ライフラインとしての生協の役割
――コロナ禍によって、社会全体が大きな変化の時代を迎えているように思います。こうした時代において、生協としてどんな危機感がありますか?
大信 コロナによって人や物の移動が制限され、パルシステムの事業にも大きな影響がありました。
とくに2020年4月初旬の緊急事態宣言を受けて、新しい組合員の加入が増え、前年度を大幅に上回る注文量をいただき、一部欠品や購入制限などをお願いしなくてはならないほどでした。また、産地交流など、生協運動にとって大切な「食べ手」と「作り手」との「顔の見える関係」をつくることも難しくなっています。
今は物流体制も落ち着きましたが、事業基盤整備をしっかり行いつつ、コロナによって人々が暮らす地域社会で何が課題となっているのかをつかみ、その解決にも取り組んでいきたいと思っています。生協としての役割が、あらためて問われていると感じています。
山本 地球規模の変化でいえば、コロナが広がる前から劇的な気候変動が起きていますよね。
私は今、鹿児島県の種子島で暮らしていますが、この5年くらいで海の様子も変わり、漁業に甚大な影響が出るようになっています。新しいウイルスの誕生も、こうした環境による変化のひとつではないでしょうか。さらに、世界中で急速に孤立と分断が広がっている状況もあります。
そんな時代において、生協には、人と人のつながりを保ち、広げていく役割が求められているのではないでしょうか。日常的なところでは、買い物に行けない人たちに食品や生活必需品を届けるという点でライフラインでもあり、社会的なインフラとしての機能を果たすようにもなっていると感じます。
大信 山本さんがおっしゃったように、コロナによって見えてきた問題もありますが、コロナ前からさまざまな社会の課題がありました。経済がグローバル化したことによるひずみ、気候変動による災害の多発、分断や格差といったものが顕著になり、地域では少子高齢化や都市への人口集中、第1次産業の担い手不足といった状況があります。
今後、コロナが収束しても、元に戻るものと戻らないものがあるように思うのです。やはりこうした根本的な課題を解決していかなければならない。つまり、今までの世の中とは違う世の中をつくる必要があるということです。人と人とのつながりを大事にして、改善すべき課題をみんなでともに乗り越えることが必要な時代だと感じています。
人とのつながりに支えられてきた生協
山本 つながりというものを考えたときに、生協は非常に向いている組織ですよね。なぜなら基本的に生協の場合は、サービスの受け手が「お客さん」ではなく、一緒に成し遂げる「組合員」だからです。
生協に加入するということは、組合員として仲間になるということ。たとえ商品を注文しなくても、何かあれば生協に相談することができます。もちろん、注文はしてほしいんだけど(笑)。それから共済の仕組みもありますし、福祉的なサポート体制もあります。
営利目的ではなく、主人公として組合員がいる組織なので、企業とは関わり方が全然違う。本質的に仲間として迎えられるという意味で、この分断が進む社会の中で非常に大きな安心感を得られる場ではないでしょうか。また、定期的に家庭を訪れるので、独居高齢者の見守りなどの役割もますます期待できると思います。
大信 もともと生協は、「くらしの課題」を解決するために市民が手を携えてきた組織です。1970年代の高度経済成長期に、環境や食の安全などの問題が広がる中、「安全安心で、おいしい商品が欲しい」という願いのもと、多くの地域生協がつくられてきた歴史があります。
これまでも「作る」と「食べる」をつなぐ活動で、生産者と消費者の信頼関係を築き、それをベースに持続可能な地域社会づくりを進めてきました。2020年6月には、これから10年で取り組むべき課題とめざす姿を「パルシステム2030ビジョン」としてまとめていますが、そのテーマは「『たべる』『つくる』『ささえあう』ともにいきる地域づくり」です。
地球上で起きている不平等や環境破壊、貧困や対立が平和をなしくずしにしている現実がありますが、それらは決して別世界の出来事ではありません。私たちが生きている地域社会、そして組合員一人ひとりのくらし方や考え方につながる課題なのだという思いが、このビジョンには込められています。
