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山浦康明さん(左)、内田聖子さん(右)(写真=疋田千里)

山浦康明さん(左)、内田聖子さん(右)(写真=疋田千里)

[子どもたちの食(3)]TPPで食の安全は守られるのか?条文の分析から見えてきた真実

  • 食と農

日本政府が早期批准をめざし、国会で審議が進むTPP(環太平洋パートナーシップ協定)。幅広い分野のなかでも、私たちの暮らしや子どもたちの未来に直結する問題のひとつが、「食の安全」への影響だ。政府は「心配ない」というが、本当に大丈夫なのか。「TPPテキスト分析チーム」を立ち上げ、条文を詳細に分析してきた山浦康明さん(明治大学)と内田聖子さん(アジア太平洋資料センター)に、TPPの状況も含めてうかがった。

“メガFTA”は、どれもうまくいっていない!?

――TPPをめぐっては、米大統領候補のヒラリー・クリントン(民主党)、ドナルド・トランプ(共和党)とも、反対の姿勢を表明しています。「TPPは頓挫するのでは」という声もありますが、どうなってしまうのでしょうか。

内田聖子(以下、内田) いま、TPPをはじめ、TTIP(環大西洋貿易投資パートナーシップ協定)、RCEP(東アジア地域包括的経済連携協定)など、地域ごとの大きな貿易協定が世界各地で進められていますが、これらの“メガFTA”はいずれもうまくいっていません。TPPにしても、自由貿易を加速させ利益を上げようとするグローバル企業の意向を受けて先頭に立って進めてきたアメリカが、参加国のなかで最も批准できなさそうな国になっているのは皮肉なことですね。

 私は、ここにTPPの問題が象徴的にあらわれていると思います。それぞれの国は、経済状況から法律や制度、文化や風習、歴史まで、固有の背景を持っているのです。そうした多様性を無視して、半ば無理やりひとつにまとめていく。そもそもそこに矛盾があるのではないでしょうか。

 いま、とくに問題になっているのは、モノの輸出入、つまり本来的な貿易以外の非関税分野、つまり“ルール”に関する交渉です。食の安全や環境を守るためにつくられた規制や基準が、「自由貿易に反する」とないがしろにされかねず、投資家や企業の利益がそれぞれの国の主権や人権よりも優先されてしまう懸念もある。これまで人々が大切にしてきたものが、貿易や投資によって徹底的に破壊されそうな現実に、世界の多くの人々が気づき始めたということだと思います。

世界の動きと真逆の方向に進もうとする日本

――世界では行き過ぎたグローバル化や巨大な貿易協定の問題が明らかになってきて、見直しの段階に入っているのですね。日本の動きとはだいぶ違うようですが。

内田 残念ながら日本では、こうした本質的な問題についてはほとんど議論されていません。農業や医療など個別の懸案についての議論は続いていますが、国会議員レベルでも市民社会のレベルでも、全体の政策自体についての問題認識が足りないことは反省すべきだと思います。

 アメリカでもEUでも、市民や政治家、官僚もこの押し付けルールのおかしさに気づき、何とか廃案に向けて、あるいは少しでも改良する方向へと努力が重ねられていますが、日本だけは、国会での力関係で粛々と批准に向かって進んでいる。これは、国際的に見れば相当異様な状態だと思います。

 残念なことに、たとえアメリカが批准できずにTPPが消滅してしまったとしても、いまの状況では、日米の関係はあまり変わらないでしょう。たとえば食の安全について言えば、遺伝子組換え食品の承認、食品添加物の使用基準、農薬の残留基準などさまざまな規制緩和や行政の後退が、日本とアメリカの二国間の並行協議の中ですでに先取りで起こっています。つまり、TPP自体が批准されようがされまいが、TPPによって利益を得ようとするグローバル企業の最初の計画通りに事が進んでいるのです。

