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お昼時に弁当を食べるミャンマー人女性

写真=深澤慎平

お弁当に、故郷への愛を込めて。日本で働き始めたミャンマー人女性の「夢と葛藤」

  • 暮らしと社会

1993年に始まった技能実習制度を通じて、多くの外国人が「労働力」として日本の産業を支えてきました。異国での慣れない暮らしのなかで、外国人労働者たちは、遠い母国を思いながら日本での暮らしに溶け込もうとしています。北関東のとある職場で働き始めた二人のミャンマー人女性に、慣れない異国での暮らしの中で心の支えになっているものは何か? そして、未来への希望と葛藤を聞きました。

寒風に吹かれながら自転車で通勤

 群馬県南東部の、北を栃木県、南を埼玉県に挟まれた渡良瀬遊水地のすぐ近くに、板倉食品加工センターはあります。当センターは、パルシステムが開発する多彩な「お料理セット」を加工、製造している専門工場で、株式会社パルラインが運営しています。

 工場では、シフト制を組みながら、一日に約20,000パックを製造しています(2024年4月現在)。パルシステムが契約する、関東圏の各近郊産地から運ばれる青果や畜産品などが運び込まれ、センター内はいつも食材でいっぱいです。

板倉食品加工センター

パルシステムの板倉食品加工センター(写真=写真工房坂本)

 「午前中はお野菜の下処理、午後は小分けをしています」

 ヤ・ミン・トゥさんはまだ慣れないながら、ゆっくりと丁寧な日本語でそう教えてくれました。ミャンマーから、同僚のカイン・ジン・ライさんと一緒に、2ヵ月ほど前に来日したばかり。二人はセンター近くのアパートで共同生活をしながら、自転車に乗って特定技能社員(特定技能外国人の社内呼称)として通勤しています。

ヤ・ミン・トゥさん

ヤ・ミン・トゥさん(写真=深澤慎平)

 「ここは風が強くて大変。自転車に乗れずに歩いてくることもあるんですよ」とカインさんは笑いました。

 冬の季節、赤城山から南東方向に吹き下ろしてくるのは、地元では「上州空っ風(じょうしゅうからっかぜ)」とも呼ばれる、乾燥した冷たい強風。年中暖かい故郷とは異なる気候に慣れるには、四季を体感するまでまだ時間がかかるかもしれません。

カイン・ジン・ライさん

カイン・ジン・ライさん(写真=深澤慎平)

将来は日本で働きたい

 二人が製造に関わる「お料理セット」は、家事や育児と仕事の両立に忙しい共働き層を中心に、利用数を確実に伸ばしてきました。冷蔵庫が浸透していないミャンマーでは、食事はその日に食べる食材を地元の市場で買い、大家族が集って食卓を囲むもの。二人にとって、ミールキットという商品形態そのものが新鮮に映っているようです。

 センターでは日本人か特定技能社員かに関係なく、そこで、洗浄と下処理など、同じ教育プログラムを実施しています。小分けの包装からセットとして商品化するまでのライン工程を学びながら、衛生管理の徹底と併せて、食品作りの意識を高めていきます。

板倉食品加工センター内の小分け作業ライン

板倉食品加工センター内の小分け作業ライン(写真=写真工房坂本)

 「小分けのパックは難しくはないです。でも下処理でピーマンの種を取るのはまだ慣れないかな」(カインさん)

 二人は来日前に語学学校で1年半ほど日本語を勉強した甲斐もあって、基礎的な仕事をこなすのに必要な会話はほぼ問題ありません。日本語で話しかける職員の顔をじっと見つめながら、理解しようと全集中しているときの顔は真剣そのものです。

からだにしみ込んでいるソウルフードの味

 そんな二人が来日に際して気がかりだったのが、「毎日の食事」でした。

 二人の故郷、ミャンマーの料理の特徴はいんげん、ひよこ豆など豆を多く使うこと、そして油もたっぷり使います。

 おかずのメインである「ビルマ風カレー」を、家庭ごとにアレンジするのが一般的なミャンマーの人々。カレーといっても、 小麦粉や澱粉でとろみをつける日本のそれとは異なり、ビルマのカレーは油たっぷりの煮物のようなもの。玉ねぎ、にんにく、 しょうが、とうがらしに、主菜となる肉か魚、エビなどを加えて、落花生などの植物油でトロリと炒めたものです。

屋台文化ととともに進化したミャンマー料理は多様性の象徴でもある

屋台文化ととともに進化したミャンマー料理は多様性の象徴でもある(写真=写真AC)

 「くせのない味付けが特徴です。発酵した茶葉(ラベソー)を使う事こともありますよ」とトゥさん。

 そんなカレーにたっぷりのごはん。ミャンマーの米はとてもサラサラしていてカレーとの相性も抜群といいます。

 屋台文化が発達しているミャンマーでは町のあちこちで、新鮮な食材を使った小さなお店が軒を連ねます。トゥさんもカインさんも、小さな頃から家族や学校の友人たちと連れ立って、ソウルフードを食べてきたと言います。

 「お店一つひとつに、店主ならではの味があります。私たちの家それぞれにも、代々伝わる味がある。そのどれもがおいしくて、幸せになるごはんです」(カインさん)

