美容師の仕事との親和性
――渡辺さんのへアドネーションとの出会いから、まずお聞かせください。
僕はヘアカラー専門の美容師で、若い頃はアメリカで修業し、そこでへアドネーションの活動について知りました。当時は自分のことで手いっぱいで、活動に関わったわけではありません。37歳のとき(2008年)、3人の仲間と美容室を開き、そこで初めてへアドネーションの活動を始めることを表明しました。
――髪を提供するさい、髪をカットし、束ねてくれる美容師の存在は重要ですよね。
そうなんです。子どもがふたり目のときに独立しましたが、髪で金儲けばかりすることに抵抗があったんです。ヘアドネーションは、美容師の仕事との親和性をすごく感じましたね。
――2009年、ジャパンへアドネーション&チャリティー(通称「ジャーダック/JHD&C」)を立ち上げられます。
当初は「ヘアドネーション」といっても通じない時代で、髪が届くのはせいぜい月に数人でした。それでも少しずつ口コミで広がっていきました。活動を広げたのは、プロの美容師ではなく、お客さんである一般の方です。子育て世代の女性を中心に、今では小学生から年輩の方まで、幅広い世代へと広がりました。
僕の感覚では、東日本大震災とスマホの普及が大きかったです。震災後、多くの方が「自分なりに何かしたい」と考えたと思うんです。そんなときにこの活動のことを知り、「これなら私にもできる」と思われた方が多いはず。自分の髪を子どもたちのために提供するという、参加のしやすさもあったんでしょうね。
提供する方の髪への思い入れはそれぞれで、わざわざ伸ばした方がいれば、「捨てるくらいならあげる」という方もいます。男性の提供者も増えてきました。
――ジャーダックが提供した医療用のウィッグは219人分で、今も200人の子どもたちがウィッグを待っているそうですね(※2)。
ウィッグを必要とする子どもたちの約7割が小児脱毛、3割が小児がんです。ジャーダックが提供する子ども用の医療用ウィッグは、通気性が良く肌にやさしい材質といったJIS規格を取得したフルオーダーで、1個作るのにおよそ2ヶ月かかります。子ども服のようにサイズを既製品化して、売り出すことはできません。しかも、31センチ以上の髪が30人以上分も必要です。
※2:2017年12月1日現在。
命の話につきあたる
――有名な女優さんが活動に賛同するなど、支援の輪も広がっています。
うれしさの一方、実は課題も感じています。JIS規格で決められた医療用ウィッグとファッション用のウィッグは、本来は別物です。それなのに、医療用として寄付した髪を、美容院さんが別の団体さんに送って、ファッション用のウィッグが作られてしまうようなケースも起きています。団体として、正しい情報を発信する必要も感じています。
――取材や講演依頼も多いそうですね。
正直なところ、立派なことをしているとは思っていないんです。この活動に携わっていると、命のことにつきあたり、つらさを覚えるときもあります。
――命のこととは?
ある女の子ですが、ようやく順番がまわってきて、「メジャーメント」と呼ばれる型をとるために病院へ行ったんです。前に会ったときより、すごく痩せていて……。「でき上がるのを楽しみにしててね」と病院を後にしたんですが、その7日後に彼女は亡くなりました。
15歳のある男の子は、順番がきたのでメジャーメントのことをお母さんに連絡したら、「実は亡くなりました」とメールが届きました。そこには「ありがとうございました」と書いてあったんです。息子さんはつらい治療のなか、「病気が治ったら、あそこに行こう」「ウィッグができたら出かけよう」と楽しいことを考えながらがんばっていた。「前向きになれた時間が過ごせたのは、息子にとって宝物でした」とお母さんのメールにはありました。どう返事を出せばいいのか、悩みました。
最近、『髪がつなぐ物語』(※3)という本にまとめられましたが、髪を受け取る人たちそれぞれに、物語があるんです。それは子どもたちの笑顔だけではありません。僕自身、この活動を通じて、いろいろと考えさせられています。
※3:別司芳子著『髪がつなぐ物語』(文研出版)
――「このために髪をのばしました」という小学生や、「生きているかぎり、何かしたい」という闘病中の方など、髪を送る側にも物語がありますよね。
そうなんです。それぞれの想いや物語を感じることが、この活動を続けている原動力なのかもしれません。
髪のない自分を想像してほしい
――ウェブサイトには、ウィッグを受け取った子どもだけではなく、その親御さんの声も多く紹介されています。
「娘と買い物に出かけてうれしかった」「美容院に行くわが子を見て泣いた」「『周りの目を感じなくなった』と娘に言われ、わが子のつらい気持ちを改めて知った」など、いろんな声が届きますね。
「産んだ私が悪い」など、深刻に考える親御さんもいらっしゃいます。小児脱毛は、一気に髪が抜けてしまうことが多いんです。何百万円もかけて治療して、やっと髪が生えてきたのに、また抜けてしまう。落胆する親を見て、子どもも悲しむ。「私のせいでママが泣いている。ママに泣いてほしくないから、ウィッグは嫌だけど私はかぶる」という子もいます。
――考えさせられる言葉です。
ウィッグは本来ポジティブなもので、ちょっとしたおしゃれのお手伝いなんです。気が向いたらかぶって、散歩や買い物をすればいい。もっと気軽に受け取って、使ってもらえるとうれしいです。髪を提供した人に、感謝する必要もないと私は思っています。
おしゃれという意味では、女の子はだいたい、ロングヘアのウィッグをほしがりますね。憧れなんです。でも、夏場は暑いし、頭がしめつけられるので、ずっとかぶっているのはしんどい。「○○ちゃん、昨日はおしゃれしていたけど、今日は暑いからかぶらないんだ」みたいに、同級生も髪がないことを気にしない。それが本来の姿のはずなのに、そうなっていませんよね、社会は……。
――大の大人が「ハゲネタ」「かつらネタ」で笑う社会ですから。
「ママとパパのためにかぶる」「教室で笑われるから」といった子どもたちの声を聞くと、すごくもやもやします。多様性の社会を目ざすべきなのに“隠す”活動に関わっているわけですから。
ウィッグを否定しているわけではなく、関心をもっていただきたいんです。僕だって、誰だって、髪のない子どもだったかもしれません。相手の身になって想像できないから、「ハゲネタ」「かつらネタ」で笑うことができる。髪のない子どもたちのことを、わがこととして想像しながらこの活動に接していただけると、また違った見方ができるのではないでしょうか。