堤未果さん

写真=深澤慎平

「日本が売られる」って、どういうこと? ジャーナリスト・堤未果さんが指摘する、民営化と規制緩和のワナ

  • 暮らしと社会

発行部数20万部に迫るベストセラー『日本が売られる』(2018年、幻冬舎新書)。毎日目まぐるしく流れるニュースの陰で粛々と進められている法改正や規制緩和が、社会の在り方やわたしたちの暮らしを根本から変えてしまいかねないことを本書は指摘する。「このままでは、わたしたちが当たり前のように享受していた公共の資産やサービスに値札がつけられ、お金がないと買えない『商品』になってしまいますよ」と話すのは、本書の著者で国際ジャーナリストの堤未果さん。今、日本で何が起きているのだろうか。

個々を追うだけでは見えない全体像

――『日本が売られる』では、水、土地、種子から教育、医療まで、18にも及ぶテーマを挙げて、次々に改正される法律や規制緩和について論じています。これだけたくさんのテーマを1冊にまとめようとしたのはなぜですか?

 初めはいくつかのテーマに絞って書くつもりだったのですが、途中で構成を変えたんです。というのも、ここで取り上げたテーマはすべて、根っこがつながっているからです。その背景には、国境を超えて市場拡大を進めるグローバル企業群と投資家、そしてそこに忖度する政府、という構図がある。そこをまず理解してもらうのが先だ、と気がついたので。

――すべてが、ですか?

 そうなんです。なかなか分かりにくいのですけどね。食とか医療とか、個別の問題については関心が高くても、テーマをまたいで考えてみる人は意外と少ないですから。個々に追っているだけでは、全体像がなかなか見えてきません。

 このまま木ばかりを見て森を見なければ、気づかぬうちにわたしたちの暮らしが足元から崩されてしまう。そんな危機感から、一つの現象を、過去からの流れや他の国での事例などと比べながら、点と点をつないで線にし、面にし、立体にして、今起きていることが本当は何を目指した流れなのかを示したいと考えました。

日本が売られる

写真=深澤慎平

根っこの思想は、「今だけ、カネだけ、自分だけ」

――すべてのテーマをつなぐ全体像とは、どういうものですか?

 一言で言うと、「国家まるごと民営化」ということです。

 水や医療、農業、食といったわたしたちの命や安全・安心を支えている公共の資産やサービスが、四半期利益や株主利益を優先するグローバル企業に切り売りされている。本来国民の命や暮らしを守る立場にある政府が外資を中心にした大企業や投資家に忖度し、それを次々に実行しているのです。

――それは聞き捨てなりませんね。もう少し詳しく説明してください。

 これまでは公的資産やインフラは、国民全体に漏れなくその恵みが分配されるように、法律や規制によって市場原理や競争から守られてきました。

 ところが一方で、これらは枯渇すればするほど高い値段がつく、まさに理想的なビジネスモデルでもあるんです。だって、生きるために必要なのだから、人は高い値がついても手に入れようとしますよね。そこにグローバル企業が目をつけた。

 相次ぐ法律の改正や規制緩和は、グローバル企業に背中を押された政府が、企業のためのビジネスしやすい環境を整えているということなのです。

堤未果さん

写真=深澤慎平

――なるほど。そうした全体像が分かってくると、個々の問題の見方も変わってきますね。

 それがこの本の狙いでした。今目の前で起きていることだけでなく、このビジネスモデルがどうやって生まれ、世界各地にどう広がって行ったのかを時系列で見てもらう。そしてその根底にある「今だけカネだけ自分だけ」の価値観が暴れまわる中、日本が置かれている危機を、一人でも多くの国民に気づいて欲しかったのです。

世界の流れに逆行し、「水道民営化」にかじを切る日本

――2018年12月には「改正水道法」が成立しましたね。政府は「民営化ではない」と言っていますが、どうなのでしょうか。

 今回の改正は、自治体が公共インフラである上下水道などの施設を所有権したまま、運営権(通常15~20年)を民間企業に売却するという、民営化の一つの形である「コンセッション方式」の導入を促進する内容です。

 コンセッション方式は、すでに2011年に水道事業を含めたさまざまな公的事業で可能でしたがなかなか進まなかった。そこで改正水道法では、災害時の水の安定供給の責任は自治体が負う、届けさえ出せば厚労省の認可なしで企業が水道料金を変更できるなど、民間企業にとってより都合がよい形にして、導入しやすくしたのです。

――民間企業の参入は増えると思いますか?

 はい。すでに大阪市、奈良市、宮城県(県と村田町)、静岡県(伊豆の国市)、浜松市などが、上水道にコンセッション方式導入に動き始めています。2018年6月には「コンセッション方式を導入した自治体には地方債の元本一括返済の際に最大で利息の全額を免除するという改正PFI法(※1)も公布されましたから、今後コンセッション方式を導入する自治体は増えてゆくでしょう。

水道の蛇口

写真=happyphoto / PIXTA(ピクスタ)

――先に水道事業を民営化した海外の自治体では、再度公営に戻すという動きが見られると聞きました。民営化の何が問題だったのですか?

