東久留米がん哲学外来 in メディカルカフェの実行スタッフの皆さん

写真=疋田千里

解決はしなくても解消はできる。「がん哲学外来メディカルカフェ」で体感する“対話”のチカラ

  • 暮らしと社会

日本人の2人に1人が生涯で罹患するといわれる「がん」(※1)。だれにとっても他人事ではない病だが、いざ自分の身に振りかかったとき、人はどのように感じ、何を思うのか。がんとともに生きる患者や家族の不安や悩みに寄り添う活動として、今注目されているのが順天堂大学名誉教授・樋野興夫(ひの・おきお)さんが提唱する「がん哲学外来」とそこから発展した“語り合いの場”「メディカルカフェ」だ。がんであってもなくても、だれもが自分らしく日々を生きるためのヒントがそこにある。

※1 国立がん研究センターがん情報サービス「がんに罹患する確率~累積罹患リスク(2017年データに基づく)」より

治療の不安も、人間関係の悩みも分かち合う

 8月のとある午後、東京・東久留米の市庁舎近く、明るい光が射し込む会場で開かれた「東久留米がん哲学外来 in メディカルカフェ」。患者当事者だけでなく、家族や友人、遺族や医療関係者など、だれもが参加できる語り合いの場だ。

 開催は、ほぼ月1回のペース。新型コロナウイルス感染症緊急事態宣言発令時の3か月間は中止を余儀なくされたが、6月からは、人数を半分程度に制限し、いすといすの間隔を空けるなど細心の感染予防対策のもと、実施されている。

入口には感染予防対策のため、ひまわりと一緒にアルコール消毒液なども用意

感染予防対策のため、お花とともにアルコール消毒液がお出迎え(写真=疋田千里)

 「がん患者はリスクが高いといわれているので、集まること自体がどうなのかという迷いもあったのですが、皆さん、再開をとても喜んでくださった。顔を合わせて話ができることが、わたしたちにとっては大きな意味があるのです」そう話すのは、実行スタッフの一人で、自身もがんに罹患した経験を持つ小林真弓さんだ。

がんに罹患した経験を持つ実行スタッフの小林さん

表情豊かにがんやメディカルカフェについて語る小林さん(写真=疋田千里)

 会場に到着した参加者は互いに再会を喜び合いながら、手分けしてスタッフとともに準備を進める。メディカルカフェに欠かせないのは、「お茶」「お菓子」「お花」の3点セット。1杯ずつ丁寧にいれていたお茶はコロナ対策でペットボトルに変わったが、ゆったりとアットホームな雰囲気は、以前のままだという。

参加者に用意されたお茶とペンギンの折り紙に入ったお菓子

参加者には可愛らしいペンギンの折り紙で包んだ持ち帰り用のお菓子を用意(写真=疋田千里)

 「4年前に初めて参加し、それから毎回通っています。カフェの日はカレンダーに丸をつけて、最優先でスケジュールを調整します」とにこやかに話すのは、この日の参加者で乳がん治療中の前田こずえさん。入院仲間が同カフェのスタッフをしていた縁で樋野さんの存在を知り、個人面談を体験。その流れでカフェにも自然に参加するようになった。

メディカルカフェについて明るく話す参加者の前田さん

メディカルカフェについて明るく話す参加者の前田さん(写真=疋田千里)

 「皆さん本当に親切で、温かい。治療に対する不安や薬の副作用のことも、友達や両親には心配をかけてしまいそうで話せなかったのですが、同じ境遇だったり家族が体験されていたりする人が多いここでは思いきり相談できました。こんな場所は、初めてでしたね」と振り返る。

医療の現場と患者の“すき間”を埋める「がん哲学外来」

 メディカルカフェのもとになっている「がん哲学外来」を発案した樋野さんは、病理医として長くがん細胞の研究に携わってきた。

 2000年代にアスベスト(石綿)による中皮腫や肺がんなどの健康被害が社会問題になった際、中皮腫の早期診断法を開発していた樋野さんは、患者救済のために順天堂大学附属病院に「アスベスト・中皮腫外来」の開設を提案。診察の待ち時間を利用した30分ほどの問診を担当した。

がん細胞の研究に長く携わり、がん哲学外来を考案した樋野さん

がん細胞の研究に長く携わり、がん哲学外来を考案した樋野さん(写真=疋田千里)

 「通常の診療では、患者は何時間も待たされたあげく、医師との会話は3分ほど。がん医療の現場は治療に手いっぱいで、患者やその家族の精神的苦痛をケアする余裕がないのが現実です。問診で分かったのは、患者の苦しみは治療に関することばかりではないこと。治療の不安はもちろん、家族や人間関係についての悩みまで、あらゆる心の痛みを受け止め、現場と患者の間にある“すき間”を埋める対話の場が必要だと痛感しました」

