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気持ちよさそうに地面に寝そべる子豚

© 2018 FarmLore Films, LLC

答えはすべて、自然が教えてくれる。「自然と共生する農場」ができるまで――映画『ビッグ・リトル・ファーム』

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息をのむほどの自然の美しさに、生きとし生けるものすべてがいとおしくなり、希望がわいてくる。3月14日に公開された映画『ビッグ・リトル・ファーム 理想の暮らしのつくり方』は、ロサンゼルス近郊で、東京ドーム約17個分もの荒れ地を、200種の作物と無数の生き物が育つ農場へと再生させた夫婦の奮闘を描く。時に厳しい選択を迫られながらも、「自然との共生」の意味を問い続ける本作の主人公兼監督のジョン・チェスターさんに、作品に込めた思いを聞いた。

まるで、フルーツバスケット! 75種もの果樹が育つ農場とは?

―――農場作りを始める前、ジョンさんは映画制作者やカメラマンとして、パートナーのモリーさんは料理家として、それぞれ活動されてきました。そのお二人が、なぜ農業、中でも「自然と共生する農場を作る」という道を選んだのですか?

ジョン・チェスター(以下、ジョン) わたしもモリーも人生の意味、そして目的というものをずっと探していました。その中で、何をするにしても、自然とのつながりを取り戻さなければ、望んでいる意味や目的を見つけることはできないと考えるようになったのです。

 わたしたち、特にモリーは職業柄、栄養のある食事が、体だけでなく心にもいいということを知っていました。そして調べていくうちに、本当に栄養のある食べ物は健康な土から生まれること、それを手に入れるためには、再生型の農業で整えられた環境が必要だということが分かったのです。

 栄養のあるものを食べたい。環境を修復する農法で作物を作りたい。その一心でした。

子羊を抱きかかえるモリーさんとジョンさん

© 2018 FarmLore Films, LLC

――荒れた土地を一から農場にするなんて無謀だと、周囲の人たちには笑われたそうですが、お二人に不安はなかったのですか?

ジョン もちろん不安はありました。実際、農場を始めて数年間は、土地を耕し、土壌を作り直して自然と共存するというわたしたちの計画がうまくいくのか、確信はありませんでした。

――でも、見事に美しい農場がよみがえりましたね。75種類もの果樹を育てるというチャレンジには、驚きました。

ジョン びっくりしますよね。わたしも100%自信があったわけではありません。ただ、そもそも自然と共存できるような再生型の農業は、長い時間をかけ、その場所の生態系をよく理解しなければ軌道に乗せることはできません。そのためには、多くの実験も必要です。

 もちろん、怖いし、勇気もいる。けれど、怖いと思うことにもあえて挑戦し、ほかの人が取らないようなリスクを取らなければ、何も新しいことを見つけられないだろうと思っていました。

たくさんの種類の果樹が植わった農場の風景

© 2018 FarmLore Films, LLC

――手ごたえを感じられるようになったのは、どのあたりからですか?

ジョン 5年くらいたったころです。ちょうどわたしたちが、それまで敵視していた雑草は、本当は土に返って果樹の重要な栄養素になっているのではないかと気づき始めたころでした。さまざまな野生生物や昆虫が農場に集まってきて、悩みの種だった害虫を減らすのを手伝ってくれるようになったのです。

 例えば、ほんの数日前にアブラムシに覆われていた木に、アブラムシの代わりに天敵のテントウムシが何百匹も集まっていたことがあります。いつの間にかわたしたちが、農場をテントウムシにとって暮らしやすい環境に整えていたということです。

草陰で羽化したチョウチョ

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自然は、結果で真実を伝えてくれる

――再生型の農業の師として、アラン・ヨークさんが登場しますね。アランさんは、お二人にとってどういう存在でしたか?

