絵本制作のテーマは、分からないからこその面白さ
――ヨシタケさんの作品は、子どもの心もつかみつつ、大人も共感できて楽しめるものばかりです。その発想はどこから生まれるのでしょうか?
ヨシタケ 絵本を作るときにいちばん大切にしていることは、「子どものころの僕が喜ぶかどうか」です。基本的には「小さいころの自分が好きだった絵本」を作りたい。疑問に思っていたことや納得がいかなかったことは結構覚えているほうなので、それがネタになることが多いです。
ただ、僕だけが面白くても商品にならないので、そんなときはうちの息子たちを見るんです。そうするとやっぱり同じことをやっている。教えてもいないのにやっているということは、同じ年代の子もやっているはずだから、ある程度共感してくれるかなと。自分の体験と、子育てをする中で得た「気づき」を合わせて作っています。
――なるほど。子育てで培った感覚が、絵本作りに生かされているのですね。
ヨシタケ あとは、僕が描くどの絵本にも共通して、「人のことってよく分からないよね」というテーマがあります。結局、人が何を考えているかなんて、本当のところよく分からない。分からないからこその面白さもあるということを伝えたいですね。
――息子さんたちが成長して、気持ちが分からなくなったと思う部分はありますか?
ヨシタケ 分からないとはいえ、男子の気持ちなので僕にも分かる部分は多いです。6、7割は分かるつもりでいるけれど、やっぱり別の人間なので、本当は分かっていないかもしれないです。でも、その部分は大事にして、無理に分かったふりはしないようにしています。
僕自身が子どものころ、分かったふりをされたり、分からないから頭ごなしに否定されたりと、理不尽だなと思うことがたくさんありましたから。
「普通って何だろう」が今役に立っている
――ヨシタケさんの絵本には、子どもたちに考えるきっかけを与えてくれる内容も多いですよね。
ヨシタケ それぞれの感情に合わせて、僕だったら、私だったらと考えるきっかけになってくれたらうれしいです。でも、考えさせることって、とても難しいんですよね。
「じゃあ、考えてみましょう」というのは、「今からおならをしてください」と同じくらい、乱暴な話だと思うんです。僕自身、「そんなこと言われてもできるわけない!」と思うような子どもだったので、なるべく乱暴な言い方をしないように、絵や言葉遣いに気をつけています。昔の自分に問いかけながら、気を遣いながら、作っている感覚です(笑)。
――ヨシタケさんご自身もよく考える子どもだったんですか?
ヨシタケ こんな話をすると「昔からいろんなこと考えていたんですか?」と聞かれることが多いですが、そんなこともないんです。かなり常識を気にする子どもで、「こんなことをしたら怒られるんじゃないか」「こうしたらダメなんじゃないか」と毎日常識から外れないように過ごしていました。
今もそうなんですけど(笑)、怒られるのが本当に嫌いなんです。どうすれば怒られないで済むか、こっちが非のない状態に持っていけるか、そんなことばかり考えていました。あとはどこまでが常識でどこからが外れると常識じゃなくなるかについても考えていましたね。絵本は、「普通じゃない」ところから面白さが生まれることがあるので、そういう意味では子どものころから「普通って何だろう」と考えていたことが、今役に立っています。
子育てが落ち着いたからこそ客観的になれた「ヨチヨチ父」
――お父さん目線で描かれた子育てエッセイ「ヨチヨチ父」には、お父さんたちの戸惑いや苦悩が赤裸々に描かれています。やはりヨシタケさんも子育ては大変ですか?
