子どもの頃から大好きだった「甘酢梅」
地域や家ごとにそれぞれの味があり、人の数だけ正解がある。梅しごとの醍醐味の一つはそこにある。
菱沼未央さん(以下、未央さん)が受け継いだのは、青梅を砂糖で漬ける「梅シロップ」と似ているけれどちょっとだけ違う、梅の実自体を食べるレシピだ。青梅を半分に割り、砂糖とほんの少しの酢に漬け込む。未央さんは「甘酢梅」と呼んでいる。
「ちっちゃい時、小学生くらいの時から作るのを手伝っていました。でも、中学高校の頃はもっぱら食べること専門になっちゃったな」
青梅をそっと拭きながら、未央さんが笑う。隣でヘタを取っていた母・小山京子さん(以下、京子さん)がすかさず相づちを打つ。「そうそう、部活の時にタッパーいっぱいに入れて持って行っていたよね」
「いっぱい持って行って友達みんなに配ってたのよ。そういえば、この前中学の時の友達からインスタグラムでコメントが来てたよ。あの甘酢梅また食べたいーって」
管理栄養士として活動する傍ら、レシピ提案や器のプロデュースなど、食の世界でボーダーレスな活躍をしている未央さん。最近は、生協パルシステムの注文アプリ『タベソダ』の調理・監修も担当する。
母・京子さんはパルシステムを25年以上続けている組合員。未央さんはパルシステムの食材で育ったといっても過言ではないという。東京とは思えないほど自然豊かな青梅市でのびのびと育ち、幼少時は庭先の梅の木に実った梅で「甘酢梅」を仕込んでいた。
「一人暮らしを始めて、自分で作ったほうが絶対においしいと気づいた」
「梅しごとをまた手伝うようになったのは、大学に入ってからです。一人暮らしを始めてから、甘酢梅を食べたくなって、一袋千円くらいで売られていた甘露梅を買ったことがあったんです。その時ショックを受けて。甘ったるくてやわらかくて、全然おいしくなかったんです! 私の大好きなあの梅を食べ続けるには、自分で作れるようにならなければと強く思いました」
未央さんが当たり前だと思っていた「うちの味」の価値に気づいた瞬間だった。以降、梅の季節には実家に帰り、梅しごとを手伝うようになったのだという。そして、未央さんの「自分で作る」ことへの興味は梅だけにとどまらず、ほかの料理にも広がっていく。
京子さんは笑いながら、当時のことを教えてくれた。「『ブロッコリーって水から茹でるの? お湯から茹でるの?』とか、毎日電話がかかってきました」
京子さんを見つめながら、未央さんも話す。「自分一人じゃ、なんにもできないって分かったから。3食毎回ごはんを作ることの偉大さを思い知ったんです。お母さんってすごかったんだなって、よーく分かりました」
母の力を借りながらも、自ら包丁を握り徐々に料理を覚えていった未央さん。いつの間にか1日の大半を台所で過ごすようになり、料理することが大好きになった。将来料理に関わる仕事に就くことを決めたのも、この頃のことだ。
「食いしん坊なので、おいしいものが食べたいという気持ちが人一倍強いんですね。今はお金を出せばなんでも買えて、 “忙しくて料理なんて無理”“買えばいいじゃん”という風潮が高まっていると思いますが、自分で作ったほうが絶対においしいし、食べる時の気持ちが違ってきます。そんなことを、伝えていく仕事ができたらと思っています」
「見て盗め、食べて盗め」職人気質の祖母が梅しごとの総監督
青梅の下準備を終えた未央さんと京子さん。今度は、建具屋の職人である父が作った梅割り器で実を挟み、手際よく割れ目を入れていく。割れた実からは、芳醇な香りがふわりと漂ってくる。
「青梅市のこの辺りの人たちは、大抵、梅の実を割ってから作っていますね。割ると砂糖が早く溶けて、でき上がりも早いんですよ」と京子さんが教えてくれた。
消毒した瓶に割った梅の実を入れたら、種を取った梅と同重量くらいの砂糖を加え、最後に酢を一回し入れる。このまま約2週間待つと、「甘酢梅」が完成する。
「たぶん、一般的にいえば、これは梅シロップなんでしょうね。でも、うちではシロップはおまけで、この漬かった梅を食べる目的で作っていたんです。だから『甘酢梅』って呼んでいます」と未央さん。
この甘酢梅、かつて家族を取りまとめていた総監督は祖母・敏子さんの役割だった。
「おばあちゃんはとても厳しい人でした。梅しごともほかの料理も、レシピを聞いても絶対に教えてくれないんです。『教えて』と言うと、『やってみなさい』と。仕方なく試行錯誤してやっと完成した料理を食べて一言、『違う!』と……。“見て盗め、食べて盗め”、チャキチャキッとした職人気質のおばあちゃんでした。7年前に亡くなってからは、母と叔母が梅しごとを受け継ぎ、甘酢梅や梅酒を作っています。でも梅干しだけは最後までレシピを聞けず、悔しく思っているんです」
一緒に台所に立って知った、「適当」は「いい塩梅」ということ
昨年、結婚を機に家を出ることになった未央さん。その時、大学生の時と同じような焦りを感じたという。
「娘として、お母さんの料理をちゃんと継がなきゃと強く思ったんです。ほら、これがお母さんに聞いて書き起こしたレシピ。だいぶ苦労して作ったんですよ」
そう言って未央さんが見せてくれたのは、一冊のメモ帳。「さばのピリ辛味噌煮」や「いか大根」など、京子さんから聞いた料理が書き起こしてある。びっしりと書かれたメモから、未央さんの真剣な思いが伝わってくる。一風変わっているのが、「ポイントは…とにかく適当!」というメモだ。
「母に聞くと、分量も時間も切り方も、大抵のことは“適当”って言われちゃう。これを適当に入れて、とかこれはたっぷりと、とかそんな感じでちゃんとしたレシピになっていないんです。だから一緒に台所に立って、じっくり見て覚えました。
そうして気が付いたのは、お母さんの言う適当って、本当に適当なわけじゃなくて、“いい塩梅”のことなんだな、ということ。
煮始めて何分、ではなくて、泡の出方や色の変化、素材の状態を見てこれくらいかなというタイミングで火を止めている。レシピには表せない、見て学ばなければわからないことがたくさんありました。
見て学ぶこと、舌で覚えること。それは、おばあちゃんから教わったことでもありました。レシピ自体は継げなかったけど、料理に対する姿勢や感覚は、受け継ぐことができたのかもしれません」
じっくり料理をするって楽しい。まずは梅しごとから
「家族みんなで仲良く囲む食卓、それが私の原点で、活動の軸になっています。でも、今は女性の社会進出が進んで、とにかく時間をかけずに料理を作ることに価値が置かれていますよね。料理をすることの楽しみも、食卓を囲むことの喜びも忘れられているのではないかなと思うんです。
毎日は難しくても、例えば梅しごとのような季節の手しごとから。同年代の女性たちに向けて、時間と手間をかけると、おいしくて楽しいよっていうシンプルなことを、レシピや写真で表現していきたいと思っています」