こんなところにも遺伝子組換え原料が?
――そもそも、遺伝子組換えはどういう食品に含まれているのですか?
纐纈 現在、日本で販売や流通が認められている遺伝子組換え作物は8つあります。このうち、主に流通しているのは、とうもろこし、大豆、菜種、綿の4つ。いずれも食用油の原料です。
とうもろこしや大豆は、油のほかにもしょうゆや醸造酢にも使われます。その他、コーンスターチや果糖ブドウ糖液糖、水あめ、乳化剤、カラメル色素、加工でんぷんといった、加工食品の表示でよく見かける原材料や添加物にも幅広く使われています。そしてこれらは、遺伝子組換え由来の原料である可能性がとても高いのです。
日本で販売・流通が認められた遺伝子組換え作物とその用途
とうもろこし | 食用油、飼料、コーンスターチ、果糖ブドウ糖液糖、 異性化液糖、水あめ、でんぷん、デキストリン、 調味料(アミノ酸等)、醸造酢、醸造用アルコール、 グリッツ、フレーク、菓子など |
大豆 | 食用油、飼料、たんぱく加水分解物、乳化剤など |
菜種 | 食用油 |
綿 | 食用油 |
てんさい | 砂糖(近年の輸入実績なし) |
じゃがいも | 食用(近年の輸入実績なし) |
アルファルファ | 飼料(近年の輸入実績なし) |
パパイヤ | 生食 |
資料:厚生労働省「遺伝子組換え食品の安全性について」、農林水産省「遺伝子組換え農作物の現状について」、遺伝子組み換え食品いらない!キャンペーン「遺伝子組み換え食品を避けるためのチェックシート」より編集部作成
――となると、私たちも遺伝子組換え由来の食品を口にしているということでしょうか。
纐纈 はい。実は、日本は世界でもトップクラスの遺伝子組換え消費国なんですよ。
国内では遺伝子組換え作物の商業栽培が行われていません。けれど、日本はそもそも自給率が低く、大豆やとうもろこしなどのほとんどを、遺伝子組換え作物の栽培が盛んに行われている国々からの輸入に頼っていますから。
日本の表示制度の「抜け穴」とは?
――でも、「遺伝子組換え」と表示されている商品は見かけることがないですよね。どうしてですか?
纐纈 一言でいえば、表示制度に抜け穴があるからです。
日本には、遺伝子組換え食品表示制度があり、認可されている8つの作物については、遺伝子組換えであれば「遺伝子組換え」と表示しなければならないことになっています。当然、これらを原料とする加工食品や飼料にも表示すべきだと思うのですが、実際に表示が義務づけられているのは33の食品群のみです。
例えば、豆腐、納豆、味噌には表示義務がありますが、同じく大豆を原料とする食品であっても、しょうゆには表示義務がありません。また、食用油や甘味料も対象外です。
さらに言えば、家畜のえさには表示義務がありませんし、遺伝子組換えのえさを食べて育った家畜の肉や卵・牛乳・乳製品などの畜産品も表示を免れています。
――食用油やしょうゆは、なぜ表示義務がないのですか?
纐纈 これらは高度に精製されているので、組み換えられたDNAやそれによって発生したたんぱく質を最終製品では検出できないというのが、政府の言い分です。つまり、製品を検査しても、原材料が遺伝子組換えかどうかが分からない。表示の信憑(しんぴょう)性に責任を持てないから表示させることはできない、というのです。
しかし、私は別の方法でも裏づけは十分に可能だと思っています。これに関しては、後で詳しく説明しますね。
――ほかにも、表示されていないものはありますか?
纐纈 はい。表示義務があるのは、重量順で上位3品目かつ、重量に占める割合が5%以上のものと限定されています。加工食品の原材料の多くは遺伝子組換え由来の可能性が高いのですが、重量が4番目以降であれば表示しなくてもいいのです。
――なぜ、上位3位かつ5%以上でなければ表示しなくてもいいのでしょう。
纐纈 明確な理由を聞いたことはありません。例えば遺伝子組換え由来のコーンスターチを使うとき、表示したくない企業なら、4位以下もしくは5%未満になるように配合して表示を免れようとするのではないでしょうか。このあたりが、企業にとっては抜け穴になり、消費者にとっては不十分な表示と言わざるを得ません。
すべての原材料に表示義務があるEU
――こうした表示制度の仕組みは、日本だけなのですか?
