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写真=疋田千里

写真=疋田千里

「この1日から、戦争も暴力もない世界を」 平和活動家ジェレミー・ギリーさんが「ピースデー」に込めた願い

  • 環境と平和

戦争や紛争の絶えないこの世界。有史以来、人が人を殺さなかった日はなかったといわれる。「まずは、1年に1日からでいい。この地球上にあらゆる暴力がない日を作ろう」――平和を愛する一人の若者の思いが実を結び、2001年、国連で9月21日を「国際平和デー」、通称ピースデーとすることが決められた。今年9月に、ピースデーを祝うイベントのために来日した発案者の平和活動家ジェレミー・ギリーさんに、世界を平和に導くために私たちに何ができるのかのヒントを聞いた。

「ピースデー」にアフガニスタンで停戦が実現!

――ジェレミーさんは1999年にNPOピース・ワン・デーを立ち上げ、9月21日を「ピースデー」とするための活動を始めたそうですが、なぜ、ピースデーに関心をもったのですか?

ジェレミー・ギリー(以下、ジェレミー) 当時、私は俳優の仕事をしていたのですが、世界中で起きている戦争や紛争、人々の殺し合い、コミュニティの崩壊、学校の中のいじめ……といったことにもんもんとした思いを抱いていました。怖くてたまらないのだけど、どうしてそういうことが起こるのかが理解できなかったし、自分に何ができるのかも分かりませんでした。

 そこで、「この世の中はなぜこんな風になっているのか」「私たちはどういう風に理解すればいいのか」という疑問を世界中の人々に投げかけるためのドキュメンタリー映画を作ろうと撮影を始めたのです。ところが、どうすれば世界中の人たちがひとつになれるのかを考えているうちに、映画の中で疑問を投げかけているだけでは不十分だと気づきました。平和に向けて世界中の国々や人々が考えて行動する“機会”が必要だと思ったのです。

映画中のジェレミーさん

フィルムを回し始めた頃のジェレミーさん(映画『ザ・デー・アフター・ピース』より)

――それが、ピースデーということですか?

ジェレミー はい。実はすでに国連には、1981年に宣言されたピースデーがありました。ただ、「国連総会開会日に当たる9月の第3火曜日」と制定されているだけで、年によって日付が変わるし、誰も具体的に「戦争をやめよう」と訴えたりしていなかったので、あまり認知されていなかったのです。

 私は、日にちがはっきりと特定されたピースデーをつくりたいと考え、ダライ=ラマ14世、オスカル・アリアス元コスタリカ大統領など多くの著名人に会って支援を呼びかけました。紛争が起きている地域も訪れました。何百もの面会と何千通もの手紙のやりとりを重ね、2001年、国連総会での全会一致で、9月21日を国際平和の日と制定することができたのです。

9月21日と書かれたフリップ

2001年国連で9月21日がピースデーとして決められた(映画『ザ・デー・アフター・ピース』より)

――日を決めただけで意味があるのか、と懐疑的な見方もあったようですね。

ジェレミー ええ。ピースデーができたって、実際に何も変わらないじゃないかと非難する人も大勢いました。そこで私は、ピースデーに実効性があることを証明するために、世界で最も不安定な地域であるアフガニスタンでの停戦に挑戦したのです。

 NPOピース・ワン・デーのアンバサダーである俳優のジュード・ロウと共にユニセフや現地の人々との協同で、2007年のピースデーに停戦を実現させ、紛争地にいる140万人の子どもにポリオワクチンを接種することができました。なんと、私たちの呼びかけに応える形で、タリバンも「この日には誰も殺さない、誰も誘拐しない」と声明を出したんですよ。

 それ以来、世界中のNGO、宗教団体、学校、大学、自治体、政府の機関との連携が広がり、今では、多くの国々で毎年9月21日は平和に向けて行動する日となっています。

ピースデーイベント

9月2日に初開催された「ピースデー」イベントの様子(写真=編集部)

日本で捕虜だった祖父が平和活動の原点

――ご自分の問題意識からスタートし、国際的な記念日を誕生させたジェレミーさんの熱意に圧倒されます。ジェレミーさんの平和活動の原点には、おじいさんの存在があるとか?

ジェレミー はい。祖父は第二次大戦中、捕虜として福岡の収容所に収監され、長崎から帰国する船に乗ったそうです。私が11歳のときに血液の病気で亡くなったのですが、祖母は、祖父の病気は長崎での被曝に関係すると考えていました。

 私が覚えているのは、私たちが暮らしていたイギリス南部のサウサンプトンという町の中で、立場に関係なく誰にも平等に接し、すべての人から愛され、尊敬されていた祖父の姿です。

 戦争体験は精神的にも身体的にもとても辛いものだったと想像できますが、父によると、祖父は憎しみとか恨みとかは一切口にしなかったそうです。

 生前、彼が平和の価値や尊さについて語ってくれたこと、友人や家族を大切にしていたこと、彼の慈しみ深い態度や、許しとか仲直りするということについての彼自身の価値観が、今の私の活動に大きな影響を与えていることは間違いありません。

家庭、学校、職場……まず、身の回りの「平和」にこそ目を向けて

――ピースデーの意義は素晴らしいと思いますが、実際、日本にいる自分自身に、世界平和のために何ができるのだろうと考えると戸惑ってしまいます。

ジェレミー 確かに、遠い国で起きている紛争を自分のこととしてとらえるのは難しいかもしれません。世界的な規模で平和活動に取り組むこともとても重要ですが、私は、その一方で、私たちの身の回りにこそ目を向けるべきだと考えています。

