戸田やすしさん。戸田幸四郎絵本美術館にて

写真=疋田千里

国旗からその国を知り、興味を持ってほしい。『完全版・国旗のえほん』が“世界”に思いをはせるきっかけに

  • 環境と平和

国際大会の表彰式などで掲揚される国旗。国の「顔」ともいえる国旗には、その国の文化や歴史が詰まっている。そんな世界各国の国旗を集めて一冊にまとめたのが、『完全版・国旗のえほん』だ。絵本作家・とだこうしろうさんの次男で、この絵本を企画・編集した、戸田デザイン研究室代表の戸田やすしさんがこの本に込めた「願い」とは。熱海にある戸田幸四郎絵本美術館にて話を聞いた。

すべての国旗を大きく。『完全版』ができるまで

 シンプルなデザインの表紙を開くと、ページいっぱいにレイアウトされた国旗。その迫力にしばし目を奪われる。2012年に発売された『完全版・国旗のえほん』は、戸田デザイン研究室が1987年に出版した『国旗のえほん』のコンプリート版。発売当初から注目されているのは、その大胆なデザインだ。

『完全版・国旗のえほん』のパラグアイのページ
『完全版・国旗のえほん』のブラジルのページ

198か国の国旗を掲載した「完全版」は、1ページに一つの国旗、という迫力あるデザイン(写真=疋田千里)

 「戸田デザイン研究室としてスタートしたばかりのころは、麻布に事務所を借りていたんです。港区だから周りに大使館がたくさんあって、ふらりと散歩に出掛けると巨大な国旗がはためいている。近くで見てみると、細かいデザインがすごく面白くて。一番にデザインを見せたいと思ったので、このレイアウトにしました。調べてみると、当時は国旗だけを集めた絵本はまだなかったので、ぜひ、作りたいと思ったんです」

 『国旗のえほん』は、絵本作家・とだこうしろうさんの次男で、現在は戸田デザイン研究室の代表を務める戸田やすしさんが、自社で初めて企画した絵本。ページ数の都合もあり、メジャーな国や国旗のデザインが面白い48か国のみを大きく、その他の国は小さくまとめて掲載した。あるときその読者から届いたのは、「すべての国旗を大きく掲載した本はないの?」という声だった。

戸田やすしさんインタビューの様子

写真=疋田千里

 「皆さんからの声を受けて、いつか『完全版』を作りたいとは思っていました。ただ、実際にやってみるまでは、国旗は縦3色や横3色のデザインが多いので、単調な絵本になってしまうんじゃないかと思っていたんです。でも、作業をしていくうちに、本当にさまざまな国旗があるし、そのデザインの意味にも興味深いものが多く、“これは絶対に面白くなる”という手ごたえを感じました」

 そして2012年、ついに190か国を超える国旗を掲載した『完全版・国旗のえほん』を出版。完成までやすしさんともう一人のスタッフが掛かりきりになり、2年ほどかかった。まずは国旗をきっかけに、世界中の国々に興味を持ってくれることが、読んでくれたかたの視野を広げることにつながっていくと、やすしさんは考えている。

戸田デザイン研究室の地図や国旗の絵本

世界を知ることができる、戸田デザイン研究室の地図や国旗の絵本(写真=疋田千里)

 「子供たちはいろいろな見方をしてくれるので面白いです。特に人気があるのは、アンティグア・バーブーダという国。このページを見ながら、“アンティグア・バーブーダ、アンティグア・バーブーダ” と延々と繰り返して大喜びする子供が多いみたいで。確かに言いたくなる名前ですよね(笑)」

国旗を通じて、その国を、人を大切に思う

 この絵本を開くまでは、「アンティグア・バーブーダ」の存在さえ知らなかったが、国旗に描かれたカリブの青い海、白い砂浜、黄色い太陽から、美しい南の島を想像した。ほかにも初めて名前を聞くような国がたくさんあり、その国旗を見てどんな国なのか、思いをはせる。

 「やっぱり暖かい国の国旗には暖かい色が使われていることが多いですね。土地柄や歴史など、すべての国旗には意味がある。デザインの意味や作られた過程を調べていくと、ほとんどが争いの歴史にひもづいていくんです」

 例えば、上下は赤、中央が白いオーストリアの国旗は、戦いから戻った兵士が血のついた軍服のベルトを外すと、その部分だけが元のまま白かった、という話に由来しているのだそう。

