「育児中は暇?」「上司に妊娠を伝えるのが怖い」……
待機児童の問題をはじめ、妊娠や出産を理由に嫌がらせを受けたり解雇されたりするといったマタニティ・ハラスメント、満員電車内でベビーカーを畳むか否かの問題など、日本では耳が痛くなるようなニュースや出来事にあふれています。子育て自体がまるで社会の荷物であるかのような受け止められ方に、戸惑う母親も多いのではないでしょうか。
こうした状況は、世界ではどうなのでしょうか。映画は、ブラジル、アルゼンチン、アメリカ、カナダ、フランス、イタリア、ケニア、インド、中国の9カ国の育児をレポート。子育て奮闘中のパパやママも多数登場します。
「社会に送り出す人間を育てているのに、育児中は暇で、まるで何も役に立っていないかのような扱いを受けている」と憤るブラジルの女性。デンマークでは1年という長い育児休暇を取得できるものの、「上司に妊娠を伝えるのが怖い」と話す母親……。子育ての大変さや重要性がなかなか理解されない状況は、決して日本だけではないようです。
一方で、スウェーデンやデンマークなどの北欧諸国では、男女とも有給の育児休暇を取れるおかげで、育児や家事への父親の参加率が高いようです。
「赤ちゃんを育てるには、村が必要」
映画には、育児の専門家や児童心理学者、小児科医、経済学者などがコメントを寄せ、育児が社会の中でどれだけ重要なことなのか、さまざまな角度から紹介していきます。
「社会は宇宙探索のための研究費用には投資するのに、なぜ人類の種子には投資しないのか。命の始まりを大事にしなければ、平和な社会は作れません」と投げかけるのは、ブラジルの小児科医、ヴェラ・コルデイロさんです。
コルデイロさんは、スラムで暮らす病気の子どもたちとその母親たちが病院から退院したあと、再び悪環境のもとで体調を崩すケースを目の当たりにし、退院後のケアをする組織「ヘセナ」を設立。これまでに2万人の子どもたちを看てきました。
彼女が紹介する「赤ちゃんを育てるには、村が一つ要る」というアフリカの諺は、とても象徴的なメッセージです。つまり、子育ては母親独りにゆだねるものではなく、父親や祖父母、近所の人も、みんなで協力して支え合うべきもの。それは、地域全体で喜びを分かち合うことにもつながります。
ノーベル経済学賞の受賞者で、『幼児教育の経済学』の著者、ジェームズ・ヘックマン博士は、「子どもに対する母親の愛が、経済にも影響する重要なものだということは、あまり認識されていない」と話します。
ヘックマンさんによれば、アメリカのある研究では、乳幼児期の子どもに1ドルを投資した場合、将来的に犯罪や投獄のコストが減り、一生で7ドルの収益を生み出すことが示されたというのです。
年間の還元率でみれば、銀行の場合は1ドル3~5%なのに対して、子どもへの投資は7~10%。ヘックマンさんは、「これはアメリカの株式市場よりも高い還元率となる」と指摘し、私たちが何に本当の投資をすべきなのかを説いています。
子どもを育てるということは、至極個人的な幸せと捉えられがちですが、もっと社会的な視点でとらえ、社会全体で子育ての尊さが理解されるべきなのではないでしょうか。
「脳の発達には、大人と子どもの相互作用が不可欠」
「発育に最も影響を与えるのは身近な大人との交流。大人と子どもの相互作用は、脳の発達に不可欠なのです」と話すのは、ハーバード大学の児童発達研究所所長で医師のジャック・ションコフさん。
ションコフさんは、赤ちゃんは生まれてから6歳ぐらいまでの間に、脳の中では毎秒700から1000という驚異的なスピードで神経細胞同士の接続点が新たに生まれていると話します。この神経細胞同士の結び付きにより、脳は発達し、その後の人生における健康や精神、学習能力の基礎を決定付けるのです。
乳幼児期の子どもに、親や周りの大人が愛情を注ぎ、さまざまな経験をさせることが、どれだけ大切なことなのか、ここからも分かるでしょう。
北イタリアの小さな町で生まれた教育法「レッジョ・エミリア・アプローチ」は、子どもたちそれぞれの意思や個性を尊重し、表現力やコミュニケーション能力、探究心、考える力などを養う幼児教育の実践法として、世界で注目されています。映画の中でも、子どもたちが自由に森を裸足で駆け巡ったり、机の上にちょこんと座り、石や葉っぱ、木の実を真剣にお皿に並べたりする様子が紹介されています。
ここの親たちは「WhatsApp」というチャット・アプリ(日本のLINEのようなもの)でメッセージを送り合い、子どもを預けたり預かったり、小さな頼み事でも解決できるよう、気軽にやり取りをするといいます。6家族で一つのグループを作り、お互いが助け合って子育てをしています。
人間にとっての最大の孤独は、コミュニティの喪失。子どもが、同世代の子どもや他の大人とのつながりを必要とするように、子育てをする大人にとっても、コミュニティは大切な存在なのです。
子どもを助ける前に、親を助けなければ、高い代償がつく
映画には、先進国の子育て事情だけでなく、貧困で明日が見えない家族や、元麻薬中毒者の母親も登場し、厳しい環境で子育てに励んでいる家族も紹介されます。こうした状況を目の当たりにしたときに行き着く答えは、子どもを助けるには、まず子育てをする親を助け、守らなければならないということです。
これは、決して貧困国や紛争国だけの話ではなく、格差社会が進む日本でも同じことが言えるのではないでしょうか。社会的困窮者や孤立した人、周囲に「助けて、困っています」と伝えられない人たちを助けることは待ったなしの状況です。
2016年の流行語にも選ばれた「保育園落ちた日本死ね」という書き込みは、衝撃的なものでした。それだけ、当事者の切羽詰まった状況が、この日本にもあるのです。
「私だって、育児も仕事も一生懸命頑張っているのに、そういう人たちだけ助けるのは不公平だ」という思いが、頭をよぎるかもしれません。それに対する答えを、前出の医師、ジャック・ションコフさんはこう話しています。
「あなたの子どもがいい人生を送るには、将来、社会に尽くす人間が同世代にどれだけいるかにかかっているんです。今、親を助けないと、将来高い代償がつきます」
さまざまな育児のかたちがあっていい
映画では、その他にも、レズビアン・カップルによる子育てや、養子を迎えた夫婦、12年勤めていた会社を辞めて専業主夫になったイクメン・パパが登場するなど、世界のさまざまな愛、さまざまな育児のかたちを知ることができます。
「同性婚でも、シングルマザーでも、シングルファザーでも、男女どちらの役割も果たせるし、家族を築ける。社会が受け入れれば、普通のことになります。事実の受け止め方で、ものごとは変わるものです」と精神分析医のヴェラ・コネリー博士は話します。
子育てのかたちや社会の事情が違っても、子どもに対する想いは、どんな親にとっても共通のもの。どのシーンも、パパとママは一生懸命に子どもと向き合っています。子どもを見つめる目、パパやママを見つめる目。なんて優しいまなざしなのでしょう。
親子の愛情やコミュニケーションは、決して一方通行ではなく、お互いが見つめ合い、成長していくことなのだと、感じることができます。
私たちは社会の中で、一体、何を一番大切にするべきなのか。そんな当たり前のことを思い起こさせ、勇気づけてくれる作品です。