おうちでできるしっとり鶏ハム、名づけて「チキン棒」!
「行楽シーズンですなあ。お花見弁当に、こんな一品はいかが?」。魚柄さんが差し出したのは、魚肉ソーセージを思わせる、何やら棒状のもの。手際よく包丁で切って「さあどうぞ」。
「いただきます! ん、おいしいっ! ハム、ですか?」(小林)。小林はそう言いながら、さらにもう一切れパクリ。
「正解。手ごろな鶏ムネ肉で作った細巻きの鶏ハム、名付けて『チキン棒』! もちろん、わが家の自家製ですぞ」。小林の食べっぷりに、早くも魚柄さんの“ニヤリ”が飛び出した。
高橋も、「手作りハム、聞いたことはあるけど、作ったことないです……」と言いつつ、箸を伸ばす手が止まらない。
あっという間にひと皿を平らげると、「どうやって作るんですか!?」「味付けには、何を使っているんですか」。すぐさま質問タイムが始まった。
“塩漬け”は、最も手軽で身近な熟成法
にじり寄る二人の前に、魚柄さんが差し出したのは、小さな壺。「味付け? そんなの、これだけよ」。ふたを開けると真っ白で、サラサラの……塩だ。
「えっ、塩だけ?!」
「そう。塩とは、単に塩味をつけるだけの調味料じゃありまっせん! 最も身近で手軽な食材の熟成法。それが、“塩漬け”なんです」
そう言うと魚柄さん、バットにのせた鶏肉を運んできた。「それじゃ、今日も実践あるのみ。やってみましょ!」
鶏ムネ肉の皮を取り除き、厚さを半分にそぎ切りしたら……塩をパラリ。全体に軽くすり込むと、「はいっ、これで塩漬けは終わり」。
「これで完成、ですか?」(高橋)
「いやいや、これはあくまで『塩漬け』の工程。しっかり保存するためには、あと一押し」。魚柄さんは鶏肉を網の上に乗せる。
「保存したいっていうことは、腐敗させたくないわけですな。じゃあ、腐敗の原因はなんだと思う?」
「うーん……雑菌、でしょうか」
「じゃあ、その雑菌はどこにいるか。菌の温床は、水分なんです。塩漬けは、雑菌を塩で繁殖しづらくするのに加えて、この水分を食材から追い出す工程でもある。今回はさらに念入りに、干して乾燥させることで、水分を飛ばしてみましょ」
鶏肉が乗った網をバットにのせ、魚柄さんが向かったのはなんと、冷蔵庫。棚にバットを置くと、扉をパタンと閉じた。
「あれっ、干すのでは……?」
再び驚きの声を上げることとなった二人に、魚柄さんはまた「ニヤリ」。
「冷蔵庫っていう名前にとらわれてちゃあ、いけません。冷蔵庫とは、一定の低温が保たれ、ゆっくりと風が回っている箱なんです。これ、『干す』のにぴったりの環境ですぞ。ちゃんと冷蔵庫を清潔にして、整理していれば、ね」
ラップ巻きで、きっちり抜気。仕上げは蒸して、うまみ逃さず
「はい、こちらが塩して、三日三晩冷蔵庫で干した熟成鶏肉です」。冷蔵庫から戻った魚柄さんの手には1枚のバット。すでに塩漬け・乾燥を終えた鶏肉が数枚並んでいる。
「これをラップで巻いて、チキン棒にしていきまっしょう。ポイントは、肉を巻きやすいように端をカットして長方形に整えておくこと、そして巻きながらきっちり抜気すること! ただし、力みすぎるとラップが破けちゃうから、巻きずしを巻くイメージでね。ラップを『すしのり』だと思うといいですゾ」(魚柄さん)
魚柄さんの指南を受けながら、二人のラップ巻きがスタートした。
2人がなんとかチキン棒を巻き終えると、魚柄さんは「ゆでてもいいけれど、うまみを逃しにくいのはやはり『蒸す』! ラップで包んだだけの肉も蒸しまっしょう。これはこれで、割きやすい『サラダチキン』になりますから」と、すぐさまアツアツの蒸し器へ。しっかりと湯気が立った状態で、15分程度じっくり加熱して完成だ。
「熟成」とは、保存性とおいしさを高めるスキル
ここで本日2度目のお楽しみ、試食タイムの始まりとなった。
「『塩漬け』『乾燥』でおいしくなるのは、なにも肉だけじゃありませんぞ!」
できたてのチキン棒とともに、魚柄さんが披露してくれたのは、さつまいもに人参、しその実、そしてイワシ。すベて塩を使って、冷蔵庫で熟成保存されていたものだ。右手前は鹿ジャーキー。さらに、数回の燻製も行っている。
「冷蔵庫がなかった時代も、人はこうして塩や乾燥などを駆使して、何とか食材を腐らせずに食べきろうとしてきたんですなあ」(魚柄さん)
「しかも、チキン棒もこのさつまいもも、うまみや甘みが増して、おいしいですよね」(小林)
「そう。おいしくなるのです。これは、うまみ成分が増えるからなんですが……ワタシはね、これひょっとしたら、人類の脳の進化によるものかも? なんて、思っているわけです」
熟成をおいしいと感じることこそ、「人類の知恵」?
