提供する側と受け取る側、顔が見える善意のつながり
ある日の昼下がり。生協パルシステム神奈川・鶴見センター(横浜市鶴見区)の一角で、打ち合わせする人たちがいた。そこには、たくさんの青果や冷凍食品が並べられている。
「今日は葉もの野菜のほかに、りんごとバナナがあるから、子どもたちもきっと喜んでくれるでしょうね」
そう言いながら丁寧に作業するのは、セカンドリーグ神奈川の事務局次長・六角薫さん。今日は月に一度、鶴見センターで行われる「ビーバーリンク」の活動日なのだ。
セカンドリーグ神奈川は2012年、子育て課題の解決に取り組む個人や団体への支援を目的に、パルシステム神奈川ゆめコープ(現・パルシステム神奈川)が立ち上げたNPO法人。地域で活動する子育て支援団体と共同して子育て講座を開催したり、「地域で何かをしたい」と考えている人と人を結びつけることで地域の問題解決を目指している。
「ビーバーリンク」は、2019年にセカンドリーグ神奈川が立ち上げた食を中心とした支援の仕組み。県内のメーカーや関連団体、パルシステムが提供した食品(生鮮品、冷凍品、加工品など)を、地域の子ども食堂などに活用する。
「小松菜使い切れるかな~。ブリはどう調理しよう」「葉もの野菜はさっと炒めて、スープにするのがおすすめ。ブリは解凍したあと、しょうがと一緒に甘辛く煮るとおいしいですよ」
子ども食堂のスタッフに、食べ方もアドバイス。支援のための食品を積んだ車が子ども食堂へと出発すると、六角さんはほっとした表情を見せた。
できない部分を補い、すき間をうめる中間支援
2021年4月現在、ビーバーリンクに食品などを提供する企業・団体は15団体、物流や保管を担う協力団体は5団体、提供品を集約する活動拠点は12か所に増えた。12か所の拠点をハブとし、県内40か所以上に分配。受取先は子ども食堂、地域の居場所、定時制高校、養護学校など多岐にわたる。
拡大を続ける「ビーバーリンク」の活動の軸にあるのは、セカンドリーグ神奈川が掲げる「中間支援」の考え方だ。
「資金、人、場所、物資と活動団体の悩みは、そのときに応じて変わります。地域課題を知り、当事者や活動する人たちの声を受け止め、活動団体への支援につなげる。それが中間支援組織の役割です」
「セカンドリーグ神奈川は、地域課題の解決に向き合う団体と、それを応援する企業・団体、それぞれの善意の橋渡しを続けてきました。ビーバーリンクの広がりは、そうした関係の蓄積だと考えています」
世代を超えて、食でつながっている実感
ビーバーリンクに食品を提供する側は、どう考えているのだろうか。鶴見センターにあった豆乳やマカロニなどは、スタート当初から協力する株式会社野口食品(横浜市鶴見区)の提供品。同社学校給食課の砂邊(すなべ)光広係長が取材に応じてくれた。
「主に提供しているのは、乱箱商品と呼ばれるものです。学校給食は子どもたちの安全安心のために検品レベルの基準がとても高く、中身に問題がなくても、わずかなへこみや汚れがあると納品できません。残された道は原価以下で売却するか、廃棄するしかなかったのです」
同社の歴史は、横浜市内の学校に給食を卸すことから始まった。カンボジアに学校を4校建てるなど、子どもへの社会貢献に熱心な企業だ。
「子どもたちに食べ物を届けることとボランティアの精神は、企業風土です。ビーバーリンクは、子どもの未来につながる、地域に密着した食の貢献活動ですから、喜んでご協力させていただきました」
しかし食に携わるメーカーの責任として、商品の管理体制がしっかりしていないと、提供はできない。その信頼性を担保するため、必ずセカンドリーグ神奈川のスタッフが直接受け取りに出向き、顔の見える関係を築いている。
「セカンドリーグ神奈川さんはそれらの食品をすべて受け取ってくれます。受け取り前にえり好みされると、仕分けするための作業負担が生じ、次から提供しづらくなります。毎回お伝えする、提供する食品の詳細(品名、原材料、数量、消費・賞味期限など)から、欲しい人を探し、残さず活用する仕組み作りは、ビーバーリンクにかかわる皆さんの努力のたまものだと思います」
砂邊さんの目は、地域の子どもたちへ向けられている。「私事ですが」と前置きしたうえで、こう続けた。
「横浜市内を車で走っていると、下校する子どもたちを見掛けます。『今日も給食を食べてくれた!』とうれしくなります。その子どもたちが、子ども食堂でもうちのものを食べてくれる。食でつながっている実感を覚えます」
同じ町で生まれた善意が、町を潤していく。
善意を無駄にせず、確実に活用するために
ビーバーリンクを通じて食品を受け取り、支援につなげる側は、この仕組みをどうとらえているのか。鶴見区で「駒岡丘の上こども食堂」を運営する七田直樹さんに話を聞いた。
