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今井真実さん

写真=今井裕治

もっと気軽に、ミニマムに。梅の概念が変わる、今井真実さんの“あたらしい”梅しごと

  • 食と農

今年も梅の季節がやってきた。初心者さんにも、毎年梅しごとを楽しんでいる人にも、ぜひトライしてみてほしい「梅ダージリン」。 名前を聞くだけでもかぐわしいこのレシピの生みの親は、小さいころから梅が大好き、梅しごと歴20年以上の料理家・今井真実さん。ほかにも「梅ピュレ」「梅のオイル漬け」など梅の概念ががらっと変わる新鮮なレシピを提案する背景には、梅しごとに対するハードルを下げたい、という思いが込められていた。

生梅の芳醇な香りにうっとり

――20年以上梅しごとをされていてもなお、毎年新しい梅レシピが生まれているという今井さん。まずは梅の最大の魅力を教えてください!

今井真実(以下、今井) もうとにかく、すっごくいい香り! 梅を買ったら、とりあえず家の真ん中に置いて香りをかいで、うっとりしています。あの桃みたいな芳醇な香りは、生梅を買った人だけが楽しめる特権。「あ、梅って果物だったのね」と改めて気づいて、ああまた買おうって思うんです。

黄梅のへたをとる今井さん

梅の実の甘い香りは、この時季だけのお楽しみ(写真=今井裕治)

 小さいころから梅が大好きで、梅干しをひたすら食べ、梅のタブレットみたいなお菓子を欠かさずずっと持ち歩いているような子どもでした。

 母親は梅酒と梅シロップは作っていたのですが、ちゃんと瓶にラベルをしないからどっちがお酒かわからなくなり、結局「どっちも飲んだらあかん」みたいな(笑)。なので、私の中では梅といえば梅干しでしたね。

 実家で梅干しはそんなに手作りはしていなかったんです。叔父が、家の庭に梅の木があって手しごとをいろいろしていたのでそれをもらったり、市販のものを買ったりして食べていました。

旬のアスパラを買うくらいの感覚で

――梅好きが高じて、ご自分でも梅しごとをされるようになったんですか?

今井 地元の神戸でテレビ局のディレクターとして働き始め、「手しごとなんてとてもじゃないけどできない」と思ってしまうくらい忙しかったのですが、毎年の恒例作業として合間に細々とやっていました。転職をして東京に来てからは時間ができたので、叔父に梅の実を大量にもらい本格的にいろんな種類の梅仕事をするように。それでうまく作りたいと思うようになって、試行錯誤し始めました。

 自分もそう思った経験があるから、「時間がないとできない」というのを変えていきたいと思っているんです。梅しごとって一度に大量に作って、時間もかかって……っていうイメージありませんか? 全然そんなことなくて、少量でも買えるよ、すき間時間でできちゃうんだよ、何カ月も待たなくてもすぐ食べられるレシピもあるんだよ、ということを伝えていきたい。

 それと、梅の話をすると絶対に幼少期の思い出を聞かれるんです。子どものときにやっていたのか、母親や祖母から教わったのか、とか。同じ手しごとでも、新しょうがは聞かれないのに(笑)。

 梅しごとの教室でも、「私にはそういう思い出がない」「梅を送ってくれる親戚がいなかった」とおっしゃる方にたくさん出会うんですね。だからできないと思ってた、と。

梅の実

「梅しごとは時間に余裕がある人がやるもの、というイメージを変えたい」と今井さん(写真=今井裕治)

 それは刷り込みでしかなくて、ただただ梅って丸くてかわいいし、いい香りだし、旬のものでおいしいものを作る、それだけでいいじゃないと思うんですよ。初夏のアスパラを買うのと同じくらいの感覚です。

「来週も梅を買おう」って思ってほしい

――確かに無意識に、幼少期の思い出をお聞きしなくてはという思い込みがあったかもしれません……。梅しごとにはなぜか、「昔ながら」「伝統」といったイメージがありますね。

今井 そうですよね。もちろん家族から代々受け継いだ思い出も大切。でも育ってきた家庭は人それぞれで、とくに今の時代、核家族で祖父母と暮らしていない人も、ご両親が忙しかったという人も多いですよね。