ジョン 日本でいえば、『[自然農法]わら一本の革命』で著名な、自然農法の提唱者の福岡正信さんに似ているかもしれません。アランがいなければ、この農場は実現しませんでした。アランは、わたしたち自身が「ここまで」と考える限界以上のことができるように、背中を押してくれました。

 アランが教えてくれたのは、まず第一に、見る力の大切さ。よく観察すること。それが自然の理解と共生につながるということです。自然をコントロールしようとするのではなく、自然の力を借りればいいのだと、わたしたちの考え方を変えてくれました。

 もう一つアランから学んだのは、問題があったときに、それを解決することにこだわりすぎないということです。

泥だらけの両手を開いて見せるジョンさん

© 2018 FarmLore Films, LLC

――それは、どういう意味ですか?

ジョン そもそも問題が存在するのには理由があり、わたしたちに何かを伝えようとしている。だから、よく観察して、その問題がなぜ存在するのかを、自然科学的、生物学的に考えるようにと教えられました。

 わたしたち人間は、往々にして、正しいか間違っているかを先に知りたがるものですが、自然はその二つを明確に定義していません。うまくいくかそうでないかは、時間をかけて、結果で教えてくれるのです。

――アランさんは、「共生とは、繊細で忍耐を要するダンスだ」と言っていたそうですね。

ジョン はい。今言ったように、真実というのは、時間がたった後に判明するものです。いちばんよくないのは、事態が明らかになる前に、早すぎるタイミングで対処してしまうこと。

 例えば、農園で何か失敗したようなとき、恥ずかしいという気持ちがあると、プライドがじゃまをして、早く問題を解決せねばと慌てて行動しがちです。しかしそれによって、目の前の問題の本質を深く理解することができなくなってしまう。アランが「忍耐」と言ったのは、そういうことを意味していると思います。

農場を空から撮影した写真。果樹が同心円状に植えられ、不思議な幾何学模様になっている

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「分からない」と認めること。相手に心を寄せること

――パートナーのモリーさんと、お二人で同じ目標を持つことは素晴らしいと感じますが、時には困難もあったのではないでしょうか?

ジョン もちろん! 夜、二人で、いろいろな問題について話し合うのですが、いくら話しても答えが見つからず、途方に暮れてしまうことがよくありました。

 でも、何度もそういうことを繰り返していくうちに分かったのは、結局、意見や考え方の違いが起こったときは、怒りをぶつけたり絶望したりするのではなく、お互いに自分の弱さをさらけ出し、相手に心を寄せる、歩み寄るしかないということでした。自分へのこだわりを捨てるほど、相手の求めているものがよく見えてくるものなのです。

 「分からない」ということを正直に開示すれば、相手との距離も縮まります。

映画のキービジュアル。草が茂る中で鶏や豚、犬が伸び伸びと過ごす農場で、モリーさんの背中に手を添えて励ますジョンさん

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――それは、なかなか勇気がいることですね。

ジョン 確かに、分からないと認めることにはかっとうが伴います。わたしたちには、自分の世界は自分の知っていることで成り立っているという認識がどこかにありますからね。

 けれど、この農園は多くのスタッフのサポートによって成り立っていて、モリーとわたしがうまくいかなければ、大切な農園自体がばらばらになってしまう。二人とも、そんなことは決して望んでいません。目標は、共に生きていくこと。そのための課題を解決していくために、まず自分の弱さを認め、状況にゆだねていくことも必要だと学びました。

2匹の犬を抱えてうつむき気味に歩くジョンさん

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不安や恐怖を克服する特効薬は、「好奇心」

――相手に心を寄せるということは、自然との関係においてもいえますよね。

ジョン そのとおりです。わたしは、自然との関係においても人との関係においても、観察し、予想し、そこから創意工夫すること、そして謙虚であることが大事だと思っています。

 素晴らしいことに、自然や農場は独自のリズムを持っているので、じっくり観察すれば、変化が起こるのを近くで待ち構えることができます。これは自然ドキュメンタリーを制作するひけつなのですが、面白いことに、農業をするうえでも最も重要なノウハウなんですよ。

 観察し、予想し、創意工夫する。それを繰り返す。忘れてならないのは、いつでも「自分は何も分かっていない」という謙虚な姿勢で臨むことです。

農場で犬と見つめ合うジョンさん

© 2018 FarmLore Films, LLC

――そのサイクルを理解できたことが、ジョンさん自身の心の安定や自信につながったのでしょうか?