 世界各地で水道民営化の動きが広がったのは1990年代ですが、水道民営化に関する調査機関PSIRU(公共サービス国際研究所)のデータによると、2000年から2015年の間に、37か国235都市が、一度民営化した水道事業を再び公営に戻しています。民間企業に運営権を持たせたことによる料金高騰や水質悪化、サービスの低下などの問題が次々に出てきたからです。

 中でも最大の理由は、住民のいのちに関わる公共インフラにも関わらず、企業の運営状況を自治体がチェックしきれなくなくなることでした。

 例えば、ボリビアでは2年で35%、オーストラリアは4年で200%、フランスでは24年で265%、イギリスでは25年で300%と、どの地域も料金が跳ね上がっています(※2)。ボリビアでは、採算の取れない貧困地区の水道管工事は行われず、水道料金を払えない住民が井戸を掘ると井戸使用量が請求され、公園の水飲み場も使用禁止になりました。他の地域でも、水質が悪化しようが水道管が老朽化しようが修理は後回しということが起きています。

堤未果さん

写真=深澤慎平

――そんなことになったら、安心して暮らしていけませんね。

 国民に安全な水を供給することを目的とする公営水道と違い、民間企業にとっての最優先事項は、いかにコストを下げ、株主への配当を増やすかということですからね。

 再公営化に際しても、得られるはずの利益を侵害したとして企業側から訴えられたり、莫大な賠償金を請求されたりしています。それでも、公営化に戻したいという自治体が後を絶たない。このことが何を意味するのかを考えないといけません。

※1:民間資金等の活用による公共施設等の整備等の促進に関する法律(PFI法)の一部を改正する法律

※2:ボリビア:the Bulletin of Latin American Research、シドニー:3rd World Water Forum、パリ:Asanga Gunawansa、Lovleen Bhullar、Water Governance、イギリス:Service International Research Unit)

公教育も「売られる」?

――「学校が売られる」というテーマもショッキングでした。公教育もまた、市場開放や規制緩和の対象になっているのですね。

 はい。2013年に、「世界で一番ビジネスをしやすい環境づくり」を目的に成立した国家戦略特別区域法(※3)のもとに展開された規制改革メニュー(※4)の中に、「公立学校運営の民間への開放」も含まれています。

 現行の日本の法律では「公立学校は自治体が運営し、その教育は公務員が行う」と定められているのですが、国家戦略特区内では、教育委員会の一定の関与を前提に、公立学校の運営を民間に開放することが認められます。2019年4月には、大阪市が約60億円をかけて建設し、民間企業に運営を委託した「公設民営」の中高一貫校が開校しました。

学校の教室

写真=EKAKI / PIXTA(ピクスタ)

――公教育に「投資」という概念が持ち込まれると、具体的にはどんなことが懸念されますか?

 公教育は、子どもたちが等しく教育を受ける権利を行使できる場ですよね。そもそも効率とか採算とは別の次元で語られるべきものだと思うのです。

 アメリカの例を見ると、1980年代から「チャータースクール」と呼ばれる公設民営学校を政府が推進し、全米に広がりました。成績の悪い学校は容赦なく閉鎖されてしまいます。そのため、運営側の企業は教員に厳しいノルマを課し、成績を上げられなければ減給や解雇も辞さない。全米教員連盟の調査によると、2008年からの10年間で廃校になった公立学校は4,000校以上、毎年30万人の教員が職場を去っています。うち3分の2はまだ定年前なのです。

堤未果さん

写真=深澤慎平

 効率や利益を優先し、事業のように学校を運営すれば、しわ寄せがいくのは子どもたちです。特別な支援を必要とする障害を持った子どもがチャータースクールへの入学を拒否されたり、廃校になった学校に通っていた子どもが教育難民になるなど、アメリカのリアルな事例を見れば、教育制度や環境は違えども、公教育をビジネスにすることのリスクは容易に想像できるでしょう。

※3:地域や分野を限定することで、大胆な規制・制度の緩和や税制面の優遇を行う規制改革制度に関する法律。

※4:国家戦略特区規制改革メニュー

「売られたもの」を取り返す

――『日本が売られる』の第3章では、グローバル化に対抗する世界各地の取り組みや運動がレポートされていますね。

 わたしたちは、グローバル企業や政府の強大な力を前にすると、つい無力感にとらわれがちですが、世界では奪われたものを市民の力で取り戻そうとする新しい流れが次々に生まれています。ぜひ、そのことを伝えたいと思いました。

 例えば、すでに25年も水道事業を民間に委託していたフランス・パリでは、水質悪化やサービスの低下に市民の不満が爆発して、ついに2009年、市長選で再公営化を公約に掲げた候補を当選させました。再公営化の際には、水道事業を自治体に丸投げするのではなく、市民も当事者として水道料金など重要事項の決定に参加するなど、運営の民主化も図られています。

参考記事:みんなの水が、企業のものになったらどうなる? 「水道民営化」を世界の事例から考える(KOKOCARA)