 「血に染まった軍服が国旗だなんて……恐ろしいですよね。人は昔から、領土を争って勝った者が陣地に旗を立てるという歴史を繰り返している。それを繰り返さないために、たくさんの国の歴史を知って興味を持つことが、“平和を守る”ことにつながっていくのかなと」

本に込めた想いを語る戸田やすしさん

絵本に込めた思いを語る戸田やすしさん(写真=疋田千里)

 戦いを繰り返さない、人々が共に生きる世界を築くにはどうしたらいいか。やすしさんは「完全版」を作るに当たり、“あとがき”として自分の思いを込めたメッセージを掲載。それは、「国旗を通じてたくさんの国に興味を持ち、その国の人と友達になってほしい」という平和への願いだ。「地球の平和を、心から願って」で締めくくられたその言葉に心が動かされる。

 「一番新しい国、ニウエは人口約1,624人※の小さな国です。そんな小さな国にも、何億という人々が住む国にも同じように首都があり、言葉がある。そこに暮らす子供たちと家族に思いをはせる。国旗のデザインなどをきっかけに世界に興味を持ち、遠い国を想像することが争いをなくすことにつながるのではないかと。青くさいと言われてしまえばそれまでですが、子供たちにもこの気持ちを伝えたいと思いました」

※2019年5月時点

世界の平和や人生の尊さを絵本に込めて

 父・こうしろうさんは昭和6年(1931年)生まれで、終戦時は14歳。その戦争体験が作風に大きく影響しているという。

 「この間まで“日本の国は素晴らしい”と言っていた学校の先生が、終戦の日を境に違うことを言いだして、“どうなってるんだ?”と疑問に思ったという話は何度か聞きました。多感な時期に終戦を迎え、出身地である山形の自然が心を穏やかにしてくれたところはあったようです。とだこうしろうのデザインのもととなっているのは、東北の豊かな自然から吸収したもので、それがいちばん創作に生かされていると本人も言っていました」

チョウが描かれた、とだこうしろうの原画

美術館には、昆虫や動物がモチーフの原画が数多く展示されている(写真=疋田千里)

 『国旗のえほん』が発売されてから5年後の1992年に、父・こうしろうさんが描いた『せかい地図絵本』の中にも、「平和への願い」がつづられている。

 「動物を紹介するページに、“国境は人間が勝手に決めたもの”ということが書いてあるんです。この絵本は地理を子供たちに伝えるだけではなく、世界の国々のこと、自然のことなどを、違う視点から見てもらいたいという思いが込められています。例えば、トラには中国やインドという国境なんてありません。それは人が決めたことですから。最後の一節は、“じんせい、だいじに生きよう”で締めくくられています」

とだこうしろう作 『せかいちず絵本』の見開き

世界の国々を風習や文化、生息する動物などのいろいろなテーマで紹介(写真=戸田デザイン研究室)

 今いる場所を窮屈に感じていても、「世界は広い」と知るだけで、スッと心がラクになることがあるかもしれない。そして、“じんせい、だいじに生きよう”という言葉に救われる人もいるだろう。戸田デザイン研究室の絵本は、絵やお話を楽しむだけでなく、違う視点で考えることの大切さを教えてくれる。こうしろうさんが、「子供たちの楽しい学びのきっかけを作りたい」と知育絵本作りにこだわったのは、自身が「学校の勉強が苦手で楽しくなかったから」だとやすしさん。

 「特に地図が苦手で嫌いだったようです。でも、大人になって勉強ではない、別の入り口から入ったときに、“楽しいじゃん、地図!”と思ったみたいで(笑)。そのときに、もっと楽しいデザインで、初めに“楽しさ”を感じてもらいたいと思ったんでしょうね。実際、『国旗のえほん』で世界に興味を持った子が、大人になった今、海外で働いているといった話を聞きました。絵本がきっかけで人生が広がったのなら、本当にうれしいですよね。きっかけは国旗のデザインでも、ほかのことでもいいので、いろいろと想像しながら読んでもらいたいです」

父の絵本を開く、戸田やすしさん

父・とだこうしろうの思いも受け継いでいる(写真=疋田千里)

子供たちによいデザインを届けたい!