ジョン そうですね。わたしが何年もかかって学んだのは、「不安を和らげる特効薬は好奇心である」ということです。

 今の時代、さまざまな不安や恐怖を、対立によって解決しようとする傾向があるのが気になります。そうではなく、不安や恐怖の対象にも好奇心を持って自ら歩み寄れば、さまざまな可能性が見えてくる。必要なのは、何かを否定することではなく、革新的な、新しい何かを創造していくことではないでしょうか。

草むらで向き合う鶏と猫

© 2018 FarmLore Films, LLC

命あるものはすべて、未来の命の源となる

――自然の美しさや生き物たちの豊かな表情がとても魅力的です。その一方、自然と共生することの厳しさもリアルに伝わってきました。つらいと感じるのは、どういうことですか?

ジョン 命には限りがあるということです。大好きな動物や植物たちとの別れを受け入れるのは難しいですね。

 ただ、命あるものはすべて非永続性の軌道に乗っていて、最後は未来の命の源となる。そのことに気づいたとき、生と死は常に循環していて、「死」とは未来に向かうものであることがふに落ちました。

 とはいえ、別れをいつもすんなりと受け入れられるわけではありません。

地面に寝そべる豚の上に止まる鶏

© 2018 FarmLore Films, LLC

――鶏を襲うコヨーテを、銃で撃たざるをえない状況がありましたね。ジョンさんがとても心を痛めているように見えました。

ジョン コヨーテとも共存できるはずだという理想を持っていましたから。自分の理想を完全に手放し、自分の思い描いていた理想が間違っていたことを証明してしまったのだと感じました。

 あのときは、コヨーテを害獣として駆除するか、コヨーテをそのままにして卵の販売をあきらめるか、二つの悪い選択肢の中から、どちらがよりマシかを判断しなければならなかったのです。

両手に乗った2羽のひよこ

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――この経験で、気づいたこと、得たことはありますか?

ジョン 正義感や道徳的な正しさは、時に判断のじゃまをすることを学びました。何とか対処しなくてはならない状況があったとき、自分の意に反した決断をせざるをえないこともある。コヨーテの一件は、そのことをわたし自身が理解するために必要な体験だったととらえています。

 悔しいけれど自分の理想主義を手放すことで、それでも理想を掲げることの大切さと、どこまでなら譲歩できるのかを見極める必要性が理解できたのです。

 人生というのは、白黒はっきりさせられるものではありません。あくまでグレーなものです。

車の窓から顔を出す黒い犬

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「再生型の農業」に期待されるCO2削減効果

――世界的に異常気象や気候変動が深刻になっています。その解決策として、有機農業が一つの可能性になるという見方がありますが、その点についていかがでしょうか?

ジョン わたしは、有機農業というものを超えた「再生型の農業」――生物多様性と土壌を再生していく農業にこそ可能性があると見ています。

 今は、気候や生態系のバランスが崩れていると感じます。生態系の免疫システム(※1)というのは、生物の多様性や土壌によって成り立っています。それを取り戻すうえで、農家は非常に大きな役割を担うことができる。しっかりした支援さえあれば、気候変動の解決策の一つになりうると考えます。

かごに入った収穫したばかりの人参

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――具体的には、どのような可能性があるのでしょうか?

ジョン たとえば、大気中の炭素を減らすということです。

 わたしたちの農法は、土の中の有機物を増やすことを柱にしていますが、そのためには炭素が必要です。例えば、1エーカー(約4,047m2)の農地で有機物を1%増やすためには、21tの炭素を空気中から取り込まなければなりません。

 全体を被覆植物が覆っているわたしたちの農場では、植物が空気中から炭素を取り込みます。そのおかげで土の中の有機物の割合が6~10%にもなりました。つまり、わたしたちの農場は、1エーカー当たり21tの6~10倍もの炭素を空気中から削減する役割を果たしているんです。

2つに割った果物

© 2018 FarmLore Films, LLC

――素晴らしいですね!

