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株式会社ファーマン代表取締役井上能孝さんと、パルシステム生活者協同組合連合会産直事業本部・鉢木正明さん

写真=佐々木健太

高まる関心、変わるニーズ。若手有機農家と生協が語り合う「今、産直に求められること」

  • 食と農

戦争や円安などによる物価上昇が止まらない。その反動から食料生産への関心が高まり、国産への注目度も高まっている。そうした関心は食卓を飛び出し、「農業体験」や「産地交流」も人気なのだという。生協パルシステムは、よい時も悪い時も国内農家との顔の見える関係を大切にしてきた。新たな価値観が多方面から模索される今、有機農業に多様な分野を結びつけ事業展開する(株)ファーマン・井上能孝代表と語り合った。「農業は、産直は、最近どうですか?」

交流は事業の一環であり、未来に向けた営業活動

――鉢木さんはパルシステムの産直担当として、井上さんは農業法人の代表として、まずはそれぞれの事業における「農業体験」や「産地交流」の位置づけについて、お聞かせください。

鉢木正明(以下、鉢木) 最初に前提として、パルシステムにとっての「産直」の特徴をお伝えしてもよいでしょうか。一般的に「産直」というと、産地直送を思い浮かべる人が多いのではないかと思いますが、私たちの産直は、誤解を恐れずにいえば「産地に直接かかわる関係」ともいえるもの。

 生産物の取引だけでなく、減農薬を実現する栽培方法や作付け量から果ては出荷方法の相談まで、ひざを突き合わせて産地さんとおつきあいしています。生協ですから、私たちだけでなく組合員も関わります。豊作であれば共に喜び、災害に遭えば共に涙し、復旧に出向くこともあるんですよ。

 こうしたつながりをより強固に、血の通ったものにしてきたのが産地と組合員の「産地交流」。組合員の「体験」にとどまらず、商品作りや事業の方向性そのものにも関わる、重要な役割を果たしてきました。特に組織の黎明期には、その傾向が強かったですね

 例えば、「一般的な市場を通さずに、産地から直接安全なお米が買いたい」との願いをかなえるために、取引が始まる前に産地との交流を開始したこともありました。そこから徐々に信頼関係を深めると同時に、米の流通制度の改革も働きかけ、4年後にもち、翌年にしめ飾りの取引を開始し、10年後に晴れて農薬や化学肥料を削減したお米の直接取引が実現したんです。

インタビューに答える鉢木正明さん

パルシステム生活協同組合連合会・鉢木正明さん(写真=佐々木健太)

 近年はそうした「ディープな」役割だけでなく、だれもが気軽に参加できる産地交流ツアーや収穫祭等を実施。地域のパルシステム会員生協独自の取り組みも合わせて、2021年度は147回(4906人参加)実施しました。このような催しにはお子さん連れのご家族の参加も多く、関係性のすそのの広がりを感じます。

 現在の産直産地は388産地(国内:377、海外:11 ※2022年6月現在)。青果と米だけでも300を超え今も増え続けていますが、一方の組合員数は約168万世帯に達しており、交流に参加できる組合員の割合がどうしても低くなってしまうことには課題を感じています。新しく加入したかたにも気軽に参加への一歩を踏み出していただくにはどうしたらいいのか、今日はファーマンさんから学ばせていただきたいと思っています。

井上能孝(以下、井上) いえいえ、とんでもない。僕は株式会社ファーマンを2017年に設立しました。パルシステムさんとはその前に所属していた農事組合法人(現在は解散)からのおつきあいです。2019年には、組合員さんに私たちがどのように栽培しているか直接確認してもらう「公開確認会」も、パルシステム山梨さんとともに実施しました。僕たちの生産の現場から栽培記録の帳簿まで、組合員さんに徹底的に確認していただいたんです。

パルシステム山梨「公開確認会」にて、畑で組合員に説明をする井上さん

パルシステム山梨が開催した「公開確認会」の一こま(写真提供=パルシステム山梨)

室内で組合員に栽培履歴等を開示し、説明する井上さん

組合員に栽培履歴等を開示し、説明する井上さん(写真提供=パルシステム山梨)

 また、当社としても交流を事業の一つとして位置づけており、特に「食育」をテーマにした交流を重視しています。現在、うちの畑に来てくれるかたは年間3,500名ほどですが、そのうち40%程度が小中高校生。収穫体験をしてもらったり、僕がなぜ農業を始めようと思ったかという話をしたり、環境循環型農業、農福連携や廃校活用など、当社の事業のことを実際に見て触れてもらいながらの体験交流を提供させてもらっています。

――すでに、年間3,500名ものかたが井上さんの農場を訪れているんですね。しかもその中心は子供たち。そこにはどのような思いがあるのでしょう。

井上 もちろん、子どもたちは直接の顧客となる層ではないですが、10年、20年先の営業をさせてもらっているという感覚なんです。食べるという命の根源を、楽しみながら見つめ直すような……。そういう体験をした子どもたちは、いつか畑で食べた野菜のおいしさとか、ここでの時間を思い出して、有機農産物を選んでくれるんじゃないかと思うんです。

アウトドアアクティビティの一つとしても。高まる交流・体験への関心

――コロナ禍以降、産地交流や農業体験への関心が高まっているといわれますが、井上さんは現場でそのような傾向を感じますか?

