写真提供=管洋介

自然に触れた子どもたちが、笑顔と自信を取り戻した! C.W.ニコルさんが取り組む、森での「心の再生」

  • 環境と平和

長野県の黒姫で荒れ果てた里山を購入し、「森の再生」に取り組んできた作家のC.W.ニコルさん。15年ほど前から、心に傷を負った子どもたちや障害のある子どもたち、被災地の子どもたちなどを招き、「心の再生」を目指すプロジェクトにも取り組んでいる。自然の中で遊ぶ機会の少なかった子どもたちは、森の中で伸び伸びと過ごすうちに表情や声が変わり、自信を取り戻していくという。

「森の再生」と「心の再生」

 長野県信濃町に「アファンの森」と名づけられた、約30haもの広大な美しい森がある。 

 作家であり、長年環境問題について発信しているC.W.ニコルさんは、1986年に、当時「幽霊森」と呼ばれていた荒れ果てたこの里山を購入。1995年には日本国籍を取得し、地域本来の生態系を再生させようと取り組んできた。

C.W.ニコルさん

写真=深澤慎平

 再生活動を始めて30年以上経つアファンの森には、さまざまな動植物や昆虫が暮らし、地域で絶滅のおそれがある動植物も確認されるようになった。ウッドチップを敷き詰めた道を歩きながらニコルさんに森の中を案内してもらうと、「サウンド・シェルター」と呼ばれる建物が見えてきた。

 このサウンド・シェルターは、カナダの少数民族が狩りに出掛けてトナカイの群れを待つときに建てる小屋を参考にしたもの。雨や雪をしのぐだけでなく、中に座るとシェルターの構造が「大きな耳」のような役割を果たし、鳥や虫の鳴き声、風が渡って葉が揺れる音など、森の音を全身で感じることができる。

C.W.ニコルさん

写真=深澤慎平

 「いろんな音がするでしょう? 森の中には騒音は一つもありません」と、トレードマークともいえるつえを片手に笑うニコルさん。音だけではない。木々の香りや涼しい空気、軟らかな足裏の感触、森にさし込む優しい日ざしに、気持ちが不思議と落ち着いてくる。

C.W.ニコルさん

写真=深澤慎平

 この豊かなアファンの森で、ニコルさんは「森の再生」とともに、「心の再生」にも取り組んできた。児童養護施設の子どもたち、障害のある子どもたち、そして東日本大震災の地震や原発事故によって被災した子どもたちを森に招待する「5センスプロジェクト」だ。

森に来た子どもと握手するニコルさん

写真提供=管洋介

子どもの目が輝き、声も大きくなる

 環境の変化とともに、日本に暮らす人々の価値観も大きく変わってきた。「森を守るだけでなく、人々の心もはぐくまなければ永遠の森は存続できない」。そんな思いから、このプロジェクトが始まった。豊かな森には、五感(5センス)に働きかけ、生きる力やコミュニケーション力をはぐくむ力があるのだという。

 「子どもは小さいうちに自然に触れないとだめ。テレビやゲームの画面ばかり見ていると、目の前のことしか見えなくなります。音、におい、目には見えない気配、そばにいる人が何か悩んでいるなあとか、そういったものを感じることができない。畑にも田んぼにも行ったことがない子どもが多く、『危険だから』とボーイスカウトでもたき火を禁止するところがあると聞きます。それでは子どもの脳や五感は刺激されない。とっても心配です」とニコルさん。

C.W.ニコルさん

写真=深澤慎平

 2004年から、家庭での虐待によって心に傷を負った子どもたちのいやしになるようにと、児童養護施設の子どもたちを森へ招待し始めたとき、ニコルさんは森で過ごすことが子どもたちにいい影響を及ぼすことを改めて感じたと話す。

 「言葉ではうまく説明できませんが、森にいる子どもたちのようすを見るとすぐに分かりますよ。表情が豊かになって、無邪気に笑うようになります。森のことをよく知るお兄さんのようなインストラクターが一緒にいるので、彼らを信頼して耳を傾け、森の中で小さな発見をしていく。そのうち、だれかが困っていればさっと手を差し伸べるような関係が自然に生まれていきます」

木々にロープを結び付けて遊ぶ子どもたち

写真提供=管洋介

 盲学校に通う小中学生がアファンの森を訪れたときには、ハンモックやブランコなどふだんはできない体験にチャレンジしてもらった。それは、障害があることで行動が制限されがちな子どもたちに、「やってもいいんだ!」「自分でもできるんだ!」と感じてほしいからだ。

