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西内ミナミ文、堀内誠一絵 『ぐるんぱのようちえん』(福音館書店)(写真=堂本ひまり)

「いっしょに読みたいね」 目が見える子も見えない子も楽しめる、ユニバーサルデザインの絵本づくり

  • 暮らしと社会

目の不自由な子どもは、白い紙に点字が打たれた“絵のない絵本”を読むことが多い。そうした中、既存の絵本に透明の点字シートを挟んだ「UniLeaf Book」を作り、全国の家庭や視覚特別支援学級に届けてきたのが、UniLeaf(ユニリーフ)代表の大下利栄子さんだ。障がいのある・なしに関わらず、みんなで楽しめるユニバーサルデザインの絵本を広げたい――。全盲の娘さんがいる母親の大下さんに、絵本づくりに込めた想いを聞いた。

親の願い、子の想い

 「目の見える子と見えない子が、いっしょに楽しめる」。それが「UniLeaf Book」だ。1980年代にイギリスで生まれた「ClearVision Books」(※1)をヒントに、大下さんが名づけた。「Uni」には「一つの・結合した・ユニバーサル」、「Leaf」には「本のページ紙・一葉」という意味がある。

 点字の絵本はこれまでにもあったが、白い紙に点字が打たれているだけで絵はなく、目の見える子どもは楽しめない。「UniLeaf Book」には、それぞれのページに点字つきの透明シートが挟み込まれ、誰でもいっしょに楽しめる。日本でこの絵本を作っているのは、ユニリーフだけだ。

みんなでいっしょに読む みんなでいっしょにを読む

みんなでいっしょに(写真提供=UniLeaf)

 詳しいお話を伺うため、大下さんのご自宅にお邪魔した。2歳のとき失明した次女の歩さんが、この絵本づくりを始めたきっかけだった。

 「娘は普通の保育園に通い、他のお友だちといっしょに遊んでいたんです。横浜市の制度がちょうど変わる時期で、親と本人が希望すれば、重度の障がいのある子どもでも普通小学校に進学できるようになりました。盲学校の場合、先生ひとりに子どもがひとりみたいに少ないんです。親としては、子どものなかでしか学べないことがあると思っていました」

作業場兼書庫での大下さん

作業場兼書庫での大下さん(写真=堂本ひまり)

 歩さんは、横浜市立小学校に正式に入学した最初の全盲児として、市内の公立小学校に入学。大下さんは入学当初、学校現場での戸惑いのような空気を感じたと言う。

 「最初の全校朝礼で校長先生が、『障がいは治らないから、かわいそう。みんなで助けましょう』みたいに仰ったんです。親としては、見えない前に普通の子ども、なんでもいっしょにやらせたい、という気持ちだったので複雑でした。初めての全盲の児童にどう接すればいいのか、先生方が不安に感じていたのかもしれません」

 歩さん本人は、普通学級に通ったことをどう思ったのだろうか。

 「あるていど成長してから『どっちがよかった?』と訊いたら、『盲学校しか知らないよりは“ふつうの小学校”を知ってるほうがいいと思う」と消去法でした。親の前では言いにくいだけで、本人なりに思うところはいろいろとあったと思います」

 中・高と盲学校に進んだ歩さんは、点字受験で大学に合格。現在は大学4年生で、大学では合気道部に所属。20歳のときにコスタリカを一人旅し、現地で環境保護ボランティアに従事したそうだ。

※1:UniLeafはイギリスの「クリアビジョン」プロジェクトがモデル。イギリスでは30年の歴史を有し、13,000冊の蔵書を誇る。

絵本には“個性”がある

 2008年、歩さんの中学進学を機に、大下さんは独学でユニバーサル絵本「UniLeaf Book」づくりを始める。

 「全盲の娘を普通学級に通わせるなかで、私もいろいろと勉強しました。そのとき指導してくださったのが、国立特別支援教育総合研究所(※2)の先生です。その方から、イギリスの盲学校で利用されているユニバーサルデザイン絵本のことを聞いたんです。『今まで手の届かなかったところに届く支援ですよ』と言われましたが、最初はピンときませんでした。娘が中学で寄宿舎生活を始め、少し時間ができたので私も作ってみよう、くらいの気持ちでした」

