どうしたらSDGsを知ってもらえる?
土曜日の午後3時、都内にある高校の教室には制服や私服を着たさまざまな学校の中学生や高校生が30人ほど集まっていた。
「間伐材を使ったコースターづくりで、来場者に森林について考えてもらうのはどうだろう」
「おしゃれでインスタ映えする内装のほうが、お客さんが集まりやすいよ」
「リサイクルできないゴミが出ちゃうと本末転倒なんじゃない?」
生徒たちが熱心にミーティングをしているのは、4月20・21日に東京・代々木公園で開催される環境イベント「アースデイ東京2019」での出展企画についてだ。毎年12万人が訪れるイベント会場で、SDGsのことをもっと知ってもらうために、17校から集まった総勢82名もの中高生メンバーがブースを借りてイベントやワークショップを行う予定なのだという。
SDGsとは、2015年9月に国連に加盟する193の国と地域で決めた「持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals)」のこと。持続可能な世界の実現のために、2030年までに達成すべき17のゴールと169のターゲットが定められ、世界中の国や企業、団体、市民にとっての共通指標となっているが、日本での認知度はまだ低い。
「ゲームをしながらSDGsについて学べないかな」「小さい子にも参加してほしいね」と、今どきの中高生らしくスマートフォンやノートパソコンで調べものをしながら意見を出し合う。昨年末から生徒たちは「LINE」アプリで情報共有をしながら、2週間に一度のペースで話し合いを重ねてきた。教室には先生もいるが、必要なとき以外には口を挟まず見守るだけだ。
生徒たちの目がパッと輝きだすとき
「学校での学びがリアルな社会とつながったとき、生徒たちの目がパッと輝きだす。SDGsが生徒の興味と学び、社会課題をつなぐ窓になるんです」
そう話すのは、この取り組み「SDGs for School」に参加する私立高校・生物教諭の山藤旅聞(さんとう・りょぶん)さんだ。
学校での授業が試験や入試のためのものになってしまい、生徒たちの笑顔が失われていると感じていた山藤さんは、2016年からこのSDGsを学校教育に取り入れ始めた。2017年からは、一般社団法人「Think the Earth」が立ち上げたプロジェクト「SDGs for School」のメンバーとして活動に取り組んでいる。
「僕は生物教諭ですが、生徒には授業で学ぶことと現実的な社会課題のつながりを意識してほしいと思ってきました。山や川などのフィールドに連れていったりもしていましたが、生物分野にあまり興味を持てない生徒もいる。SDGsの17のゴールを表すデザインを見たときに、さまざまな問題がつながっていることを分かりやすく伝えてくれるものだと感じたんです」
例えば、ファッションが好きな生徒がSDGsの掲げたゴール「12.つくる責任つかう責任」から、原材料の背景やフェアトレード、貧困問題などを関連づけて考えるようになるなど、17のゴールから生徒それぞれに自分の関心のあるテーマを見つけることができる。そして、どのテーマを突き詰めても、自然と持続可能な世界の大切さに行き当たるのだと山藤さんは言う。
「そもそも『なぜ学ぶのか?』と考えてみると、それは幸せな人生を送るためだったり、誰かを幸せにするためだと、今までは考えていました。しかし、気候変動を肌で感じるこれからの時代には、過去から続く次世代のことや、生態系のすべての命のことを考えて行動し、地球規模レベルの問題を解決していくためだとも思うようになったんです」
先生や試験のために勉強すると思うとモチベーションは上がらないが、それが社会や誰かのためになると思うと生徒のやる気が一気に上がる。SDGsは、そのことに気づく手段にもなっていると山藤さんは話す。
学校も学年も超えて生まれるアクション
Think the Earthが主宰する「SDGs for School」のプロジェクトでは、子どもから大人までがSDGsを分かりやすく学べるビジュアルブックを制作し、全国300以上の学校や学童保育など学びの場に無償で配布し、授業に活用してもらっている。
