はじめよう、これからの暮らしと社会 KOKOCARA

食と暮らし、持続可能な社会を考える、
生協パルシステムの情報メディア

人参を収穫している様子

写真=豊島正直

なぜ広まらない? 日本のオーガニック。「意識高い系」のイメージを脱却する糸口とは

  • 食と農

先進国の中でも、とりわけ低いといわれている日本のオーガニック食品普及率。ヨーロッパでは学校や病院はもちろん刑務所にまで有機食材が浸透しつつあるなか、なぜ日本では今なお「意識が高い人のモノ」というイメージが強いのだろう。国内外のオーガニック食品事情に詳しい愛知学院大学准教授・関根佳恵さん(農業経済学)と、日本オーガニック検査員協会(JOIA)設立者で現監事である水野葉子さんのお二人と原因を探り、理想の未来の姿を考えた。

農地面積も購買金額も「周回遅れ」の日本

――最初に前提を確認したいのですが、日本は先進国の中でもオーガニック食品の普及が遅れているのでしょうか。それは、どれほどなのでしょうか。

関根 はい。残念ながら、さまざまな点で遅れていると言わざるをえない状況です。まず、農地面積に占める有機栽培の割合を比較してみると、日本で有機JASを取得している農地は全体の0.2%。JASの認証は取得していないけれど農薬も化学肥料も使っていない、という農地を合わせても、わずか0.5%です。[1]一方、欧州はというと、例えばEU全体なら農地面積で8.5%、イタリアで15.2%、オーストリアに至っては25.3%に上ります。[2]一人当たりの年間有機食品購入額(2018年)で比較してみても、日本人の購入額約1,408円に対し、アメリカ人はその11.3倍、フランス人は12.4倍、スイス人は28.4倍、というデータもあります。[1]

これを表すかのように、欧州では町のようすも変わってきています。私は1990年代から2000年代、そして2010年代の数年間、フランス、イタリアで暮らしていたのですが、時を経るごとにオーガニックの広がりが感じられました。オーガニック専門のスーパーマーケットがどんどん増えていったり、マルシェ文化が根強いフランスやイタリアでは「何曜日にはここ」というように、街のあちこちで立つオーガニックのファーマーズマーケットに気軽に立ち寄ることができます。しかも、それらの値段は決して高いものではないんです。

イタリアのファーマーズマーケットのようす

イタリアのファーマーズマーケットのようす(写真提供=関根佳恵さん)

水野 私は2018年にアメリカ・ミネソタ州で30軒のスーパーマーケットを回って市場調査を行ったのですが、いわゆる高級住宅街にあるスーパーマーケットはもちろん、貧困世帯が多く暮らしているとされるエリアにも同じように、日本よりも充実したオーガニックコーナーが設けてあり、どちらもちゃんと品物が動いている形跡がありました。牛乳とブルーベリーという2品目に絞って30軒の価格の比較も実施したところ、どこもまったく同じ価格で売られていました。つまり、貧富の差にかかわらずオーガニック商品が人々に選ばれている、ということなんです。

日本はというと、知人に「オーガニックの食品ってどう思う?」と質問したところ、「高いけれど必ずしもおいしいわけではないから、なかなか手が伸びない」という声がありました。よく聞いてみると「有機野菜は数が少ないし、あったとしても売れていないからしなびたような品物が並んでいる」と。確かに、そういう現実はあるかもしれないですよね。

アメリカのマーケットのようす

アメリカのマーケットのようす(写真提供=水野葉子さん)

フランスでは、公共調達食材の20%以上を有機に

――やはり欧米と日本は今、大きく異なる状況にあるようですね。この背景にはどのような違いや課題があるのでしょう。

関根 原因は複数あると思いますが、まず一つには経済的要因ですね。欧米諸国に比べて日本の平均賃金や可処分所得が伸び悩んでいることが大きく影響しているのではないでしょうか。貧困率も、先進国といわれるような欧米諸国に比べると相当高く、15.7%(2018年)に上ります。買いたくても買えない層が多い、という問題があると思います。

次に、各国の枠組みを作っている政策や法律の違いです。例えばフランスでは、学校給食や病院給食、刑務所の食事も含めた公共調達のすべてに、オーガニックの食材を調達価格の20%まで入れることを義務化する法律が2018年に定められて、いよいよ2022年1月に施行されることになりました。すでに自治体によっては100%有機になっていますし、高齢者への配食も公共事業としてオーガニック食材を利用しているところがすごく増えていて、店舗も施設も有機の生産者を求めているような状況なんです。

水野 学校や病院だけでなく、刑務所にもオーガニック食材が20%も!