木登りする子どもたち

写真提供=管洋介

 東日本大震災以降は、被災した福島の小学生たちが年に数回森を訪れて、3日間を過ごしている。地元の小中学生や保育園の子どもたちも、時々森に遊びに来るという。

 「子どもたちは、いつでもウェルカムですよ」とニコルさん。

川遊びする子どもたち

写真提供=管洋介

 この森を管理・運営する一般財団法人「C.W.ニコル・アファンの森財団」のスタッフで、5センスプロジェクトを担当する福地健太郎さんは、「森に着いた直後は、子どもたちの目にはただ緑一色の景色にしか見えていないかもしれません。でも、植物や虫に興味を持ち、名前を知っていくと、見える景色が変わっていく。だんだん子どもたちの目が輝いてきて、声も大きくなるんです」と、子どもたちに生まれる変化を話す。

福地健太郎さん

写真=深澤慎平

不登校ぎみだった子どもの自信に

 5センスプロジェクトのプログラムでは、森の中で何をするのかは決めていない。インストラクターが、子どもたちが興味を持ったことを聞いて実現していくからだ。生き物に興味を示す子どもがいれば一緒に観察し、木登りをしたい子がいればみんなで木登りをする。「家を建てたい!」というリクエストがあれば、木を拾ってきて簡単な小屋だって建ててしまう。 

樹を運ぶ子ども

写真提供=コナン・ウェイクリー

 「あれをしちゃだめ」「これは危ない」といった日常生活での制約から解放されて、インストラクターがきちんと安全を見守る中で、子どもたちは心のままにやりたいことに没頭できる。自然の中で遊んだ経験が少ない子どもたちも夢中になって、家から持ってきたゲームのことも忘れてしまうという。

 そして、帰るころには、多くの子どもたちが泣きながら「もっとここで遊びたい」「また森に来たい」と名残を惜しむのだ。

ロープのブランコで遊ぶ子どもたち

写真提供=コナン・ウェイクリー

 「保護者へのアンケートの自由記入欄は、いつもコメントでびっしり埋まって戻ってきます。アファンの森で過ごしたことで、『学校でも自信を持って行動するようになった』『不登校ぎみだった子が学校に行くようになった』と、子どもたちの変化に保護者のかたも驚くようです。森の中で思いっ切り遊んだ達成感、自然の中で深まった仲間とのつながりが、その子の自信につながっていくのではないでしょうか」と福地さん。

採取したきのこを見せる子ども

写真提供=コナン・ウェイクリー

森から消えた子どもの姿

 もう何十年も前にニコルさんは「日本の森で絶滅した動物がいる。それは人間の子どもだ」と書いている。ニコルさんが日本を初めて訪れた1960年代には、子どもたちが野外で伸び伸びと遊ぶ姿があったが、今ではそうした光景は見られない。

 「自然があっても遊ばなくなりました。森が荒れてしまったとか、子どもに危害を加える人がいて危ないから外で遊んではいけないとか、理由はいろいろあります。最初に知った日本とは全然違う国みたい。インターネットやデジタルが普及してから、ますますひどくなったと感じています」とニコルさん。

C.W.ニコルさん

写真=深澤慎平

 欧米でも同じように、子どもたちが自然の中で遊ばなくなっている。もう何十年も前から「自然欠乏症候群(Nature Deficiency Syndrome)」が大きな問題になっているのだという。

 「カナダの北バンクーバーには素晴らしい公園がたくさんあるのに、子どもたちが遊びたがらない。なぜなら『コンセントがないから』だそうです。授業に集中できない、すぐにキレてほかの子とうまくコミュニケーションが取れない、といった現象は、ゲームに長時間接して自然と交わることなく育つ『自然欠乏症候群』によるものではないかといわれています。でも、日本ではなぜかこのことが話題になりません」と、ニコルさんは表情を曇らせる。

花に止まるハチ

写真=深澤慎平

 「確かに自然の中には危険もあります。でも、その危険をちゃんと分かっている大人が教えれば大丈夫。街のほうが一歩外に出たら車が走っていて、ずっと危険が多い。森の中では、年齢の違う子どもたちが一緒になって遊びます。わたしも小さいころに、パチンコの作り方や釣りのしかたを、年上の子たちから教わった。でも、街では同じ世代の子どもだけで遊んでいる。あれは不自然です」(ニコルさん)

C.W.ニコルさん

写真=深澤慎平

 福地さんも、森の中でこそはぐくめる感覚があると話す。

 「森の中には平らなところが一つもありません。道もまっすぐではないですよね。だから、森を歩くときは、実は一歩一歩、常に判断を繰り返している。そうやって自然の中で遊びながら五感や判断力が培われていくのです。それは都会でゲームだけしていては育たないものかもしれません」

