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マギーズ東京の外観

写真=編集部

がんと生きる人たちを孤独にしない。一緒に考え、寄り添う伴走者が集う場所、マギーズ東京の取り組み

  • 暮らしと社会

近年の医療技術の進歩で、がんは罹患してから共存する時間が長くなる場合も多くなった。この期間に精神面での支えがないと患者やその家族たちは孤立してしまう。マギーズ東京には、がんになった人、その家族、友人などが心のモヤモヤを話しに来る。病院でもない、家でもない。がんと生きる人と寄り添う人が集う場所だ。「今の自分には必要な場所」と訪れる人は後を絶たない。設立3周年を迎えたこの施設の役割が今、社会で注目されている。

予約も費用も要らない。ふらっと立ち寄れる場所

 ふんわりと漂う木の香りが心地よく、ゆったりとしたソファが置かれた室内。ボランティアスタッフが花壇で育てた花が色とりどりに飾られている。病と闘う場所とは全く違う時間と空間が、その緊張をほぐし心を開かせる。マギーズ東京を訪れた人はここで看護師や心理士などの専門職スタッフと話ができる。いつ立ち寄ってもよい。予約は要らないし、無料で利用できる。

マギーズ東京の施設内の様子

ボランティアスタッフの飾る花が施設に彩りを添える

 もっとも開設当初は「人が集まって、無料でお茶を飲んだり話をしたりしている。これは何か怪しい販売会ではないか?」と近所の人に誤解されることもあったとか。「一度でもこの空間を体感していただけるとそんな誤解はすぐになくなるんですけどね」とスタッフは笑顔で話す。

「日本にもマギーズを」の思いがようやく形に

 マギーズ東京センター長・共同代表理事の秋山正子さんは訪問看護師。在宅医療の現場での豊富な経験を生かし、東京都新宿区で「暮らしの保健室」を運営している。健康に関する質問、生活に関わるさまざまな相談に専門職のスタッフが応じる、いわば「よろず相談室」だ。そこでの取り組みが原点となり、2016年、がんに関する相談支援に特化したマギーズ東京が誕生した。

インタビューに答える共同代表の秋山正子さん

秋山正子さん。日本にもマギーズをと奔走してきた

 イギリス発祥のマギーズセンターは、1996年にがん専門の相談センターとして設立された。マギー・ジェンクスさんが自身のがんの体験から「治療中でも患者ではなく一人の人間でいられる場所と友人のような道案内が欲しい」と願ったのがきっかけだ。夫のチャールズ・ジェンクスさん、担当看護師のローラ・リーさんがこの願いをかなえるべく、病院の敷地内に小さな「第二のわが家(マギーズセンター)」を造った。

 がんと対峙し、心の痛みや不安を抱える人が、再び自らの人生を前向きに歩きだす力を取り戻す。その役割を果たすための空間作りには、たくさんのこだわりがある。例えば「自然光が入る明るい空間」「オープンキッチンがある」「共有スペースと一人になれるスペースの心地よいバランス」など。マギーズセンターとして新しく設立するには、これらの要件をクリアする必要がある。(※)

 現在、世界に20か所以上のマギーズセンターが運営されている。各国いずれの施設も、名立たる建築家がその精神に共感し、設立に協力。その理想を実現してきた。

※:「マギーズ」として設立するにはイギリス本部の承認が必要。

マギーズ東京の使用シーン

オープンキッチンと広いダイニング。お茶を飲みながら気楽に話せる

 マギーズセンターは原則として病院の敷地内に造ること、とされている。マギーズ東京は病院の敷地内ではないが、とても近い距離に大きな病院が数か所あり、いずれからも立ち寄ることができる。そうした立地条件もあって、患者だけでなく、医師や看護師など医療関係者が訪れることも少なくない。

 「告知のあと、患者さんが動揺していてこちらが言っていることが耳に入っていないと感じる」「落ち着いた環境でゆっくり考えてほしい」 「気になる患者さんを送り出すことを不安に思うことがある」「ケアする家族の話も聞いてあげたいのだけれど」といった声が聞かれる。

 「慌ただしい病院内では一人ひとりに向き合ったケアをやり切れないことも多いので、こういう場所は必要だね」と訪れた医療関係者の多くは共感し、パンフレットなどを持ち帰り患者さんに紹介する人も多い。最近では見学会や勉強会などを共同で開催するなど、病院との連携も深まっている。

マギーズ東京の施設内

明るく開かれた空間。時間がゆったりと流れるように感じる

混乱し失いかけた力を取り戻すために

 もちろん、病院にも相談できる環境はある。多くの場合、「どんなご相談ですか」と前もって聞かれるだろう。しかし、患者本人は何を相談したいのかが分からない場合が多いのだと秋山さんは言う。

 「例えば、がんの診断がついて、治療方針を記す書類にもサインした。次は指示された治療スケジュールをこなすのみ。しかし何か心はモヤモヤしていて、いまひとつ治療に集中できない。そんなとき、だれかに相談してみようと思っても、具体的な困り事が表現できなくて、病院での相談支援がうまく活用できない。非常に混乱した状態で来られることが多いんですよ」