 この絵本は一冊一冊、手づくりだ。既存の絵本を手に入れ、紙がささくれ立たないようにカッターを使い1ページずつ、ていねいに解体する。そして、大型の業務用透明シートを絵本のサイズにカットし、点字用タイプライターで点字を打つ。解体した絵本と点字シートを再製本(リング製本)して、完成だ。

ぐるんぱのようちえん

『ぐるんぱのようちえん』ほか(写真=堂本ひまり)

 「最初に作ったのは『もけら もけら』(※3)という絵本でした。言葉と絵のおもしろさで楽しむベストセラーの絵本ですが、目の見えない子は楽しめない内容でした。ストーリーで楽しめる絵本という大切なことを、私が理解していなかったんです」

 当初は絵本づくりの構想だけで、人づてに知った横浜YMCA「夢すくすく」賞に応募し、特別賞を受賞。パルシステム神奈川ゆめコープの助成を受けるなど、周りからの評価を通して、ユニバーサル絵本の価値に気づいたそうだ。

貸し出される絵本

貸し出される絵本。UniLeafはパルシステム神奈川ゆめコープの助成を受けている(写真=堂本ひまり)

 「知り合いの方から『目が見えない人ではなく、見える人に伝える本でしょ』と言われたことを覚えています。小さいときからいっしょに、目の見えない子と過ごす機会があれば、その子たちが大人になったとき、社会が少し変わるかもしれません。周りの人たちが、そのことを私に教えてくれたんです」

 助成を受けるいっぽう、協力してくれる人はなかなか集まらない。大下さんは古本屋をまわり、できるだけ状態のいい絵本を助成金などで購入。ひとりでコツコツとユニバーサル絵本を作り、必要に応じて貸し出しを続けた。

 「点訳ボランティアの方のなかには、『点字絵本や点字シールを貼った絵本があるじゃない』と仰る方もいます。ただ、点字シールが貼ってある絵本は、目の見えない親御さんが読み聞かせに使うには適していますが、子どもにはむずかしいんです。小さい子どもだと点字シールが絵本のどこに貼ってあるのか探すのが大変で、それに気がとられてストーリーが楽しめません。『UniLeaf Book』はシートの同じ場所に点字が打ち込んであるので、すぐに点字が読めるんです」

点字用タイプライター

点字用タイプライター(写真提供=UniLeaf)

 本の大きさ、紙の硬さ、ぶ厚さ、手ざわりなど、絵本にはそれぞれに“個性”がある。白い紙に点字が打たれ、本の大きさもプリンタサイズで画一化された白い点字絵本では、それがわからない。

 「たとえ目が見えなくても、みんなが大好きな絵本は、みんなと同じもので読みたいと思うんです。娘も保育園ではひとりだけ、点字付きの別の絵本を与えられました。娘も内心では、みんなと同じ絵本がいいだろうな、と感じました」

 大下さん自身、歩さんには絵本の読み聞かせをしなかったそうだ。

 「いい絵本は、文字だけでもいい絵本なんですよね。娘は大きくなってから、私の点字の間違いをチェックするため何百冊もの絵本を読み、絵本の魅力を知ることができました」

※2:障がいのある子どもの教育に関する研究、研修・支援、情報普及などを行う、文部科学省所管の独立行政法人。
※3:山下洋輔文、元永定正絵(福音館書店、1990年)。

大下さん

「絵本づくりは日常です」と大下さん(写真=堂本ひまり)