一人ひとりが暮らしの価値観を変える
――「パルシステム2030ビジョン」では、生産や消費のあり方、そして資源循環についても重点を置いていますが、とくに、ここ数年は国内外で気候変動や環境問題への意識が非常に高まっています。
大信 持続可能な社会と経済を実現するために、環境問題の解決が喫緊の課題だという認識は世界共通です。
パルシステムでの環境への取り組みの歴史は非常に長く、商品原料の生産過程や加工のプロセス、容器包材の資源循環などの仕組みを組合員といっしょにつくってきました。2016年には再生可能エネルギーを中心とした電気供給事業「パルシステムでんき」を始めて、原子力発電に依存しない社会の実現に取り組んでいます。また、商品容器包装のプラスチック排出総量の削減にも挑戦しています。
資源循環型の生産のあり方、生産者と対等な関係の構築、一方的に受け取るだけではない消費のあり方を考えてきたのは、それがだれもが自分らしく生き生きと暮らせる社会をつくることにつながるからです。この運動を組合員と生産者だけで取り組むのではなく、地域の中に仲間を広げて実現しなくてはいけない段階に来ていると思います。
山本 こうしたビジョンを実現する方法として、ひとつは、社会システムとして「規制する」というやり方がありますね。たとえば排気ガスの排出やプラスチック廃棄、あるいは農薬や除草剤使用などに対して社会的な規制を誘導するという考え方です。
もうひとつ、一人ひとりがくらしの価値観を変えるというやり方もあります。これは「どういうふうな夢をもつか」ということかと思います。僕が子どものころの夢は、鉄腕アトムだったんですよ(笑)。超高層ビルやロケット、光のスピードで飛ぶといった夢です。しかし、今の若い人たちは、おそらくそうではなくて、さまざまな生命とともに自然の中で生きていきたいという夢を描いている人も多いのではないでしょうか。
大信 そうかもしれませんね。
山本 今、種子島には福島第一原発事故後に福島から自主避難してきた家族が数世帯いて、一緒に活動しています。彼らは、あの事故を境に暮らしへの考え方が変わったと言います。有機農業や里山保全などに取り組み、心からそういう暮らしができる未来を創りたいと思っている。僕は、彼らと仕事をしていると、すごく幸せな気持ちになるんです。
世界中で分断が進む一方で、国境や差別を越えてつながる平和な社会をめざす若者も多くなっています。今までとは違う「豊かさ」を小さなコミュニティの中で実現していき、そうしたコミュニティをパルシステムのような組織がネットワーク化して、応援していけたら素晴らしい。そうすることで、価値の大転換があちこちで起きて、社会に大きな影響を与えていくと思います
「顔の見える関係」をどう回復するのか
――「つながり」のひとつとして、パルシステムでは「作り手」と「食べ手」をつなぐ産地交流を大事にしてきましたが、コロナ禍で対面での交流が難しい現状があります。一方で、新しくオンラインでの交流に取り組む産地も増えていると聞きます。
大信 私たちは「顔の見える関係」にこだわってきましたが、それが容易にはできなくなりました。
コミュニケーションを取るという意味では、オンラインもひとつのツールです。たとえば生産者との交流にしても、食品工場の見学にしても、ふだんは衛生管理などの問題があって見られないところまでカメラで公開できたり、より多くの人が参加できたり、といったオンラインならではのメリットはあると思います。
ただ、生産者と直接話して、その地域を見て、自然に触れて、その価値や意味を知ることで自分自身が変わっていく体験が産地交流の醍醐味です。オンラインで知識は得られるかもしれませんが、そうした体験が果たしてできるのかということは、現時点では課題としかいえません。
山本 やっぱり五感を通して大地を感じること、農業生産を感じることが、これまでパルシステムがやってきた産地交流であり、これは人間にとって絶対に必要なことです。コロナ禍において、自然なつながりをどう回復していくのか。さまざまなリスクを専門家と慎重に相談しながら、あきらめずに考えていかなければならないと思いますね。
地域での小さな成功事例を積み上げる
――このコロナ禍を機に、社会はどう変化していくべきだと考えていますか?