 料金は無料。患者がリラックスしやすいように、「ひま気な風貌」で「脇を甘く」し、お茶を飲みながら、たっぷり時間をかけて気持ちを受け止める。それが樋野さんが描いた対話の場=「がん哲学外来」のイメージだ。

たっぷり時間をかけて患者と対話をする樋野さん

終始にこやかに穏やかな表情で対話をする樋野さん(写真=疋田千里)

 2008年、同病院で期間限定の「がん哲学外来」を試験的に開いたところ、全国各地から予約が殺到。キャンセル待ちが50組にものぼったという。

 「『がん哲学』は一見分かりにくいネーミングですが、切実な悩みを抱える患者さんの心には響いたようです」と分析する樋野さん。「困っている時、自分のために時間をとってじっくり向き合ってくれるだれかがいて、自分と一緒に困ってくれれば、問題自体が解決しなくても、何となく気持ちが晴れるような気がしませんか? 解決はしなくても解消できる。それが大事なんです」

悩みの中の「がん」の優先順位を下げてみる

 解決はしないけれど、解消できる――。樋野さんの禅問答のような言葉の意味を、「東久留米がん哲学外来 in メディカルカフェ」スタッフの小林さんは、自らの体験で実感したという。

がん哲学外来での自らの体験を語る小林さん

写真=疋田千里

 樋野さんと最初に面談したのは、2010年。悪性リンパ腫を患った小林さんは、手術後、半年間の化学療法を経て「寛解」と診断されていた。治療の間隔は次第に開いていったが、時に体調がすぐれないこともあり、常に心の中で再発の恐怖と闘っていたという。

 「ちょっとでも体調が悪いと、もしかしたら再発?治療がうまくいっていないんじゃないの……とすべてリンパ腫のほうにつなげて考えてしまって……。そんな不安を一生懸命訴えたところ、樋野先生から返ってきた言葉は『最近、家族で食事をしていますか?』でした。後ろから不意をつかれたように感じましたね」

 「体のことを相談したのに、なぜ?」という戸惑いで、小林さんは、家に帰ってからも樋野さんの問いが頭から離れなかったという。

 確かに、子どもたちと食卓を囲む頻度は減っている。思春期だから仕方ないともいえるけれど、もう少し気に留めるべきだったかもしれない――。「はっとしましたね。ああ…わたしって、四六時中、自分の病気のことばかり考えていたんだって」

樋野さんとの対話を回想する小林さん

写真=疋田千里

 その日から小林さんは、できるだけ日々の暮らし周りに意識を集中するように努めた。

 「まず、『晩ご飯は何にしよう』とか『みんなそろって食事ができるのはいつかな』といった“普通のこと”に頭を使うようにしました。そうしたら、いつの間にか、病気についてあまり考えなくなっていた。まさに、『解決はしないけれど、解消』していたんです。そのことがすごくうれしかった。自分の変化を先生に伝えたり、だれかほかの人と分かち合ったりしたくて、次のがん哲学外来が待ち遠しくてたまらなかったですね」

 小林さんに起きた変化を、樋野さんは「悩みの中のがんの優先順位が下がったのでしょう」と説明する。

がんに悩む小林さんと出会った頃のことを思い出す樋野さん

写真=疋田千里

 「始めに病気のことを考えると、それだけで頭がいっぱいいっぱいになってしまう。けれど、ほかに気になること、楽しいこと、考えなければならないことがあれば、病気を思い煩う時間は相対的に短くなるもの。悩むのは決して悪いことではありませんが、治療の妨げにならない程度にしないとね」(樋野さん)

お金もかからず副作用もない「言葉の処方箋」

 小林さんが樋野さんの一言で、病気と対峙する緊張感から抜け出せたように、真剣に寄り添う中で自然に出てきた言葉が、相手にとって大きな意味を持つことがある。樋野さんはそんな言葉の効用を「言葉の処方箋」と呼び、「がん哲学外来」の軸に据えている。

 樋野さん自身、若き日に読んだ本や尊敬する先達の言葉を心の引き出しにいくつもしまってあり、その中から、相談者の張り詰めた心を緩ませる「処方箋」を探すのだそうだ。「お金もかからないし、副作用もない。ただ、名言を引っ張ってくるだけじゃだめですよ。自分の体験から血肉になっている言葉を、心の奥底からくみ上げて話す。そういう言葉を持てるように努力するのも人間としての訓練になります」

 冒頭に登場した前田さんも、樋野さんの「言葉の処方箋」に救われたと言う。

樋野さんからもらった言葉を反芻する前田さん

写真=疋田千里

 「例えば、『人生いばらの道、されど宴会』という旧約聖書の一節。がんと診断された時は、一瞬にしてどん底に落ちたような、先のないトンネルに迷い込んだような感じでしたが、樋野先生からこの言葉を頂いた時、光が見えたんです」

