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「TPPは憲法違反です」知る権利、生きる権利を脅かすTPP―池住義憲さん

  • 暮らしと社会

日米政府を中心に最終段階に向けた交渉が続いているTPP(環太平洋経済連携協定)。妥結の時期を巡る推測は二転三転してきましたが、いよいよ5月に大筋合意に至るのでは、との見方もあります。ただ、報道で取り上げられるのは、もっぱら農業や経済などの断片的な話題。一方で、いま、「知る権利」「生きる権利」といった視点から、TPPそのものを問い直そうとする動きが注目されています。今回は、そうした運動の中心となっているTPP交渉差止・違憲訴訟の会副代表の池住義憲さんに、TPPの本質とは何か、何が問題なのかを伺いました。

90年代以降の自由貿易協定でグローバル化が加速

 TPPは、日本と米国を中心とした環太平洋諸国による経済連携協定。もともとは2006年にシンガポール、ニュージーランド、ブルネイ、チリの4カ国間で始まった規模の小さな経済協定でしたが、09年に米国が参加表明したのに続き、オーストラリア、ペルー、ベトナム、マレーシアが相次いで参加。日本は13年3月に、交渉への参加を正式に表明しました。

 「グローバリゼーションを進めるうえで、最強のルールと言えるのがTPPです」と語るのは、TPP交渉差止・違憲訴訟の会(※)副代表の池住義憲さん。「グローバリゼーション」とは、モノやお金、人、そして情報・技術・サービスなどが、国境を超えて世界規模で自由に行き来、移動できるようにすること。90年代以降、世界はWTO協定を軸にした"自由主義経済"の時代に入り、グローバル化を一気に進めてきました。

「グローバリゼーションの行きつくところまで来たのがTPP」と話す池住義憲さん

 WTOは加盟140カ国の合意が必要なため物事の決定に時間がかかりがちなことから、近年、よりスピーディに合意が得られやすい二国間、三国間での協議、FTA(自由貿易協定)やEPA(経済連携協定)が主流に。12カ国が加盟するTPPは、いわばEPAの拡大版といえます。

※国民の知る権利や生存権などを侵害するとして、TPP交渉の差止と違憲訴訟を求める市民運動組織。2014年9月に準備会を立ち上げ、2015年1月24日、東京都内で設立総会を開いた。

TPPは例外を認めない"最悪のルール"

 ここで注目したいのは、TPPがFTAやEPAとは一線を画していること。というのも、加盟国間での利害の対立を避けるため、それぞれの国に深刻な影響を与えかねない項目を対象外としてきたこれまでの協定に対し、TPPでは、原則として「例外」は認められていないのです。

 たとえば日本政府は、当初、「米や牛・豚肉など国内生産に大きな打撃を与えることが懸念される『重要5項目』を関税撤廃の例外とする」と国民に説明してきましたが、いざ交渉に入ると、これらの「聖域」についても関税をなくす方向での動きが浮上。すでに多くを米国に譲歩しているのではないかといわれています。

 また、自由な経済活動を妨げる「障壁」をすべて取り払おうとするTPPでは、農産物や工業製品などにかかる関税だけでなく、私たちの命や健康、あるいは地域や産業を守るために設けられた制度、基準、考え方、助成金といったものまで、「外国企業の輸出や進出を妨げる障壁=非関税障壁」とみなされてしまいます。

 現在、TPPの作業部会では、21の分野で交渉が行われていますが、その8割以上は、金融・保険・医療などのサービスの自由化や、検疫、公共事業の入札制度など国内制度における「非関税障壁」に関するもの。米国の本当の狙いは、関税撤廃よりもむしろ非関税分野での規制緩和や撤廃を進め、「障壁」をなくすことだという見方もあります。

TPP交渉の8割以上は私たちのくらしに直結する非関税障壁に関するもの(イラスト=前田はんきち)

 食品をはじめ多くの分野において、世界でもトップレベルと評価される日本の安全基準。それが、TPPに参加してしまうと、より低いレベルの他国の基準に合わせねばならない事態が考えられ得るのです。

 「それぞれの国の制度や基準が設けられた背景には、独自の経済があり、文化があり、慣習がある。環境、自然、生態系もそれぞれに違う。私は、そうした違いを互いに尊重し、多様性を認め合うことを前提としたものであるならば、貿易そのものは否定しません。けれど、個々の違いを一切認めずに同一化を強いることは傲慢以外の何ものでもない。例外を認めずすべてを共通のものに統一していこうというTPPは、これまでのどの経済連携協定とも比べものにならない、"最悪のルール"ではないでしょうか」(池住さん)

自由すぎるグローバル化で、格差は拡大

 「自由市場に任せたら、どうしたって強いものが勝ち続ける。TPPはそれを加速させるルールです。巨大な資本をもった大企業は世界中どこへでも進出していき、より強大になっていくでしょう」と池住さん。

 「たとえて言うと、オリンピック選手と幼稚園児の100m走のようなもの。まったく力が違うもの同士が同じ条件で競えば、勝敗は明らかです。そして、勝ったほうはご褒美をもらってますます豊かになり、負けたほうは排除される、そういう世界なんです」

 いまはシンボル的に「99%対1%」と格差を表現しますが、グローバル化が無制限に進んでいけば、50年後の世界は、0.01%のケタ違いの富裕層と99.9%の生存ギリギリの層とにはっきり二極化してしまうのでは、と池住さんは指摘します。

ケタ違いの富裕層との二極化がますます進む

 さらに、「国内だけでなく国際間の格差もますます広がっていくことに目を向けたい」と池住さん。TPPに参加することで日本の食料輸入がいま以上に拡大すれば、世界の食料の需給バランスが崩れ、価格高騰を招き、他の国の貧困や飢餓を増加させる懸念も。また、日本が輸入する食料を生産するための新たな耕地開発が、その地の人々のくらしや環境に悪影響を及ぼすことも考えられます。