「なぜ、うまみ成分をヒトは『うまい』と感じるのか? それは塩漬け食材や、保存食を好んで食べるようになるために、人間の味覚のほうが進化してきたんじゃないか、ってワタシ、思うんです」
意外なところから始まった、魚柄さんの「食文化史的進化論」。
「食糧生産や調達が不安定で、食材を保存して食べることが欠かせなかった長い歴史のなかで、保存した食材の味をうまい! と楽しめるよう、味覚を進化させてきた人類──。そう考えてみると何ともいじらしい、生き残りのための努力じゃありまっせんか。それなのに、冷蔵庫に依存して食材をそのまま放ったらかし、腐らせてしまっていたら、せっかくの人間の進化が台無しっていうもんでしょう?」
そして魚柄さん、ペンを取り出すと、紙にこんな図を書き記す。
「ある日、生鮮食材を買った、届いた。これ、そのまま冷蔵庫に入れたら水分たっぷり、塩分もなくて、腐敗の方向に進むしかないわけです。しかし! 買ったらすぐに、塩。このひと手間さえしておけば、同じ時間の経過のなかで、食材は熟成に進んでくれる。同じ冷蔵庫に入れていたって、3日たてばこんなにも差が開いていくんです」
熟成の塩、味付けの塩。食べ方に合わせて「いい塩梅」に
「冷蔵庫でモノを腐らせる、なんて残念なことは、塩のひと手間さえあれば、忙しくたって防ぐことができる。しかもうまい! とあれば、これ、やらない手はないですよなあ。
ここで気をつけなければいけないのは、熟成のための塩と、味付けのための塩はちょっと意味が違うということ。すぐに食べるなら塩は『調味料』として使い、そのまま食べてもおいしい塩加減にする。しっかり保存を効かせるなら今回のようにちゃーんと塩を効かせ、『保存料』になってもらいましょ。
沖縄のスーチカーなる伝統料理は、覆うほどの塩で豚肉を漬けることで、何と肉を常温保存してたんです。素焼きの壺に入れてね。亜熱帯気候の土地で、冷蔵庫のない時代であっても、そこまで塩を効かせて水分を抜いておけば大丈夫、っていうこと。でもまっ、私たちは冷蔵庫と上手に付き合って、もう少し塩を加減することもできるわけです。使い方に合わせて、『いい塩梅』にね」
「なるほど……。用途や目的によって、塩の量や使い方を変えるということですね」(高橋)
「その通り。しかも、最近はこのチキン棒の“類似品”が、スーパーやコンビニでも売られているようじゃあないですか(笑)。家で作れば添加物は一切ナシ。粉チーズを入れたり、ハーブと巻いたり、アレンジも自在。そのままかじってもよし、割いてサラダに加えてもよし! ただし、ラップをはがすと外気に触れ、雑菌も当然付着します。残さず一度に食べきるようにいたしませう。
さ、あとはそれぞれ、自分なりに挑戦してみなっさい。二人からのレポート、楽しみにしていますぞ」こうして、食材保存の原点である“塩漬け熟成”を身につけた二人。しかしまだまだ、人類が積み上げてきた食の知恵は奥深い。二人の挑戦は、さらに続く……。