ヨシタケ もう、ひどかったですよ(笑)。「ヨチヨチ父」は、ある程度子育てが落ち着いた状態になってやっと描けたんです。あとがきにも書きましたけど、大変すぎて人の話を聞いている場合じゃない人たちに何を言えばいいのか、悩みながら書きました。僕だっていちばん大変なときに何かを言われても、耳に入らなかったと思います。
お父さん、お母さんになりたての人々に、言うべきことも、言えることもないことを知ったうえで、「じゃあ何ができるのか?」を考えていくのが難しかったですね。
「うちの子がこんなに面白いことをしました」みたいなほのぼのエピソードは、TwitterやInstagramの熱量にはかなわないですから。
――しかも、お父さんが「育児って大変!」と言うことに対して、割と世間の風当たりは強いですよね。
ヨシタケ そうなんです。どんなことも遠慮しながら発言しないといけない世の中で、言い方も難しいですし、本の一部を切り取られて批判されたら、それはもうしかたがないですよね。
こちらとしては、やっぱり極力面白がってもらいたい。こちらの配慮が足りないせいでだれかが傷つくのは本意ではないですし、やりたいことではないですから。
その辺のバランスを取りながらも、キレイごとだけでなく、身もふたもない部分もきちんと描きたいなと。そのバランス感覚が毎回難しかったです。でも、難しいだけにやりがいもありました。
――批判されてしまったのは、最初の「正直な感想」の回ですよね。初めての出産に戸惑うお父さんの気持ちが描かれていました。私も出産で疲れ果てて、すぐには「かわいい」と思えなかったので、読んで救われた気持ちになったのですが……。
ヨシタケ 僕はSNSなどをやっていないので、炎上したことはあとから聞いたんですが、「まあ、そうだろうな」とも思いました。やっぱり全員を納得させることは無理ですよね。連載中に、お子さんのいる編集者のかたに読んでいただいたら、「世の中のお母さんはあんなに怖い人ばっかりじゃないですから(笑)」と言われて。
自分の経験で描いていたけど、シャイでママ友もできず、だんなさんにクレームも言えずにどんどんつらくなってしまうお母さんもいるよな、と思ったんです。僕のように、妻から文句をブーブー言われるケースのほうが多いとは思いますが、反対のケースに対して何を言ってあげられるのか、そこが難しいですよね。
いいお父さんじゃないからこそ描けるファンタジー
――絵本ではお子さんの気持ちをガッチリつかんでいるヨシタケさんですら、「ヨチヨチ」していたかと思うと、世の中のお父さんは何だか安心しますよね。
ヨシタケ 絵本作家としてインタビューを受けるたびに、「ヨシタケさんはさぞかしいいお父さんでしょう?」と言われるんですが、全然逆で、そうなれないからこそ、ファンタジーとして絵本を描いているんです。
僕もできればきちんと話を聞いてあげたいですし、頭ごなしに怒りたくない。でも、できやしないですよね……。ただ、僕がちゃんとしたいいお父さんだったら、こういう絵本は描けなかったと思います。
僕自身はふだん、子どもの話に耳を傾けられないですし、今朝も「早くしなさい!」しか言っていないんです。いいお父さんになりたいと、だれよりも思っているからこそ描けるのかもしれませんね。
いいお父さんじゃないからこそ、「どうすればできるだろう……」と、敷居の低いところから考えていけるので、そこは強みでもあるかなとは思っています。
――育児が大変だとケンカになることもあると思うのですが、ヨシタケ夫妻はどのように対処していたのでしょうか?
ヨシタケ うちの場合、夫はひたすら「聞き役」です。男性って、正しいか正しくないかで話をしてしまいがちですよね。でも、イライラしているお母さんにとっては、正しいか正しくないかなんてどうでもいいんです。自分の意見に反論する人は全部敵に見えてしまうこともあるようです。
お母さんの相談ごとがお父さんにとっての「正しくないこと」であっても、絶対に「敵」にならないようにしてください。とにかく話を一生懸命聞いて、適切なタイミングで相づちを打つ。お母さんはアドバイスしてほしいわけじゃないんです。「大変だよね、頑張ってるね、ありがとう」と、共感と感謝を伝えることが大事なのかな、と思います。
「自分はこう思う」「会社でそんなことを言ったら通用しない」なんてコメントは 要りません。
――とてもリアルで、実体験に基づいたアドバイスですね(笑)。実際に奥さんから言われたりもしたのでしょうか?
ヨシタケ いえ、僕は自分で気づきました。こちらが思ったことをその場ですぐには言わずに、今、彼女が何を伝えたいのか、何を望んでいるのかを可能な限り考える。そうしないと、最終的にこっちの言い分を聞いてもらえませんから。
家庭の平和は夫婦の平和なので、まずは「私はあなたの味方です」という態度で味方であることを分かってもらわないと、何も話が進まないんです。でも、ここまで理解するのに、10年かかりましたけど(笑)。
――10年! お疲れさまです。育児に奮闘しながら、ヨシタケさんご自身はどうやってストレスを解消していたのですか?