さらに、SDGsの意義を伝え教育に結びつけるための出前授業、子どもたちと「社会問題の現場」を訪ねるスタディツアーなども実施している。山藤さんも高校教諭として勤めながら、小学校から大学まで年間30件以上の出前授業を行ってきた。
「授業でSDGsについて話すと、生徒自身から『〇〇の問題解決に取り組んでみたい』という声が出てきます。じゃあ、どうやってそれを実現しようかと一緒に話し合い、協力してくれる企業やNPOを探して、できるだけ実現できるようにサポートしてきました。ほかの学校の生徒からも『私も参加したい!』と手が挙がって、学校や学年を超えた生徒たちが集まり、これまでに30以上ものソーシャルアクションが生まれてきたんです」
例えば「オーガニックコットン切れ端リノベーションプロジェクト」では、オーガニックコットン商品を扱う企業に残布を提供してもらい、生徒がアイデアを出し合ってリメイク。オーガニックコットンの意義を伝えながら販売した。
また、生理中に学校に行けないケニアの女子学生に、オーガニックコットンで作った布ナプキンを送る「布ナプキンプロジェクト」も進行中だ。ほかにも、SDGsに取り組む企業の商品パッケージのデザインを提案したり、飲料メーカーとペットボトルのリサイクル調査を行ったりと、活動内容は多岐にわたる。
「これらのアクションは、すべて中高生の主導で生み出されたもの。企業やNPOにも、生徒が企画書をもって交渉しに行きます。僕たち大人も必要なフォローはしますが、そうやって社会とかかわる機会があると、すごく張り切るし、一生懸命に勉強する。時にはプロの大人も驚くようなアイデアを出してくるんですよ。中高生の柔軟な発想力は、できるだけ早いうちに社会に出したほうがいいと僕は感じています」
大人ではかなわない「土壇場力」
アースデイ東京への出展もそうしたアクションの一つ。昨年初めて「SDGs for School」として出展したときは、小学生から高校生まで、計13校50名以上の生徒たちが参加。小学6年生の女の子は「サーフィンを始めたら海の汚れに気づいて、何かしなくちゃとネットで検索してこの取り組みを知った」と話していた。
「昨年はトークイベントやオーガニックコットンバッグの販売、SDGsスタンプラリーなどを行いました。印象的だったのは、一日目が終わったあとに改善点について生徒全員が積極的に発言していたこと。翌日来てみたら、ブースのレイアウトがガラリと変わっていたんです。大人だったら『今更大きく変えるのは大変』と諦めるところだけど、生徒たちのやる気はすごかった」と山藤さん。
「あの土壇場力はすごかったですよね」と話すのは、国立高校・生物教諭の宇田川麻由さんだ。宇田川さんをはじめ、私立や都立などの学校に勤める複数の教諭が、この取り組みにボランティアで協力している。山藤さんの出前授業を学校に呼んだことがきっかけで、何人かの教え子がSDGs for Schoolに参加し始めたという。
「とにかく山藤先生自身の熱量がすごいので、生徒たちも一緒になってやる気に火がつくんじゃないでしょうか(笑)。学校の授業とは姿勢が違います。アースデイ東京には外からのお客さんがたくさん来るので臨機応変な対応も必要になる。そういう本物の経験をすることで生徒がぐっと成長しました」と宇田川さん。
「自分ごとにしないと行動につながらない」
アースデイ東京2019に向けたミーティングで司会進行役を務めていたのは、やはり出前授業がきっかけでSDGsに興味を持ったという高校1年生のユウスケさん。「SDGs for School」の活動に参加し始めたときは、まだ中学生だった。
「この活動を通じて新しいつながりができました。社会はすぐには変わらないかもしれないけど、問題意識を共有できる同じ世代の仲間を増やしたい」と話す。
中学3年生のリョウさんは、「僕は消費がSDGs達成に向けた行動につながるポイントだと思う。認証マークとか環境に配慮した商品を購入するとか、そういう意識が広がっていくといい。自分ごとにしていかないと行動につながらないから」と意気込みを話す。