関根 そうなんです。そうなるともう農薬や化学肥料を使う、いわゆる「慣行栽培」だったかたも有機に転換するし、新規就農を目指すかたも、学校給食に納められるなら安定した収入になると家族も有機農家になることを応援してくれる。さらに町にも新しくオーガニックのパン屋さんができたり、食品店ができたり……と、後押しされる形で増えていきますよね。

そして、先ほど水野さんがアメリカのスーパーマーケットでの調査のお話をしてくださいましたが、アメリカにおける所得額とオーガニック消費額に関しては、2018年に興味深い論文が発表されています

Sustainability | Free Full-Text | New Market Opportunities and Consumer Heterogeneity in the U.S. Organic Food Market (mdpi.com)

これによると、年収6万ドル以上の高所得層と年収4万ドル前後の低所得層のいずれにおいてもオーガニックが消費されているとの結果が出ているんです。まさに、水野さんの調査結果と整合的ですね。興味深いのは、なぜ低所得層がオーガニックを購入しているかという分析の中で、政府による補助的栄養支援制度(SNAP、旧フードスタンプ制度)が機能しているとしている点です。つまり、政府が配布している食料用クーポンを使って低所得層がオーガニックを購入している可能性があるということなんです。日本もぜひ参考にしたいですね。

水野 なるほど、有機の広がりの背景には、それを推進する法律や制度があったんですね。確かに日本は政治的な側面でも、かなり遅れをとっています。

関根 そこがまた、大きなポイントで。結局、欧米ではオーガニックを推進する政策を公約に掲げた候補者を、選挙できちんと当選させるという市民の力が働いているから法制度も整っていくんですよね。先ほどお話しした「公共調達の食材のなかに有機食材を20%入れる」という法律も、フランスの現大統領であるマクロン氏が選挙時に公約として掲げていたものですし、2020年に行われた地方選でも、「フリーオーガニック」と呼ばれる給食の有機化と無償化を公約に掲げた候補者が軒並み当選していくという状況になっているんです。

フランスにおける有機に関する政策について聞く水野さん

フランスにおける有機に関する政策について聞く水野さん(写真=編集部)

欧米有機志向の転機となった、食への危機感と政治変革

――市民の声と投票によって、欧米ではオーガニックが広がってきたということですね。このような動きはいつごろからのものなのでしょう。

関根 近年、社会の中で広く有機を求める世論が形成されてきたその源流には、いくつかのターニングポイントがあります。1990年代に大きな問題として報じられたBSE(牛海綿状脳症)や、90年代後半から2000年代に報道されたダイオキシンによる食品汚染のスキャンダルなどが、それに当たります。食の安全を揺るがすような事件を契機に、工業的で効率を優先する農業や食料システムの在り方に対する問題意識がかなり高まったんです。 もちろん、BSEやダイオキシンの問題は日本でも報じられたとは思うのですが、大きな変化にはつながらず、そのまま忘れ去られてしまいましたよね……。

水野 そうですね。魚介類のPCB(ポリ塩化ビフェニル)汚染の報道があったときも、一時は分かりやすく魚離れしていたのに、その後どうなったのかも分からないまま、何となく元のとおりに戻ってしまって。

関根 一方欧州では、こうした出来事を機に、農業研究や大学、農業高校で人材を育てるところを含めた変革のチャンスにして、さまざまなことを変えていきました。

しかし、単に「日本人は忘れやすい」だけと言い切ってしまうことができない事情もあるのではないかと考えています。残念ながら、日本では食品や農薬の危険性などを伝える報道への規制が強く存在していると感じる場面が多いからです。

欧州では農薬の被害や健康への害についてかなり報道されていますが、出版や新聞各社にはメーカーから訴えられるリスクに備え、あらかじめ資金をプールしておくという風土があります。だから、ジャーナリストも日本よりは自由に巨大企業や権力に対してペンを振るうことができる。けれど、日本では情報統制や、それに伴う各社の自主規制が働いて、なかなか自由に書いたり報道したりということができないようで……。

水野 食の安全性、ときに危険性が正しく報じられているからこそ、欧州では危機感が広がり、オーガニックは嗜好品ではなく必需品として選択されてきた。その緊張感のなかで市場が広がり、政治も動いてきたんですね。 アメリカでは、遺伝子組換えに反対する人たちがオーガニックを選び、推し進めてきたと聞きました。遺伝子組換えの食品表示が長年認められなかったから、これを避けるためにはオーガニックを選ばなくては、という消費動向が、オーガニックを広げる一因になったと。日本ももっと、情報が届く社会でなければいけないですね。

オーガニックは必需品と話す水野さんに共感する関根さん

オーガニックは必需品と話す水野さんに共感する関根さん(写真=編集部)

日本は「高温多湿」だから有機はムリ?

