仕上がりをイメージしながらの糸選びも、楽しい時間
――今日はお繕いを実演していただくために、いくつか衣服や小物をお持ちしました。
ミスミ どれも「いい穴」、空いていますねえ……。ふふふ、お繕いをするようになってから、穴やほころびを見るのが楽しくなってしまって(笑)。うん、今日はこの靴下にしましょう。
お繕いの最初は、糸選びから。この靴下はコットンなので同じコットンでもいいですし、縦糸と横糸の素材を変えるのも面白いですね。色は、縦と横で変えたほうが、とくに初心者の方には見やすく、やりやすいです。
――なるほど。糸の太さや色味については、どんなポイントがあるでしょう。
ミスミ 太さは、繕う衣服の厚みに合わせて、もたついたり、逆に弱すぎたりしないようにバランスを見て選びます。
色味は、衣類に使われているものの同系色を選べば失敗は少ないですが、思い切って別の色を入れてみるのも、それはそれでいいんです。繕う部分は、衣服全体から見れば一部なので、反対色がかえってチャームポイントになってくれたりします。
とはいえ、糸選びは仕上がりのかわいさを大きく左右するため、私もじっくり時間をかけます。この、悩む時間もまた、楽しいので。糸を決めたら、今日はダーニングマッシュルームを使って「お繕い」したいと思います。
身近な素材でもできる「ダーニング」
ミスミ 繕う部分にダーニングマッシュルームをあてたら、範囲を決めて、印をつけます。自分のための目印なので、ランニングステッチ(※1)でもいいですし、こうしてチャコペンで線を引くだけでも大丈夫です。
※1:ランニングステッチ:いわゆる「波縫い」のこと。等間隔で面、裏交互に針目を出しながら進む縫い方。
そして、枠の外側をすくいながら、縦糸をかけていきます。この縦糸が、穴をふさぐための「軸」のような役割になるので、できるだけ「より」がしっかりした糸を選びたいですね。
――マッシュルームが湾曲しているのが、繕いやすさのポイントなのでしょうか?
ミスミ そうです、だから専用の道具を買わなくても、身の回りにあるもので代用できますよ。本では、マトリョーシカやこけしの頭、なんていうのも代用品として提案しています。ほかにも、石やスプーン、スーパーボールなどでもできます。
縦糸ができたら、糸を切って、横糸をかけていきます。
平織りの布のように織りあがってくるので、ときどきこうして、整えてあげて。
――わっ、これはケーキなんかを食べるふつうのフォークですよね?
ミスミ そうなんです。機織りで使うクシからヒントを得ています。私はこれが手軽で、使いやすくて。便利なんですよ。
横糸も端まで通したら、裏返して裏糸の処理をして……
はい、できあがりです! 今回は途中で糸を変えて、3色使ってみました。
――すごい、かわいい! そして穴が直ってまた履ける……! これは、予想以上にうれしいです。
ミスミ お繕いは、例えばセーターを1枚編むよりもずっと短時間で、達成感が得られるのも魅力ですよね。手芸に苦手意識を持つ方のほうが、お繕いでは「完成した喜び」が味わえるようで。ワークショップに参加した方からも、「その後、夢中になって、家中の“穴開き”を集めています」という声も聞いたりします。
――最後に全体の「見取り図」のようなものを描かれるんですか?