 来日してからは、アパート近くのスーパーを時間をつくっては巡り、新鮮なものを見分けながら自炊に努めています。それは物価高の日本で節約するため、という理由以上に、「故郷の味」を作り、食べることがささやかな心の支えにもなっているようでした。

 慣れるまでには、まだしばらく時間が必要な異国暮らしの中で、二人はそれぞれ、すでに「数年後の自分」に向けた模索も始めていました。

 カインさんは「ここで5年頑張ったら日本の留学ビザ、そのあと就労ビザを取って、日本の会社で事務の仕事をしたい」と考えています。そのためにも、3ヵ月間の研修はその重要な入り口。毎週、ミャンマー人講師による日本語の勉強会にオンラインで参加しながら、その腕を磨いています。

国情が不安定な母国には自分を待っている家族がいる

 一方、トゥさんは就業条件の一旦の区切りとなる5年後、ミャンマーへ帰る予定でいます。

 「生まれ故郷に戻って、スーパーマーケットの事業を始めたいんです。いろんなお野菜や服を並べて、たくさんのお客さんが来てくれたらうれしいです」

 トゥさんの故郷は、最大都市ヤンゴンからバスで北へ1時間ほどの、バゴーという古都。町の中には大小のパゴダ(仏塔)があちこちに立ち並ぶ、のどかな地方都市です。歴史ある故郷は多くの人で市場は活気があり、夕暮れになれば家族連れが散歩する光景が当たり前にある、ミャンマーを象徴する町です。

 「でも、国に残してきた父や母、妹、弟のことを思うと心配になります」とカインさん。

 今、ミャンマーは政治的にも経済的にも、国情が不安定なただ中にあり、先行きの不透明感が増しています。年頃の弟をはじめ、兄弟たちのこれからはどうなっていくのか。遠く離れた異国で仕事に打ち込みはじめたカインさんには、複雑な心情が交錯しています。

ミャンマー・バゴーの町

ミャンマー・バゴーの町(写真=編集部)

仕事中は笑顔でも、ふとした瞬間に故郷のことが気にかかります

仕事中は笑顔でも、ふとした瞬間に故郷のことが気にかかります(写真=深澤慎平)

父の味を思い出しながらお弁当作り

 「でも、今は自分にできる仕事を頑張ることに集中したい」と覚悟を決めている二人。節約のため同じ台所を譲り合いながら作ってきた自前のお弁当を見せてくれました。

 「近所のスーパーで買った鮭をガーヒン(魚の煮物)にして、塩と一味とうがらしで軽く味付けしました」とトゥさん。ミャンマーでは、一味トウガラシで味付けることがポピュラーといいます。ミャンマーといえば「ンガッピィ」と呼ばれる魚醤が有名ですが、二人は口をそろえて「あまり好きじゃない」と笑いました。

ガーヒン(魚の煮物)とヒンヤェチョー(野菜炒め)

ガーヒン(魚の煮物)とヒンヤェチョー(野菜炒め)(写真=深澤慎平)

 「ワッターヒン」(豚肉炒め)を持参したカインさんは「うちでは料理好きなお父さんが、よくごはんを作ってくれました。私の味もお父さんのそれにきっと近いですよ」と家庭の味を懐かしみます。

ワッターヒン(豚肉炒め)とヒンヤェチョー(野菜炒め)

ヒンヤェチョー(野菜炒め)(写真左)とワッターヒン(豚肉炒め)(写真=深澤慎平)

 お昼時、センター内から白衣を脱いで集まる日本人たちに交じり、それぞれの家族の味を思い出しながらミャンマー語の会話に興じる二人。その姿を遠目に見ながら、教育係の飯田祐介さん(株式会社パルライン)はこう言いました。

 「もちろん彼女たちは仕事を覚えるためにここに来てくれていますが、何より自分の家族を大切にしてほしい、と思っています。まずは、そこから。日本の暮らしになじんでくれば、仕事も自然と上達するものだと思っています」

教育係の飯田祐介さん

教育係の飯田祐介さん(写真=深澤慎平)

「安心して働き続けられる『道』をください」

 母国と家族のこれからがなかなか見えないなか、ランチタイムに興じる二人に「日本に対して何かお願いはありますか?」と聞いてみました。

お弁当のふたを開くと故郷が香ります

お弁当のふたを開くと故郷が香ります(写真=深澤慎平)

 「私たち特定技能社員や技能実習生などの外国人が、この平和な日本で安心して働き続けられる道を作ってもらえたら幸せです」

 その思いに応えるには「日本社会に多くの外国人を受け入れ、共生していく度量が今どれだけあるのか?」を私たち自身が模索する必要がありそうです。技能実習制度自体のほころびが見え隠れし、より多くの労働力が求められている日本で、より広範な就労が可能となる制度的見直しが進められている昨今、改めて「多様性」とは何か、が私たちに問われています。

トゥさんの家族写真

トゥさんが見せてくれた家族写真(写真=深澤慎平)

取材協力=株式会社パルライン、板倉食品加工センター 取材・構成=編集部 文=編集部 写真=深澤慎平、写真工房坂本、編集部