――日本における制度課題の一つとして、有機認証のハードルが高い、という声も聞くことがあります。水野さんは日本初のオーガニック検査協会を立ち上げられ、多くの有機農業生産者ともネットワークをお持ちですが、現場の声はいかがですか。

水野 認証を取るまでは「有機認証なんて面倒だし、本当に取得していいことあるの?」と懐疑的なかたも多いんですが、取得してみると「もっと早く取っておけばよかった」というかたももちろん多くいらっしゃるし、「買ってくれるならもっと作れるよ」という生産者の声もよく耳にします。

けれど残念ながら、今の日本ではそもそもの需要がありません。病害虫のリスクを負いながらも頑張って栽培して認証を取得しても、売り先がないとなればやはりアクセルは踏み込めず、生産力は落ちるわけですよね。有機JAS法の施行から20年が過ぎ、今、行き詰まっているような気がします。一方で、量販店の担当者と話していると、有機食材を探しているような声も聞きます。マッチングがなかなかうまくいっていない印象もありますね。

生産者、量販店との話をする水野さん

生産者と販売先とのジレンマを話す水野さん(写真=編集部)

水野 そして、認証にかかる費用負担について、よく「年間10万円」という言葉が独り歩きしていますが、価格は認証機関によってそれぞれです。団体単位で取得しているところなどは一軒当たり数千円と負担はかなり少ないところもあるようです。そしてもちろん、認証機関側でも正しく認証を行うには人材の育成が必要ですし、雇用も必要です。運営していくための経済的負担に対して、とくに政治的サポートがあるわけではありませんから。

関根 欧州では、認証機関に対する補助ではありませんが、生産者が認証を取ろうとすることへの補助が出ていますね。フランスでは、認証機関などで働く人の人件費を自治体と共同で持とうとか、イタリアでは品質を証明する食品検査のコストを軽減するために、地域の大学と連携して大学のほうに補助を出す動きもあります。

水野 そういう制度も、有機の広がりの後押しになりそうですね。

関根 実際、とくに新規就農を希望するかたの中には、着実に有機栽培への意欲が高まっていますよね。2013年の全国農業会議所調べでは、28%の新規就農者希望者が有機栽培に取り組んでいると答えていて、興味があるという人を入れると93%に上っています。じつはこれには慣行栽培をしている方のデータもあって、支援や売り先などの条件が整えば農薬も化学肥料も使わない栽培に取り組んでみたいというかたが49%もいるんです。水野さんがおっしゃったとおり、政策次第でかなり状況は変わるし、ニーズはあるんですよね。

ただ、現状ではJAでも自治体でも、有機栽培の指導ができる人がほとんどいないという課題もあって。1、2年ほど前から有機栽培の指導員を慌てて募集し始めていますが、では大学の農学部で有機栽培が教えられているかというと、オーガニックに関する学科やカリキュラムも少ないのが現状ですから。

水野 「日本は高温多湿だから、農薬や化学肥料がないと農業ができません」という意見、農学の分野で意外と根強いですよね。アメリカだって、アトランタなどに行けばもっと高温多湿だよ、なんて思うんですけれど。

教育の面から有機の実情を話す関根さん

教育の面から有機の実情を話す関根さん(写真=編集部)

関根 フィリピンやブラジルでも、日本よりずっと進んだ有機農業が推進されていますからね。水野さんはよくご存じのとおり、農林水産省が2021年5月に有機栽培の拡大も目標に盛り込んだ「みどりの食料システム戦略」(以下、みどり戦略)を発表しましたが、私はその内容こそが問題だと思っています。気候変動の問題、生物多様性の問題への対策として、脱炭素社会にするために有機栽培を増やしましょう、とは言っているけれど、これまでの緑の革命[3]や、近代化政策というものを振り返り、反省することがない。だから本質的に新しい段階に進めない。しかし、フランスやEUの農政を見ると、きちんと一度立ち止まって、過去の総括や清算をしています。「農業近代化政策は功罪ともに大きなものだった」と、罪の部分の認識を明らかにしているんです。そこが結局、日本が新しいステップに大きく踏み出せない原因になっているのではないでしょうか。

ある自治体で学校給食に取り組んでいる職員の方が話していましたが、地域の学校給食で有機化を推進するうえでいちばんネックになるのが、「有機のほうが慣行栽培より優れているとは言えない」ということだそうです。でもそれが言えないと、なぜ有機に切り替えなければいけないのかという動機づけにならないんですよね。