相談に来ても、何が相談したいのかがわからない場合もあると話す秋山さん

「問題を整理して一緒に考える。あくまで伴走者に徹します」と話す秋山さん

 秋山さんはある利用者のエピソードを話してくれた。

 その利用者は、がんの診断を受け、集中的な治療を一通り終了し、しばらくぶりの診察だった。予約をしていたものの診察まで3時間待った。やっとたどり着いた診察室で、主治医からのコメントは「まあまあですね」。すごくいいと言われたわけではないが、悪化しているとも言われていない。落ち着いているという意味だと頭では理解できたが、主治医からの言葉が自分の中にいまひとつ落ちてこなかった。家には介護が必要な家族が待っている。このまま帰宅してもゆっくり考える余裕などない。そう思うとまっすぐ帰る気になれず、マギーズ東京に立ち寄ったのだという。

 「よくお話を聞くと、診察の前夜は心配で眠れなかったほど緊張していたらしいのです。そこで、スタッフとお茶を飲みながらゆっくり話をしてもらったら、『実は半年後に復職したいと思っていて、それが可能かどうかが知りたかった。復職後はがんの経験を生かし、伝えていきたい。そのために、いつからどんなプランで復職できそうか、が聞きたかったのだ』と整理することができました」(秋山さん)

 この利用者は次の診察日に向けて聞きたいことをメモにまとめ、主治医に質問してアドバイスを受けながら復職に向けての計画を立てることができたという。こんなふうに、自分の思いに気づき、自ら自信を持って医師とのコミュニケーションができること。これが大切なのだそう。

 「こういう体験をすれば、その先の困難をどう乗り越えればいいか、次からのヒントにもなるし自信にもつながるでしょう」と秋山さんは話す。

マギーズ東京の施設内

ゆったりとしたトイレ。泣ける場所があるというのも要件のひとつ

 「がんの宣告は本人にも家族にも心が打ち砕かれるかのように過酷なものです。平静さも自信も失ってしまう。そんな中での治療は、どうしても受け身になりがち。しかし自分の人生、自分の体とどう生きていくのかについては、もっと主体的であっていいんです。その力を取り戻すための支援がマギーズにはありますから」

日本にもやはり必要だったと実感

 マギーズ東京の1年目は、日本でこの仕組みが受け入れられるのか、必要とされているのか、とにかく手探りで個別相談を中心に取り組んだ。

 2年目は、イギリス本部と連携を取りながらさまざまなことにチャレンジする年だった。例えば男性利用者が少ないことに着目したのもそのひとつ。男性は病気についてあまり口にしない傾向がある。一家の大黒柱としての責任や職場での立場などから孤独に陥りがちだ。そこで「チャールズクラブ」という男性専用のグループプログラムを企画し男性同士で思いを共有する場を作った。このようなちょっとしたきっかけでも、一度心を開くことさえできれば、男性の方が女性よりも再来率は高くなるという。

 3年目を迎えた今年は、個別相談のほかにグループでのプログラムを用意した。栄養管理の話を聞いたり、ヨガなどでリラックスをする方法を学んだり、リハビリの一環としてノルディックウオーキングで体を動かしたり、といったふうに。

マギーズ東京で行われるイベントの様子

週末にはさまざまなイベントが企画されている

 マギーズ東京の来所者はすでに延べ約18,000人。毎月約500人が全国各地や海外からも訪れている。開設当初に予想していた人数を、はるかに上回っていたため、秋山さんはこの支援の必要性を強く感じている。

 2020年までのトライアルとして出発したマギーズ東京だが、今の場所であと2年延長できることが決まっている。しかし、海外にあるような恒久的な施設にするためには、資金面やスタッフの教育・確保など課題が山積みだ。「必要だと分かった以上、なくすわけにはいかない」と、秋山さんは意欲を見せる。

 「すごく深刻になってからではなく、いつでも気楽に想いをつぶやける場所。日本にもこんな場所が増えて、病とともに積極的に生きていける社会になることを願っています」

がん宣告の前も後も自分はそのまま。何も変わらない

 食事や運動など、ふだんから健康に気をつけている人ほど、がんになったときのショックがとりわけ大きいのではないか、と秋山さんは感じている。 「こんなに食生活に気をつけていたのに」「運動を毎日していたのに」「あのときの気の緩みを悔やむ」などと悲観し、一人で抱え込んで、弱音を吐けず、先の見えないつらさにどっぷりはまってしまう人は多い。

 そんなときは、マギーズ東京を訪ねてもいい。病院の相談機関を利用することもできるし、全国に50か所以上ある「暮らしの保健室」を利用してみるのもいいだろう。自分の周りにある「支援」について少し調べておくこともいざという時の備えになると、秋山さんは勧める。

マギーズ東京のエクステリアには、木がふんだんに使われている

緊張をほぐす、シンプルで心地よい雰囲気を大切にしている

 「がんと言われたその瞬間から、自分が突然変わってしまうわけではありません。がんを敵対視することなく、いつもの自分のペースでどうつきあうのかを考えて欲しいですね。『これでいい』『気楽に考えよう』『こんなに選択肢がある』『ちょっと考えすぎたかな』と思えると、その先の生き方も変わってくる。そのために一緒に考えてくれる伴走者を見つけるのはとても大切なことです」

取材・文=齋藤憲子 写真=スズキアサコ 構成=編集部