森の中の道

写真=深澤慎平

いつまでも、生き生きとよみがる思い出

 ニコルさん自身も、子ども時代に森で過ごした時間に大きな影響を受けたという。

 生まれ故郷は、英国を構成する国の一つ、ウェールズ。母親とイングランドの街へと移り住んだが、幼いころにリウマチ熱にかかったことから、足と心臓が悪く、病弱な子どもだったというニコルさん。ウェールズに住む祖父母の元に預けられて、一夏を過ごしたのは5歳のときのことだった。

 「おばあちゃんから『強くなりたいなら森へ行きなさい』と言われたんです。ウェールズはケルト民族の長い伝統が残る場所。森は癒しの場所であるだけでなく聖地でもあります。おばあちゃんは、ちょっと魔女のような人でした」

C.W.ニコルさん

写真=深澤慎平

 小さなニコルさんは、言われたとおりに毎日一人で森に行き、大きなオークの木を抱いて話しかけた。さらに祖母からは「木に登って、てっぺんで木と一緒に呼吸をしなさい」と教えられた。最初は怖かったものの、次第に木登りも上達していき、森に通ううちに体も丈夫になっていた。

 何より森の中はまるで別世界で、小さなニコルさんにとって「安全な場所」だったと振り返る。

 「木の上でじっとしていたら、シカやキツネ、ウサギやリスが近くまで来て、びっくりしたこともあります。これはツリークライミングを教える友人から聞いた話ですが、木に登って4~6mの高さまで行くと子どもたちは急に安心感を覚えるそうです。これはハイエナなどが登れない高さ。森で小川の音を聞いたり、たき火の周りに人や犬がいたりするときも非常に落ち着く。こういう安心感は、太古から受け継がれているものじゃないでしょうか」

見上げる森

写真=深澤慎平

 秘密基地で遊んだこと、半野生のポニーを乗り回したこと――森で過ごした子ども時代を語るニコルさんの言葉は豊かで、まるで昨日のことのように感動や興奮が伝わってくる。それは、まさに一生の宝物。テレビやゲームの前で過ごしていては得ることのできないものだ。

 「自然の中には小さな発見があって、ほかの仲間に『見てよ!』と伝えたくなるような感動が日々ある。自分で作ったパチンコが命中したときの興奮は、いつまでも覚えています」と、いたずらっ子のような表情を浮かべる。

草むらから顔を出すタヌキ

写真=深澤慎平

小さいうちに自然で遊ぶ経験を

 「一度遊び始めてしまえば、今も昔も、子どもたちにあまり変わりはありません」と福地さん。

 「自然の中で遊ばなくなったのは、周りにそういう環境がなくなったことと、遊び方を知らないこともあると思います。虫が嫌いという子どももいますが、慣れていないだけ。森で3日間を過ごすうちに、触れるようになる子どもは多い。低学年のときは平気だったのに、親や友達が『虫は汚い』と言うのを聞いて嫌いになってしまう子どももいますね」(福地さん)

葉に止まる小さな虫

写真=深澤慎平

 一方で、「自然体験は大事だと分かってはいるけれど、どうやって遊ばせていいのか分からない」という保護者からの声も聞こえてくる。

 「今は親だけでなく、祖父母でさえ自然の中で遊んだ経験があまりないですからね。でも、アファンの森だけでなく、いろいろな自然体験プログラムがあるのですから、そういうところに参加すればいいんですよ。わたしは、できれば10歳くらいまでのうちに自然の中で遊ぶ経験が大事だと思っています。小さいころに自然の中で遊んでいれば、大人になっても豊かな感性は残る。一度自転車に乗れるようになったら忘れないのと同じです」とニコルさん。

森の中に咲く花

写真=深澤慎平

 都会に住んでいると毎日森に通うのは難しいが、時々森や自然の多い公園に行くだけでも子どもたちが得るものは大きいという。

 「本当はあちこちにアファンの森のような場所ができればいい。自然の中で伸び伸びと過ごすことは、自己肯定感を高め、生きる力につながります。5歳から世界中の森とつきあってきて、今79歳。わたしは学校が嫌いで読み書きも自分で覚えましたが、人生でためになったことのほとんどは、自然の中で学んできたと感じています」

C.W.ニコルさん

写真=深澤慎平

取材協力=一般財団法人C.W.ニコル・アファンの森財団、C.W.ニコルオフィス 取材・文=中村未絵 写真=深澤慎平 構成=編集部