国家予算も資源も少ないコスタリカ人が「幸せ」な理由
――本作は、マシュー・エディーさん、マイケル・ドレリングさんのお二人による共同監督作品です。社会学者であるお二人が、なぜコスタリカをテーマに映画を作ろうと思ったのですか?
マシュー・エディー(以下、マシュー) 最初にコスタリカに興味をもったきっかけは、イギリスのシンクタンク、ニュー・エコノミクス財団(NEF)が発表する「地球幸福度指数(Happy Planet Index)」(※1)でした。
私たちはアメリカの大学で教鞭をとり、主に世論調査などを扱っているのですが、この「地球幸福度指数」で常に上位にランキングしていたのが、人口500万人にも満たない中米の小国コスタリカだったのです。2016年度もコスタリカは1位。ちなみにアメリカは108位でした。(編注:日本は58位/2016年)
アメリカと比較して国家予算も資源も少ないコスタリカの人たちが、アメリカ人よりもはるかに満足度が高く長寿である。この理由を知りたいと調べていくうちに、さまざまな発見がありました。
――確かに、コスタリカの人々がなぜそれほど幸福なのか、興味深いですね。どんな発見があったのでしょうか?
マイケル・ドレリング(以下、マイケル) 例えば、コスタリカは、国全体に民主主義やサステナビリティ(持続可能性)の考え方、フェアトレード思想というものが深く根づいています。学校教育でも、連帯や平和の価値を教えることに力が注がれています。
ラテンアメリカの中で最も協同組合が多いのもコスタリカなんですよ。他の国の農業は、スペインからの独立以降も大地主制が主流だったのに対し、コスタリカは個々に独立した小規模農家が協同組合を作り、大規模農業と市場で競争できるモデルを構築してきました。
それに、素晴らしい環境先進国でもあります。国土の3分の1が自然保護区として守られていて、その中には世界でも有数の豊かな生態系が見られます。
アメリカではほとんど知られていませんが、我々が学ぶべきことがコスタリカにはたくさんあると感じました。それらをより多くの人に伝えたくて、映画制作を決断したのです。
※1:生活の満足度、寿命、環境への負荷(エコロジカル・フットプリント)の少なさを尺度に算出。「健康で幸福に生きるためには豊かな自然環境が必要」という視点に立ち、「人間にとっての幸せ」とともに「地球にとっての幸せ(環境配慮)」なども重視する。
国民の9割以上が軍撤廃に「賛成」
――映画では、コスタリカが70年以上非武装を貫いてきたことが描かれていますが、コスタリカの人々の幸福感は、軍隊を持たないという国のあり方と関係があるのでしょうか?
マイケル そこはとても重要なポイントです。コスタリカでは、今も英雄として称えられているホセ・フィゲーレス・フェレール(1906-1990)が熾烈な内戦に勝利し、1948年に軍を解体しました。そして、軍事に投入していた予算を、教育や医療、環境保全に分配することを決めたのです。
フィゲーレスが軍隊廃止を宣言したときの「兵士よりも多くの教師を」というスローガンはとても有名です。
コスタリカの憲法には、「GDPの8%を教育費に充てる」と明記され、これによって、大学までの無償教育が実現し、子どもたちの識字率や進学率も向上しました。また、社会保障制度を拡大し、国民皆保険を整備。中産階級を増やすことを目指したこの一連の改革が、機会と平等を人々にもたらしたのです。
マシュー コスタリカの大学生に行った調査では、驚くことに、なんと9割以上が軍を撤廃したことを「よかった」と評価しています。他の調査でも、やはりほとんどの人が、軍隊を復活させようとするいかなる試みにも強く反対すると答えています。
コスタリカの人々は軍隊のない国のあり方を好意的に受け止め、そこに暮らしていることに誇りを持っている。それが幸福感につながっていることは間違いありません。
平和のメリットと戦争のデメリットを比較すれば……
――フィゲーレス氏が軍の解体を決めた最大の理由はどこにあると考えますか?
