ったら、知らない間に自然も、食卓も、脅かされてしまう。彼女がそれに気づき、再び映画を撮り始めるシーンがあるんです。

――印象的な場面でした。映画の前半と後半で、監督の表情が変わるのも、この作品の見どころです。

藤本 正に、彼女自身の“旅”なんですよね。

遺伝子組換えを「知る権利」、食を「選ぶ権利」

――映画でインタビューに答える政治家が、「知る権利」(表示義務)と「選ぶ権利」(買わないという選択肢)の大切さを語っていました。

藤本 日本は、世界最大の遺伝子組換え輸入国です。問題は、遺伝子組換えについて“知る権利”を、みんなが持っていると思い込んでいることです。

 例えば、豆腐や納豆の原材料表示には「遺伝子組換えでない」と書かれています。そこだけを見て、「私は選んでないから大丈夫」と思ってしまう。

 でも実際は、油や乳製品、二次加工品など、遺伝子組換えの原材料が使われているものはあります。ドレッシング、めんつゆ、カレーのルー、お菓子など、そういった食品に使われる原料の多くには表示義務がありません。

 抜け穴をかいくぐって、メーカーは原材料表示をしています。その現状を知らずに、「私たちは選んでいる」「知る権利がある」と信じてしまう。そこが今の日本の一番の問題点だと思います。

監督がスーパーで商品の原材料欄をみて困惑するシーン

スーパーに並ぶ食品の原材料欄には、本当に知りたい情報は載っていない © Peas in a Pod Films

――『たねと私の旅』のパンフレットには、日本の遺伝子組換えをめぐる問題について、丁寧に解説されています。

藤本 「実は選べてなかった」という現実を知ってほしいんです。日本では、遺伝子組換え作物の商業栽培はまだ始まっていません。ところがすでに、140種の遺伝子組換え作物の栽培が、農林水産省によって承認されているんです。国内での栽培はいつ始まってもおかしくない状況です。

 遺伝子を改変するゲノム編集(※2)も心配です。この夏にもゲノム編集されたものが商品として出てくると言われていますが、恐らく大きなニュースになりません。私たちの知らない間に流通したり、食卓に上ると思います。遺伝子組換えの問題は、遠い国の出来事ではなく、私たちの日常であることを知ってほしい。待ったなしの話なんです。

日本版パンフレットの写真

パンフレットには、数ページにわたり日本の遺伝子組換え問題の現状が詳しく解説されている(写真=山本尚明)

――映画の中に「私たちの選択が世界を変える」という言葉が出てきます。消費者一人ひとりに問いかける、重いフレーズです。

藤本 「選ぶ権利」は「買う選択」です。何を買うのか、どこの店で食べるのか、それも選択。パルシステムのような、生協に加入することも選択です。選択の一つひとつが積み重なれば、世の中はきっと変わっていく。

 だからといって、自分一人で解決できる問題ではありません。仮に私が遺伝子組換えを選んでいなくても、周りの畑に遺伝子組換えの作物が増えていけば、周辺の他の作物を汚染し、将来的には遺伝子組換えでない作物がなくなります。だからこそ、周りにも声を上げていかないといけないんです。

※2:遺伝情報(任意の遺伝子)を高い精度で改変する技術。人工ヌクレアーゼ(DNA切断酵素)を用い、ゲノム上で特定のDNA塩基配列を標的に、遺伝子を壊したり、置き換えたりする。遺伝子治療や農畜産物の育種への応用を目指し研究が進む。

温かな余韻、全国へ広がる自主上映の輪

――今年4月から始まった自主上映会は、全国各地に広がっています。

藤本 自主上映の輪が広がることは、周りに声を上げることにもつながります。うれしいのは、観ていただいたかたが「私も自主上映したい」と言ってくれることです。一度も自主上映を企画したことのないかたから「もっとほかの人に届けたい」と連絡を頂くこともあります。

 いろんなかたがいらっしゃいます。若者や子育て中の女性はもちろん、農家のかたや地域活動をされているかたなど、男性もいらっしゃいます。自主上映のいいところは、そこで仲間ができることなんですよね。

藤本エリさんの写真

「”どんな人に届けられたのか”まで知ることができるのが、字幕制作だけでなく配給まで手掛けた醍醐味ですね」と藤本さん(写真=山本尚明)

――遺伝子組換えという深刻なテーマでありながら、温かい余韻があるので、人にも勧めやすい作品です。

藤本 観終わったあと、「楽しかったね」「おいしそうだったね」と感想をだれかと話したくなる映画なんです。その意味でも、映画館より、自主上映が向いていると考えました。

 20人とか、30人とか、小規模での上映も増えています。キッチン付きの会場で、映画に出てくる料理をみんなで食べて、映画の感想を話す自主上映もありました。

 映画の中で彼女が作る料理は、それほど難しくありません。パンフレットにレシピの一部を載せているので、実際に作ってもらえたらと思います。

料理を作るシーン

映画には黄色いスープだけではなく、パスタやデザートなどさまざまな料理が登場する © Peas in a Pod Films

――広げるという意味では「たんぽぽフィルムズ」というネーミングが、まさにそうですね。

藤本 たんぽぽも、たねです。綿種が飛び、根を張り、芽を出し、花が咲き、またたねになる。雑草ですが、食べられるし、根っこは薬になるし、何よりみんなに愛されている。この映画も、そうした存在になればうれしいですね。

藤本エリさんの写真

写真=山本尚明

子や孫の世代が“正しく選べる”ために

――一人の母親として、どのように感じられましたか?

藤本 『たねと私の旅』と出会ったのは、子どもが幼稚園に入園したときでした。配給レーベルを立ち上げてまで公開したいと考えたのは、作品の魅力はもちろんですが、子どもの存在も大きかったです。

 子どもが生まれて、100年先のことが具体的にイメージできるようになりました。もし孫が生まれたら、100年先は孫の時代で、そう遠い話ではありませんから。

 子や孫の世代が“正しく選べる”ためにも、私たちが考え、声を上げることは、いろいろあるはず。食べ物も、エネルギーも、すべてそう。子や孫の世代に、少しでもいいものを残したい。

――それは、藤本さん自身が、この作品から学んだことのように思えます。

藤本 そうかもしれません。小さな家庭菜園をしていますが、子どもに何を伝えるのか、いつも考えます。たとえ言葉で伝えなくても、料理にするとか、生活の中に落とし込んでいくことの大切さを感じますね。

 トマトはもともと、青くて、小さいこと。畑で育てた野菜が、虫に食べられて収穫できないかもしれないこと。お店で野菜を売るまでの間には、ものすごく多くの人が大変な思いをしていること。いろんなことを、子どもに知ってほしい。

 子どもたちに、少しでもいい環境を残す。この作品がそのきっかけ作りになるように、もっと多くのかたに届けたいです。

取材協力=たんぽぽフィルムズ、森ノオト 取材・文=濱田研吾 写真=山本尚明 構成=編集部