井上 はい、すごく感じています。うちの農園に来る若い年齢層のかたたちには、昨今のアウトドアブームの延長線上のような、レジャー的な感覚での農業体験がとても人気ですね。加えて、福利厚生の一環として体験を希望される企業様や、女性だけのグループ利用など、利用者層は実に多様です。畑と関わりたいと考える人が増えるとともに、その目的や思いが年々細分化している気がします。

たくさんの人が畑に集い、収穫を楽しむようす

企業の福利厚生として実施された、ファーマンでの農業体験のようす(写真提供=株式会社ファーマン)

――パルシステムでは、オンラインでの交流も盛況だとか。

鉢木 はい。産地の現場から得られる情報や、体験の大切さを実感しているだけに、オンライン交流の実施は当初内部でも意見が分かれました。しかし、取り組んでみると畑に連れて来ることが難しいぐらい小さな赤ちゃんのいるご家族の姿も見られたほか、「産地の皆さんが伝えたいメッセージを集中して受け取ることができ、理解が深まった」など、好意的な意見も多数寄せられています。

オンラインでつながった複数の参加者と生産者の顔がディスプレイに表示されている

パルシステム東京で実施された、生産者と組合員のオンライン交流会のようす(写真提供=パルシステム東京)

――近年、コロナ禍や天災、戦争などさまざまな影響で食料の調達が一時的にでも困難になるような事態が増えていることを実感します。当たり前に食べていた食材のことをもっと知りたい、知らなければという機運の高まりには、そのような背景もあるのかもしれません。

鉢木 パルシステムでは、天災等で産地に被害が生じた際、組合員にカンパを募るのですが、毎回とてもたくさんのかたにご参加いただきます。これもまた、関心の高まりの一つの表れといえるのではないでしょうか。
 一方で、日本の食料自給率は足踏み状態。輸入に頼る食の危うさや、環境負荷を懸念する声も聞こえてきます。

井上 そういえば、こんな印象的な出来事がありました。以前、東京からご両親とともにやってきた小学校5年生くらいの女の子が「私、ここの区画を誕生日プレゼントでお父さんにもらったの」と話してくれたんです。

 これって、すごいことですよね。ご両親は種まきから収穫まで約半年の間、定期的にお子さんを連れてこの畑に通わなければいけないですから。

 そんなふうに、時間も労力もお金もかかる農業体験を誕生日プレゼントに選んでいただけるという感度の高さ、関心の深さに驚きましたし、こういう動きが文化になっていくと、一次産業を営む僕らとしても大きなやりがいになる、とうれしくなりました。

「交流は、僕が有機で生きていくための方法の一つ」

――そもそも井上さんご自身が、若き日に農場に足を運んだことをきっかけに有機農家を志すようになったとか。

井上 そうです。最初は高校2年生の時、夏休みの1か月を利用してアメリカ・オレゴン州に留学して。そこで見た、農業というライフスタイル、自然の中に身を置きながら体を動かして生計を立てる暮らしの風景はとても胸に残りました。

 その後、実際に僕の生き方を決定づけたのは、埼玉県で有機農業を実践している金子美登さんや、金子さんの友人で僕の師匠でもある田中義和さんらの姿でした。

 金子さんも田中さんも、自分の暮らしをお金じゃなく、農業で成り立たせているというか……。日本に昔からあった持続性や循環、今でいうSDGsに内包されるような生き方を貫くその姿にあこがれて、有機農業の世界に飛び込んだんです。

話をする井上さん

「株式会社ファーマン 井上農場」代表の井上能孝さん(写真=佐々木健太)

鉢木 井上さんは、これまで縁のなかった土地で有機農家として新規就農しただけでなく、生産を大規模化し、体験プログラムの実施や農福連携、グランピング施設の建設まで、多様な事業に取り組まれて。その実行力や意欲がすごいですよね。何かきっかけがあったのか、知りたいと思っていました。

ドーム型テントとキッチン、テラスを備えたグランピング施設

本格稼働を控えたグランピング施設(写真=佐々木健太)

地域の廃材なども活用し、カラフルにおしゃれにリノベーションされたコワーキングスペースはかつての音楽室

地域の廃校を活用し、大手企業と連携して運営するコワーキングスペース(写真=佐々木健太)