仲間の輪も少しずつ

 ご自宅にある「UniLeaf Book」は約850冊。月に1度、5冊ずつ、30家庭ほどに定期貸し出しするほか、視覚特別支援学校などにも貸し出している。セレクトは大下さんのおみたてが多く、利用者さんからのリクエストも受け付けている。返却時には、お礼の手紙(点字の手紙も)が多く添えられ、ユニリーフのウェブサイトで公開されている。

貸し出し郵送用の袋

貸し出し郵送用の袋。文字の部分にはUとLの字の刺繍が施され、さわるとわかる(写真=堂本ひまり)

 「『兄弟や姉妹でいっしょに読めるのがうれしい』という声をけっこういただきます。『絵がわからないから喜ばないと思ったら、すごく喜んでくれた』という感想もありますね」

大下さんのもとに届いた感想

大下さんのもとに届いた感想。点字のお礼状も(写真=堂本ひまり)

 大人からの評判もいいそうだ。

 「娘の通った小学校に全盲の子が入学したときは、絵本をお送りして、使ってもらいました。先生にも“いっしょがいい”という実感が伝わるようです。別の学校では、全盲の先生が子どもたちの読み聞かせに使ったり、全盲の女子大生がボランティアで、目の見える子どもの読み聞かせに使うこともあります。いろいろな使われ方があることを私自身、教えられました。『点訳ができるのでお手伝いしたい』と利用者のお母さんから言われたときは、うれしかったです」

 こんな親どうしのつながりもあるそうだ。

 「絵本の貸し出しを通して、利用者さんの家のことが見えてくるんです。学校で直面した問題や子育ての悩みを、お礼の手紙に添えてこられる方もいます。全盲の娘の子育て経験があるので、少しでも力になれたらと思っています」

 作業場兼書庫を見せていただいた。色とりどり、さまざまな絵本が並び壮観だ。大の“鉄っちゃん”である取材ライターHが手に取ったのは『しゅっぱつしんこう!』(※4)。大下さんが今「UniLeaf Book」に仕立て直している絵本だ。電車モノは、子どもたちにも根強い人気があるそうだ。

しゅっぱつしんこう!

これからユニバーサル絵本に仕立て直す『しゅっぱつしんこう!』(写真=堂本ひまり)

 「ユニバーサル絵本づくりは、私の日常ですね。秋のイモ掘りの絵本など、季節感のある作品は貸し出し希望がダブるので複数冊欲しいです。人気のある絵本は傷みが激しいのでつくり直したいし、点字を直したい絵本もあります」

 立ち上げから今年で10年。絵本づくりのワークショップを開いたり、逗子市の市民イベントに参加するなど、協力を申し出る人たちも少しずつ増えてきた。毎月第2木曜日には、JR逗子駅前の公共施設で「UniLeaf Book」作業会を開催。県立逗子高校での絵本製作活動も7年目を迎え、卒業後も活動を続ける女の子がいるなど、仲間の輪が広がっている。

ユニバーサル絵本づくり

逗子市内で月に1回開かれるユニバーサル絵本づくり(写真提供=UniLeaf)

 「必要としている子どもたちに、もっともっと届けたい。この絵本がひとつのツールになって、“いっしょのよさ”が伝われば、うれしいですね。同じ社会で暮らしているのに、ハンディがあることで“そういう人”と思われ、区別されてしまう。そうした区別が、本人や家族を苦しめてしまうと思います。その苦しさは、身体が不自由になったり、病気になったり、自分や家族が弱い立場にならないと見えてこないんですよね」

 今後は、遠方でも、点字を知らなくてもボランティアで参加できる仕組みを考えていきたいそうだ。関心のある方はぜひ、ウェブサイトにアクセスを。

※4:三田村信行文、柿本幸造絵(小峰書店)。電車が大好きな男の子が、夢のなかで電車の運転手になるお話。

取材協力=ユニバーサル絵本ライブラリー UniLeaf 取材・文=濱田研吾 写真=堂本ひまり、UniLeaf 構成=編集部