科学的に証明できなければ「NO」と言えない

――「日本の食の安全は守られる」というのが政府の見解ですが、これは鵜呑みにはできないということでしょうか。

山浦康明(以下、山浦) 政府の説明は、とんでもないでたらめです。今後、日本の安全基準には合致しない危険なものでも、日本が受け入れを拒むことができなくなる可能性がある。というのも、TPPの条文で定められた、参加国の専門家が安全基準などを検討し議論をする「SPS(衛生植物検疫)委員会」では、“リスク分析”という考え方が厳格に用いられることになっているからです。これは、「輸入する側が絶対に危険だと科学的に証明しない限り拒否できない」というもの。輸出国や遺伝子組換え企業にとって非常に都合のいいルールです。

 リスク分析では、遺伝子組換えなど、安全かどうか世界でまだ科学的な結論が出ていないものについても、輸入規制するためにははっきり「危険」と証明する必要が出てきます。白か黒かはっきりしない“グレーゾーン”だと、「嫌だ」と言えなくなってしまうのです。ヨーロッパでは、「疑わしきは規制する」という“予防原則”の考えが主流ですが、TPPではそういう慎重な姿勢は通用しません。

 加えて問題なのは、そもそも日本の食品安全に関する行政自体が後退していて、遺伝子組換えを容認する姿勢を示していることです。最近では、食品安全委員会の専門委員会でも、「遺伝子組換えは安全だ」「世界の飢餓を救うのは遺伝子組換えだ」という発言が出ているくらいです。日本としては「受け入れる」が前提であり、国内での基準はこの先どんどん緩くなっていくでしょう。遺伝子組換え食品が増えていくのは目に見えていますね。

グローバル企業が、表示制度の決定に関与

――日本には遺伝子組換え表示がありますが、これがなくなってしまうのでは、という心配もされていましたが……。

山浦 遺伝子組換え表示自体がすぐになくなることはないと思います。ただ、TPPの「TBT(貿易の技術的障害)」という章には、各国が食品表示ルールを作る際の規定があり、“義務表示”など強制力のある表示を行う場合には、輸出国や遺伝子組換え企業などの利害関係者が口出しできるようになっています。

山浦さん、内田さんらがまとめた、ブックレット「そうだったのか!TPP 24のギモン」(TPPテキスト分析チーム発行、2016年)

 そもそも、日本の遺伝子組換えの表示制度は、いまでも決して充分なものではなく、抜け道だらけです。遺伝子組換えを使っていたとしても、遺伝子組換えと非遺伝子組換えを分別していなければ「不分別」と表示すればよく、「遺伝子組換え使用」と書く必要はありません。油やしょうゆなど加工度の高いものも表示義務を免れています。消費者団体は以前からより厳しい義務表示を求めてきましたが、TPPが実施されたら、利害関係者からの意見に影響されて、こうした要求は却下されてしまうでしょう。

アメリカが輸出しやすいように国内の検査基準を変更!?

――BSE(狂牛病)に関しては、すでにアメリカからの要求で検査が撤廃されることが決まったそうですが。

山浦 日本では、2001年にBSEが初めて確認されてから、全頭検査という世界一厳しい対策をとってきました。ところがその後、対象の月齢を段階的に引き上げ、TPP協定に12カ国が署名する直前の2015年12月に、月齢の基準をなくすことを厚生労働省が食品安全委員会に諮問。その結果、2016年9月には、月齢を問わず検査の廃止が決定されました。

 この背景には、TPPに並行して行われていた日米の二国間協議で、アメリカ側から「日本の牛肉の基準は厳し過ぎる」「輸出する際の障害になっている」といった圧力があったといわれています。アメリカが牛肉を輸出しやすい環境を整えるため、その前段階として、まずは国内のBSE対策の基準を緩和したということです。

 BSEは決して過去の問題ではなく、世界でまだ発生している国もあります。まだまだ慎重に対応しなければならないはずなのに、日本政府はTPPの批准の前にアメリカに譲歩し、このような結論を出してしまったのです。