 というのも、今、世の中で起きている「平和を脅かす出来事」の95%は、家庭や職場、学校など、私たちの身近なところで起きているといわれているからです。まずそこを変えていくことが、平和への第一歩だと思うのです。

 人間関係は、本当に難しいですよね。ときには親子、兄弟、夫婦など家族間でもさまざまな理由で関係が壊れてしまうこともあります。

インタビューに答えるジェレミーさん

ジェレミーさんは、身近なことから考えてみて欲しいと語る(写真=疋田千里)

 けれど、例えば、ピースデーに集まって食事をする。平和について家族で語り合ってみる。学校や職場で孤立しているメンバーがいないか思いを巡らせてみる。疎遠になっていた友人に久しぶりに連絡を取ってみる……。関係を修復するために、できることはたくさんあります。

 私がピースデーを通して訴えたいのは、どんなにささいなことでも、対話のきっかけを見つけることに意味があるということなんです。

――なるほど。そう考えると、自分にもできることがあるように思えてきます。

ジェレミー 平和というのは私たち一人一人の手にあるもの。誰もが、平和をつくることができるのです。

 大人が家庭で子どもの成長を見守るときに、平和というものがどういうものであるかを家庭で子どもにきちんと教えてあげること。それが、何よりも大事なことです。1円もお金がかからないですしね。

 家族がお互いに仲良く尊重し合っていれば、小さな子どもも目の前にある平和の存在を実感して安心する。子どもたちに「平和ってこういうことなんだ」と示してあげることが、結果的に戦争や暴力のない世界に近づく道だと私は確信しています。

「ピースデー」イベントで質問に答えるジェレミーさん

「ピースデー」イベントでは聴講者から「何から始めたらいいのか?」という質問も(写真=編集部)

「平和は実現する」と信じることが大事

――誰にも平和をつくる力があるというお話には勇気づけられます。その一方で、世界では、対話よりも対決を志向する風潮が強まっているように感じ、気がかりです。

ジェレミー 私は、民主主義とは人々の意思によって導かれるものだと思っています。国民の一人ひとりが「私は平和を強く求める」という意思を示して団結したら、国民の代表である政府はそれを受け入れなければならない。政権がどうであれ、人々が求めているものを実現するのが、本来の民主主義なのですから。

 「あそこにある山は登れない山だ」と全員が思い込んでしまったら、その山は「登れない山」になってしまいますが、「あの山は登れる山だ」と信じる人が増えれば、次第に「あの山は登れるはずだ」というように全体的な意思も変わっていくでしょう。平和を実現しようとする人々の意思が強くなればなるほど、全体的な意思も平和のほうへシフトしていくはずです。

―― 一人ひとりが「平和は実現する」と信じることが大事なんですね。

ジェレミー なぜ、いまだに世界中で暴力や紛争が絶えないと思いますか? その理由は、無関心と無力感、これに尽きます。

 たとえば、ダムは、つくったら終わりではなく、常に関心を持ち、どんなに小さなヒビでもきちんとその都度補修していかないと守り続けることはできない。ヒビを放置していれば、いつか崩れてしまうでしょう。平和も同じです。

 あらゆる国のあらゆる立場の人たちが、それぞれにできることを持ち寄って、平和というダムが崩れないようにしっかり支える。それがピースデーのイメージなんです。

ジェレミーさん来日記者会見

PEACE DAY JAPAN設立が記者会見にて発表された。登壇者の川崎哲(写真左)さん、高瀬聖子さん(写真右)と(写真=編集部)

どんなにひどい状況からも立ち去れない人々のために

――さまざまな困難があるなかで、ジェレミーさんが決してあきらめず、平和のための行動を続けているのはなぜですか?

ジェレミーこれまでの活動の中で見るに忍びないものを見て、聞きたくない話もたくさん聞いてきました。人間がこれまでしてきた最も残酷な行為がどういうものであるかも知っていますし、それによって罪のない人々が意味もなく傷つけられたり苦しめられたりする現実も分かっています。

 ただ、私自身は、毎回そこから立ち去ることができるのです。耳をふさぎたくなるようなひどい話を聞いても、「ありがとうございました。さようなら」と、車や飛行機に乗ればそこから離れることができる、それが私の立場です。

 でも、彼らはそこにいるしかない。どんなにひどい状況でも、逃げ出すことはできない。ならば、立ち去ることができる自分にできることは、彼らの存在を、声を世界の人々に訴え続けることではないか。彼らの平和や命のために自分にできることをしなければならない。そうした使命感が、これまであきらめないで続けてきた理由です。

――最後に、この記事を読んでいる人にメッセージをお願いします。

ジェレミー 平和というものは、山登りのようなものです。まず、その日のうちにどこまで登るのかを考える。失敗することもあるし、滝に落ちることもある。だけど、また起き上がって次の岩盤まで行く。なぜ歩みを止めないかといえば、いつか山頂にたどり着くことがわかっているから。到着したそこに素晴らしい景色が待っていることがわかっているからです。

 あきらめることなく、平和という旅を、山登りを一緒に続けていきましょう。

インタビューを締めくくるジェレミーさん

「平和」へ山道の終わりは、素晴らしい景色であるはずと話すジェレミーさん(写真=疋田千里)

取材協力=ピースデー・ジャパン、ユナイテッド・ピープル株式会社 取材・文=高山ゆみこ 写真=疋田千里 構成=パルシステム編集室