――アメリカのお母さんたちによる遺伝子組換え食品表示を求める運動「マムズ・アクロス・アメリカ」にも勇気づけられました。

 マムズ・アクロス・アメリカの創設者、ゼン・ハニーカットさんは、もともとアレルギーに苦しむ息子さんたちのために食べ物を調べ始めたことから遺伝子組換えの問題に気づきました。ゼンさんがSNSなどを駆使して呼びかけた結果、今や活動は世界にも広がり、各地に支部ができています。

 マムズ・アクロス・アメリカの活動に参加している女性の一人を取材した時に言っていた、「食べ物を選ぶ権利を守るために大人が声を上げることは、子どもたちが大きくなったときに安心して暮らせる社会を渡してあげるために絶対必要なこと」という言葉に深く揺さぶられました。わたしたち大人が、よりよき社会を次の世代に残すために今すぐできる事があるんだ、と。そこには難しい理屈も国境もない、必要なのは意思だけなんですね。

 これをきっかけに意気投合したゼンと、今では家族で仲良くしていますよ。芯の強い素敵な女性です。マメに連絡を取り合い、女性を中心にこうした問題提起を広げてゆく事について話しています。

 ゼンさんたちの活動に後押しされるように、日本でも市民や国会議員の間で取り組みが始まっています。

参考記事:遺伝子組換え食品から子どもを守る! 全米各地で動き出したママたち(KOKOCARA)

アピール行動する人々

写真=「マムズ・アクロス・アメリカ」ホームページより ©Moms Across America

――協同組合によって食や暮らしの安全・安心が支えられているスイスの事例も素晴らしいですね。

 本当にそう思います。「一人はみんなのために、みんなは一人のために」といった理念を前提とする協同組合なんて、マーケットから見たら無駄だらけでしょう。でもスイスでは、小売業全体の売り上げの半分以上を二つの生協が占め、徹底して国産の農産物を扱うことで、国内の農家を守っている。農家を守ることが自分たちの命や暮らしを守る「安全保障」だと、皆が分かっているからです。

 グローバル企業より協同組合のほうが雇用が20%も増えるというILO(国際労働機関)のデータもあります。これから先、「今だけ、カネだけ、自分だけ」とは対極にある協同組合は、わたしたちが売られたものを取り返すための重要なツールになるでしょう。

自分の足元から、小さなうねりを

――日本に暮らすわたしたちも、グローバル化に対抗するうねりを起こすことができるのでしょうか。

 もちろんです! 私が国内外を取材して確信したことは、人間には欲もあるけれど、同時に、どんな苦しい状況でも、自分のためだけじゃなく目の前で苦しんでいる他者に手を差しのべたり、子どもたちを慈しみ、幸福な社会を手渡したいと望む「よきもの」も持っているということ。そんな場面に出会う度に、暗い世界に植えつけられた自分の中の「ステレオタイプ」が壊される、それがジャーナリストという仕事の、素晴らしさかもしれません。

 最大の敵は特定の政治家やグローバル企業じゃなく、自分たちの中にある「変えられない」という無力感だからです。

 企業を経営する人が、株主配当や利益を優先するのは、ある意味当たり前のこと。でも、わたしたちは選ぶことができる。わたしたちが「買わない」という選択をして、業績が下がり株価が下がれば、企業もやり方を変えざるをえなくなります。

 一人一人が自分はどういう未来を願うのかを真剣に考え、それぞれが自らの足元から小さな変化を起こしていけば、必ず状況は変わるとわたしは信じています。

堤未果さん

写真=深澤慎平

――最後に、わたしたちが日々の暮らしの中でどう行動したらいいのか、アドバイスをお願いします。

 例えば、買い物をするときに、これを買うことが社会に対してどう影響するのかを考える。自分の子どもがこういう成分のものを食べるというのはどういうことか、安い輸入品ばかりを買っていたら地元の小さな農家さんはどうなるのか、考えを巡らせる。単なる消費者ではなく、市民として消費行動をとることです。

 地方の政治に関心を持つことも大切です。水道や種子など生活に密着した問題は、自治体に権限がゆだねられていることが多く、条例でより厳しく規制することもできます。だから、地域の中で顔を合わせて話し合い、市長や県知事、市議や県議に、「わたしたちはこういう社会にしたい」「こういう未来を作りたい」という要望をぜひ直接伝えてください。

 実際、静岡県浜松市では、水道事業にコンセッション方式が導入されようとしていたのですが、市民の運動によって導入が延期されました。ローカルに小さくという運動が、世界でも日本でも結果を出し始めています。

――あきらめなければ、「日本が売られる」流れにブレーキをかけることはできるのですね。

 わたしは、この本のタイトルを『日本が売られた』ではなくて、あえて『日本が売られる』としました。それは、真実を知ることから、違う未来が開けるからです。一瞬一瞬のわたしたちの選択が世界を変えている。いつでも、出発点は「今」なんです。

取材・文=高山ゆみこ 写真=深澤慎平 構成=編集部