ミスミ 繕う前でも後でもいいのですが、どこを、どの糸を使って直したかは、備忘録として残すようにしています。こうしておくと、後の参考にもなるんです。
技術は少し。アイデアで楽しく
――さて、著書『繕う暮らし』にも掲載されているお繕い作品をお持ちいただきましたが、こうして見ると色々な技法があるんですね。
ミスミ そうなんです。私はいつも、穴の開き方や開いた場所、素材感などに合わせて、どうやって直すかを考えていきます。
セーターなどニットの小さな穴なら、ニードルパンチ(※2)が手軽にきれいになりますし、穴が広がりやすいひざ部分などを直すときは、やっぱりあて布をしてステッチするのがいいですね。かぎ針が得意な人なら、こま編みで丸いパッチを作って貼ると、多少大きな穴でも補修できます。
ダーニングマッシュルームでの補修は、特に初心者の方は3cm程度までのニットの穴に使うのがおすすめ。縦糸と横糸を織るように重ねていく技法のため、あまり穴が大きいと、慣れないと難しいかもしれません。
※2:ニードルパンチ:不織布の代表的な製法の一つ。羊毛を専用の針で刺し、糸を絡ませることでフェルト状にしていく。
――手芸というと、興味はありながらも苦手意識があったり、つい尻込みをしてしまいがちですが、ミスミさんのお繕いはスタンプを使ったりと手軽なものも多く、思わずやってみたくなります。
ミスミ 私はもともとディスプレイデザイナーで、手芸の専門家ではないので、「私にできるなら、皆さんにもやっていただけるかもしれない」という気持ちでご紹介しています。技術よりも、アイデアで楽しく勝負(笑)。例えば波縫い一つとっても、工夫次第でいろんな表現ができますよね。
食べこぼしなどのシミ隠しから思いついた消しゴムスタンプも、彫ったりはせずにシンプルな形を生かします。今は、布用のインクなど、DIYを助けるよい商品がいろいろと出ているので、アイデアを形にする自由度はますます高まっていると感じています。
「なんでも直す父」と、「あしらい好きの母」の元で育って
――ミスミさんのこうした「ひと手間」を楽しむ暮らしは、ご両親の影響も大きかったとか。
ミスミ 父はもともと手先が器用で、家にある家電も、家具も、なんでも自分で直してしまう人なんです。正直、新しいものを買いたくなるときもあり、「また直ってしまった……」と思うこともありましたが(笑)、モノとの付き合いとはそういう、しっかり選んで長く使うものだと思って、暮らしていました。
一方、専業主婦の母は、庭の花をちょっと生けたり、窓辺を飾ったりするのが上手な人で。そんな二人に受けた影響は大きいですね。
――古いものを直すお繕いと、新しいものを飾ってみせるディスプレイデザインという、一見真逆な活動のようですが、いずれもミスミさんの暮らしのなかにあったものなんですね。
ミスミ はい、どちらも大好きな仕事です。お繕いの本を出したことで「断捨離の時代にモノを大切に、というのが素晴らしい」なんて言っていただくこともあるのですが、私も、モノが多くなれば「えいや」と整理しますし、いつまでも捨てられない愛着のあるものもあります。結局はバランスなのかな? と感じていて。
たとえすべてがイチから手作りのものでなくても、大量生産のプロダクトでも、自分なりのあしらいを加えることで、自分だけの特別なものに変わって、大切にしたくなりますよね。
――先日は中国の北京でも、お繕いのワークショップを開催されたとか。参加した皆さんの反応はいかがでしたか。
ミスミ あちらは、それこそ経済成長の真っただ中なわけですが、そんな中でもこうした小さな手仕事で暮らしを楽しみたい、という方がたくさんいらっしゃって、「違いはないんだな」と思いました。私のワークショップで初めて、男性の参加者もいらっしゃったんですよ。
また、北京でとてもポピュラーな、瓶の梅ジュースがあるんですが、その瓶がかわいかったのでかぎ編みでケースを作って販売したんです。それにも「こうして飾ると素敵なんですね、教えてくれてありがとう」という反応があって。すごくうれしかったです。
シェアしたい気持ちを生かす、気軽な「おすそ分け」のすすめ
――最新刊『小さな暮らしのおすそわけ』も異色のテーマです。
ミスミ そうですね、書店でもジャンル分けが難しいようで、いろんな棚に置いていただいていますね(笑)。ただこれも、お繕いに通じるところがあって。お気に入りの物や自慢の品にひと手間加えてみんなにシェアしてみませんか、という提案です。
今、SNSなどの動きをみても、「シェア」はみんな日常的にしているし、したい気持ちが大きいのではと感じていました。ならばその気持ちをデジタルではなく、実際のもので身近な人に届けるためのラッピングがご紹介できないかな、と……。
――半分のバゲットや柿2つ、など、ささやかだからこそ相手への思いが伝わるのがおすそ分けなのかもしれないですね。
ミスミ 「これおいしいかったよ」とか「使ってみてね」とか、親しい間柄でやりとりするおすそ分けには、改まったプレゼントよりもたくさん、贈る側のストーリーが含まれている気がします。その思いを大きなリボンではなく、小さなアイデアでサッと包んで、まるごと届けたい。そうしていつもの暮らしがちょっと、楽しくなればーー。そのためのヒントをお伝えするのが、私の役割なのかなと思っています。