山本 よくも悪くもコロナ禍は、人間がどう暮らしていくのかを考え直す転換期にならざるをえません。
コロナ前から、今の社会のやり方ではもうダメだという考えがありました。国連でもSDGs(※)が採択されて、パルシステムも2017年に第1回「ジャパンSDGsアワード」を受賞していますが、SDGsの掲げる17項目の実現が世界的な課題として明確になっています。
※:2030年までに「誰一人取り残さず、すべての人にとって尊厳ある生活を現実のものとするため」の国際社会共通の目標として「SDGs(持続可能な開発目標)」の17項目が定められ、2015年に国連で採択された。
僕は、いっぺんに社会を変えようとするのではなくて、まずモデルをつくり、小さな成功事例を積み上げていくことが大事だと考えているのです。たとえば、パルシステムでは家庭から出るゴミを分別し、リサイクル・リユースして、なるべく無駄のないよう循環させる仕組みを「見える化」することに取り組んできました。こうした取り組みもモデルのひとつです。
また、生産者と消費者が対等な「協同」の関係を築いてきたことも大切です。パルシステムと物流業者やメーカーとの関係も、決して「下請け」といったものではなく、お互いに対等で、言いたいことが言える関係を心がけてきました。それを、僕は「けんかできる関係」と呼んでいます。これこそが、協同組合の「協同」の大事な部分で、パルシステムのめざすものです。
もし、それぞれの組織が自分のもうけのことしか考えなくなったら、社会は壊れていってしまう。社会のこと、人のことを考える組織のリーダーシップが求められていると思います。
大信 本当におっしゃるとおりですね。
スウェーデンの政治学者・ペストフが提唱する「福祉トライアングル」というものがあります。ペストフは組織を、政府・市場・コミュニティの3つに分け、それらを補う組織としてサードセクター(非営利組織)を定義しています。つまり、行政や国、企業、世帯・家族等、そして我々のようなサードセクターとしての協同組合の役割というのは、それぞれに違うということです。しっかりとそれらをつなげて、強化していくことが大事だと思っています。
国連は、2012年を「国際協同組合年」に設定しましたが、行きすぎた市場経済の弊害に対して協同組合のようなセクターに抑制的・補完機能を果たしてほしいという期待が込められているのではないでしょうか。
山本 2020年11月に、種子島で「ブルーエコノミーと種子島の漁撈文化」というシンポジウムを開いたんです。今漁業が本当にピンチです。このシンポジウムで、パルシステムの産直産地である北海道・野付漁協の映像を流したのですが、ものすごく反響がありました。
野付漁協の理念は「一人の金持ちも出さない、一人の貧乏人も出さない」というもの。「資源管理型」の漁業をしていて、地域内で加工までしています。限られた資源をみんなで守って分け合い、協同をベースにした仕組みで、一人ひとりがきちんと収入を得られるようになっている。さらに消費者であるパルシステム組合員も、漁場を再生するための森への植樹活動に参加しています。そうした様子を見て、シンポジウムの参加者たちが「めざすのはここだね」と言っていました。
「協同」とは何かということを説明するのは難しいですが、理論ではなく、こういうふうに森を守り、漁業を守り、漁民だけじゃなくて消費者も一緒に参加するという実践を重ねていくことで、それぞれが自分の言葉で協同を語れるようになっていく。これがパルシステムの持っている強みだと思います。
一人ひとりから、そして地域から社会を変える
――最後に、あらためて協同組合やつながりの意義についての考えを教えてください。
山本 僕は種子島でサトウキビを栽培していますが、僕らのように仲間と手作業でやっている人もいれば、ものすごい機械を投入して、アルバイトも雇って栽培している人もいます。どちらがいいとは言わないけど、小規模で丁寧につくって、おいしくて価値あるものを消費者と分かち合ったほうが、面白いし喜ばれる。
今の若い人が望む生き方は、こちらのほうではないでしょうか。しかも大量生産するよりも高い収入になる。ある意味で、やりたいこととお金が入ることがうまくリンクしている例だと思います。
今の社会には、高い給料を出せば優秀な人が素晴らしい仕事をしてくれるという考えがありますよね。ところが実際には、本物の優秀な人って給料のためだけには働かないものだったりします。ただ、人のためになること、社会に役立つことが、なかなかお金にならないのも事実。そこにちゃんと収入をつなげていく仕組みをつくるのが協同組合です。
市民運動やNGO・NPOの場合は、寄付金を集めたり、会費を集めたりすることで活動が支えられているわけですが、協同組合では組合員一人ひとりが対等な出資者となって事業を運営しています。欧州では、市民一人当たり平均11くらいの非営利組織に関わっている国もあると聞きます。そうした非営利のさまざまな活動体を社会の中に増やしていくことが、コミュニティや社会を強くする力になるはずです。
大信 パルシステムでは毎週80万人近い組合員が、カタログを読んでくれたり、注文してくれたりしています。これは、我々の大きなつながりのベースです。日本の世帯数は6000万弱(総務省)ですので、そのうち1%以上の世帯とつながっているということになります。
また、組合員だけでなく、ここには生産者や取引先メーカーなどの活動も重なってきます。ビジョンをしっかりと共有しながら、こうしたつながりを一層大事にしていくことが、コロナ禍を経験した今、本当に必要なことではないかと思っています。