 「宴会」とは、好きな音楽を聴いたり大切な人のことを思って満ち足りた気持ちになったり、感動的な言葉を反芻したりといった、一人でも楽しめる心の有様を指す。樋野さんは、宴会の時間をできるだけ多く持てば、つかの間でも病気を忘れ、いばらの道を進む原動力になる、と説く。

 「がんに対してわたしが自分でできることは、なるべく免疫を落とさないこと。そのためにも、毎日を暗く生きるより、明るく笑っていたいと思いました」と前田さん。そんな前田さんは、ステイホーム中に「薬膳アドバイザー」の資格を取得したという。「自分の食生活の改善にもなるし、わたしみたいに苦しんでいる人にとっても役立つかもしれないと思って勉強しました。言葉を知らなかった時は負のスパイラルで堂々巡りになっちゃっていたのが、今は『言葉の処方箋』がいくつもあるから、すぐ前向きに方向転換できる。言葉の力って、魔法のようですね」

カフェは全国に約180か所。「器が大事」。

 「がん哲学外来」は、医師と相談者との1対1の面談が基本だが、「メディカルカフェ」は、参加者同士が互いに腹を割って自らの体験や気持ちを語り合うことに意義がある。

 「わたしの中では、樋野先生との面談は、医療的なことも含めて自分の中で決めかねていることを相談し、心の中を整理するための場。カフェのほうは、がんということを心置きなく話せる仲間との交流が目的ですね。社会的な肩書きも職業も関係なく、参加者もスタッフもフラットに語り合える。さまざまな違った立場の人とお話することで、視野が広がるような気がします」(小林さん)

実行スタッフと参加者が協力してメディカルカフェの準備を行う

実行スタッフと参加者が協力してメディカルカフェの準備を行う(写真=疋田千里)

 樋野さんが理事長を務める「一般社団法人がん哲学外来」によると、現在、「がん哲学外来メディカルカフェ」は、全国に約180か所。その数は年ごとに増えているという。

 「カフェを開くのに、社団法人に申請することにはなっていますが、特別な資格や医療的な知識は必要ありません。いちばん大切なのは、場所を用意すること。樋野先生には『器を創れ』と言われます。しっかりした器さえあれば、中身は参加者がみんなで作り上げていく。全国のカフェの中には、患者自身が主催しているもののほかにも、医療関係者による院内カフェや企業内カフェ、教会でのカフェなどもあります。カフェごとに雰囲気や性格もいろいろなので、自分に合う場所を選ぶこともできます」(小林さん)

「今月も会えたね。また来月もね」

 参加者として通っているうちに、いつの間にかスタッフとして活動するようになったという小林さん。「毎月新しい人が参加しますが、常連さんとおしゃべりをしているうちに、いつの間にか心が晴れ、笑顔になる。そんな姿を見るのが喜びです」と目を輝かせる。

メディカルカフェのことを笑顔で話す小林さん

写真=疋田千里

 小林さんが特に大切にしているのは、家族の声に耳を傾けること。「わたしも含め、患者はどうしても『自分がいちばん大変』と思いがちですが、“第2の患者”といわれるくらい家族も苦しい思いをしている。家族自身も、こういう場でわっと思いを吐き出すことが大事です。それに、患者とは視点が違うんだとか、すれ違っていたとか、わたしたちも家族の話に気づかされることが多いんですよ」

 集まってくる人もさまざま。話題もさまざま。「がん」という共通のテーマがベースにはあるが、メディカルカフェは、人生をよりよくするために、人としての在り方や自らの役割や使命、ほかの人とかかわりなど「生き方」を学び合うコミュニティーでもある。

メディカルカフェ開始前に、その日の段取りを確認する実行メンバー

その日の段取りを確認する中で、「今日は何しよう?」と楽しそうに相談(写真=疋田千里)

 「同じように頑張っている仲間がいるから、わたしも、また来月みんなの顔が見られるように頑張ろうと思える。健康的な生活を送って体調を整えて、『今月も会えたね、また来月もね』と言い合いたいんです。正直、がんは辛くて嫌なものだけれど、いつでも手を差し伸べてくれる人や大切な言葉との出会いがあったから、すべてが悪かったわけじゃないですね」(前田さん)

テーブルに用意されたコスモスの花

写真=疋田千里

 樋野さんが種をまき、かかわるたくさんの人たちの手で育て花を咲かせてきた「がん哲学外来メディカルカフェ」。

 「この花畑が枯れないように、水をやり続け、次の世代にもバトンを渡していきたい。がんとずっと一緒に生きていく時代、ここはだれにとっても必要な場所だと思います」(小林さん)

取材協力=東久留米がん哲学外来 in メディカルカフェ 取材・文=高山ゆみこ 写真=疋田千里 構成=編集部