纐纈 国ごとに制度の内容は異なります。遺伝子組換えに関して世界一厳格なのはEUの表示制度でしょう。消費者の権利意識の強いEUでは、DNAやたんぱく質が残らないものも含め、配合比によらず、全原材料に表示義務があります。
韓国では、日本と同じように、DNAやたんぱく質が残らないものは表示対象外ですが、義務表示の範囲は、以前は「上位5位まで」だったのが、2017年に「すべての原材料」へと広がりました。台湾も最近、制度を改正し、EUの水準に近づいています。日本だけ取り残されているような状況です。
各国の遺伝子組換え食品の表示制度
意図せざる混入率(※1) |
|||
日本 | 8作物33食品群 | 上位3品目、 重量比5%以上 |
5% |
韓国 | 6作物27食品群 | すべての原材料 | 3% |
EU | すべての食品 | すべての原材料 | 0.9% |
資料:日本消費者連盟、GMOフリーゾーン資料、消費者庁「EUにおける遺伝子組換え食品の表示及び監視の状況調査の結果について」より編集部作成
※1:適切に分別生産流通管理を行っていても、遺伝子組換えのものが意図せず混入してしまうことを認める割合。
――EUでは、DNAやたんぱく質が残らないものについて、表示の信憑性をどう担保しているのですか?
纐纈 EUにも、DNAやたんぱく質が残らないものについて検査する技術はまだありませんが、トレーサビリティのシステムを利用しているのです。生産から流通、加工、販売までのすべてのプロセスにおいて、「遺伝子組換えでない」ものであることを、その都度検査しながら証明書を作成し、必要であれば追跡できる仕組みがあるのです。
――日本では、遺伝子組換えを使っていないことを表示することはできますか?
纐纈 はい。義務のない任意として、「遺伝子組換えでない」と表示することはできます。豆腐や納豆、しょうゆなどの「遺伝子組換えでない」という表示も任意なのですが、メーカーは積極的に表示していますね。生協などでは、油や加工品などその他の食品にも、積極的に表示しています。そこには、IPハンドリング(※2)という仕組みが用いられています。
IPハンドリングもトレーサビリティも、手間暇がかかりますし、お金もかかります。けれど、できているところはある。あとは、やるかやらないか、という意思の問題ではないでしょうか。
※2:Identity Preserved Handlingの略で、分別生産流通管理のこと。種子の選定から生産、流通、製造の各段階で分別管理をし、段階ごとに証明書の添付が義務づけられている。
「遺伝子組換えでない」表示が消えてしまう?
――ところで、今後日本で、「遺伝子組換えでない」という表示ができなくなってしまうかもしれないと聞きました。本当ですか?
纐纈 残念ながら、その可能性が高いです。
遺伝子組換えでない作物をどんなに頑張って分別しても、生産や流通の過程でどうしても遺伝子組換えのものが混入してしまう可能性があります。これを「意図せざる混入」といい、日本では5%までと定めています。現在は、5%までなら、遺伝子組換えのものが混入していても「遺伝子組換えでない」と表示できるのです。
ところが、2017年度に消費者庁が設置した「遺伝子組換え表示制度に関する検討会」で、「遺伝子組換えでない」表示を認める混入率を、現行の5%から「不検出」に引き下げるという報告(※3)がまとめられました。今の技術なら混入率をほぼ0%まで検出できるし、混入しているのに「遺伝子組換えでない」と表示するのは誤認を招くという意見が出たためです。
※3:消費者庁「遺伝子組換え表示制度に関する検討会報告書」
――それは分からなくもないですね。
纐纈 ええ、確かに一見正論のように見えます。私たちも、5%は高すぎると思っていて、もっと低くするように求めてきました。けれど、今回の変更は納得できません。
――どういうことでしょうか?