お客さんを集めるワークショップのアイデアを積極的に出していたチアキさんは高校2年生。学校で環境科学の授業をとっていて受験前に何かやりたいと思って参加した。「教室で座ってただ授業を聞いているだけだと『何のためにやるんだろう?』って考えちゃうけど、ここでの活動は人の役に立つ感じがあるし、社会に出た時の勉強にもなりそう」と話すと、同級生のハルナさんも「学校でもこういう取り組みをやってほしいよね。本当に楽しく学べる!」と笑顔でうなずく。
同じ学校に通うチアキさん、ハルナさん、ユミコさん、ユリさんの4人は、アースデイ東京での出展に協力してもらいたいと間伐材を利用して木のストローを製作する企業を訪問して交渉もしてきたという。
「たまたま新聞で記事を見つけて『すごい!』と思って、ホームページの問い合わせ先にメールしてみたんです」とチアキさん。先生も同行したのだろうと思いきや「盛り上がり過ぎて先生に訪問する日時を伝えるのを忘れたまま、企画書を持って私たちだけで行っちゃった……」と4人で大笑い。
「最初はめっちゃ緊張したけど、担当の人が興味を持ってくれて、日本の森林についても丁寧に教えてくれました。ちゃんと話を聞いて温かく対応してくれたのが、すっごいうれしかったです」(ハルナさん)
国産材の活用に取り組む企業の話を聞いたことで「授業で勉強して分かったつもりになっていたけど、知らないことがたくさんあると気づいた」と目を輝かせる。
自分が行動すれば、何かが変わる
さらに「SDGs for School」での経験を生かして、自分でアクションを起こし始める学生も出てきている。
高校2年生のコウイチロウさんは、夏休みに山藤さんたちとボルネオ島へのスタディツアーに参加。パーム油の原料となるヤシの木が広い敷地に整然と並んでいるのを見て「とてつもない違和感」を持ったと言う。
「でも、そんなプランテーションができた一因には、僕らの生活もある。そこから、少しずつできることを始めるようになりました。去年、初めて自分で考えて、ハロウィンの翌朝に友達と渋谷に行って街のごみを拾ったんです。でも、行ってみたら仮装していた人たちも朝まで残って掃除をしていて、自分が知らないところで行動している人もいるんだと気づきました。SDGsも適切なきっかけさえあれば、アクションを起こす人が増えるんじゃないかな」(コウイチロウさん)
アースデイ東京でメンバーが着るオーガニックコットンTシャツのデザインを担当する中学2年生のユイさんも動き出した一人だ。昨年の夏休みに気候変動の影響で消えていくサンゴの映画を観てショックを受け、学校の先生と相談して放課後に上映会を企画。何ができるかをみんなで話し合う場を作った。
「興味がないと言っていた人も参加してくれて、サンゴの問題について友達と話すようにもなった。自分が行動することで何かが変わっていくんだと分かってうれしかった」(ユイさん)
ミーティングには、大学生となったメンバーのモエコさんも顔を出していた。「ここは中高生が主役だから(笑)」と遠慮しながらも、中高生たちに自分の経験を共有する。
「高校生のうちに活動に参加したことで、いろいろな大人に出会えたし、自分たちでゼロから何かを生み出したことは本当にいい経験になりました。それは大学生になった今も生かされています。受け身じゃなく主体的に学びたいと思うようになるから、中高生には絶対に参加してみてほしい」(モエコさん)
山藤さんは、「SDGs for School」の活動を通じて、生徒が変化していく様子を感じてきたと言う。
「こういうアクションにかかわると、自分たちの行動が社会につながっている実感がある。だから、興味のなかった生徒でも社会科や歴史が面白くなってくるんです。人に伝えるための国語や世界に仲間を作る英語も自分から学ぼうと思うようになる。今まで与えられて学ぶものだったのが変わっていきます。
社会も、自分の人生も、誰かが変えてくれるものではありません。目標を達成するには、周りの人たちとコミュニケーションをとって協働していくことも必要です。その方法も「SDGs for School」で学んでほしい。生徒たちには、自分から行動を起こして、未来を変えていく人になってほしいと思っています」(山藤さん)