マイケル 戦争のコストがあまりにも高すぎるという認識がまずあったのでしょう。1948年の内戦で、勝利はしたものの、多くの犠牲を出してしまったことへの反省があったのだと思います。
フィゲーレスは理想が高い哲学者のような人物でしたが、同時にとても現実的な視点も持っていました。晩年のインタビューでも、「戦争は病気で、平和が普通。健康になるために、原因を取り去るべき」と答えています。国家予算を、軍事ではなく、教育や医療、環境保全など健康的な社会づくりに投資したほうがメリットが大きいと判断したのではないでしょうか。
――とはいえ、中米には独裁国家も多く、隣国ニカラグアとの軋轢も絶えない状況で、「非武装」であり続けるというのはとても困難に思えますが……。
マシュー 確かにコスタリカの非武装体制は何度も岐路に立たされましたが、そのたびに危機を乗り越えてきたのです。
冷戦の時代に中米は米ソ対立の戦場となり、アメリカから何度も参戦を迫られましたが、強烈な圧力を退け、1983年には永世中立を宣言。その後も「中立路線が続けば資金援助を打ち切る」とのアメリカからの脅しに屈せず、大統領選において人々は、「未来を見据えよう」と訴えた反軍事路線の候補を当選させました。
87年には当時のコスタリカの大統領がリーダーシップをとり、他の中米諸国の大統領と会談を重ね、中米和平合意も実現させています。
コスタリカの「敵を作らない」国家安全モデル
――強大な力を持つアメリカに対して、なぜコスタリカは確固たる姿勢を貫くことができたのでしょう。
マシュー それは、コスタリカが、軍を持たない代わりに外交や貿易を通じて世界中のさまざまな国々と強い友好関係、信頼関係を築いてきたからです。つまり「敵を作らない」という新しい形の国家安全モデルです。
中立宣言のときも中米和平合意のときも、コスタリカの大統領はヨーロッパの各首脳を訪ねて支援を要請するなど、積極的な外交努力を怠りませんでした。
最近でも、2014年には、隣国ニカラグアがコスタリカの国土の一部を占領し、一触即発の緊迫した空気が流れましたが、コスタリカは国際司法裁判所に訴え、1弾も発砲することなく紛争を解決したのです。
マイケル 映画の中でも紹介していますが、フィゲーレスは、「道徳的な力は原子力爆弾よりも強力だ。世界の政治的見解が我々の軍だ」と言っています。
何かあったら、国際法や国際機関、他の国の力を借りる。コスタリカの人々もそのような政策を支持し、戦争に頼らない国家安全こそが世界の基本になるべきだと信じています。
――対話や外交によって国際間の紛争を解決していくことは、単なる理想論ではないのですね。
マイケル そう思います。もちろん今も、世界の軍事資金は総計2兆ドルともいわれ、日々戦争のためのテクノロジーが開発され、兵士たちに暴力で物事を解決する技術が教えられています。
けれど、コスタリカが証明しているように、軍がなくても、平和で安定した暮らしを享受している人々はたくさんいます。これは決して、国が小さいから可能だったわけではありません。国際的な連帯や国際法を有効に利用するコスタリカの平和モデルには、非常に大きなポテンシャルがあると思います。
「積極的平和」はどうしたら築けるのか?
――コスタリカに学び、平和を手に入れるために、私たち市民はどのように行動すべきでしょうか?
マシュー 社会に不平等があると知ったら、まず、それを変えるように抵抗するべきでしょう。社会学者として、貧困、人種差別、格差問題などの社会的不平等こそが、平和を最も脅かす要因だと私は考えます。
理想的なのは、指導者が市民を恐れるようになることです。市民の力を指導者に理解させ、市民を怒らせたらどうなるかを突きつける。そして、我々がどれだけ真剣に切実に平和を求めているかを訴え、市民の意見を尊重せねばと思わせることです。
実は昨年、アメリカの平和活動家・ダニエル・エルスバーグが出版した本(※2)の中で、30年以上隠されてきた驚くべき事実が明らかになりました。それは1971年に当時のニクソン大統領が、ベトナム北部に核兵器を落とす計画を立てていたということです。
でも、この計画は実行されなかった。というのも、ちょうどその週に国内で大規模な反戦デモが行われたからです。そのデモの規模と勢いを見て、ニクソン大統領は国内の反発を恐れ、計画を中止したのです。そのデモに参加した人たちは、世界の歴史に大きな影響力を及ぼしたことになりますよね。
マイケル 軍事主義というものは、人々に植え付けられる恐怖と人々の間の対立、そして秘密、この3つのもとに大きく育ちます。ベトナム戦争もイラク戦争も、もともと嘘や偽り、誤った情報から始まったものでした。
現状が見えないと過去の記憶、戦争の痛手を忘れてしまいます。忘れてしまうとまた繰り返してしまう。だからこそ、我々には、自分たちが置かれている現状をしっかり見据える力が問われているのです。
―――日本でも、改憲への動きが目立つ今、国民一人一人が平和国家としてのあり方を考えるときが来ています。
マイケル この70年間、平和憲法を掲げる日本は、国際的な場所でも平和のリーダーとして率先して活動してきました。日本は憲法9条だけでなく、持続可能な社会環境モデル、先端技術などさまざまな面で世界から注目されています。
この映画の原題『A BOLD PEACE(勇敢な平和)』にあるように、日本の人々が世界のリーダーとなって、勇敢に平和を求め続けることを期待します。
マシュー 日本のみなさんにぜひ伝えたいのは、憲法9条がどれほど世界的に注目されているか、称賛されているかということです。平和的な憲法を持つ日本こそが、コスタリカのような平和を求める国々と協力し合って国際的な平和システムを構築していくべきです。そうすれば私たちは、世界中にはびこる軍事産業の闇に立ち向かうことができるはずです。
マイケル ぜひ、これから、“日本の奇跡”を作っていきましょう。
※2:『The Doomsday Machine: Confessions of a Nuclear War Planner(「最終兵器:核戦争立案者の告白」)』(ダニエル・エルスバーグ著、未邦訳)