 戸田デザイン研究室の始まりは、デザイナーとして活躍していたこうしろうさんが、ライフワークとして書きためていたものをまとめた『あいうえおえほん』だ。ひらがなの美しさを追求したこの本で絵本作家デビューしたのが、こうしろうさん51歳のとき。

 「戦前から和菓子屋をやっていた家で育ったこともあり、自分で作って自分で売るといったことが染みついていたんでしょうね。だから、本を作って売るみたいな考えは当たり前というか。普通なら、どこにも所属せずにいきなり絵本を作って売るなんて、怖いことだと思うんですが、こうしろうにとっては、だんごを作って売るのと一緒だったのかもしれないですね」

『あいうえおえほん』の「な」のページ

見開きページに、ひらがなと絵が一つずつ描かれた『あいうえおえほん』(写真=戸田デザイン研究室)

 当時やすしさんは20歳の大学生で、自宅に刷り上がった『あいうえおえほん』が5,000冊も届き、とても驚いたのだとか。

 「最初は“マジか”みたいな感じですよ(笑)。ただ、大量の絵本が家にあったのでどうにかしないといけないなと。家族で飛び込み営業のようなことをして手売りしていきました。門前払いの連続でしたけど、きちんと見てくれたかたは“これはいいね”と言ってくださって。うれしかったですね。“親父が何年もかけて描いたものなんです”なんて話をしながら売っていました」

『あいうえおえほん』を元に作られた「あいうえおつみき」

『あいうえおえほん』を基に作られた「あいうえおつみき」(写真=戸田デザイン研究室)

 こうしろうさんは「自分がよいと思ったもの」だけを買ってくる父親で、あまり家に絵本はなかったという。もともと自分の子供たちのために書いて壁に貼っていた『五十音表』が基になった『あいうえおえほん』も、「よいデザインのものがないから作る」といったシンプルな発想から。そんな「子供たちによいデザインを届けたい」という思いは今、やすしさんに受け継がれている。

 「それが戸田デザイン研究室の一番の強みかなと。出版業界では、市場でどういうものが求められているかというマーケティング先行の作り方が一般的だと思うんです。うちの場合は、どういうものを作りたいかが始めにあって、作りたいものを純粋に追い求めていく。自分たちが納得のできるものであれば、いいねと買ってくださるかたが必ずいると思って作っています」

きっかけのスイッチになるデザインの力

 熱海にある「戸田幸四郎絵本美術館」には、こうしろうさんが描いたさまざまな原画が展示されている。戸田デザイン研究室の原点『あいうえおえほん』の原画の繊細なタッチを見て、どれだけ考え抜かれて描かれたかを知ることができた。そんな『あいうえおえほん』は、発売から37年たった2019年にグッドデザイン賞を受賞。ロングセラーの絵本の受賞はまれなことで、やすしさんも驚いたという。

 「雑貨店などに置いてもらう機会も多くなったので、グッドデザイン賞の対象になったのかなと。“今?”と思いましたけど、うれしかったです(笑)」

『あいうえおえほん』の原画の展示風景

父のデザインの力を今も受け止め続け、新たな制作の糧に(写真=疋田千里)

 戸田デザイン研究室の絵本は、手にしたかたから、「きっかけのスイッチになった」とよく言われるそうだ。子供が初めて目にするものの印象はとても大切で、それ次第でさらに興味を持つのか、まったく心に留まらないのかが決まることもある。そのスイッチを入れることができるのが、戸田デザインの力なのだろう。

 「それは子供の目線に合わせることではなく、われわれが持っているものすべてを、もの作りにぶつけて完成させるということ。時間やエネルギー、すべてが詰まったデザインであれば、大人も子供も関係なく、どれだけ時がたっても、見てくれたかたに伝わると思うんです」

 子供はいろいろなものを吸収して成長する。文字にしても世界の国にしても、大人と違って先入観なくデザインを見て、感じる。そうやって夢中になれた記憶が長い大人の期間の力になる、とやすしさんは考えている。

 「特に赤ちゃんに向けた絵本は、生まれて初めて目にするものになることもあるわけですから。これからも多くのかたに、自分たちがすべてを懸けて作った、“デザインで心を動かすもの”を見てもらいたいです」

取材協力=戸田デザイン研究室 取材・文=石本真樹 写真=疋田千里 構成=編集部