いま突き付けられる――「食べ物とは何か」

――TPPを先取りする動きによって、すでに私たちの食は脅威にさらされているということですね。こうした状況のなかで、私たちにできることはあるのでしょうか。

内田 いまは目の前のTPPに関心が集まりがちですが、私たちは、とても根源的な問いを突きつけられているのだと思います。つまり、「食べ物とは何か」ということです。食べ物を構成しているのは、農業だったり、水だったり、種だったり、土地だったり。そういう自然の循環や営み、人々の労働の恩恵をいただいて生きているという原点に、もう一度私たちは立ち戻るべきだと思います。

 表示や輸出入のルールも重要ですが、ラベルを見たから安心、フェアトレードだから大丈夫ということだけではないと思うのです。何か自分で作物を育ててみたり、農家から直接お米を買ったり、パルシステムのような生協を利用したり……。本来の安心とはそうした食べ物や自然、作り手とのつながりから生まれるものではないでしょうか。

 身近なコミュニティのなかで食材を調達できるシステムがあれば、そんなにひどいことは起こらないはずです。そういう“安心”のあり方からいかに私たちは遠くなってしまったか。いかに単なる「モノを買う」だけの消費者になってしまっているか。私たち一人ひとりが、経済優先のやり方に代わる、いのちや暮らしに視点を置いたオルタナティブな(代替の)方法を見つけて、効率でものを決めていくようないまのシステムからは降りていく。それが行き過ぎたグローバリズムへの一番の対抗策だと思います。

市民の「食べたくない」が政治や企業を動かす

――自分たちの暮らし自体を変えていこうということですね。アメリカでは、遺伝子組換えに反対する運動が広がっていると聞きました。

内田 「マムズ・アクロス・アメリカ(Moms Across America)」というお母さんたちの運動は、いまや全米規模に拡大しています。お母さんたちにとって一番切実なのは、目の前の子どもたちに何を食べさせるかという問題。だから、遺伝子組換えに反対したり表示義務制度を求める活動と同時に、遺伝子組換えでない、オーガニックのものを普及させていくための運動にも取り組んでいます。そうした動きもあり、アメリカのオーガニックマーケットは、2010年以降、ものすごい勢いで伸びているんですよ。

 お母さんたちの運動が素晴らしいのは、実践的で、地域に根ざしていること。たとえば、近所のレストランに何人かで通って、少しずつ店長との距離を縮め、「材料を非遺伝子組換えに変えてくれないかしら。子どもにアレルギーがあるから」と直談判する。ちゃんと材料の調達リストも用意するんです。とにかく一品でもいいから変えてほしいと。そしたらもっと利用するからと。そうやってコミュニティの中での運動を日常的にやっている。感動しました。

山浦 日本でも、たとえば築地市場の移転は中止の方向に向かいつつありますね。我々市民の力がそのまま伝わったとは言いませんが、これは市民団体が言い続けてきたことの結果でもあると思うんです。既成事実としてあることが絶対変わらないということはない。私はそういう希望を持ち始めています。

 遺伝子組換えやBSEも、世論調査をすれば、大半の人は「食べたくない」と言います。この力は思っている以上に大きい。だから、企業もなかなか表立って遺伝子組換えを使うことができないでいるんです。消費者のバイイングパワーは強い。「食べたくない」ということを言い続けましょう。パルシステムのような生協も安全性を重視した商品開発をしていますが、何を選択するかを態度で示すことがとても重要だと思います。

内田 アメリカで運動に携わっているのは、ごく普通の若いお母さんたちなんです。子どもが病気で大変とか、家族の健康を守りたいとか、とても個人的な動機で、本当に純粋な思いに突き動かされて活動している。日本でも、子どもの健康を心配し、安全な食を手に入れたいと望むのは誰にとっても当然のこと。そうした、いのちや暮らしを大事に思う普通の感覚を大事にしながら、子どもたちの未来のために、あきらめずに声を上げ続けていきましょう。

取材・文/高山ゆみこ 撮影/疋田千里 構成/編集部