ヨシタケ 何にもいやされていないですが、思いどおりにいかないときには、このスケッチ帳に山ほどイラストを描いていました。
もともとこのスケッチ帳は、自分を勇気づけるために始めたことで、たくさん描く日もあれば、一日何も描かない日もある。ノルマを決めているわけではないので、自分が幸せな日は描く理由がないんです。育児中もそうですが、締切の前や思いどおりにいかなくてストレスがたまったときにいろいろ描いています。
――描くことによってストレスを発散していたんですね。
ヨシタケ 多少は……ですね。うちは、上の子が生まれて半年ぐらいはとにかく眠れなかったうえに、妻がリウマチになって子どもを抱っこできなくなっちゃったんです。毎晩息子の泣き声か妻の泣き声で目を覚ましていたあのときは、本当にやばかった……。
よく寝る子だったら何の問題もないんですよ。寝不足がこんなに簡単に人格を崩壊させるのかと怖くなったくらいです。
ニコニコしていることだけが幸せの表現じゃない
――ヨシタケさんが描くお母さんは、どこかそっけない、日常のお母さんですよね。きちんと育児と向き合ってきたからこそ、そんなお母さんの姿が描けるのかなと。
ヨシタケ 僕がワクワクしながら作れるものを考えると、どうしても大人側からの目線や苦労が混ざってしまうんです。
以前、僕の本には大人の笑顔があんまり出てこないと言われたことがあるんですが、実は意識的に笑顔を描かないようにしているんです。子育てって笑い合ってばかりじゃないじゃないですか。イラッとしている顔のときのほうが多かったりしますよね(笑)。
――本当に! いつもニコニコできません(笑)。こういうリアルな部分が親世代からの共感を呼ぶんでしょうね。
ヨシタケ 反対に、笑顔を描かなくても幸せは表現できるんです。みんなが笑顔で座っているから幸せかというと、そんなことはないですよね。納得していない顔をしていても、そこに流れる面白さや幸せ感は表現できる。
安易な希望だけでは表せない、微妙な部分を表現したいという欲が常にあります。笑顔がなくても子どもを憎んでいるようには見えないし、苦しみながら育児をしているように見えないのであれば、僕の意図は成功かなと。
僕は人が笑っていると冷めてしまうような、とにかくひねくれた子どもだったので、ニコニコしているから幸せでハッピーという表現だけだと、やっぱりつまらないと思ってしまうんです。
――ヨシタケさんの絵本がここまで受け入れられている理由は、「キレイごとを言わない」ところかもしれません。
ヨシタケ 僕の絵本は、当時の僕みたいな、ひねくれた少数派の子どもに分かってもらえればいいと思っていたんです。マイノリティーの人たちと傷をなめ合いたいと思って作ったのに、こんなにたくさんのかたに共感してもらえるなんて。すごく不思議な感じで、「こんなはずじゃなかった」という思いもあります(笑)。
バタバタの日々に転がる、小さな宝物を見付けてほしい
――実体験がちりばめられた「ヨチヨチ父」には、そういった経験談も描かれています。夫婦が会話をするきっかけにもなるような一冊だと思いました。
ヨシタケ 大事な話であればあるほど、面と向かって話しづらいですよね。以前に作った『このあとどうしちゃおう』という絵本は、「死」を考えるきっかけとして使ってほしいと思って作った本です。
大事な話は切り出すのも大変だし、切り出されるのも嫌なものです。でも、きっかけがあれば、話すことによってお互いの価値観が確認できるんですよね。本以外でも、漫画、映画、ドラマでもいいと思います。価値観のズレを確認するきっかけになったらうれしいです。
連載中に、「これを読んだら、だんなに優しくできました」というお便りもあったみたいなんです。その優しさは、きっと3分くらいで終わっちゃうと思うのですが(笑)、そういう小さいところから変えていけるといいですよね。
――最後に、育児に奮闘中のお母さん、お父さんにメッセージをお願いいたします。
ヨシタケ うちはもう、下の子も1年生になっちゃったので、赤ちゃんを見ると、まあかわいくてしょうがないです。もし、猫カフェみたいな感じで赤ちゃんを抱っこし放題のところがあったらちょっと行って、頭の匂いだけかいで帰ってきたいくらい(笑)。
僕が眠れなくて大変だったときには、毎日「もうおしまいだ」と思っていましたけど、それもほんの2〜3年のこと。そのときは永遠に続くと思っていましたが、過ぎてしまえば一瞬でした。
だから、記録は取っておいてねと言いたいです。動画なり写真なり文章なり。今はそういうツールがたくさんありますから、とにかく余裕があるときにかわいい顔を写真に撮っておいてください。
バタバタしている日々の中でも、小さな宝物はあちこちに転がっているので、それを見付けて、丁寧に拾い集めて楽しんだほうが得だよ、と言いたいですね。