井上 うちの事業の在り方は、僕のコンプレックスを強みに変えた結果のようなものなんです。

 金子さんや師匠が実践していたのは少量多品目の有機栽培でしたが、僕にはそのやり方が合わず、就農してから数年の間、農業だけでは全然食べていけなくて。焼肉屋さんからビニールハウスの設置の補助まで、いろいろなアルバイトをして何とかしのいでいた時期がありました。同時期に農業で独立した仲間がどんどん成長していく中、週2回、3回とアルバイトに行く自分に対して、次第に劣等感さえ覚えるようになっていったんです。

話をする井上さんと、耳を傾ける鉢木さん

写真=佐々木健太

 でも、あるとき思い切って栽培品目を絞り込んでみたら、生産が飛躍的にうまくいくようになってきて。加えてその時点で、アルバイトで経験していたいろんなことを仕事として頼まれるようにもなっていた。それであるときふと、「あ、これも一つの、俺が理想とする“百姓”の姿じゃん 」と(笑)。

 あ、百姓っていう言葉は本当は「その他大勢」という意味で、最近よく言われる「『百姓』という言葉はいろんなことができる人という意味である」、というのは後付けらしいんですが、僕はこの、後付けの意味のほうがすごく好きで。

 自分の生活を自分の手で作り上げるとか、❝農❞にちょっとでもかすっていたら農業としてカウントしていい、って思えたら、そこで初めて自己肯定ができるようになった。自分ができるすべてを自分の事業にすればいい、もっと自由になっていいと気がつくことができたんです。

 そこから、農業につながることなら交流でも飲食でも福祉でも、何でも事業として結びつけて企業としての体力をつけながら、栽培面積も広げていけるようになりました。

 だから、ファーマンにとって交流は、自分が伝えたいメッセージを届けられる場であると同時に、有機農業で生きていくための策の一つでもあるんです。

野菜を届けるところから、交流は始まっている

――では、お二人それぞれのお立場として、これからの交流をどのように展開していきたいとお考えでしょう。

鉢木 パルシステムは現在、オンライン交流を盛んに行っていますが、新型コロナウイルスの影響が落ち着いてきたらまた少しずつ対面の交流も復活してくると思います。けれど完全に現地での交流だけに戻すのではなく、対面の交流とオンラインの交流をうまくブレンドして、関心の広がりにこたえていけたらと思います。

井上 僕たちの基本は有機野菜の生産者ですから、最終的にはだれしもが手に取りやすい価格帯で有機の農産物を届けられる社会にしたい。そこが僕の中でのゴールです。それを達成するために、旅や食、地域での多様なアクティビティと農業体験を組み合わせて、有機野菜を選ぶカルチャーをはぐくむ仕掛け作りにこれからも挑戦していきたいです。

畑の真ん中で話をする井上さんと鉢木さん

写真=佐々木健太

――井上さんから、あえてパルシステムに要望やアイデアを伝えるとしたら、どのようなことがありますか?

井上 30代、40代のいわゆる子育て世代のかたがたにもっとパルシステムを利用していただきたいし、新規の組合員としてもそういったかたがたに入っていただきたい思いはあります。

 もちろん、これまで育ててきてくれた年代のかたがたを心からリスペクトをするのは、有機農業界と同じ。先輩たちが積み重ね、磨いてきてくれた実践の上に、今がありますから。

 ただ、商品カタログだけでなく、交流や体験の場面でも、年代やライフステージに応じて提供するものがもっと変わっていっていいんじゃないでしょうか。それによって、産直のファンを超えた、「参加者」を増やすような……。そういう生協の新しい形にパルさんがなっていただけたら面白そうだなあって想像します。

鉢木 そういうご意見、とても刺激を受けます。

井上 あと一方で、僕たちの役割として、「この産地の野菜すごい、この畑に行ってみたい!」って思っていただけるような有機野菜を組合員さんに届けることも大事だと思っています。

鉢木 パルシステムには組合員からのメッセージを生産者にお届けする、というシステムがありますが、ファーマンさんのところにもたくさんの好評の声が届いていますよね。

井上 いわゆる「生産者カード」に書かれたメッセージですよね、あれは喜びの声も厳しいコメントも両方、すごく励みになりますよ。全部読んで、大事に保管しています。

 そう考えると、商品をお届けする時点から、すでに交流って始まっているんですよね。

鉢木 確かに、交流の源となるのは生産物そのものですね。改めて、安定供給を基本に、国内の生産者を多面的に応援することで、持続可能な食の在り方を組合員とともにはぐくんでいけたらと思いました。今日はたくさんの大切な気づきを頂きました。

井上 こちらこそ、これからも一緒に産直を盛り上げていきたいです!

取材・文=玉木美企子 写真=佐々木健太ほか 構成=編集部