「子ども食堂を続けるためにも、定期的に食品を頂けるのは大変ありがたいです。コロナ禍で子ども食堂の開催が難しくなる一方、一人親の世帯に食品を提供する機会は増えてきました。食べ物は命と直結する。信頼できる組織とつながることの重さを感じています」
七田さんは、食品を受け取る側の姿勢についても語る。大量の冷凍食品の提供を打診されたとき、「駒岡丘の上こども食堂」では業務用冷凍庫の購入を決めた。そこに「欲」はない。
「大切なのは、頂いた善意を無駄にせず、確実に活用すること。『これが欲しい』『これは要らない』ではなく、あるものをうまく活用する。頂いた食品の保管や調理方法など、受け取る側が工夫することは欠かせません」
マッチングシステムと互いの信頼関係を両立させる
ビーバーリンクに対して、国や神奈川県からの期待は大きい。農水省の補助事業「フードバンク活動マッチング支援事業」(2020年度、2021年度)の一環で、富士通株式会社などシステム協力企業と連携。新たなマッチングシステムの構築が進んでいる。
それは食品を「提供したい」「受け取りたい」を事前に共有するシステムで、スマートフォンなどからアクセスできるもの。全国のフードバンク活動や子ども食堂などに汎用できるモデルとして期待されている。
しかし限界はある。提供する食品の量と、子ども食堂などが受け取れる量の調整などは難しい。寄せられた善意を無駄なく生かすためにも、顔が見える関係が鍵になる。
「むしろ私たちは、システムで見えにくい善意や信頼を大事にしたい。もしどこかの提供先でトラブルが起きたら、ビーバーリンク全体の責任です。提供先の活動状況と食品の衛生管理を把握し、どう使ったのかの報告も必ずお願いしています。活動が広がれば広がるほど、緊張感を持つ必要があります」(六角さん)
食の枠組みを超えて、新たに仲間を巻き込んでいく
「最近『自分たちも何かしたい』と考える企業や団体が増えてきたことを実感します。食に限らない企業・団体が参加することで、ビーバーリンクはより大きな動きとなっていきます」(六角さん)
そんな企業の一つが横浜市の武松商事株式会社だ。社長の金森和哉さんのメッセージは極めて明快。「ごみを減らしたいんです」。
同社はリサイクル業と、ごみ回収業なども行う、“もったいない”の最前線企業。従業員数の多い企業から提供される非常食や水、ホテルのアメニティなど、まだ使えるものがどんどん集まる。だがどう生かすかを思いあぐねていた。その中でビーバーリンクと出会う。
「僕たちが物を集めるプロなら、六角さんはプロの仲人。欲しい人たちと結びつけてくれて、きれいに無駄なく配り切る。しかも管理もきちんとした団体を紹介してくれるから、施設名が入った物でも『渡していいよ』と、企業から言ってもらえるんです。これは一般的にはありえない話。転売されたらブランドに傷がつくので、廃棄が絶対原則ですから」
金森社長はうれしそうに話す。本気で取り組んでいるから、笑顔になれるのだ。ところがすっと表情を戻し、続けた。
「不用品回収業者の中には適正な許可を取得せず、不当に高い処分料を請求したり、回収した物を不適切に処理するところも残念ながらある。うちは許可業者の責任として適正な形で、再使用できるものはリユース品として買い取り、その中の一部を、活用いただける人や企業・団体へ提供しています。その活動を拡大するため、持ち込みによる買い取りや、商業施設の店頭での出張買い取り等も行っています」
ごみという物は存在しない。物をごみにするのは人だ。「物々交換のイベントもいいよね!」と金森社長。ごみにされかけた物たちに、新たな命を吹き込んでいく。
だれかのために動くことで、より自分も輝ける社会を目指して
ビーバーリンクの活動が始まって今年で2年。母体のセカンドリーグ神奈川として9年の活動を振り返って、「身近で困っている人のために、自分はどうすべきか考える人が増えた」と六角さんは言う。
「ビーバーリンクが広がる中で、『自分にできることをしたい』との声が増えています。『得意のハンドマッサージで、疲れたお母さんをいやしたい』『ホテルでコックをしているので、子ども食堂で腕を振るいたい』『使わなくなった子ども用の学習机といすを寄附したい』などの相談もきています」
地域課題を解決する方法は、行政の支援だけではない。市民の側にもある。市民の動きが広がり、ヒト・モノ・コトの動きが活性化した暮らしの土壌は、「助けて」と声をあげやすい地域へとつながる。
「他人事ではなく、だれもが自分事にできる社会を目指したい。だれかのために動くことで、自分も輝ける。市民の側にある『これならできる』をどう引き出し、つなぐのか。そこにビーバーリンクの今後の課題があると考えています」