 だれにでも「あ、6月だな。梅が出てるな。何か作ってみようかな」みたいなマインドで梅を手に取ってもらうために、ハードルはどんどん下げていきたいなと思っています。

 梅しごとにトライして、カビたり発酵してしまったりしてうまくいかなくて、ああもう梅怖い、それ以来梅にさわっていないんです……という人も多いんです。初めての方には、梅を紅茶で煮込んだ「梅ダージリン」が断然おすすめ。少量で作れて、シロップなら作ったその日に、梅の実は翌日からもう食べられます。紅茶の上品な風味に梅の香りとほのかな酸味が合わさって……本当にため息が出るおいしさですよ。

梅ダージリン

「梅ダージリン」は、実をそのまま食べても、シロップをソーダやワインで割っても(写真=今井裕治)

 食べておいしかったら、また作ろう、また来週も梅を買おうってなるかもしれないでしょう。一年のうち限られた時季にしか買えないから、梅干しや梅酒のでき上がりを待っていると来年になっちゃう。ぜひ、その年に何度かリピートしてみてほしいなあと思っています。

 作っても食べ切れない、飲み切れないっていう声もよく聞くので、食べ切れる量というのはまず一つ大切だなと。それからみんな、梅シロップも梅酒も残った梅の実をどうしようってなるから、果肉が主役のレシピを楽しんでほしいっていうのもありますね。

新感覚のおいしさに感動

――「梅ダージリン」、聞いただけで作ってみたくなります。どんなふうにして生まれたレシピなんでしょうか?

今井 ウーロン茶葉で漬け込む「台湾茶梅」からひらめきました。食べたときに、梅ってお茶と相性いいんだなあと。「それならお茶で煮るだけでよくない?」と思ってやってみたんです。

 青梅はアク抜きの手間が必要になるので、あえて完熟梅で。多少煮崩れしやすいですが、家で食べるものだから問題なし!

 完熟梅もちょっぴりは苦みがあるんですけど、紅茶の苦みを重ねることによって梅の苦みが目立たなくなります。さらに砂糖で甘みを加えれば、梅の酸味とのバランスもばっちりです。

梅ダージリンを煮ているところ

作っているそばからいい香り(写真=今井裕治)

 この前梅の撮影があったときに、「梅ダージリン」を試食した編集者さんが急に私の方を振り返って、「梅、すごい!」って言ったんです。梅干しや梅酒以外で梅を食べたことがなくて、センセーショナルだったみたい。とても感動されていました。

 これなら、海外の人にも好まれると思うんですよね。梅干しはあまりリアクションがよくなくて、「ストロングテイスト、トゥーマッチ」って言われたことがあります(笑)。でもオリーブとかケッパーみたいに使うんだよ、と言ったら「へぇ~」ってなっていました。

 「梅ダージリン」や、ジャムのように作る「梅ピュレ」なら味がトゥーマッチすぎないですし、梅干しとのギャップもおもしろい。こんなにでき上がるものの振れ幅が広い食材、なかなかないんじゃないかなと思います。

 ちなみにぜひ、「梅ダージリン」はチョコレートアイスに、「梅ピュレ」はプリンにかけてみてください。本当に、レストランで食べるみたいな極上のデザートになりますよ。

梅ダージリンとチョコレートアイス

「梅ダージリン」をチョコレートアイスにぽってりのせて。一口で梅のトリコに(写真=今井裕治)

梅への思い込みを外していく

――今井さんが梅を一つの食材として自由に使っていらっしゃるのがとても新鮮ですし、そうだよね梅って果物だもの、と納得感もあります。

今井 そう、果物。使い始めると何にでも入れたくなってきますよ。梅ってバターやチーズ、生クリームのような乳脂肪分にすごく合いますし、カレーや煮物の隠し味に使ってもいい。

 レモンでできることは大体梅でもできちゃいます。そうなると、和洋中、全世界の料理に対応できる! だから梅っていいな~と思います。

 ちょっとチャレンジだったのは、梅を炒めて調味料にする「梅パクチー」や「梅パセリ」。でもよく考えたら、「何で炒めちゃいけないんだろう」と。梅ジャムを作るときは火を通すのだから、加熱がだめなはずない。

 そんなふうにして毎年新しいレシピを考えながら、自分の中にある無意識の思い込みを一つずつ外す作業をしている感じですね。

梅のオイル漬け

サラダやパスタに大活躍の「梅のオイル漬け」。ハーブやアンチョビを入れても(写真=今井裕治)