水野 慣行栽培がすべて悪いというわけではないんです。慣行栽培でしか作れない野菜もありますから。それって、「何かを否定することが苦手」という、日本的なコミュニケーションのあいまいな部分が裏目に出ているのかなと思います。今から25年ほど前、農林水産省に有機農業の推進を求めに行ったところ、「一般の生産者を否定することになるからできない」って言われたことを思い出しました。当時、スーパーマーケットでも同じことを言われたんです。

関根 まさに。日本では人格と、その人が行ったこと、やってきたことを分けて考えるというのが苦手ですよね。「これ、違うんじゃないですか」と指摘すると、「人格を否定された!」という感覚で全力で反論したり、敵対関係に陥ってしまいがちです。そうした感覚が、さまざまな場面で見られる気がします。 よりよい方向を探る議論として、「あなたの意見のこの部分だけ違うと思うよ」と切り分けて考えることに慣れていない。積み上げられてきた経験に学び、改善すべき部分をいっしょに変えていきましょう、というメッセージを共有できると現場も変わってくるように思うんです。これは、ディベートやアクティブラーニングを重視してこなかった教育によって生まれた課題かもしれません。

これももちろん、「日本にもたくさんいいところがある」ことが大前提の話なのですが、小学生と大学院生のころにフランスでで暮らしていて感じたのは、「何事も従属は悪いこと」「権力に対して疑ったり批判したり抵抗するのが大事」と学校で教えているんですよね。3歳ぐらいから哲学を学びますし、理系・文系を問わず、高校を卒業するのに必須なのは哲学で。そのあたりで思考方法が異なってきますし、市民社会の形成という話題にもつながってくるのかもしれませんね。

よりよい社会への変革は「知ること、学ぶこと、伝えること」から

――まさに課題は多岐にわたり、山積なようですが、今後への希望はありそうでしょうか。

水野 もちろん、日本でも私が30数年前にアメリカから帰国してオーガニックの話を伝えたときの反応を思えば、格段に情報は浸透しているし、市場も生産者も広がってきていると思うんです。だって、オーガニックと言っているのにガーリックと間違えられたこともあるんですよ(笑)。今は草の根的な運動の広がりによって、千葉県いすみ市や木更津市など、学校の給食有機化も広がっていますものね。

いすみ市夷隅小学校の給食のようす

いすみ市夷隅小学校の給食のようす(写真提供=いすみ市夷隅小学校)

関根 はい。愛媛県今治市や長野県松川町、大分県臼杵市でも給食有機化の取り組みが始まっていますし、愛知県名古屋市でも2021年11月、バナナから有機農産物の導入が始まりましたね。ただ、こうした流れのなかで有機栽培ならどんなものでもいいのかというとそうではなく、持続可能性があり、地域の活性化につながるような有機農業が支援され、広がっていく世の中になるといいですよね。

アメリカでは「よい食(グッドフード)」の定義があって、それはオーガニックであること、ローカルであること、そして家族農業や中小零細の食品事業者が作っているものだと。こうした食品を選ぶことで、地域社会の活性化につながり、社会全体が持続可能に循環していく、という考えが浸透してきています。今、まさに裾野が広がりつつある日本でもぜひ取り入れていきたい考えだと思います。

みどり戦略が策定され、今、日本の有機はまさに転換期にあると思います。転換期とは、知っている人にとっては変わっていく期待や実感があるけれど、知らない人にとってはまだまだ遠いし、旧来の新自由主義的 [4]な考え方も残っていてどちらに進んでいけばいいのか分からない、モザイク状に情報が散在している状況ではないでしょうか。そんなとき、パルシステムなどすでに有機の推進に取り組んでいる事業者が、情報発信や、具体的な商品の提示、また産地との交流の機会の創出などを通じて道標になっていただけたら、より強い推進力になっていくのではないかと期待します。

水野 パルシステムでは、組合員交流会や公開確認会などを通し、消費者と生産者の対話を長く積み上げてきましたが、そこを超えた政治的枠組みも含めて、あらゆる世代や場面に伝えていくコミュニケーションが必要ですよね。

以前、私が小学校で子どもたちに有機のことをお話ししたら、家に帰ってお母さんに「有機のものが買いたい!」って言ったそうです。選挙での投票はもちろん、自分の日々の買い物も社会を変えていくひとつの力になっている。そのことをまず、私たち大人が行動で示し続けていきたいと思います。

脚注

  1. 農林水産省 有機農業をめぐる事情(令和2年9月29日)
  2. eurostat statistics explained 有機農業の統計
  3. 1960年代中頃、主に開発途上国の人口増加による食糧危機支援のため、多収穫の穀類などを開発し、対処しようとした農業革命のこと
  4. 政府などによる規制の最小化と、自由競争を重んじる考え方

取材・文=玉木美企子 写真=編集部 構成=編集部