ジョン すごいでしょ! 世界中でCO2削減がこれだけ差し迫った課題になっている中、農業でこんなにも大きな役割を果たしているのですから。

 ただ、この映画では、気候変動についてはあえて触れませんでした。というのも、気候変動の話になると、かたくなに自分を守ろうとする人、心を開かなくなってしまう人が多く、敵と味方みたいに対立してしまう傾向があるからです。

 また、わたしは、これが唯一の道だと押しつけるつもりもありません。むしろ、映画を見た人に、「自然はわたしたちに多くの答えを教えてくれる」ということを信じてもらうきっかけになればと願っています。

※1: 自然界には、多様な生物それぞれに個体数の大きな変動を抑制する自己制御の仕組みがあり、害虫の大量発生や病気のまんえんを防ぐ。

まばゆい光を背景に、こちらを見つめる牛

© 2018 FarmLore Films, LLC

再生型の農業にこそ、未来がある

――再生型の農業は手間もコストもかかりすぎて採算が取れない、現実的ではないともいわれますね。

ジョン ええ。ですが、日本でもアメリカでも、農業には政府から多額の助成金が拠出されています。特にアメリカに関していえば、政府が助成しているのは、生態系や土壌を著しく破壊し、貴重な水資源を枯渇させるタイプの農業です。

――再生型の農業への助成ではないのですね。

ジョン 政府のやり方は、再生型の農業には未来がないといわんばかりです。

 けれど実際には、全世界で年間7,000億ドルの助成金が使われている従来型の農業によって、年間4,000億ドル分の土壌が失われている。また、ハチ、チョウ、テントウムシ、ハチドリなどのような受粉をしたり害虫や病気の発生を抑えたりしてくれる生物種が深刻なダメージを受けています。

 国連の生物多様性科学パネル、IPBES(※2)によれば、世界全体で、昆虫の受粉が必要な作物の経済価値は、少なく見積もっても年間2,350~5,770億ドル。つまり、生態系を破壊するような農業は、経済面から見ても大きな損失を招きかねないのです。

卵を集める農園のスタッフ

© 2018 FarmLore Films, LLC

――未来がないのは、従来型の農業のほう、ということですか?

ジョン そういうことです。多様な生態系と土壌を失った国は、いつか国民に食べ物を供給できなくなるでしょう。たった3年後を見据えた経済効率というのは、30年後には何の価値も生み出しません。

 わたしは、健康的な食料を生み出すために、また生態系のバランスを取るために必要な資源を再生してくれるという二重の意味で、生物多様性を大切にする農業にこそ未来があり、支援が必要だと考えます。

※2:生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学-政策プラットフォーム。生物多様性と生態系サービスに関する動向を科学的に評価し、科学と各国政策のつながりを強化するための政府間組織。

プレートに載った料理を笑顔で運ぶモリーさん

© 2018 FarmLore Films, LLC

資源を無駄にしない暮らし方や食べ方

――この映画を見た人は、きっと心を動かされて、何かにチャレンジしてみたいという気持ちになると思います。わたしたちは何から始められるでしょうか?

ジョン とてもシンプルなことです。一つめは、生ごみを捨てずに堆肥化していくこと。今は、将来の世代の生活の糧とすべき限りある資源を無駄にしてしまっていますから。

 二つめは、「食べ物は薬である」という考え方を受け入れること。栄養価の高い食べ物を摂取することで、健康を保つ。つまり、よい食べ物というのは、ある意味、予防薬とも言えるのです。

 三つめは、再生型の農業で作られた食べ物が、いかに栄養価が高く、体によいかということを理解する、ということですね。

――資源循環や食養生という考え方は、日本の伝統文化の中にもあるものですが、わたしたちは忘れてしまっているかもしれません。この映画を見て、そのことに改めて気づかされます。

ジョン ありがとう! わたしも、日本の文化から多くを学んだのですよ。

取材協力=株式会社シンカ、株式会社ガイエ 文=高山ゆみこ 通訳・翻訳=小野倫子 構成=編集部