地域が大きな家族のように
2018年3月3日のひな祭り。豊かな自然の中にある「にいはる里山交流センター」にて、『よこはま100人のひとしずく~手前味噌プロジェクト~』が開催された。発起人は、4人の子どもを育てながら料理家としても活躍するみつはしあやこさん。季節の手しごとや発酵調味料の魅力を伝えるみつはしさんが、特に魅力を感じていたのが「手前みそ作り」。幾度となく手前みそ教室を行ううちに、「みそ作りを通じて地域の人が集まれる場を作りたい」と思うようになったという。
「性別を問わずに多世代で交わる機会は、食くらいしかないと思うんです。その中でもみそは1年に1度仕込んで、1年間仕上がりを待つ工程がある。それぞれが持ち帰ることもできるけれど、『100人のひとしずく』では、私が預かって熟成させることによって1年後に会う約束ができる。その時々の縁じゃなく、みそ作りを通じて地域が大きな家族のようになっていければと思ったんです」
そんなみつはしさんの想いに賛同したのが、同じ地域に住む山本久美子さんだ。
「100人でみそを作りたいという私の想いを、同じようにこの街で輪を広げたいと考えていた友人の山本さんに話したら、青葉区の情報を発信するウェブマガジン『森ノオト』の編集長、北原まどかさんに伝えてくださって。そこからご縁が広がっていきました」
北原さんの紹介で地元の農家・三澤百合子さん元芳さん親子が作る米と、三澤さんが代表を務める「遊休農地を活用する会」の無農薬大豆を使わせてもらえることに。場所は、NPO法人「新治里山『わ』を広げる会」の吉武美保子さんに相談。同法人が管理する「にいはる里山交流センター」に決定した。さらに吉武さんの口利きで、三澤さんの米に横浜を代表する女性農業者、平野フキさんがこうじをつけてくれることとなった。
「私自身も以前から農家さんと直接つながりたいと思ってはいましたが、なかなか個人では難しくて。でも、協力してくださる方々のおかげで、あれよあれよと1か月で話がまとまり、1月に決定して3月に開催できることになったんです。場所もすてきな会場で、“こんなに理想的な場所があるなんて!”と心臓がドキドキしました」
100人の人生が詰まったみそ
イベント当日は、おんぶひもをしているお母さん、顔にみそをつけながら楽しそうに作業する子どもたち、それを見守る年配の女性や若い夫婦、近隣に住むインド人のグループなど、世代や性別、人種をも越えた人々がみそ作りを通じて異世代、異文化交流を楽しんだ。みそは作る人、場所やその年の気候によって全く味が変わる。100人の人生が詰まったみそは、さぞ豊かな風味に仕上がるだろう。
「参加してくださった皆さんが、“料理だと思って来たのに、これはアクティビティだ”とおっしゃるんです。大豆とこうじを混ぜてつぶしたみそ玉を丸めて木桶に投げ込む作業は、家庭サイズでも楽しいのですが、100kg仕込める大きな木桶ですから、皆さん振りかぶって投げ込んだりしていて。小さなお子さんは大人が持ち上げて投げ込んでいて、手伝う大人も楽しそうでした」
使用した大きな木桶は、みつはしさんが以前から自宅用の木桶を頼んでいた木桶職人さんに特注したもの。届いたときには、あまりの大きさに驚いたのだとか。
「自分独りではなく、何人もの皆さんの力を借りて始めるプロジェクトなので、そう簡単に終わらせるわけにはいかないですよね。やっぱり100kgのみそを仕込む木桶なので高かったです! でも、自分の人生がかかったプロジェクトだと思い、迷わず購入しました」
料理の話はもちろん、地域の情報や子育てのアドバイスなど、自然と会話は弾み、始終アットホームな雰囲気の中で、イベントは大成功。参加者はイベント後にご飯に行く約束をするなど縁を広げていたようで、みつはしさんが目指していた地域の方々との出会いの場としても成功を収めた。
1年後の再会でまた縁が広がる
『100人のひとしずく』の魅力は、その場限りではなく、みそ開きでの再会があること。1年後の3月、同じく「にいはる里山交流センター」で2回めのイベントが開催された。2回めからはみそ開きを行い、「同じ釜の飯」ならぬ「同じ桶のみそ」で仕込んだみそ汁で昼食を済ませたあと、新しいみそを仕込むという二部構成に。
