50年前は「クレイジー」と言われたダム撤去。でもいまは違う
2014年、アメリカのダムの実態と撤去運動を追った『ダムネーション』という映画が公開されました。この映画の日本での公開を働きかけたのは、環境保全運動にも積極的なアウトドアメーカーの「パタゴニア」です。劇場公開以降、全国で自主上映運動を呼びかけ、日本のダムや、自然保護について考えるきっかけとしても広がりを見せています。
世界最古のダムは、紀元前2900年代初期にさかのぼります。有史以来、川や水は身近な存在であり、人々は川辺に町を築き、ダムを作ったり、水車を動かしたりして、その恩恵を受けて生きてきました。しかし、1881年にエジソンが電球を発明した頃から、近代化とともにその関係性は大きく変化していきます。
アメリカでは、大量の電気を作るため、国策としてダム建設が推進され、猛烈な勢いで建設ラッシュを迎えました。ダムによる水力発電は、当時の電力供給量の50%を担うようになり、1930年代以降、アメリカの高度経済成長を支えていきます。
ダムは川という川に建設され、2013年には、1メートル以上のダムの数は7万5千基に達します。これは、毎日ダムを作っても205年かかる数です。大量の電気が必要になったためとはいえ、あまりにも無計画な増やし方ではないでしょうか。
近代のダム建設は、川の流れをせき止め、元来の自然の地形を歪め、そこにすむ人々から家や文化をも奪い、生きものたちの生態系に致命的なダメージを与えてきました。他の生物や自然のことを顧みない、極めて人間本意な行為なのだと、映画を観て気付かされます。
映画のラスト30分、ダムの撤去を呼びかける人々によって無駄なダムが爆破され、勢いよく水が流れ出る場面があります。このシーンはとても迫力があり、映画のクライマックスとして美しくもあります。
その後、撤去されたダムは元の水流を取り戻し、マスやサケが戻ってきているそうです。この映画が公開されてから2年が経ち、撤去されたダムの跡地にはどのような世界が広がっているのでしょう。
人々が見放した土地。45年後、そこは野生の楽園となっていた
同じように、自然との関係を考えずにはいられない作品として紹介したいのが、2016年10月に公開された『あたらしい野生の地-リワイルディング(以下、略)』です。
舞台は、オランダの大都市アムステルダムから、車でわずか2時間、距離にして50kmしか離れていない、海沿いの自然保護区です。そこには、「ここはアフリカ?」と戸惑うくらいの、野生の楽園が広がっています。
この土地は、元はゾイデル海という海でした。1968年に着工した干拓事業によって、海は堤防で締め切られ、水をかき出し、人工的な土地へと姿を変えました。農耕地や住宅地などにするためにです。
ところが、この事業は1970年代に起きた石油ショックによってストップし、頓挫してしまいます。海沿いのその土地は、放棄され、人々から忘れられていったといいます。
しかし、ここからがすごいのです。元々海抜の低い土地だったため、残された沼地に水草がどんどん自生し、そこへ水鳥たちが舞い降り、水辺が鳥たちによって整えられ、そこにカエルや魚がすみ始めます。どこからかビーバーもやってきて、水辺がさらに生きものたちにとってすみやすい環境に作り変えられていきます。
水鳥たちを求めて、キツネもやってきます。さらには、オジロワシという大きなワシも来るようになりました。オランダでは100年以上姿を現していなかったヨーロッパ最大のワシです。
こうして、わずか45年の間にその土地は“野生”を取り戻したのです。
この場所は、1989年に湿地や沼地の環境保全を目標とした国際条約であるラムサール条約の認定を受け、現在では、リワイルディング(野生の再生)の成功例としてヨーロッパでもよく知られるようになりました。
「リワイルディング」は、日本でまだ馴染みのない言葉ですが、例えば日本のトキのように、一度絶滅し、人間が保護している動植物を、再び自然の中に放ち、できるだけ人の手を加えずに繁殖させ、その土地の生態系を復元する試みのことです。
映画に登場するコニックという野生馬の一群も、元は野生では失われた品種です。32年前に行われた、リワイルディングの取り組みで27頭を湿原に放ち、繁殖に成功しました。いまでは1,000頭を越える群れをなして、広い草原を駆け抜けています。
サケは、豊かな森を育む、海からの贈り物だった
『ダムネーション』で描かれたダムの跡地にも、果たして“野生”は戻ってくるのでしょうか。映画では、アメリカ国内の数カ所のダムを紹介していますが、どの地域も、川を象徴する生きものとして、サケが登場します。サケは、ダムによって分断された川を泳ぎ越えて、生まれた川に戻ってくるのだとか。なぜそこまでして、サケは戻ってこようとするのでしょうか。
そこにつながる話をひとつ紹介します。自然や動物の生態に詳しい写真家の赤阪友昭さんが、撮影のためアラスカを訪れた時のことを教えてくれました。
「森の中でサケが川を遡上するのを観察していると、サケを狙って森の奥からクマが現れました。クマは、とらえたサケを川の近くでは食べずに、森の中へと少し移動してから食事をして、全部は食べずに、次のサケをとりに川へ戻るんです」
私は、クマはグルメ嗜好でおいしいお腹の部分しか食べないのかと想像していたら、そこには壮大な自然の秘密がありました。赤阪さんはこう続けます。
「クマの食べ残しを、鳥が食べについばみ、どこかへ運んでいくんです。ということは、サケの個体が森中にばらまかれていく。サケが遡上する川の近くでは、健康的で豊かな木を育てていく窒素の“安定同位体”という元素が多く含まれています。この元素は淡水や陸の生物より、海の生物に多く含まれていることがわかっています。つまり、サケが窒素の安定同位体の運び手と考えられるのです」(赤阪さん)
この壮大な生命のプログラムの話を聞いて、私はため息しかつけませんでした。サケは、子孫を残すために戻ってくるだけでなく、アラスカの豊かな森を育む、海からの贈り物でもあったのです。また、「森は海の恋人」といわれるように、森は海を豊かにもしてくれます。自然の世界では、何ひとつ無駄なことはなく、すべてがつながっているのです。
一度人間が壊したものを自然が回復させてくれる、だからといって汚し続けることは許されませんが、環境破壊の暗いニュースが多い現代社会にあって、これはひとつの希望だと思いました。
この2つの作品を通して、豊かな自然を有しながら、多くを傷つけてきた私たち日本人も、人間と自然との関わり方や、地球の壮大ないのちのつながりを見つめ直す、ひとつのきっかけにしていただければと思います。