 「日本はTPPによって、途上国の人々の権利を奪う加害者にさせられてしまうかもしれません」

命やくらしに直結する交渉に「秘密」はあり得ない

 「TPPは中身だけでなく、進め方にも大きな問題がある」と池住さん。というのも、参加各国は事前に「秘密保持契約」に署名し、交渉内容および交渉過程の情報を公開できないことになっているのです。しかも、この契約は4年ごとに更新可能。日本政府も2013年7月23日に署名しています。

 初期段階から徹底した秘密主義の下で交渉が行われてきたTPP。一般の人々だけでなく日本の国会議員も知ることはできず、米連邦議会の議員たちでさえ、非常に限られた条件下でのみ、ようやくアクセスできる状態だともいわれています(※)。

交渉内容に市民も国会議員もアクセスできない

 「私たちの命やくらしに直結する大事な決定が国民不在の密室のなかで行われ、そのプロセスの情報が私たちのもとには全く伝えられない。中身が知らされなければ判断することもできない。主権者である私たちから判断のための材料を権力者が奪っていることは大問題。私たちの『知る権利』が完全に否定されています」と池住さんは憤ります。

 歴史を振り返っても、国家間の交渉内容が公開されずに内密のうちに取り決められてしまうなどあり得ないこと。ちなみに、「欧州版TPP」とも呼ばれるTTIP(環大西洋貿易投資パートナーシップ)では、EU市民の声に応え、欧州委員会が透明性確保のために交渉文書の公表を約束しています(2014年11月)。

※2015年3月18日、米政府はTPP交渉の条文テキストに関する閲覧条件を緩和する方針を議会に示し、米国国会議員は全文を閲覧できるようになると説明している。

「生きる」ために不可欠な分野は市場にゆだねるべきではない

 TPPへの参加の影響が懸念される範囲は幅広い分野にわたっています。食料自給率の低下、農業や畜産業など日本の食生産を支える産業の衰退、食の安全・安心のしくみへの影響、混合診療の解禁による保険外診療の拡大、公的医療保険の給付範囲の縮小、地域医療の崩壊、外国人労働者が増えることによる日本人の雇用喪失、地域経済を支えてきた中小企業への大打撃など、そのいずれもが、私たちのくらしに直結するものばかり。

 全国を講演で回っている池住さんも、「最初はTPPに関してあまり関心のなかった人でも、説明するうちに不安でいっぱいになるようです」と言います。

 「残留農薬基準を比べると、なかには、アメリカで日本の80倍の基準値が定められている農薬がある。先だって規制が緩和されたBSEに関する検査も非常に不安が残るレベルです。遺伝子組換え表示も、政府は変更しないと説明しているが本当に変わらないかどうかは疑わしい。表示を見ながら選んでいた人も、表示がなければ選べなくなってしまう懸念もある。『何を信頼して食べさせればいいのか』と不安を訴えていたお母さんもいました」

 経済成長が引き起こす問題の解決策を提案し、人々が幸せに生きられる社会を考え続けた経済学者の故・宇沢弘文さんは、「社会的共通資本」という考え方を提唱。食や医療、教育、自然など人が人らしく生きるために欠かせないものは市場原理に任せず、人々が共同で守る財産にするべきだと主張しました。

経済学者の故・宇沢弘文さんは、「社会的共通資本」を市場任せにしてはいけないと説いた

 「宇沢さんが言われるように、資本主義社会がどんなに進んだとしても、必ずみんなで分け合わなければならないものがある。それが生活保障ですね。保険、医療、介護といった人が生きていくために必要不可欠な部分については市場に委ねず、社会保障政策で、国が集めた原資をきちんと再分配するしくみを作らなければならないのです」

私たちの「知る権利」「生きる権利」を訴えよう

 知れば知るほど、私たちの命やくらしへの影響が心配になってくるTPP。私たちは、内容を知らされることなく、このまま黙って見ているしかないのでしょうか? 「TPPは、明らかに主権在民や基本的人権の尊重を大原則とする日本国憲法に違反するもの。私たちはそこを突破口として、TPPへの参加を阻止したい」と池住さん。

 池住さんらが立ち上げたTPP交渉差止・違憲訴訟の会では、「国および公共団体に属する公務員が、①違憲な行為をして(違憲性)、②市民の権利が(権利性)、③侵害された(被侵害利益)という三つの要件があったら、国はその行為を行っている公務員に替わって損害賠償金(慰謝料)を払わなければならない」という国家賠償法に基づき、損害賠償請求訴訟(民事訴訟)を起こす準備を進めているそうです。

 「訴訟にはかなりの困難が予想されますが、いま声をあげなければ、50年後、100年後に禍根を残すことになる。子や孫の世代に対する私たちの責任を果たせなくなってしまいます」

 何を選ぶか、何を食べるか、どう生きるかは、その背後にある歴史や文化、思想を含めて、私たちに与えられた「生きる権利」。一部の企業の利益を最大限にするために、多くの人々の「生きる権利」が踏みにじられるようなことは、決して許されることではありません。

 「ずっと遺伝子組換え表示義務のなかったアメリカでは、いま、人々が立ち上がり、各地で表示義務を求める運動を展開しています。同じように私たちだって声をあげることができる。いま一人ひとりがTPPに対してどのような不安を感じ、現実にどのような脅威に直面しているのか。生活のなかから絞り出された実感のある言葉にこそ訴える力があります。ぜひ、自分の感じた不安や疑問を口にしてください。周囲の人たちと腹を割って話してください」

取材・文/高山ゆみこ 構成/編集部