纐纈 まず、いくら分別管理をしても、遺伝子組換えのものが混入するリスクを免れることはできません。混入率が「不検出」、つまり限りなく0%に近くないと表示が認められないというのは、厳しすぎるのではないでしょうか。
それに、検討会では、遺伝子組換え原料を使った場合の「遺伝子組換え」という義務表示に関しては見直しがなく、対象も範囲も広がりませんでした。「遺伝子組換えでない」という任意表示だけ、要件を変更するというのです。
表示義務のゆるい日本では、たとえ100%遺伝子組換え原料を使っていても、「遺伝子組換え」とは書かずに済むケースがほとんどです。それなのに、手間も費用もかけて非遺伝子組換えの原料を調達したほうは、「遺伝子組換えでない」とは書けなくなるかもしれないのです。
――「遺伝子組換えでない」という表示のハードルが高くなることで、どんな影響が考えられますか?
纐纈 消費者の声に応え、遺伝子組換えでないものを届けようとしている企業の意欲を削ぐことになりかねません。企業が表示をあきらめ、一度作り上げたIPハンドリングのシステムを手放してしまったら、復活させることはなかなか難しいでしょう。また、企業や生協からの依頼で非遺伝子組換え作物を栽培していた生産者も、もう作らなくなってしまうかもしれない。その連鎖も心配です。
消費者庁は、消費者の利益のため、と言いますが、本当に消費者の利益になるのでしょうか。甚だ疑問です。
表示制度は、消費者の権利
――表示を徹底すると食品の価格が上がることにはなりませんか?
纐纈 遺伝子組換えの表示に消極的な企業は、必ずコストアップになると言います。ただ、「値段が上がりますが、それでもいいですか?」と言うだけで、原料費の違いや証明にかかる費用によって実際にどのくらい高くなるのかについての説明は聞いたことがありません。
一方で、安心して口にできるなら、多少値段が上がることを受け入れる消費者も少なくないと思います。
パルシステムでは、オーストラリアの非遺伝子組換え(Non-GMO)の菜種を原料とする菜種油を扱っていますね。別の生協と提携している製油会社から聞いた話では、オーストラリアの菜種生産者に「多少高くても非遺伝子組換え菜種を買います」と言い続けているうちに作り手が増えてきたそうです。きちんと買ってくれる相手がいれば、生産量も増えていく。そうすれば、値段も下がっていくはずなんです。
――「非遺伝子組換え」を広げていくためにも、やはり表示は必要なのですね。
纐纈 「知る」「選ぶ」というのは消費者の権利です。たかが表示と思う人がいるかもしれませんが、表示の問題は自分たちの食べ物や環境、農業、食べ方とか暮らしのあり方をどう考えるかということに直結しています。
「食べたくない」「子どもには食べさせたくない」と思っても、表示されていなければ避けることができない。その一つが、遺伝子組換え食品です。
表示が徹底されているEUでは、基本的に遺伝子組換え食品は出回っていません。ドイツの人が一度だけ「遺伝子組換え」表示を見たことがあると言っていました。米国から輸入したお菓子だったそうです。使われている大豆レシチンか何かが遺伝子組換え原料だったのでしょう。
でも、これも日本でなら表示されません。ドイツでは表示を見て避けられるのに、日本では避けられないのはおかしいですよね。
食文化や社会の慣習は国によって違いますが、消費者の知る権利はどこの国でも保障されるべきではないでしょうか。EUではできているのですから、日本でも十分実現可能であると私は思っています。
――消費者の側にできることはありますか?
纐纈 もちろんです。消費者の声は大きな力になります。
1996年に遺伝子組換え作物の輸入が始まった時、政府は表示は必要ないと考えていました。それが5年かけて2001年にようやく、不十分なものではあるけれど作られた。その流れを作り、支えたのは、草の根的な消費者の運動でした。消費者一人一人の思いが表示制度を実現させたのだと私は思っています。
「遺伝子組換えでない」と表示をしているしょうゆメーカーに理由を聞くと、「お客様の要望だから」と言います。いくらいいものでも、消費者が買わなければ企業は作りませんよね。買ってくれるということが分かれば、企業は自信を持って供給することができるのです。
遺伝子組換えでないものを食べたい、できるだけ避けたいと考えるなら、あきらめてはいけない。変えられるところは変えていってほしいという声を、政府や企業に届け続けていきましょう。