「みそをお渡しする際、その場で100パック作ると時間がかかるので、ある程度詰めていくのですが、木桶には最後のみそを残しておいて、その場でみそ汁にして皆さんと頂くんです。実際に見ていただいたほうが感動があるかなと思って。自分たちで作ったみそを一緒に食べるというのは、とても貴重な体験ですよね」
イベント当日の昼ご飯はみそ汁のほか、三澤さんの米で作ったお握り。シンプルなメニューながらも味わい深い。みそ作りに使う大豆と米をお願いしている三澤さんとは、季節ごとにはがきが届くなど、家族ぐるみのつきあいが続いているという。
「三澤さんは本当のおばあちゃんみたい。大豆の選別をお手伝いさせていただくなど、時々遊びにも伺っています。こどもの日など、季節ごとに手がきのはがきも送ってくださって。すごくかわいいですよね」
こどもの日に届いたはがきにかかれていた、あいきょうのある金太郎のイラストとメッセージからは、三澤さんの人柄がうかがえる。
「みそを1年後に渡すスタイルにすると、毎年、毎年、ずっと継続していかなければいけないですよね。三澤さんたちのお米と大豆も、これからも収穫していただいて、使い続けていきたい。今後、100人という人数や会場など、何かしら困ることがあるかもしれません。そうなっても、形を変えてでも続けたい。人数を縮小したり場所を移したりすることがあっても、『地元のお米と大豆でみそを作る』『1年後のみそ開きに再会する』という核となる部分だけはぶれさせずに継続していきたいね、と、共に運営に携わる北原さんとも話しています」
3年めとなる2020年の開催も決定。「これからも日本にある手しごとを受け継いでいきたい」とみつはしさん。次回は三澤さんから参加者の方々に、農業にまつわるお話をしていただくことも考えているとか。
「材料を実際に作っている農家の方の顔が見えれば、もっと身近に感じていただけると思うんです」
みんなで分担すれば簡単で楽しい
いざみそ作りをしたいと思っても、「独りではできなさそう」「イベントに参加したいけど近隣でやっていない」など、ハードルが高く感じてしまう人も多いだろう。
「一度でもみそ作りをしてみると、大豆を水煮する下準備は少し手間でも“なんだ、つぶして混ぜて詰めるだけじゃないか”と思っていただけるのではないかなと。詰めて置いておけば菌がおいしくしてくれる。こんな楽なことはないんです。もちろんかびのチェックなどはありますが、それも毎日ではありません」
「1年に1度仕込むだけで、毎日家族の健康を支えてくれるものが自分の手で作れるなんて、マジックみたい」とみつはしさん。毎日の食事で活躍するみそは、子どもたちに昔の知恵を伝える手始めとしてもおすすめだ。
「みそ作りは大豆とこうじを混ぜておだんごにして、容器に投げ込んで、と子どもが好きな作業ばかり。わが家では、小さいころからできる作業のお手伝いをしてもらっています。だから子どもたちはみそもみそ汁も大好き。“みそ汁3杯がん知らず”と学校でも広めているほどです(笑)」
人前に出る発表を目的とするような集まりが苦手な人でも、毎日の料理に使えるみそ作りだったらフラットに交わりやすい。一家族や独りだけでみそ作りをするのはハードルが高いと思うなら、楽しいイベントごととして集まるきっかけにすれば、ハードルはグンと下がる。身近な人と作業を分担して、集まって作るのが楽しいのもみそ作りのいいところだ。作る人や場所によって味が変わるのも面白い、とみつはしさんは考えている。
「お子さんの手が放れて自由に動ける人が買い出し係りとか、大きななべがある人は大豆をゆでる係りなど、分担すると楽ですし、時間も思ったよりもかかりません。私としては、クリスマス会をするような感じでみそ作り会を開いてもらえたらなと。ハロウィンがこんなに定着したのだから、2月になったらみそ作り会、みたいな感じになったらいいですよね」
『100人のひとしずく』のようなイベントに参加するもよし、近隣の方と集まって「みそ作り会」を開催するもよし。1年後の豊かな食卓のために、ぜひ一度、手前みそ作りに挑戦してみてほしい。