息子のお気に入りは梅酢の水割り

――毎年、お仕事の分も含め梅を50kg(!)くらい仕入れられているとのこと。今井家の梅しごとはどんなふうに行われているんでしょうか。

今井 毎年小梅が出始めると「来たな来たな」という感じで梅しごとがスタートします。小梅にはお酢が合うなと思って、いろんなお酢で漬けてみています。小梅は果肉がぎゅっと硬くなるので、バルサミコ酢と砂糖と塩に漬けるとドライフルーツっぽくなるんですよ。

 それから青梅。それこそ野菜を漬け物にするみたいな感覚で、毎年何かしら新しいレシピにチャレンジしますが、「カリカリ砂糖漬け」と「花椒漬け」は必ず作っています。

 そして完熟梅の時季になって梅干しを漬けて、最後に傷があって取り除いた実で「梅ピュレ」とかを作る――みたいな感じです。

 ワークショップや撮影があると、多めに準備する分どうしても梅が余るので、毎日延々何かしら作っています。6粒だけとか中途半端に残ることがあるので、それで少量で作れるレシピが生まれたんですよね。

今井さんの家の保存食

今井家の梅の保存食たち。少量をプラスチックの保存容器で仕込む手軽さ(写真=今井裕治)

 15歳の娘と8歳の息子も、私が毎日やっているものだから「ちょっとやろうか」という感じで手伝ってくれます。娘は小さいときに食べすぎて、今は嫌いになっちゃって。チーズやクリームなんかを合わせて梅がばれない料理だったら食べてくれるんですけど(笑)。

 息子はまだ嫌いになっていないんで、「もうやめとき!」って言って止めてますね。でも、YouTubeで健康にいいと聞いたらしく、梅酢の水割りを「ぷは~っ」て言いながら飲むのがお気に入りみたいです。

梅ごはんと味噌汁

梅干しとみりんを入れて炊き込むだけの「梅ごはん」も今井さんのおすすめ。さっぱりと食べられて暑い季節も食が進む(写真=今井裕治)

自然の力をもらう梅しごとだからこそ

――2024年は暖冬で梅の開花が早まり、さらにそのあと寒波が襲来した影響で、全国的に梅の収量が大きく減る見込みとなっています……。長年梅しごとを続けられてきたからこそ感じていることや、これからの梅しごとについての思いを教えてください。

今井 梅しごとは自然の力をもらいながらやること。だからこそ、毎年梅を買うときに「今年は梅の値段がちょっと高いな。天候不順で不作だったのかな」とか、梅干しを干すときに「今年は晴れた日が少ないな」なんていうことにも気づくことができます。

 ただ買う、ただ食べるだけではなく、もう一歩奥に気持ちがいくんですよね。環境のことが自分事になる、いいきっかけにもなる気がしています。

 もう、明らかに昔よりも気温が高くなっていますよね……。日光の強さと暑さが全然違う。例えば梅干しは3日間天日で干すのが一般的なレシピですが、それだとカラカラになりすぎてしまったりする。

 それにお仕事があってずっと家にいられない方も多いと思いますし、そうすると外に干したままにできないじゃないですか。そういう意味で、地球の環境も、作る人の暮らしも変わってきている。それなのにレシピのほうは、昔とやり方がとくに変わっていないんですね。

今井真実さん

今井さんの追求心で、より多くの人に梅しごとが開かれていく(写真=今井裕治)

 昔は保存食として大量に作っていたし、保存環境だって違っていた。干す場所も広いお庭だったりね。今はマンションのベランダで干す人もいるし、コンクリートの照り返しなんかもあるでしょう。その温度と湿気でまた、干したときの水分量が全然変わってくる。「みんながみんな、3日間が適切か?」というのはどこかできちんと検証すべき問題だと思います。

 梅干しは3年目がいちばんおいしいピークともいわれていますが……確かにおいしいんです。でもこれも検証が難しいなと。

 さまざまなライフスタイルがある中で、レシピはこう、と伝えるのはすごく難しい。私がこれからたかだか30年やっても、その間にもその先も、もっと気候が変わるかもしれないけれど……。でもそれを根気強くやることが、私自身の課題だと思っています。どんな人にも楽しんでもらえるよう、梅しごとをどんどんアップデートしていきたいですね。

取材・文=編集部 写真=今井裕治 構成=編集部